「?」
先生に呼ばれて、私は手にしていた写真の数々から顔を上げた。
こぼれ話0.2009年某月某日某曜日
リビングに続く引き戸の前で、先生がきょとんとした顔でこちらを見下ろしていた。
「随分静かだと思ったら。何してるの?」
「アルバム整理です。ようやく自由になるお金ができたから、溜め込んだ写真を整理しようと思って」
「写真ですか。在学中の?」
「そうですよ。あ、先生も一緒に見ませんか?」
「是非ご一緒させてください」
私が座っているフローリングの床の上に、ところせましと並んだ無数のスナップ写真。
先生は私の隣に来て、ちょこんと座り込んだ。
そして一枚の写真を取り上げる。
「やぁ、これは懐かしいです。海野さんも佐伯くんも、みんないるね」
ぱぁっと、先生の顔がほころんだ。
とりあえず記憶に新しいところから写真を仕分けしていったんだけど、今先生が手にしているのは3年前、はね学に入学して初めてのクリスマスパーティの時にとった仲良し組の集合写真。
私も先生の手元を覗き込んで、思わず笑ってしまった。
「3年前ですね。みんなやっぱり幼い顔してるなぁ」
「うん。あの志波くんや藤堂さんでさえ、この頃はまだまだ幼い少年少女だった。でも、3年前を幼いと感じるのは君たちがちゃんと成長した証です」
「そうですね……」
無邪気に写真の中で笑ってるクリスくんやはるひも、ハリーに巻き込まれてすまし顔を崩された瑛も。
みんなみんな、この頃はまだ子供だった。
最初は懐かしくって笑ってしまったけど、なんだかしんみりしてきちゃった。
すると、先生がぽんぽんと私の頭を撫でた。
そしてそのまま抱き寄せられる。
「嫌なことがあった日だね」
「……そうですね。でも、みんなが励ましてくれました」
「うん。この日から、君自身も、君のまわりも変化していったのかもしれないね」
「はい」
先生の肩にことんと頭を乗せて、素直に頷いた。
しばらく先生は私の髪の感触を楽しむように髪を撫でていたけど、やがてきょろきょろとまわりを見回し始めた。
「どうしたんですか?」
「うーん……」
手当たり次第に写真を持ち上げては置いて、持ち上げては置いて。
「僕が写ってるのが少ないです。っていうか、ほとんどないです」
「それは仕方ないですよ。ここにある写真って、ほとんどはるひやハリーやクリスくんが撮ってくれた写真だし。あとは修学旅行なんかで業者さんが撮った写真ですから。対象は生徒、先生はほとんど写ってませんよ」
「やや、それはがっくりです……。先生もみんなとの思い出が欲しかったです」
なんだか本気でがっかりしたのか、先生は私をぎゅーっと抱きしめた。
もう、しょうがないなぁ。
「あ、この文化祭写真には先生が写ってますよ。えーと、あとこのクラス写真」
「それだけです。こんなことなら、君がはね学にいる間にもっとくっついて歩いていればよかった」
「それは教頭先生が見過ごさないと思います……」
「……やや? あれは先生が大きく写ってます!」
急に弾んだ声を上げたかと思えば。
先生は奥の方に置いてあった、修学旅行写真の下のほうからぴろんとはみ出ている写真を指差し……
って!
「こ、これはだめですっ!!」
先生が手を伸ばしてその写真を掴むより早く、私はダイビングしてその写真を確保した。
整頓されたほかの写真が宙を舞って、順番ぐちゃぐちゃになってしまうけど、そんなこと気にしていられない!
「……どうしたんですか?」
当然先生は驚いて目をぱちくり。
私は肩で息をしながら、両手でその写真を胸の前で覆うように隠した。
「こ、こ、この写真はだめです。見ちゃだめですっ」
「どうして? 僕が写ってる写真なのに」
「そ、それでも駄目なんですっ!」
私は顔を真っ赤にして、勢い良く首を振った。
すると先生はそんな私の行動を怪しんだのか、たちまち不機嫌そうに口を尖らせた。
「ちゃん、何を隠してるんですか」
「なななな何も隠してませんっ……」
「」
「うあ」
一歩先生が近づけば、私は一歩後退り。
それでもせまい部屋の中、あっというまに追い詰められて、私は先生の手の檻に閉じ込められてしまった。
「僕に隠し事? 夫婦の間で隠し事はブ、ブーです」
「べ、別にやましいこと隠してるわけじゃ」
「だったら見せてください」
「だめですっ!」
私はぎゅっと写真を胸に抱え込んだ。
そしたら先生。
小さく息を吐いて、すっと私から離れた。
立ち上がって、部屋を出て行く。
「あ、せ、先生」
声をかけると立ち止まって振り返るものの、その視線も表情も冷たい。
怒ってる。
「もういいです。僕には君の思い出を共有できないみたいだから」
冷たい言葉。
「ま、待って……そういうんじゃないんですっ」
慌てて私も立ち上がり、先生の腕にしがみつく。
振りほどかれたりはしなかったけど、見下ろす先生の表情は変わらない。
し、仕方ない。
このまま誤解されて気まずいままなんて嫌だもん。
私は、正直に話すことにした。
「これ……」
私は先生に写真を手渡した。
先生は無言で受け取って、写真に視線を落とす。
写ってるのは、多分2年くらい前の先生一人。白衣姿できょとんとしてカメラを見てる写真。
しばらく写真を見てた先生は、おもむろに写真をひっくり返した。
うわ、見られるっ!
思わず私は先生の腕に額を押し付けて、顔を隠した。
「……『先生、大好き』」
「読み上げないでくださいっ!!」
写真の裏面に書いた、私のメッセージ。
こんなの今になって先生に見られるなんて〜〜〜っ!!!
「覚えてます。確か修学旅行のあと、西本さんに声をかけられて、いきなりフラッシュたかれた記憶があります。その時の?」
「は、はい……」
消え入りそうな声で返事する私。
修学旅行で先生への強い思いを自覚した私に、はるひがおせっかい焼いてくれたんだよね。
即日現像してきてくれた写真は、とても大きく先生が写ってて。
しばらくはこの写真見るたんびに、口元が緩むのをとめられなかったっけ。
……今思えば微笑ましいというのか、あぶない人だったというのか。
「真ん中の折り目は生徒手帳に入れてたから。ピンポンですね?」
「ぴ、ピンポンです……」
「……ははっ」
急に先生が笑い出した。
恐る恐る顔を上げてみれば、先生はとても嬉しそうに、でも眉尻を下げて苦笑してる風にも見えた。
ぎゅ、と私を腕の中に掻き抱いて。
「そんなことだろうと思いました」
「だ、だったら怒らなくてもいいじゃないですかっ!」
「だって、君があんまり可愛いから」
「好きな子いじめる小学生ですかっ!!!」
ぽかぽかと叩いてやっても、先生には全く効いてないみたい。
うう〜クヤシイ。大人ってこういう打算的なところがあるんだから!
「」
ちゅ、と額にキスをして、先生は私を座るように促した。
自分が床に座り込んで、その膝の上に私を迎え入れる。
「思い出話してくれませんか?」
「思い出話?」
「はい。先生だった僕が知らない、さんと友達のことです。聞いてみたいです」
後から私の腰に腕をまわして、きゅうと抱きしめる先生。
きょろきょろとまわりを見て、一枚の写真を指差した。
「あれは、針谷くんと西本さんですね」
「そうですよ。1年目の文化祭の時かな?」
「西本さんとすぐ仲良くなったのは知ってるけど、針谷くんとはどこで知り合ったんですか?」
「ハリーですか?」
えーと、と記憶の糸を手繰り寄せる。
そして、ぽんと手を打つ。
「先生、覚えてますか? あのテスト廃止署名活動」
「テスト廃止……ああ覚えてます。西本さん発案のアレですね」
「あのときですよ! 確か、先生も一緒にいましたよ?」
「やや? そうでしたか?」
うーん、と先生も記憶の糸を手繰り始める。
「確か、1年の1学期期末直前くらいでしたよね」
私は先生に背中をもたれて、あのときのことを語り始めた。
確かあれは、はるひと一緒にファッション誌を見てたときだったっけ。
こぼれ話1に続く。。。
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