昨日の夜は、今日来ていく服を決めるのにものすごくものすごーく時間をかけた。
 もともと手持ちの服は少ないんだけど、少しでも、……その。
 先生の隣に並んでて、つり合うように。


 小話8.勤労学生、デート?する


「若ちゃんはな、アタシのリサーチによると女らしい服装が好きらしいで!」
「なんだよそれ、教師のくせにセクシー好きかぁ?」
「アンタと一緒にすな! エレガントや!」
「エレガントなぁ……」
「日曜日はめいっぱい女らしーカッコして行くんやで、!!」

 というはるひ&ハリーの助言を受けたものの。
 私の手持ちはほとんどがピュア系。
 でもできるだけ努力はしたつもり。きゃぴきゃぴした感じのするものを排除して、可愛いよりも綺麗なイメージのものを選んだ。

 あとはクリスくんにもらったグロスと、藤堂さんにもらったネイルでちょこっと自分加工。

 髪も……いつものひっつめヘアじゃなくて。
 全部、おろしてみた。
 1年生のときと比べてずいぶん伸びた髪。ちょっとくせがあって、密さんのストレートにいっつもあこがれてたもんだ。

 エアリームースで髪が広がらないようにして、櫛を通して。

 ……少しはお姉さんに見えるかな?

 これで、せめて密さんぐらいの身長とオトナっぽさがあればいいんだけどなぁ……。

 なんて今日になってうだうだ言っても仕方ない。
 私はいつものスニーカーではなく、普段あまりはかないサンダルに足を通して、家を出た。


 待ち合わせははばたき駅。
 ……20分も早く着いちゃった。
 私は駅の壁によりかかって、先生を待つことにした。

 なんか。
 いつもと違う格好してると落ち着かない。
 道行く人がこっち見てる気がする。
 ううう、そんなに似合ってないかなぁ、このカッコ……。

 やっぱり先生の好みに無理に合わせようとしないで、いつもの格好にしとけばよかったかも。
 そうだよ、大体先生と少しでもつり合うように、って言っても年齢差は埋められないし。
 つり合ったからって、恋人ってわけでもないんだし……。

 ああもう。どんどん落ち込んでくる。
 でも着替えに戻る時間はないし。
 はぁ。勝手に舞い上がって馬鹿みたい。

「ねぇカノジョ」
「はい?」

 あまりに気が滅入ってしまっていたから、注意が散漫になってた。
 いつもなら無視する手合いに、返事してしまったんだ。

「さっきから見てたけど、もしかしてナンパ待ち?」
「……違います」

 壁から離れて改札の方へ早歩きで逃げる。
 でも、この手の輩はしつっこいんだ。
 ぴったり私のあとをついてくる。

「またまたぁ。あ、もしかして待ち合わせすっぽかされた? アタリ?」
「…………」
「君みたいな可愛い子との約束すっぽかす男ほっといてさ、これから海でも行かねぇ?」
「行かない」
「ツレナイねぇ。無理しちゃって」

 なんでこういうナンパ男って、果てしなく勘違いしてる人が多いんだろ!
 歩くスピードを上げてもついてくる。

 と、後ろから腕をつかまれた。
 ナンパ男はにやりと下品な笑みを浮かべて、

「逃げんなよ。ほら、遊びに行こうぜぇ?」
「ちょっ……離して!」

 やだ。
 怖い!!
 振り払おうとしても、ナンパ男のほうが握力強いから振り払えない。

 いやだ、こんなの!

 すると。
 ナンパ男の肩を後ろから掴んだ人がいた。

「あん?」
「悪いけど、その人は僕と約束があるんだ」

 先生!
 顔を上げた私の目に飛び込んで来たのは、私服姿の若王子先生の姿。
 まだ約束の15分前なのに。
 先生に助けてもらえるなんて!

「なんだアンタ。カノジョはオレと遊びに行くんだけど?」
「残念、僕のほうが先に約束してるんだ。悪いけど、あきらめてくれないかな?」

 ナンパ男は私から手を離して先生に向き直り、ガンを飛ばす。
 けど、これは先生の方が上手だ。
 にこにこと人のいい笑顔を浮かべてた先生が、すい、と目を細める。

「君じゃ役不足だ。不服があるならいくらでも聞こう。もちろん、暴力だって構わない」
「うっ……な、なんだよ、マジになりやがって。馬鹿くせぇ」

 いつもはのほほんとしてるくせに、先生ってこういう威圧的な雰囲気も持ってるんだよね。
 ナンパ男は舌打ちして去っていった。
 よかった……。

 先生は私を振り向いて、いつもの優しい笑顔を見せてくれる。

「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございました!」
「この辺はああいう輩が多いから気をつけてください。じゃ、僕はこれで」

 そう言って。
 先生は軽く手を挙げて踵を返す。

 ……って、え?

「あの、先生!? どこ行くんですか!?」
「……え」

 慌てて追いかけて声をかけると、先生は驚いたような声を出して足を止めた。
 振り向いて、きょとんとした表情で私を見下ろす先生。

「……さん?」
「そうですよ。誰だと思ったんですか」
「本当に、さん?」

 目を瞬かせて、先生は繰り返す。

「驚いた。いつもと全然違うから、気づきませんでした」
「先生ひどい! 確かにいつもとは違うかもしれませんけど、服と髪型変えただけでわかんないなんてっ!」
「や、あの、そういうわけじゃ」

 むくれてみせると、先生はめずらしく慌てた様子を見せた。
 困ったような笑顔を浮かべて、頭を掻く。

「その、とても綺麗だから」
「え」
「綺麗です、さん。だから……ごめんなさい。先生、見間違えました」
「……」
「こんなに髪が長かったんだ」

 先生は私の顔の横から手を入れて、指に私の髪をからめる。

「綺麗な髪」
「っ……あああの、先生!! 時間、早かったですね?」

 瞬時に高まる心拍数をごまかすために、声をうわずらせながらも私は話題を変えた。
 でも先生は。そのまま小首を傾げて、にこっと微笑んで。

「早くさんに会いたかったから」
「……っ」
さんも、先生に早く会いたかったから、早く来た。ピンポンですか?」
「…………ピンポンです…………」

 ヤブヘビだった……。


 私と先生はそのままショッピングモール内の、浴衣の特設売り場に向かった。
 ちなみに私の右手は、定位置の先生の左手の中。
 が、学校の子、いないよね??

「や、色とりどりの浴衣がたくさんだ。どうしよう?」
「先生の浴衣から見に行きましょう。私、結構優柔不断だから、先に私の見てたら疲れると思いますよ」
「僕はさんの買い物を待つことは苦にならないです」
「い、いいから先生のから選びましょう」

 なんか今日の先生、いつもの先生モードはお休み中みたい……。

 紳士浴衣売り場はレディスのすぐ裏。
 女性浴衣の賑わいからうってかわって、こっちはお客も少なめで静かだ。

「どんなのがいいですか?」
「やー……どんなのがいいでしょう」
「えっと、好きな色とか」
「先生はさくら色が好きです。さんによく似合います」
「だから私じゃなくて……」

 か、噛み合わない……。
 でも、楽しい。へへ、ちょっとバカップルのお買い物、っぽいかな?
 教職についてる人つかまえて、バカはひどい言い草かな。ふふふ。

「先生は濃い色と薄い色、どっちが似合うでしょうね?」

 私はラックから濃紺の浴衣と白地の浴衣を取り出して、先生の肩に当てた。

「どうですか?」
「……どっちも似合ってます……うーん、方向が決まらないですね」
さんはどう思いますか?」

 私の手から浴衣をとって、先生は自分の体に当てる。
 数歩下がって先生の全身をざっと見て。

「私の勝手なイメージなんですけど。先生のイメージって、白なんです」
「白ですか。藤堂さんからは、よく黒いと言われるんですけど」
「それは先生の中身です」
「あ、ひどい。そんなはっきり言わなくたって……がっくりです」
「ふふふ、じゃあ外だけでも白くしといた方がいいですね?」
「……さん、意地悪です。そういう意地悪言う人には、こうだっ」
「え、わぁっ!?」

 にやりといたずらっぽく笑った先生。両手を挙げたかと思った、ら、わ。

 がばっと抱きつかれた!
 うわわわわ!

「なななな、せんせぇっ!?」
「ふふふ、さん、後ろ向いてください」
「な、な、……え? う、後ろ?」

 ぎくしゃくしながら言われた通りに振り返ると、そこには姿見。
 そこに映ってるのは先生と、腕の中の私と、その前に2着の浴衣。

さんは、やっぱり淡い色のほうが似合うと思います。……自信ないけど」
「あ……。そうですね、普段着てる服も淡い色が多いですし」
「えっへん。先生の思ったとおりです」
「自信ないって言ったくせに」
「そこは流してください」
「アイタっ!」

 ごつんと。
 後ろから先生に頭突きされた。

 くすくすくす。
 先生のさらに後ろから忍び笑い。

「や?」

 先生は私ごと振り返った。
 そこには年配の販売員さん。私と先生を見て、おかしそうに笑ってた。

「仲がよろしいですね。彼氏の浴衣選びですか?」
「え!? あ、あの、か、彼氏じゃ」

 否定しようとしてふと気づく。
 こんなじゃれあってる状態で、否定しても説得力がない。

 ついでに、先生もにへらっと笑って腕に力こめてるんだから、余計にっ!!!

「今度の花火大会に一緒に行くんです」
「まぁ、いいですねぇ。彼女の浴衣もご購入ですか?」
「はい」

 先生、否定する気、全くナシ、と。

「じゃあその白い浴衣、ご試着なさいませんか? 実はこれ、女性の浴衣にもおそろいのデザインがあるんですよ」
「え?」

 返事よりも早く、販売員のおばさんは女性用浴衣の売り場に去っていく。
 きょとんとする先生の腕から抜け出して、私は濃紺の浴衣だけラックに戻した。

「先生、それ、どんな柄なんですか?」
「これですか? ……や、笹の葉?」
「あ、これ笹竜胆ですね」
「笹竜胆?」

 先生が浴衣をめくって柄を見せてくれる。
 白地に、濃さが様々な青で笹竜胆が描かれてる。

「お待たせしました! こちらが対の女性用です」
「こっちは、扇柄ですね」
「……あ、これもしかして」

 女性用浴衣売り場から販売員さんが持ってきたのは同じく白地の浴衣。
 紳士用の浴衣と同じ位置に、こっちは扇の柄が描かれてる。

「これ、義経と静御前ですね?」
「よくご存知で。そうなんです。こちらの浴衣は義経と静御前をイメージしたデザインなんですよ」

 私の言葉に、販売員さんが大きく頷いた。

「それで、対なんですね?」
「ええ! いかがですか?」
「やー、いいですねぇ。さん、おそろいの浴衣です」
「私イヤです」

 盛り上がる先生と販売員さんに、私は氷の笑顔でざっくりと言い捨てた。

 ぴきんと凍りつく先生と販売員さん。

「や、あの、さん。あの、イヤですか?」
「イヤです」

 にっこり。
 氷の笑顔の私なんて、先生初めて見るんだろう。
 いつもは余裕の笑顔が、ちょっとひきつってる。

 でもイヤなものはイヤだ。

「すいません。他の浴衣、見せてもらえますか?」

 私はできるだけにこやかに、販売員さんに問いかけた。



 結局私が買ったのは淡いピンクの地に蝶柄の浴衣。
 先生は白地に菖蒲のような柄が入った浴衣を購入した。

「先生、本当にすいません。あんな高い買い物……」
「いえいえ、僕がそうしたかったんだからいいんです。浴衣の仕立て上がり、楽しみですね?」

 そして現在はショッピングモール内のカフェにて。
 私と先生は向かい合ってお茶の最中。
 ちなみに先生はブラックのアイスコーヒー。
 私はホイップクリームの乗っかったアイスカフェオレ。

「あの、さん?」
「なんですか?」

 ついでに勧められたレアチーズケーキを頬張っていると、先生が頬杖をついて尋ねてきた。

 ……じーっと目を見ないでください。

「どうしてあの浴衣はイヤだったんですか?」
「あの浴衣? ……ああ、あの白のお揃いのですか?」
「先生、さんとお揃いがよかったです」

 ぐっ。
 むせそうになって、寸でで耐えた。
 そ、そうやって真正面から瞳を合わせて、拗ねた表情しないでください。

「だって」
「だって?」
「義経と静御前ですよ?」
「はい。歴史上の、有名な恋人同士です」

 恋人同士。
 ……そこは、私も、ちょっと気になったけど。

「だからイヤなんですっ」
「…………」

 私が顔を赤くして言うと、先生は少し傷ついたような、顔、して。
 って。
 なんでここで先生が傷つくんでしょうか。

さんは……」
「は、はい?」
「……いえ。なんでもないです」

 なんだろう。先生、寂しそうな顔。
 そのまま沈黙。
 ……気まずい。

「あああの、義経と静御前ですけどっ」
「その話は、もう」
「あの二人、最後は悲恋じゃないですか!」

 雰囲気を打破しようとして、勢い込んで言い切った。

 先生、きょとんとしてる。

「ほら、頼朝に追い詰められた義経って、自害するでしょう? それで最愛の静御前とはそこで永遠の別れ。いくら歴史上有名なこ、恋人同士って言ってもっ、そんな終わり方する人たちのデザインモチーフなんて、そんなの、先生とお揃いなんて、イヤだったんです……」

 ……あれ?
 なんか今私、余計なことまで言わなかった?
 な、なんか今、すっごい恥ずかしいこと、言ったような!

「そうだったんですか」

 打って変わって、先生は突然の上機嫌。

「そういう理由なら、先生もイヤです」
「え……」
「僕もイヤだ。ね、さん」

 にっこり微笑む先生に。
 私は、なんかもう自分の失言やら先生の笑顔やらで、全身脱力してしまって。

「……はぁ……」

 なんとも間抜けな返事をしてしまったのでした……。


 その後、一緒にはばたき駅に戻ってきた私と先生。
 いつものように手をつないで、先生が私の家の最寄り駅までの切符を買う。

 と。

「あれー、若ちゃんじゃん?」
「うわっ、もしかしてデート中!?」

 聞き覚えのある声。
 この声は確か。

「やや、奇遇です。お買い物ですか?」
「そうそう、こっちは男二人だけどー。若ちゃんもやるじゃん!」

 やっぱり!
 確か陸上部の子だ!

 私は振り向くわけにもいかず、その二人に背を向けたまま硬直してしまった。

 だ、大丈夫。
 今日の私はいつもの私と違う格好してるし。
 先生だって気づかなかったんだから、顔さえ見られなければ、バレないっ!

「若ちゃんもちゃんと彼女いるんだなー。オレも彼女欲しー!」
「えっへん。先生を尊敬し直しましたか?」
「マジソンケー!!」

 ぐいっと私の肩を抱いて、腕の中に抱きいれる先生。
 あーあ、見栄はっちゃって……。

 その後二言三言言葉を交わして、陸上部の子と別れる先生。
 はぁ、助かった。

「せんせぇ……いいんですか? あんな見栄はっちゃって」
「やや、先生、見栄はったつもりはないんですが」
「え」

 優しい笑顔で腕の中の私を見下ろす先生。
 私がぴきんと硬直したのを見て、くすっと噴出した。

「なーんちゃって」
「っ……それは死語ですっ!!!」
「あ、さん。待ってくださいよー」

 私は先生の手を振り解いて改札をくぐった。

 ああもう。学校の外だと思って調子に乗って!
 教え子をそういう風にからかうなんて、一体どういう教師だっ。

 先生のバカ。

 ……バカ。

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