「そこの道行くおねえちゃんっ! よかったらお茶しない?」
「…………」


 小話7.勤労学生、ナンパされる


 ゴールデンウィーク直前のみどりの日。
 私は商店街に買い物に来ていて、突然声をかけられた。

 いやその。
 いつもなら無視してさっさと行くんだけど。

 ……小学生にナンパされるとは。

「私のこと?」
「そうそう。そこの喫茶店にオススメのケーキがあるんだ。一緒にどう? はね学アイドルのさんっ」
「へ?」

 にこにこと人懐っこい笑顔を浮かべている男の子。
 裾ハネのくせっ毛が可愛い小学校高学年くらいの。

「な、なんで私の名前知ってるの?」
「へへ〜。さんって、あかりおねえちゃんの友達でしょ? おれ、いろいろ聞いてるよ!」
「……あ。もしかしてキミ、遊くん?」
「あったりー! なんだ、さんもおれのこと知ってんじゃん!」

 えへへ、と頭の後ろで手を組んで笑う男の子。

 知ってる。
 この子、あかりの家の隣に住んでるっていう男の子だ。
 いっつも元気一杯で、あかりの知らない情報をいろいろ教えてくれるんだって、前に聞いたことある。

「よく私のことわかったね?」
「おれ、あかりおねえちゃんからさんの写真見せてもらったことあるもん。はね学アイドルで、成績トップで、欠点は鈍足なとこくらいの美少女だって」

 あかり、鈍足は余計だってば……。

 遊くんは人見知りせず、そして物怖じもしないみたい。
 私の手を取って、ぐいぐいと引っ張ってくる。

 可愛いなぁ。

「これから用事あるの? ないんだったら、ナンパに引っかかってよ!」
「ふふ、いいよ。引っかかってあげる。ジュースくらいなら奢ってあげるよ」
「それはいらない。イイ男は女の人にお金を使わせちゃいけないんだ。これ、おれの師匠の言葉!」

 うわーっ生意気ーっ!
 でも可愛いーっ!

「じゃあこっち! ついてきて!」
「はいはい」

 私は遊くんに手を引かれて、商店街角の小さな喫茶店に入った。

 喫茶ALCURD……あ、ここって確か葉月さんの行きつけの喫茶店だ。

「いらっしゃいませ。……2名様でよろしいですか?」
「あ、はい」
「ううん、先に待ってる人がいるから」

 店員に尋ねられて返事をしたら、遊くんがそれを遮って私を店の奥へと引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと、遊くん?」
「あ、いたいた。おにいちゃん!」

 遊くんはぐいぐいと私を引っ張って、一番奥のボックス席までつれてきた。
 そのボックス席には先客一名。

 はば学の制服を着た、一人の男の子。
 どこかで見たような、顔してるけど。

 手帳とにらめっこしてたけど、遊くんの声に顔をあげてにやっと笑う。

「おにいちゃん、ナンパ成功! さん連れてきたよ!」
「よくやった! 遊、約束通りクリームソーダとチーズケーキ奢ってやるよ」
「やった! ほら、さんも座って座って」
「ちょ、ちょっと待って」

 ぐいぐい背中を押す遊くんの手を取って、私はボックス席の男の子を睨みつけた。
 はば学生は深くソファにもたれかかって、私を見上げてる。

「なに?」
「こんな小さな男の子にナンパさせるなんて。やり方が卑怯じゃない?」
「だって、さんって割りとストイックそうだしさぁ。遊に頼んだほうが楽かなって」
「確かにね。でも、わかった以上は相手にできないよ。遊くん、行こう。こんな人と一緒にいたらだめだよ」

 私は遊くんの手を取って、踵を返した。

 すると、はば学生の彼は机に頬杖ついて。

「結構気が強いね? ごめんごめん。おれ、小波尽。姉がお世話になってます」
「え……」

 机にしがみついてる遊くんの重みでつんのめった瞬間、彼は愉快そうに言った。
 私はゆっくりと振り向く。

「小波、尽?」
「そう」
「……小波?」
「うん。おれ、小波晴美の弟。はば学1年」

 きょとんとする私に、彼、尽……くんは、にっこりと人のよさそうな笑顔を見せた。

「気ぃ悪くするような誘い方して悪かったよ。ケーキ奢るからさ、ちょっとおれと遊に協力してくんない?」
「なんだ、小波さんの弟くんなの? それにしてはずいぶん横柄な……」
「うわー、言うね? へへっ、おれさん結構好きだな!」

 邪気のない明るい笑顔は、確かに小波さんによく似てる。
 私は軽くため息をついて席についた。

さん、なんにする? 葉月はここのモカがうまいって言ってたよ」
「駄目だよ、おにいちゃん。さんはミルク入ってないとコーヒー飲めないんだよね?」
「あ、そっか。じゃあここのカフェラテなんかどう? ……ケーキはノーマルなイチゴショートが好きなんだよね?」
「そうそう。スポンジの間にもイチゴが入ってるヤツ!」
「…………」

 私抜きに、私の注文を決めてく遊くんと尽くん。
 いや、当たってるんだけど。
 この二人、一体どこからこんな情報を。

「じゃあ注文! カフェラテ、カフェモカ、クリームソーダ、イチゴショート、ベイクドチーズケーキとチーズスフレ!」

 うわ、本当に勝手に決めちゃった。


 隣で猛烈な勢いでチーズケーキをほおばる遊くん。
 そんな遊くんをしばらくにこにこ見てた尽くんが、手帳を開いておもむろに聞いてきた。

「オレさ、はば学一の情報通を自負してるんだけど」
「へぇ」
「最近ははば学にもいろいろさんの噂が流れてきてさ。ちょっと情報屋としてはネタに困ってるんだよね」
「ぐっ」

 私は口に含んでたカフェラテを噴出す寸前で堪えた。
 ……せ、セーフ。

 私は口元を手ふきでぬぐって、尽くんを見た。

「う、噂って……?」
「あ、悪い噂じゃないよ? 全国模試でいつもトップテン内にいるのが、はね学一の美少女だとかいう噂。それでみんな興味持ち出してさ」
「全国模試のは事実だけど、はね学一の美少女ってのは……密さんのほうがよっぽど性格的にも見た目にも美少女だよ?」
「あ、それって水島密さんのこと!? うわ、聞きたいなー、水島さんの情報!」

 がぜん瞳を輝かせて、尽くんが身を乗り出してくる。
 って、ちょっとちょっと。

「待って待って、そんな情報仕入れてどうするの? 悪用するつもりなら教えてあげられないよ!」
「悪用なんて。人聞き悪いな〜」

 尽くんはソファに座りなおして、手帳をぱらぱらとめくった。
 そして、あるページを開いて、私の目の前に突き出した。

 そのページには。

「……なにこれ?」
「これが情報屋・尽様が、ねえちゃんのために3年間集めた人物情報さ」
「小波さんのために?」

 そのページには。
 葉月さんに姫条さん、氷室先生に……あ、藤井さんや有沢さんの名前まで。
 いろんな人の名前があって、その横にはにこちゃんマーク。
 きらきらにときめいてる表情もあれば、口を真一文字にした無表情なのも。

 ちなみに、きらきらにときめいてるのは葉月さんと氷室先生と藤井さん。

 ……ん?

「天之橋……一鶴?」
「ああそれ? はば学の理事長だよ」
「天之橋奨学金の理事長でもある人、だよね?」
「うん。さんはそれ受けてるんだっけ」

 ……一鶴。
 まさか、ね。

「で、これが?」
「うん。こんなカンジで、誰と誰がいいカンジとか、自分に対してはどのくらい好感持ってくれてるかとか、そういう恋する乙女や少年たちの力になってんの、オレたち」
「おれ、たち?」
「そう。なっ、遊」
「うん! おれもあかりおねえちゃんのためにいつも情報仕入れて流してるんだよ」

 そう言って、遊くんもチーズケーキを食べる手を止めて、ポケットから小さな手帳をとりだした。

「今のあかりおねえちゃんの評価。こんなカンジだよ。特別に見せるんだから、おねえちゃんには内緒にしててよ?」
「う、うん」

 私はどきどきしながら遊くんの手帳を覗きこんだ。

 そこに書いてあった名前は。

 佐伯 瑛
 志波 勝己
 氷上 格
 針谷 幸之進
 クリストファー=ウェザーフィールド
 天地 翔太

 若王子 貴文
 真咲 元春

 藤堂 竜子
 小野田 千代美
 西本 はるひ
 水島 密
  

 ……って、はね学で目立ってるのオールスターじゃん!
 うわ、あかりって真咲先輩とも知り合いなんだ。

 ちなみに評価は瑛がきらっきらにときめいてて、クリスくんとはるひと私がにっこり笑顔。
 他はみんなノーマル笑顔だ。
 好かれてるんだな、あかり。

 ……先生とは、ごく普通の関係、かな。

 って。

「あの、瑛の横の爆弾マークは……?」
「ああ、これ?」

 遊くんと尽くんが顔を見合わせて、困ったように眉をよせる。

さんはもう十分知ってると思うけどさ……おねえちゃんって、結構ニブイとこあるでしょ?」
「うん。激しく、うん」
「それで、佐伯さんはおねえちゃんのこと大好きだけど、そのおねえちゃんのニブさに結構傷ついたりしてて。我慢の限界が近いぞってマーク」
「デイジぃぃぃぃ!!」

 私はもう頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

 あああ、瑛、生殺しにされてるんだなぁ……。
 おとうさんのために、私、本気で一肌脱いであげたいよ……!

「ちなみにさんのもあるよ?」
「え?」

 言うなり、遊くんはぱらぱらと手帳をめくる。

「おねえちゃんからの情報しか入ってこないから、さっき尽おにいちゃんとも情報交換して調整したんだ。結構あってると思うよ?」
「ちなみに、オレのさん情報源はねえちゃんと藤井さんと有沢さん」

 はば学OGのみなさん。
 個人情報保護法って知ってますか……。

「あったった。これこれ。見る?」
「う……」

 見てみたい。
 でも、見るのは正直怖い。
 あくまで評価で、その人の気持ちじゃないってわかってるけど。

 もし、先生の評価が、悪かったら。

「どうする? 対人関係の参考になると思うよ?」
「ううっ……よ、よし、見せて!」
「いい返事! さんの評価はこんなカンジだよ!」

 遊くんが私の目の前に、評価シートをつきつける。

 瞬間、手帳がまばゆい光を放ったように見えた。

「う、わ……!?」
「すごいね、さん。きらきらのぴかぴかじゃん!」

 まぶしさをこらえてよくよく評価シートをのぞきこんで。
 私は絶句してしまった。

 だって。

 だってだって!

 瑛、志波くん、若王子先生、はるひ、あかりの5人が。
 きらっきらのときめき評価!
 そしてハリー、クリスくん、真咲先輩がにっこり笑顔評価。
 他はみんなノーマル笑顔。

 うえええええ。

 先生の評価は嬉しいけど、すっごく嬉しいけど。

 瑛と、志波くんは、なんで???

「ゆ、遊くん、この評価って、本当に合ってるの……?」
「あ、疑ってるでしょ、さん! 合ってるはずだよ。ねぇ、おにいちゃん!」
「そうそう。さんに関しては情報少ないから断言まではできないけど、限りなく近いはずだよ」
「へ、へぇ……」

 あ、ああ、そっか。
 これ、女の子の名前も載ってるもんね。
 だから、友情度の評価がメインなのかも。

 うん、それなら納得できる。
 確かに男の子の中では瑛と志波くんが一番の仲良しだし。
 先生も……生徒の中で私が一番、って言ってくれたもんね。

 なるほど、そう考えると納得できるかも。

「さて、さん。オレたちの情報はぎりぎりまで公開したんだからさ、今度はさんの番だよ」
「え?」

 尽くんが腕組みしてソファにふんぞり返る。
 すると、遊くんまでもが、席を尽くんの隣に移動して手帳をぺらぺらとめくって。

「情報料は情報で! はね学人物情報、教えてもらうよ!」
「えええ!?」
「大丈夫! 情報源の秘匿は、情報屋の掟だから!」
「まずは水島さんの情報から貰おうか!」
「あ、おれは若王子七不思議が聞きたい!」
「ちょ、ちょっと待ってぇぇっ」


 かくして私は。

 ごめんね密さん。
 ごめんね先生。
 そしてそしてはね学のみんな。

 は個人情報保護法に違反する漏洩をしました。

 どうかこの二人にもたらした情報がもとで、変な騒動が起きませんように。


「ええっ、水島さんが元ヤン!?」
「あああっ、声が大きいっっ!!」

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