「ただいま戻りました〜」
「お帰りなさい、先生! ……って、予想してましたけど、またすごい量貰ってきましたね……」
「運んでくるの大変でした。これでも半分は学校に置いてきたんですけど」
「これで半分ですか……」
先生の声に玄関までお出迎えしてみれば、先生は両手の紙袋を降ろした状態で、がっくりと肩を落として息をついていた。
今日はバレンタインデー。
私の旦那様は、今年もはね学教員義理チョコ数ダントツ一位だったみたい。
〜ハッピーバレンタイン 若王子&編〜
「私がこれ運んでおきますから。先生は着替えてきてください」
「やや、でも重いですよ? 無理しなくていいです」
「ひきずっていくから大丈夫ですよ」
そうですか? と首を傾げて先生は奥に入っていく。
さて。
3つの大きな紙袋を両手で掴んで、試しに上に持ち上……がらない。
先生、よくこんなの持って帰ってこれたな……。
私は妙な感心をしながら、紙袋をずるずるとひきずって、リビングまで持ち込んだ。
テーブルの脇に紙袋を置いて、まずは火にかけてあったお鍋を下ろして、もう一度紙袋のもとへ。
ふふふ、実はちょっと興味あったんだよね、先生が貰うチョコってどんなのか!
「ちゃん、にこにこしてる。何かいいことあった?」
「そういうわけじゃないんですけど。先生のチョコ、ちょっと気になって」
手早く楽な部屋着に着替えてきた先生が、袋の前にちょこんと正座して中をのぞいてる私の横にあぐらをかく。
「まずはお帰りなさい、先生。今日も一日お疲れ様でした!」
「うん、ただいま。ちゃんも、学校お疲れ様でした。今日はどうだった?」
「うちの学校はいつもどおりでしたよ? バレンタインって言っても友チョコ交換するくらいで。今は1年次終了製作のほうが忙しいから」
「そうですか。僕のほうは……ご覧のとおりです」
疲れた笑顔で紙袋を見る先生。
はね学じゃ先生は義理チョコ以外受け取っちゃいけない規則なんだけど、みんな「高級義理チョコです!」とか「手作りでも義理です!」なんて言って渡しちゃうんだよね。
……まぁ私も在学中は「山吹色のお菓子」なんて言って渡したことあるけど。
「もしかして記録更新じゃないですか? ……あ、これジャン・ポール・エヴァンのチョコだ」
「そうかもしれないです。ちゃんが卒業して遠慮する必要なくなったとかで、2,3年生からのチョコがすごかったです」
「ふーん。モテモテですね?」
「……ちゃんヤキモチ焼いてる? ピンポンですか?」
「ブ、ブー……って言いたいけど、ピンポンです」
ぷい、とわざと顔をそらしてみせる。
だって、こういう風に拗ねた素振りを見せたら。
「」
先生は、いつも優しく抱きしめてくれるから。
「のチョコは僕のだ。誰にも渡すもんか」
「あげちゃいましたよ? クラスの子にたくさん」
「うん。でも、本命手作りはちゃんとあるんでしょう?」
「ふふ、ちゃんとありますよ!」
一度ぎゅ、と先生に抱きついてから、私はにこっと笑顔を見せる。
「今年はフォンダンショコラを作ろうと思って。出来たて限定ですから、夕飯のあとに一緒に作りましょう!」
「やや、僕も参加していいんですか?」
「たまには一緒に作るのも楽しいかなって。あ、でもやっぱり私ひとりで作ったチョコがいいですか?」
「いえいえ。ちゃんと一緒にチョコを作るのは楽しそうです。ラブラブです!」
もうとろけそうな笑顔を浮かべて、先生はもう一度私をきゅうぅと抱きしめる。
その私たちのまわりを、ぴょこぴょこと走り回ってるシロとクロとミケ。
いけない、ご飯あげるの忘れてた。
「先生、シロたちにご飯あげちゃいますね」
「はいはい。君たちもちゃんのおいしいチョコが食べられればよかったのにね」
ひょいっとクロを抱き上げて、先生は鼻を近づける。
そういえば、猫ってチョコ駄目なんだったっけ。
私は3匹のトレイにキャットフードと缶詰をあけて、床に置く。
「そういえば今日の晩御飯はなんですか?」
「ポトフとバゲットです。……実はお米買い忘れて」
「そうだったんだ。電話くれれば僕が帰りに買ってきたのに」
「お願いしようと思ったんですけど、バレンタインだからきっと両手埋まってるだろうなって」
「……ご明察です。お見事です」
ぱちぱちと手を叩きながら、先生は戸棚から深皿を取り出して。
私はそれを受け取って、温めなおしたポトフをよそう。
先生がバゲットを切り分けてオーブンで軽く焼いて、その間に私がバターを取り出して。
もうすぐ結婚して1年たつんだっけ……。
食事時の連携も、すっかりサマになっちゃったな。ふふ。
「あ、そうだ」
食卓に向かい合うようにして座って、深々といただきますの挨拶をして。
先生はポトフにスプーンを入れる直前で、なにかを思い出したみたいだった。
「なんですか?」
「まだ先のことだけど。ホワイトデーのお返し製作、手伝ってもらえますか?」
「いやです」
きっぱり。
私は間髪入れずに断って、ポトフをすすった。
普段こんな風にすぱっと断ることのない私に、さすがに先生は目を見開いて唖然とした様子を見せる。
「えーと、手伝ってはくれないんですか?」
「手伝いません。先生にチョコ渡した子は、みんな一人でがんばったんですよ? もちろん市販のチョコがほとんどだろうけど、それでもお返しは先生が作らなきゃ意味ないです」
「確かにそうなんだけど」
「それに」
スプーンを置いて、私は先生の目をまっすぐに見る。
きょとんとしてる先生は、心持ち首を傾げながら。
「結婚記念日に他の子への贈り物なんて作りたくないですっ」
「え?」
つーんと顔をそむければ、先生はさらに驚いたようで目をぱちぱちとしばたかせた。
「……籍を入れたのはもっと後の」
「入籍の日が結婚記念日じゃないです」
「えーと」
先生、焦ってる。
ふふ、ちょっと意地悪すぎるかな。
私は苦笑しながら、もう一度先生の目を見つめた。
「先生がアメリカから帰ってきた日ですよ」
「あ」
「あの日が私の中での結婚記念日なんです」
本当に戻ってきてくれるのか、ずっとずっと不安に苛まされてた日々。
アメリカに渡る前に、プロポーズしてくれた先生。
その返事を、ようやくすることが出来たあの日。
籍を入れた日や、挙げてないけど結婚式の日が結婚記念日なんかじゃなくて。
私にとって、先生と再会出来て二度と離れなくて済むんだってわかった、あの日が。
「……だから。その日は他の子へのお返し作りじゃなくて、先生への感謝の気持ちを込めた料理を作りたいんです」
「」
じーん。
目をうるうるさせた先生の背後に、漫画のような文字が見える。
もう、感動屋なんだから、先生ってば。
「とはいえ、まずは今日のフォンダンショコラですね! 早く食べて、一緒に作」
「ちゃんっ」
と。
いきなり先生は立ち上がって私の目の前まで来て、そのまま軽々と私をお姫様抱っこ!
ってえええ!?
「せ、せんせぇ!? ちょ、な、なんですかっ!?」
「……ダメです。感動を表現する前に、必要な言葉が見つからない」
「って、体で表さなくていいですっ! どこ行く気ですかっ!?」
「めくるめく、愛の世界にゴーです!」
「きゃーっ、きゃーっ、きゃーっ!!!」
……こうして可愛い赤頭巾ちゃんは、悪い狼さんに食べられてしまったのでした。
「やや、僕は悪い狼さんですか?」
「自覚ないんですかっ!?」
めでたしめでたし。
「めでたくないーっ!!!」
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