5月下旬。
 私は休み時間に教室ではるひと一緒にファッション誌を読んでいた。


 こぼれ話1.出会い:ハリー編


「あ、これこれ! この間ショッピングモールで見たヤツや。やっぱ可愛ええなぁ」
「ほんと。でもこれなら手持ちの服改造して似たの作れるかも」
「ほんま!? って器用やな〜」

 はるひが持ち込んだファッション誌を、額をつきあわせて覗き込む。
 ファッション誌なんて、もう何ヶ月買ってないだろう。
 はるひは買った雑誌を学校に持ち込んで、みんなで批評するのが好きみたい。私も恩恵にあやかってる。

「高校生のおこづかいもバイト代も、たかが知れとるやん。ここは十分に検討してからベストチョイスを買わんとな!」
「そうだね」

 力強く言い切るはるひの言葉に頷きながら、私はしっかりと誌面をチェック。
 服に回せる資金の余裕なんて当然ないから、手持ちの服でどれだけ今の流行に近づけられるか入念にチェックしなきゃ。
 それに、今週末のフリマで買う服の参考にもなる。
 少ない改造で可愛く仕上げられるように、雑誌を覗き込む視線ははるひよりもむしろ私の方が真剣だ。

 うーん……

 二人で腕組みしながら、真剣に考えていると。

さん、西本さん、先生が力を貸しましょうか?」
「「は?」」

 手元に陰がかかったと思ったら、若王子先生が上から覗き込んでいた。
 私とはるひが先生を見上げると、先生は雑誌に視線を落としてきょとんとしてる。

「……あれ? 難しい問題に困ってるわけじゃなかったんですか?」
「なんで休み時間にまで勉強せなあかんの。この問題は若ちゃんには解けへん。無理無理!」
「あ、カチン。先生、流行にはうるさいですよ?」

 するとなんと先生。
 隣の席の椅子を引っ張ってきて、背もたれを抱え込むように反対向きに座って、話に参加しだしてしまった。

「せ、せんせぇ、そんなムキにならなくても」
「やや、さんまで先生には無理だと思ってるんですか?」
「いえ、そんなことは……」
「若ちゃんなぁ、女子高生のファッションチェックはシビアやで? 金額とデザインとが絶妙にマッチングしなけりゃあかんのやで? まぁ一応社会人でお金に余裕があって、そんで一応大人の若ちゃんにアタシらのコーディネート、ほんまにできんの?」
「一応一応って連呼しないでください……」

 あああ、先生ってばさっきまでの勢いはどこへやら。
 ずけずけ物言うはるひに、すっかり落ち込んじゃって。

「あの、先生、それじゃ私の服一緒に考えてください。今週末フリマ行くから、それの参考にしたいです」
さん」

 先生はしょぼくれた顔で私を見上げて、なんとなんと私の右手をきゅぅっと両手で握り締めた。

「優しいです、さん。先生、なまら嬉しいです」
「先生、セクハラセクハラ」
「や、これは失礼しました」

 私の突っ込みに先生はぱっと手を離すものの、すっかり機嫌は直ったみたい。
 なんだかなぁ、先生ってほんと子供みたい。

「西本さん、さんとタッグを組んだ先生は無敵です。負けないぞっ」
「いやあの別に勝負してるわけじゃ」
「何言うとんの。絶対負けへん! 流行で若ちゃんごときに負けたなんて、恥ずかしいて外歩けんくなるわ!」
「あああのはるひ、先生に向かってごときって」

 私のフォローなんか全然聞いてない。
 ふたりとも鼻をつきあわせて火花を散らしてる。

 な、なんだかなぁ……。

 私は二人の下からこそっと雑誌を引っ張り出した。
 うん、先生とはるひには悪いけど、私の服選びは非常に切実なんです。
 VSしてるあいだに、ちょーっとじっくり見せてもらうね。えへ。

 私はトップスのページをぺらぺらとめくる。
 もうすぐ初夏を迎えるだけあって、薄手のブラウスやキャミソールがたくさん。
 その中で私が目を留めたのは、真っ白な綿レースがたっぷりついたパフスリーブのブラウス。
 うーん……レースはなんとかなってもパフスリーブはなぁ……。

「これなんかいいんじゃねぇ?」
「え、どれ?」
「この右上の、赤いヤツ」
「ってこれレザーだよ!? こんな派手なの着れないよ!」
「んっだよ、おしゃれ極めたいならこんくれぇの服くらい着こなしてみせろよな」

 そんな無茶な。
 彼が示したのは、レザー素材のチューブトップ。
 脇を黒い皮ひもで編み上げた、非常にセクスィな一品。

 って。

「……誰?」
「ん?」

 見上げたそこにいた『彼』は、赤い髪をつんつんに逆立てた男の子。
 誰だろう? うちのクラスの子じゃない。
 ところがその男の子も私の顔を見て、ぽかんと口を開けた。

「あれ?」
「え?」
「ファッション誌見てるからてっきり西本かと……い、いやっ! このハリー様がわざわざアドバイスしてやったんだから、恩に着ろよな!」
「ハリー?」

 顔を真っ赤にして、とりつくろうように言い放つ彼。
 間違いを認めたくないのかな。ふふ、可愛いかも。

「もしかして、針谷くん?」

 赤いつんつん頭に改造制服。
 話をしたのはこれが初めてだけど、噂にはよく聞く。

 はね学のロッカー、針谷幸之進くん。
 見た目のインパクトも名前のインパクトもどっちも強かったからすぐにわかった。

「はるひならそこだよ。先生と勝負中」
「勝負中? なんのだよ」
「えーと、流行ファッションチェック……?」
「なんだよそれ。若王子程度に西本が負けるわけねぇじゃん。つまんねー勝負してんなー」

 うわぁ。
 針谷くんも先生相手に遠慮なしだ。

「つか、お前誰?」
「え、私? はるひの友達の」
「ああ、? 西本からよく聞いてっから知ってる」
「そうなんだ。私も針谷くんのことはるひから聞いてるよ」
「当然だ。オレさまのこと知らねぇなんてバチ当たりなヤツがいてたまるか。つか、オレのことはハリーって呼べ!」
「え? あ、うん」

 針谷くん……じゃなくてハリーって、ものすごい自信家だ。
 うわぁ、ある意味すっごく羨ましいかも。

 ハリーは先生とはるひがいまだにらみ合ってるところに行って、ぱんぱんと手を叩いた。

「おい! オレ様がわざわざ足運んだってのにいつまで睨みあってんだよ!? 西本、署名原案どうなった?」
「やや、針谷くん」
「あ、ハリー?」

 はからずも仲裁役となったハリーを、先生とはるひが見上げる。

「署名ってなんですか?」
「これや、これ」

 先生が立ち上がって腕組みすると、はるひは机の中から一枚のB4用紙を取り出した。

 そこに書かれていたのは。

「……テスト廃止署名運動にご協力ください。はるひ、これって」
「なかなかの出来だな! よし、あとは放課後生徒会室忍び込んでコピーするだけだな」
「おっけい! 署名活動は明日から始めるで!」

「いや、だから……これなに?」

 盛り上がるハリーとはるひに、先生は目をぱちぱちと瞬かせ、私は話についていけなくて。
 すると二人は、私と先生に見せ付けるようにその用紙をずいっと目の前に突きつけてきた。

「テストなんてもんがあるから、学生の青春活動が制限されんねん! ちゅうわけで、今日からテスト廃止の署名集めて、生徒会に提出すんの!」
「大勢の署名集めれば、生徒総会の議題にもなるだろ?  どうだ、このアイディアは!」
「それってもしかしてこの間言ってた……ほ、本気だったんだ?」

 そういえばはるひがこの間、テストのこと話した時そんなことを言ってたような。
 さすがの行動力……。

も賛同してくれるやろ?」
「うん、それは勿論」

 こんなことやったってテストが廃止になるわけはないけど、おもしろそうだしはるひとハリーのせっかくのたくらみ、じゃなくて企画が流れちゃうのも可哀想だし。
 それに夢を見るなら、テストが無くなってくれればその分テスト勉強の時間をバイトに回せるし!

「先生も署名します!」

 などと3人で気合を入れていたら。

 なんと先生が。
 右手を高々と上げて賛成の意を表した。
 って、先生が?

「あの先生? これ、テスト廃止署名ですよ?」
「わかってます。だから署名します」
「なんで先生の若王子が署名すんだよ」
「先生も常々、テストは不要と思ってましたから」

 えっへん、と無意味に胸をそらせて先生は言う。

「テスト問題作るの大変なんです。ぶっちゃけ、面倒くさいです」
「「「そっちかいっ!!」」」

 私とハリーとはるひは、仲良く裏拳で先生を殴る仕草をして盛大に突っ込んだ。

「せ、先生ってほんと……」
「や、なんでしょう、さん?」
「…………いえ、なんでもないです」

 私は頭を抱えつつも、素早く思考を切り替えて署名活動に向けて気合を入れる先生とはるひとハリーを見つめた。

 ああ、はね学は今日も平和です……。


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「あのあと署名は生徒会に提出されて、先生、氷上くんと教頭先生にこっぴどく怒られました」
「でしょうね……」
「あれ、ちゃん慰めてくれないんですか?」
「一体先生の行動のどこに慰めどころがあるんですか」
「やや、手厳しいです……」

 ぱらり

「あ、この写真」
「ウェザーフィールドくんと水島さんですね。これは……ふむ、文化祭の美術部展示会場。ピンポンですね?」
「ピンポンです。二人とも海外で元気かなぁ」
「そういえば、この二人とはどこで知り合ったんですか? クラスも離れてたし、部活での接点もなかったのに」
「この二人との出会いも、先生が関係してるんですよ」
「やや、先生は君のキューピッド役でしたか」
「ちょっと意味が違うと思うんですけど……まぁそんなカンジですね。友達増やしてくれてありがとうございました」
「いえいえ。君が大勢に愛されたのは、君自身の魅力です。僕がめろめろ1号です」
「どこから仕入れてくるんですか、そんな言葉……」
「受け持ちクラスの子です。若ちゃんは先輩にめろりんきゅー、だそうです」
「先生、学校で変なことしゃべってないでしょうねっ!?」
「やや、話がそれましたよ? 今度はウェザーフィールドくんと水島さんとの出会いを教えてください」
「話をはぐらかそうとしてもだめですっ!」
「や、誤魔化されてくれませんか。それじゃあ、こうだっ」
「え? わ、きゃあっ!?」

 …………。

「じゃあ二人のこと教えてください」
「……お……オトナなんて……っ……」


 こぼれ話2に続く。。。

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