2学期の期末テストは、問題なく1位を取れた。
 今回は満点教科は1科目だけだったけど、氷上くんには1教科も負けなかったもんね!


 小話6.勤労学生、デビューする


 12月23日、早朝。
 私は開店前のショッピングモールまで足を伸ばしていた。
 理由は簡単。

『GORO新ブランド≪Elica≫ブティックジェスにて本日デビュー!!』

 ショッピングモールの屋上から、でかでかとそんな垂れ幕がかかっていた。

 そう。
 今日は私がモデル協力したブランドが初めて発売されるんだ。

 そこで昨日、花椿先生からメールが来て。

『チャオ! 私の新ブランドElicaのデビューイベントに呼んであげるから、かならず来るのよ!!』

 どこで私のアドレスを手に入れたのやら。
 そんな一方的なメールを貰ってしまったので、仕方なくやってきたというわけだ。

 ……無視した場合のことを考えると、来ざるをえなかったというほうが正しいかも。

 GORO新ブランド発表日ともあって、入り口はもう行列が出来てる。
 ショッピングモールのまわりには、中継車も何台も止まってた。
 うわ、こんなとこ、ほんとに私が来てよかったのかな……なんて不安に思ったりもしながら。
 私はメールに記してあった社員通用口に行き、警備員さんに合言葉を伝えた。

「え、『エリカはピュアピュアセクシーエレガンテ』!」
「花椿先生の来賓ですね。どうぞ、お通り下さい」

 先生、もう少しマシな合言葉、なかったんですか。
 警備員さん、笑いを堪えるの大変そうなんですけど。


「あーっら、第2の小悪魔ちゃん。よく来たわね。ご機嫌いかが?」
「はぁ、まぁまぁです」
「煮え切らない子ね。ま、いいわ。これにすぐ着替えてチョウダイ」

 いつものナイスなボディスーツに、くねくねなウォーキング。
 しばらく海外に行ってたらしいけど、あの時みたまんまの花椿先生。

 で、手渡されたのは白い箱。

「これは?」
「非売品のElicaイメージドレス。小悪魔ちゃんに上げるわ」
「え!? いいんですか!?」
「小悪魔ちゃんサイズで作ってるから、アンタしか着れないのよ! さ、早く着替えてらっしゃい!」

 う、うわあ!
 世界のGOROブランドの非売品ドレス!!
 なんて光栄な……うわあ、うわぁ〜。

 私はジェスの中の試着室へと急いだ。

 ジェスの中には報道陣が集まっていて、これからブランド発表の、花椿先生の記者会見があるみたい。
 ふあー、さすが世界のファッションリーダー!

 試着室の前には、先生の言う「エレガンテ」に着飾った、きれいなお姉さんが一人。

「あ、あの。ここ使ってもいいですか?」

 尋ねると、お姉さんは優雅に微笑んだ。
 うわあ、本当に綺麗な人。

「エリカさん、ね?」
「は、はい」
「どうぞ。着替え終わったら、お知らせください」

 お姉さんは試着室のカーテンを開けて、招きいれてくれた。
 恐縮しながら試着室に入って、私は渡された箱を開けた。

 中から出てきたのは、さくら色のドレス。
 ハイウエストのエンパイアスタイルでとってもピュアなイメージ。
 スカート部分はエスカルゴに切り替えが入って、サテンやシフォンなど異素材の組み合わせ。

 でも、実際着てみると。
 意外にも鏡に映った自分の姿はエレガントだった。

 すごい……花椿先生。
 服って、こんなに表情が変わるんだ。

「エリカさん、着替えはどうですか?」
「は、はい! 着替え終わりました!」
「わかりました。では、失礼しますね?」

 そう言って、お姉さんも試着室に入ってくる。

「お似合いですよ」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃあ、ちょっと狭いですけど、メイク済ませちゃいますね?」
「え?」

 言うが早いか。
 お姉さんは有無を言わせず私の髪をほどいていった。

 あ、あれ、れ?


 お姉さんが私の髪をゆるく結い上げて化粧をしている間に、花椿先生の記者会見が始まったみたい。

「花椿先生! この度は新ブランド『Elica』の発表おめでとうございます。ブランドコンセプトから、ご説明願います」
「今回のテーマは、私の前に突然現れた小悪魔ちゃんが落としていった、『ピュアでセクシーなエレガンテ』がテーマよ! そもそも、このブランドは……」

 パシャっ パシャっ

 フラッシュの光が試着室のカーテンを透けて届く。
 うわー、これが記者会見……。
 こんなすごいところに一緒にいるなんて、なんか変なカンジ。
 カーテン越しだけど。

「よし、間に合った!」

 お姉さんが一息ついて、私を鏡に向きなおした。

「はい。あなたは今からElicaよ?」
「え……」

 鏡の中の私は、私じゃなかった。

 こんな人、私知らない。
 少し大人っぽくて、いつもバイトに追われてあくせくしてる女子高生じゃない。
 うわ。
 Elica、なんだ。

 すごーい……。

 花椿マジック!! すごい!!

「花椿先生、今回のブランドElicaには実在のモデルがいると聞いていますが?」
「ええモチロン。今日はちゃんとお披露目するわよ」

 先生の言葉に。
 私はぎくっと体を強張らせた。

 ま、まさか。

「あの」
「さあ、出番ですよ」

 やっぱり?

 お姉さんの微笑みに、すでにもう逃げられないことを理解した私。

 教頭先生。ゴメンナサイ。

「エリカ! いらっしゃい!」

 花椿先生の声と同時に、試着室のカーテンが勢いよく開けられる。
 一斉にこちらを振り向く報道陣。
 う、わ。さっきより多い!!

 そして、目が開けられないほどのフラッシュ!

「きゃ……」
「大丈夫、こちらへおいで」

 たじろいでしまった私の手を引いてくれたのは、口ひげをたたえた素敵なオジサマ。

「……一鶴さん!」
「やはり君は素敵なレディになった。花椿も、こういうことにかけては天才的だからね」

 にっこりと微笑んで、私を花椿先生のもとまでエスコートしてくれる。
 ああ、よかった。一鶴さんがいてくれて。
 気持ちが落ち着いていく。

 よし、もう大丈夫。
 女は度胸! もう、やるしかない!

 私は花椿先生の隣に立ち、強張りそうな顔に必死で笑顔を浮かべた。

「この子が新人にしてElicaブランド専属のモデル、エリカよ」

 おおーっ。

 どよめきとともに、フラッシュがたかれる。
 お、おじけるな。
 笑顔笑顔!

「エリカさん、年は?」
「簡単な経歴を教えてください!」
「だめよっ! エリカのプライベートは一切秘密! 公表できるのは、この容姿だけ!」

 先生はちらりと私を見て、にやっと笑った。

 これは私への配慮……
 じゃなくて、ブランド戦略なんだろうな、やっぱり。

 黙って愛想だけ振りまきながら、私は花椿先生の独壇場を眺めていた。


 やがて私は退場の指示を受け、先ほどのお姉さんと一鶴さんに付き添われてジェスを出た。
 そのまま社員が使う事務所に通されて、そこで着替えを済ませて。
 お姉さんは手早く私の化粧を落とし、髪も全く別の形に纏め上げてくれた。

「よし。これならエリカだとはばれないでしょう」
「は、はい」

 手鏡を渡されて、覗き込んだ先にはいつもの
 化けるなんて漢字使うだけあって、化粧の威力はスゴイ。

「突然でごめんなさいね? 先生、モデルのスカウトっていつも強引で」
「いえ、楽しかったです!」
「ありがとう、エリカさん」

 にこっと微笑むお姉さん。
 本当に綺麗な人だなぁ……上品で、優雅で。

「また急な呼び出しがかかると思うけれど、その時はよろしくお願いします」
「は、はい!」
「うむ。話は済んだかな?」

 一鶴さん。
 帽子をかぶってステッキを持って。
 今日はまた一段とイギリス風紳士だ。

「一鶴さんも、今日は花椿先生に呼ばれたんですか?」
「うむ、君のデビューイベントだと聞いて、気になってね。くんは才色兼備で本当に素晴らしいレディだ。とてもエレガントだったよ」
「あ、ありがとうございます……」

 うひゃあ照れる。

「では私に出口までのエスコートをお任せ願えますかな?」
「はい! よろしくお願いします! あ、お姉さんも、お世話になりました」
「またね、エリカさん」

 優雅に手を振るお姉さんと別れて、私は一鶴さんと一緒に事務所を出た。

 そして、2,3歩歩いた頃。

 突然、ジェスの方から金切り声が。

「ギャリソン! Elicaの新作、全部購入するのよ!」
「は、はいお嬢様。ですが、まだ開店前では」
「みずきはオープンパーティに呼ばれたのよ!? そのくらい融通させなさい!」
「は、た、ただいま!」

 ……うわぁ。
 どこぞのセレブだろうか。
 と思ったら一鶴さん。深いため息。

「彼女の癇癪は、相変わらずだな」
「え、一鶴さんのお知り合いですか?」
「うむ、知り合いというか、教え子というか」
「教え子??」

 一鶴さん、教師なのかな?
 うわ、こんな素敵なオジサマが教壇に立つような学校って、どんだけきらびやかなんだろう。

くん、これは私からのプレゼントだ」

 社員通用口まで送ってもらって。
 一鶴さんはまだ花椿先生に用事があるみたい。ジェスに戻る前に、私に小さな包みをくれた。

 開けてみると。

「……あ。メガネ?」

 赤いセルフレームのメガネ。最近流行のおしゃれメガネだ。

「念には念を入れて。度は入ってないから、ショッピングモールを出て駅までつけているといい」
「気を遣っていただいてありがとうございます! ……どうですか?」
「うむ、とてもいい。君にはバラのような赤がよく似合う」

 あはは。一鶴さんてば、いちいち褒め言葉がうまいんだから。

「それじゃあ、私はこれで!」
「うむ、気をつけて帰りたまえ」

 私は一鶴さんに頭を下げて、小走りに駅に向かった。


 先生にもらったドレス、という荷物もあるし。
 今日はこのまま帰っちゃおうと思ってたんだけど。

 駅前の小さな雑貨店。
 その店先に飾ってあったガラス細工に目を奪われた。

 キレイ。

 ガラスで出来た天使のモチーフ。
 スワロフスキーかな? すごくきらきら光ってる。
 大きく広げた翼で、今にも飛び立ちそうな様子で佇んでる。

 値段。
 ……は、可愛くない。

 でも、たった今バイト料が入ったばかりだし。
 予定外のバイト料だし。
 明日はクリスマスパーティ。
 プレゼント交換に、ちょうどいいかも!


 先生は、こういうの、好きかな?


 私はそんなことを考えながら、その雑貨屋に足を踏み入れた。

「すいません。ウインドウに飾ってあるガラスの天使、見せてもらえませんか?」

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