「先生、そろそろ行きますよー?」
「はいはいっ。すぐ行きますから」
〜ファーストクリスマス〜
玄関で声をかけたら、先生はどたばたとやって来た。
慌てて靴を履いて、ぴょんっと玄関から飛び出る先生。
「そんなに慌てなくてもいいですよ。ごめんなさい、急かしちゃって」
「いえいえ。そもそもは僕が寝坊したのが原因ですし。さぁ行こう、ちゃん」
家の鍵を閉めて鞄に入れて振り返る。
私が右手を差し出すと、先生はその手を左手でぎゅっと握ってくれた。
実は今日は、クリスマスイヴなのです。
外は綺麗な青空が広がっていて、テレビではお天気おねえさんが「今年はホワイトクリスマスがのぞめないようです……」なんて言ってたけど。
北国育ちの私は、雪が降らないクリスマスのほうが断然好き。
私と先生は仲良く手をつないだまま、一路目的地のショッピングモールへと足を進めていた。
「綺麗に晴れました」
「そうですね! ちょっと寒いけど、晴れてるほうが気持ちいいです」
「うん、僕もそう思います。でも風が強いから、商店街のアーケードの中を通り抜けて行こう」
「はいっ」
つないだ手を先生は自分のコートの中につっこんで、きゅ、と握り締める。
確かに今日は風が強い。気温が低い、というより風が冷たくて芯まで冷えちゃいそう。
私のコートも先生のコートも、裾がはたはたと風に煽られてる。
クリスマスカラーに綺麗に彩られた商店街前までたどりついて、私と先生は飛び込むようにアーケードの中に駆け込んだ。
「やや、サンタさんがいっぱいです」
先生はきょろきょろと辺りを見回しながらつぶやいた。
お店の前はサンタのコスプレをした店員さんが、ケーキやチキンやオードブルを販売してる。
「先生、あそこのお店はトナカイもいますよ!」
「や、これはイケてます。僕たちもあの衣装買って帰ろうか」
「……自宅でふたりだけでサンタとトナカイですか?」
「猫たちが見てくれますよ?」
「えーと……その辺の店員さんで我慢してください」
「やや、それは残念です。こういうの、ちゃんに似合うと思ったのに」
こういうの?
くるりと先生を振り向けば、そこは地元洋品店の前。
先生が手にしていたのは女性向けのサンタ衣装。
……。
「胸開きすぎです。おへそ見えます。スカート短すぎます」
「見るのはぼくだけですよ?」
「先生のエッチ!」
「やや、怒られちゃいました……」
まったくもう!
私は先生の手を乱暴に振り解いて、ずんずんと先を歩いた。
クリスマスの商店街は人通りも多くて、やっぱりカップルが多い。
仲睦まじく腕組みして歩いてるカップルも入れば、手を繋いで一緒に買い物を楽しんでるカップルもいる。
中には、しっかり彼氏に大量の荷物持ちさせてる彼女というカップルも……
……あれ?
「先生、先生あれ」
「はいはい?」
とてぱてと走ってきた先生の腕を掴んで、前方のカップルを指差す。
先生は私と同じ目線までかがんで、私の指の先を見た。
「志波くんと大崎さんです」
「やっぱりそうですよね? 志波くーん、大崎さーん」
私は声を上げて二人を呼んだ。
最初にケーキ屋さんのショーウインドーを覗いていた大崎さんが振り返り、その後で箱を何個も重ねて持っていた志波くんが振り返る。
うわー、あの二人の力関係ってこういう関係だったっけ?
なんか意外かも。
「あっれー、に若先生。二人でデート中?」
「デート中です。らぶらぶです」
「せ、先生、主張するようなことじゃないです……。志波くんと大崎さんもそうなんでしょ?」
「どちらかといえば、買出しだな」
おいっす、と右手を上げて挨拶する大崎さんに、積み上げられた箱を横にずらして顔を見せてくれる志波くん。
確かに二人ともデート、というわりにはラフな格好かも。
「買出し?」
「うん。アナスタシアとミルハニーとALCURDと」
「……もしかして、ケーキ?」
「そう。あとは志波が知ってる商店街の名店2,3件まわる予定」
「ということは、志波くんが持っているのは全部ケーキなんですか?」
「そうです」
私と先生は顔を見合わせた。
だってだって、志波くんが持ってるケーキの箱、ホールケーキなら7号サイズくらいの大きさだよ?
それ3つ買って、これからまだ買うの!?
「あの……それ全部二人で食べるの……?」
「まさか。元春にいちゃんや親父の分も含んでるよ」
「それにしても多くないですか?」
「志波が全部食べる」
「だから無理だって言ってるだろうが。なんでホールで買う必要があるんだ……」
「クリスマスケーキはホールで作成して、その美しさも堪能するんだ! って」
「……佐伯か」
「うん」
「……」
あらま。
「よかったら若先生とも試食会に来る?」
「や、せっかくの団欒をお邪魔するわけには」
「何言ってんの、若先生。素直にと一緒の時間邪魔すんなって言えばいいじゃん」
「素直に言ったら大崎さん怒るじゃないですか……」
「うん」
「……」
あはは。
大崎さんと先生の関係も相変わらずだね。
「志波くん、今日は大崎さんの荷物持ち?」
私はそのままきゃんきゃんと言い争う(というか一方的に大崎さんに先生が吼えられてる)ふたりを尻目に、志波くんに話しかけた。
山と積まれたケーキの箱をひょいと持ち上げてる志波くん。私を見下ろして眉尻を下げて、でも優しい顔で笑顔を浮かべている。
「……だな。今日は一日言うこと聞いておく」
「やっさしー! ケーキ持ちがんばってね!」
「ああ。アイツ誕生日だしな」
「あ、そっか!」
そうだった。大崎さんって今日が誕生日だったんだっけ。
私はつつつと志波くんに近寄って。
「何かプレゼント用意したの?」
こそっと聞いてみれば志波くん、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて。
「用意した」
「え、何をあげるの?」
「……秘密」
「ええ〜」
なんだろうな、志波くんが大崎さんにあげるプレゼントって。
「アイツが」
「大崎さんが?」
「喜ぶ……といいな……と思う」
「ふふ、そうだね!」
困ったように微笑む志波くんに、私もつい笑顔がこぼれた。
志波くん、本当に大崎さんを大切に思ってるんだって、すっごくすっごく伝わってきたから。
と思ってたら。
「っ!」
「さぁん」
後から大崎さんに大声で呼ばれ、先生には懐かしい呼び名を情けない声音で呼ばれた。
振り返れば柳眉をつりあげてる大崎さんの後ろで、先生がいじけながら指をいじってる。
「ど、どうしたの?」
「若先生のしつけがなってない!」
「違います、先生は悪くないです……。さんは先生の味方ですよね?」
「え、えーと」
一体どう話が膨らんでいったのかわからないけど、いつもどおり先生は大崎さんにコテンパンにやられちゃったみたい。
私と志波くんは顔を見合わせて、お互いため息をつきつつ、在学中にも使ってたいつもの解決法を行使することにした。
すなわち、とにかく引き離せ。
「おい、そろそろ行くぞ」
「まだ話終わってない!」
「……売り切れるぞ」
「うー……それはヤダ」
志波くんは慣れたもので、あっさりと大崎さんの気持ちをそらしてしまう。
「先生、私たちもそろそろ行きませんか?」
「行きます、すぐに行きますっ」
で、私が先生に言うと、先生はぱっと顔を輝かせて私の背中をぐいぐい押し始めた。
もう、仕方ないなぁ……。
「それじゃ志波くん、大崎さん、またね。メリークリスマス! それから誕生日おめでとう!」
「ありがと。も若先生のしつけしっかりね」
「先生、飼い猫じゃないです……。でも、ふたりとも、今日はよい日になりますように。メリクリです!」
「メリ……スマス。じゃあ、な」
そんなこんなで志波くんと大崎さんは仲良く連れ立って商店街の奥へと人並みに消えていった。
二人と見送ったあと、先生はぎゅっと私の右手を握って歩き出す。
「それじゃあショッピングモールにゴーです!」
「嬉しそうですね、先生……大崎さんから解放されて……」
「……だって大崎さんが……」
先生、大崎さんの話になるとたちまちしょぼんとして。
「大崎さんが……大崎さん、先生悪くないのに……」
「せ、せんせぇ、わかりましたから。もうわかりましたから、思い出さなくていいです……」
なんかもうぽろぽろ泣いちゃうんじゃないかってくらいに意気消沈しちゃうんだもん。
その後、ショッピングモールに着くまで先生のご機嫌直しをし続けて。
ようやく先生に笑顔が戻った頃には、逆に私のほうが疲労困憊になっておりました……。
さて、ようやくたどりついたショッピングモール。
軒先にクリスマスオーナメントを飾り付けてた商店街よりもさらに派手に、電飾で飾られたきらびやかなアトリウム。
ここのクリスマスツリーって、吹き抜けの3階フロアまで届きそうなくらい大きいんだよね!
「待ち合わせ場所はここがいいですよね?」
「はい。わかりやすくていいです」
「じゃあ、制限時間は1時間ですよ!」
「はいはいっ。じゃあちゃん、1時間後に」
そのクリスマスツリーの前で、私と先生は一旦解散。
というのも。
お互い忙しくてクリスマスイヴ当日までプレゼントを用意できなかった私と先生。
「だったら一緒に買いにいきましょう。ただし、買い物自体はバラバラで」
「あ、そうですね。わかっちゃったらつまんないですもんね!」
先生の提案に私が乗って、イヴ当日までお互いが欲しそうなものを探りをいれつつ。
そして今日ここにお買い物に来たってわけです。
「さてとっ」
ショッピングモールの一角、紳士用品売り場までやってきた私。
予算は十分にあるし、探すぞっ!
私が先生のために買おうと思ってるのは……あ、あった。
売り場をきょろきょろしながら歩いていたら、『ソレ』のコーナーがあった。
色も素材もさまざまで、選びがいがある。
「うーん……」
たくさん並んでるものの中からめぼしいものをピックアップして、それぞれ見比べてみる。
なんかこのままじゃイメージが膨らまないな。それに、『コレ』だけじゃなくて『アレ』とも合わせなきゃだめだよね。
うぅーん……。
「お客様、何かお探しですか?」
「あ、ハイ」
背後から営業スマイルの若い店員さんが話しかけてきた。
あ、ちょうどいいかも。
「すいません、『コレ』ちょっとつけてもらっていいですか? なんかこのままだとイメージわかなくて」
「勿論です。プレゼントですか?」
「ハイ」
「そうですか。ではどれからつければよろしいでしょうか」
にこにこと営業スマイルを崩さずに丁寧な接客をしてくれるおにーさん。
私はその好意に甘えて、とっかえひっかえ『ソレ』を試してもらった。
先生、『コレ』と『アレ』で喜んでくれるかな……。
などなどしてるうちに1時間なんてあっという間に過ぎて。
「すいませんっ!!」
思いっきり集合時間に遅れた私は、ツリーの前にずっと立ちつくしてる先生の元に全速力で走っていった。
でも先生は怒ることなく、にっこりと微笑んで。
「大丈夫、落ち着きなさい。転んじゃうから」
「は、はい、っ、わぁ!」
なんて言われたそばから!
ツリー前の人工芝に蹴躓いて、私は、わ、た、た、と両手を回しながらたたらを踏……
んでいたら、先生に正面から抱きとめられた。
ぽすんと、私はすっぽりと先生の腕の中。
「大丈夫? 人工芝にスライディングなんて、ちょっとしたホラーですよ?」
「ご、ごめんなさい。ありがとうございます、先生」
「うん。無事でよかった」
きゅっと抱きしめてから、先生は私の両肩を掴んで起こしてくれる。
その右手には、ピンクの不織布でラッピングされた一抱えほどもある包み。
「先生が買ったのってそれですよね? 随分大きいですね」
「今夜まで内緒です。喜んでくれるといいけど。ちゃんのはそれ?」
先生は私が手にしていたブルーの箱を指差した。
「ふふふ、今夜まで内緒です!」
「それは楽しみです。それじゃ、そろそろ行こう」
「はい!」
先生の真似をして言ったら、先生もにやりといたずらっぽく笑う。
そして私の持ってた荷物と鞄も持ってくれて、私の右手を取って。
「早くしないと花椿さんにちゃんを取られちゃいます」
「花椿先生、今海外行ってるから大丈夫ですよ〜」
ぐいぐい私の手をひっぱって、逃げるようにショッピングモールを出て行く先生。
先生……ことあるごとに「ちょっとエリカ借りてくわよ! アデュッ!」って風のように現れては私を連れて去ってく花椿先生に、すっかり警戒しちゃってるみたい……。
そして私たちは仲良しチャーミーグリーンしながらはばたき駅前までやってきた。
目的は予約していたクリスマスケーキの引き取りだ。
予約したお店は勿論あそこ。
からんからん。
「いらっしゃいま……あー! ちゃんにわっかおーじせーんせー!!」
「ましろ、久しぶり! うわぁ、可愛いね、トナカイコスプレ!」
やってきたのは雪平ましろの実家、紅茶専門喫茶ミルハニー。
入り口を開けて、すぐにやってきてくれた店員さんは、ノースリーブのトナカイ色のミニワンピースと角カチューシャをつけたましろ本人だ。
可愛いな〜。
「やや、雪平さん、マジイケてます。可愛いです」
「ありがとーございまーす! 先生もちゃんとデートしてるんでしょ。いーなぁ。私もクリスマスデートしたーい!」
「えっへん、うらやましいでしょう」
「先生、そこ威張るとこじゃないです。ましろ、予約ケーキの引き取りに来たんだけど、すぐ貰える?」
「おっけーい♪ すぐに包むから、そこ座って待っててね」
トナカイワンピの裾をつまんで可愛くおじぎするましろ。
先生なんか、わー、なんて言って拍手しちゃってるし。
それにしても、イヴのミルハニーは大盛況だ。
全席満席。ましろのおじさんとおばさんもカウンターで忙しくしながらも、私と先生には愛想良く会釈してくれるけど。
バイトの人もいつもは一人のバイトも2人フロアに入ってる。
そして二人はサンタ衣装だ。
「……あれ?」
フロアを楽しそうに見つめてた先生が、ふと声を上げた。
「どうしたんですか?」
「佐伯くんがいます」
「へ?」
瑛?
ぽかんと指を差す先生の視線の先を私も追いかける。
そこには女性客のカップに紅茶を注ぎながら、紅茶の説明をしているサンタさん。
見えてるのは後姿だけなんだけど、割と高い身長にサンタ帽からのぞくちょっと長めの髪には確かに見覚えが。
じー。
私と先生が振り返れ振り返れと強い視線を向けていたら、説明を終えたサンタさんが体を起こしてくるりと振り返った。
「「「あ」」」
サンタと私と先生の声が重なる。
「っ!? に、若王子先生っ!?」
「て、瑛……が、サンタさん……」
「違っ、これはましろがっ」
「やや、雪平さんの頼みなら恥も掻き捨て。ピンポンですね?」
「ぴーんぽーん!」
否定しかけた瑛の後からひょこっとましろが顔を出して、にやりと笑った。
そのましろに、瑛がすかさずチョップ一発!
「アイタっ!」
「何がピンポンだっ! お前がどうしてもって頼むからだろ!」
「だってクリスマスにバイト入ってくれるような暇人ってなっかなか……」
「……ほう。まだチョップが効いてないみたいだな!」
「わわわ、ちゃんっ、ケーキが潰れる前にバトンタッチ〜」
腰から体を曲げて両手を伸ばして私にケーキの包みを渡すましろ。
でも瑛は容赦無し。
ずべしっ!
「いったぁい! ひどーい、パパに言いつけてやるー!」
「お前な……高校卒業してパパもなにもないだろ……」
「やや、言いつけなくてもすでにシェフは見てますよ?」
「うん、見てる見てる」
仲良くじゃれあってる瑛とましろなんだけど……。
さっきから黒オーラ放出しながらこっちを見てるおじさんには気づいてなかったみたい。
おじさんはケーキナイフとなぜかドリルがついたハンドミキサーを両手に持って、満面の笑顔で瑛をみてた。
「佐伯くん……うちの娘が失礼なことしてるみたいだね。い・や・あ、申し訳ない」
「げっ……あ、いやその、そんなこと、ないですよ!? これはその、友情の証っていうか!」
「ゆうじょう……ゆうじょうなんだ……」
「あ、だからな、ましろ、そうじゃなくて」
「ど う い う こ と な ん だ ね ?」
……えーと。
「先生、そろそろ行きましょうか」
「そうですね。ケーキも受け取りましたし」
「ちょっと待て! っ、若王子先生っ!! 収拾つけてけーっ!!」
「佐伯くん、ちょっと厨房までいいかな?」
「やれやれ、パパ、やっちゃえーっ!」
ぱたん。
後から聞こえる複数の声を無視して、ミルハニーの扉をあっさりと閉める先生。
「さ、行こうかちゃん」
「はいっ」
空は、とっても綺麗に晴れていました。
ちゃんちゃん。
というわけで、無事に自宅まで戻ってきた私と先生。
先生は仲良くおとなしくお留守番してたクロとシロとミケに餌を与えて、その間に私はクリスマスディナー作り。
と言っても朝のうちに作っておいたローストビーフを切り分けてシチューを温めて、簡単なサラダを作ってバゲットを焼くだけ。
あっと言う間に私と先生だけの簡素なクリスマスディナーの出来上がりだ。
でもこんなメニューでも。
「やぁ、これは豪勢なクリスマスディナーです。とてもおいしそうだ」
ほら、先生は大満足してくれる。
にこにこしてる先生につられて、私も笑顔を浮かべた。
フルートグラスにジンジャーエールを注げば、なんちゃってシャンパンだ。未成年の私に合わせて、先生もジュースで乾杯。
「「乾杯っ」」
カチンとグラスを鳴らして、質素だけど温かいイヴの夕餉が始まる。
「ちゃん、メリークリスマス。今年も一緒にこの日を迎えられて嬉しいです」
「先生、メリークリスマス! 私も嬉しいです! さ、冷めないうちに食べましょう!」
こんな風に『家族』と過ごすクリスマスは4年振り。
はね学にいた頃は3年間学校やロッジで、イベント的にクリスマスを過ごしてたけど。
やっぱりこういうのがいい。
家族と一緒に、のんびりまったり、クリスマスを過ごすのがいい。
私と先生はテレビをつけながら他愛もない話題で盛り上がったり笑ったり。
幸せだなぁって、本当に思った。
私の幸せって、本当に先生と共にあるんだなぁって、すごくすごく思った。
「?」
あ、ちょっとボーっとしちゃった。
「あ、なんでもないです。ちょっとその、幸せだなって思って」
「そっか。……うん、そうだね。僕も温かくて幸せです」
ちょいちょいっと先生は私を手招きする。
私は躊躇することなく先生の腕の中に飛び込んだ。
先生はその大きくて温かな手で髪を撫でてくれる。
「クリスマスだけじゃなくて、普段からこうして君を抱きしめてる時は幸せです。でも、やっぱりこういう日は集団心理がはたらくのか、特に温かく感じる」
「はい」
「、プレゼント交換しようか」
「あ、そうですね!」
ぱっと顔を上げた瞬間に、額にキスを落とされる。
そしてそのままぎゅーっと私を抱きしめてしまう先生。
って。
「せんせ、あの、プレゼント交換するんですよね?」
「うん。でも君が離れるのはやっぱり嫌だからもうちょっとだけ」
「もう……」
こういう時、先生はちょっとわがままだ。
でも嫌じゃないから、そのまま私も体を預ける。
あったかいな、先生。
すると「オレたちも混ぜろ」と言わんばかりに寄って来たクロとシロとミケ。ふふ。
私は空いてる手で猫たちの喉元を撫でてあげた。
「あ、コラ。今のちゃんは僕のです。邪魔しないでください」
「遊んでるって思ったんですよ。先生、プレゼント交換しましょう?」
私は先生の手から逃れて、ソファの上に置いてあったピンクの袋とブルーの箱を持ってきた。
先生の前に袋を置いてから、私は両手で箱を先生に渡す。
「はいっ、クリスマスプレゼントです! 私から、……貴文さんへ!」
「うん、ありがとう。とっても嬉しいです。開けてもいい?」
「開けてください! 気に入ってもらえるといいんですけど」
先生は両手で箱を受け取って、ぺりぺりと包装紙を剥がしていく。
金色のシールをはがして封を解き、先生は箱の蓋を開けた。
中には。
「あ、すごく嬉しいです。手袋とマフラーですね?」
「はい! 先生持ってないみたいだったから。どうですか?」
「うん」
私が選んだのはメリヤス編みのシンプルな白いマフラーに、スエードのグローブ。
先生はグローブをはめて、首にかけたマフラーは私が綺麗に巻いてあげる。
嬉しそうに先生は立ち上がって洗面所に駆け込んだ。
「すっごくいいです。うん、とてもいい」
洗面所から聞こえてくる嬉々とした声。
先生はにっこにこの笑顔で戻ってきて、私の対面に座りなおした。
「似合ってますか?」
「はい! 似合ってますよ!」
「ちゃん、もう一声」
「え? えーと、カッコいいです!」
「うん、ありがとう。じゃあ僕からはこれ。僕からのクリスマスプレゼントです」
先生はグローブを外して、ピンクの包みを私に手渡した。
なんだろう。ふかふかしてるし、なんだか分厚い?
「開けていいですか?」
「どうぞどうぞ」
私は口を縛ってる赤いリボンをしゅるりとほどいて袋の口を開けた。
その、中、には。
ぴろんと取り出したそれは、サンタレディのコスプレ衣装……
「…………」
「やっぱり似合うと思ったので、つい」
「殴っていいですか」
「や! あの、もちろん冗談です! 本当のプレゼントはその下に入ってるものですっ!!」
ふつふつと沸いてきた黒オーラに、先生が慌てて両手を振った。
こんなワケわかんないウケ狙いなんていらないんですっ!!
……とりあえずサンタ衣装は脇において、私はふたたび袋の中を覗いた。
あ。
私はソレを取り出した。
サンタ衣装のための大きな袋だったみたいで、先生が用意したプレゼントはもっと小さいものだったけど。
細長いジュエリーケース。
そこに入っていたのは、7ミリ玉の真珠のネックレス。
「せんっ……これ、高かったでしょう!?」
「大丈夫です。実は知り合いの論文製作に協力したりして、密にお小遣い貯めてましたから」
「……はね学の先生ってアルバイトしていいんでしたっけ……?」
「や、細かいことはこの際無視です。ちゃん、じっとしてて」
唖然としてしまった私の手からネックレスを取り上げて、先生は私の首に腕をまわす。
先生の温かい手が耳元で動いてるとくすぐったい。
「さぁ出来た。、立って」
「え、あ、はい」
手を引かれて言われるがまま立ち上がって、そのまま洗面所に連れて行かれる。
この家、洗面所にしか鏡がないんだ。今度姿見買ってこなきゃ、なんて言ってる場合じゃなくて。
「ほら」
先生に後から両肩を掴まれて、鏡に向き直る。
そこに移されたのは、衿ぐりのあいたニットアンサンブルを着た私。
その鎖骨の上に、真珠が輝いていた。
綺麗……。
「ちょっと長いかな。二つくらい外してもよさそうです」
先生は後ろでネックレスをつまんで長さをいろいろ変えてみてるけど。
「うん、ふたつ取ったほうがいい。取ったのはイヤリングに加工してもらおう」
「先生……あの、本当にこれ、いいんですか?」
「いいんですいいんです。生活費に手は出してませんよ?」
「そういう意味じゃなくて」
私は鏡の中に映る先生を見てきゅっと眉根を寄せた。
するとそんな私を見てた先生も困ったように微笑んで、後ろから優しく抱きしめてくれた。
「、君はまだ学生だから自覚がないかもしれないけど。君は僕の唯一のパートナーです。これからそういう立場で公式の場に出ることも増えてきます」
「……はい」
「そういうところは正式な格好が望まれることが多い。だから、そんな君の手助けとなってくれるようにコレをプレゼントに選びました」
そっか……ついついウッカリしちゃうことばかりだけど、私、先生の『妻』なんだっけ……いや忘れてたわけじゃないけど。
先生には先生のオトナの付き合いがあるもんね。『夫人同伴で』なんていうようなカッチリした集まりに呼ばれることは少ないだろうけど、ないわけでもないんだろう。
真珠は冠婚葬祭使えるフォーマルジュエリー。
先生……。
「ふふ」
「やや、どうしました?」
「私が、せんせ……じゃなくて、貴文さんのパートナーなんだって思ったら、なんだかむずかゆくなっちゃって」
「それは困ります。慣れてもらわないと」
「善処します」
「うん、そうしてください」
再びきゅっと私を抱きしめる先生。
「素敵なプレゼントです。ありがとうございます!」
「良かった、そう言って貰えると嬉しいです」
私はくるりと振り向いて、背伸びして先生の頬に自分からは滅多にしないキスをした。
先生は一瞬目をぱちぱちとして、すぐにふにゃら〜と相好を崩した。
「じゃあ次はサンタさんになってください!」
「ああもう! 調子に乗らないでくださいっ!!」
「だめです、これが着られるのは今日か明日だけです。萌えです!」
「変な単語覚えてこないでくださいっ!」
「モデルのちゃんなら着こなすなんて楽勝です。レッツゴーです!」
「わ!? ちょ、せんせっ、抱き上げてどこ行く、わ、あ、あ!?」
……というわけで。
楽しくて嬉しくて温かくて、えーっと……最後はちょっとアレな今年のクリスマスは、平穏……? に、幕を閉じた。
……と言っていいのかなぁ……。
とりあえず、明日から先生ご飯抜き!!!
「リツカ」
「なに……もう食べれないよ。無理無理……」
「佐伯の口車に乗せられるからだ。そうじゃなくて」
「……なにこれ?」
「クリスマスだろ」
「もしかしてプレゼント?」
「もしかしなくても、だ」
「……私、用意してない」
「いいから」
「うん……。ん?」
「…………」
「あ! どくろクマの……首輪?」
「ああ。若貴に」
「なんだ、若貴へのプレゼントか……。でも可愛いね、これ。鈴ついてる」
「アイツすぐ脱走するんだろ。保健所に捕まる前に首輪しといたほうがいい」
「そうだね。うん。ありがと、志波」
「……リツカ」
「なに?」
「お前にも」
「プレゼントあるの?」
「ああ」
「なに、ん」
「……」
「〜〜〜っ」
「……これでギブアンドテイク、な」
「う〜〜っ……クヤシイっ」
「見送りなんかいいって。駅なんかすぐそこなんだし」
「もー、瑛っちょわかってないなぁ、この乙女心をっ」
「な、なんのだよ。っていうかその変な呼び名やめろって!」
「可愛いのに」
「可愛くない!」
「はいはい。とにかく駅まで送るってば。行こ行こ」
「わかったよ……」
「それにしても、ちゃんも若王子先生も、相変わらずらぶらぶだったね!」
「ほんともよくついていけるよな、あの若王子先生に」
「そこに愛があるからさ!」
「……お前さ、よくそういう台詞恥ずかしげもなく言えるよな?」
「なによ〜。どうせ私はちゃんみたいに純真じゃないもん、お笑いよりだもん」
「うん、自覚があるならよろしい」
「ふんだ」
「な、なんだよ」
「……」
「……」
「……」
「……お、怒ることないだろ? 自分で言ったんだし」
「……」
「……あのさ、悪かったよ。だから機嫌直せって……せっかくのイヴなのに」
「へへー、瑛っちょに謝らせたぞー! 勝った!」
「……ましろ。ちょっと頭貸せ」
「うわ!? ヤダヤダ、チョップ禁止!」
「うるさいっ!」
「わっ」
「……」
「……あ」
「お前さ、せっかく短い時間二人になれたんだから、こんな時ぐらい友達のノリやめろよ」
「う、うん。そうだね」
「……」
「……(えい)」
「……? ああ、そっか……手、つなぐか」
「うん!」
「そういえば志波さぁ」
「なんだ」
「ねぇ、そういえば若王子先生のことだけど」
「なんだよ。他の男のことなんか……」
「今日って24日だよね?」
「カレンダーが間違ってなければな」
「ってことは、はね学のクリパの日だよね?」
「そうだろ? 毎年24日にやってたんだし、今年もそうだろ?」
「じゃあ若先生」
「なんでちゃんと一緒にいたの?」
「「あ」」
「先生、今日は風邪を引いたことになってますから」
「教頭先生に言いつけてやるーっ!!!」
「や、それは困ります。勘弁してください」
「何言ってるんですかっ! 気づかなかった私も私ですけどっ!!」
「うーん困りました。仕方ないから、の口を塞いじゃいます」
「っ!? ちょ、せんせ、もう無理、っていうか、わ、あ、あ!!!」
Holy Night Lovers Night Good Night ...
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