『もしもし、か?』
「佐伯くん??? どうしたの、めずらしいね」
小話4.勤労学生、愚痴られる
「一体何の用だろう……」
新学期が始まって1ヶ月とちょっと。
ゴールデンウィーク明けの翌週土曜日。
私は、自宅に佐伯くんを招き入れることになっていた。
佐伯くんから突然の電話連絡があったのは昨日の夜遅く。
あ。勤労学生でも携帯は持っているのです。
いつでもバイトの呼び出しに応じられるようにね。
『あのさ、ちょっと話があるんだけど』
「うん、なに?」
『いや、今じゃなくて……なぁ、明日お前ん家行っていいか?』
「は? ……別に構わないけど……?」
『じゃあ決まりな。……あ、他に誰も呼ぶなよ! オレとお前、二人だけな!』
「はぁ……」
『……べっ、別に、変なこと期待するなよ!?』
「してないしてない」
見えてないとわかりながらも、思わず手をぱたぱた振ってしまった私。
というわけで。
昨日はそれだけ言って佐伯くんは電話を切った。
とりあえず、朝から掃除機をかけたりして部屋を片付けながら、私は佐伯くんを待っていた。
ピンポーン。
あ、来たかも。
「……すっげぇ殺風景な部屋」
「家具家電におしゃれを求められるほど裕福じゃないもので」
「あぁ……そっか。ごめん」
手土産の珊瑚礁ケーキを私に渡しながら、佐伯くんは部屋をぐるんと見回していた。
隅にたたまれた布団。勉強道具がしまってある小さな棚。ノートパソコン。丸テーブル。スチールのハンガーラック。ラジカセ。
私の部屋の家具といえばそれだけだ。
あとは真咲先輩に貰ったどくろクマのぬいぐるみが一体あるだけ。
確かに女子高生の部屋と言われて想像するのとは、かけ離れた空間だと思う。
ううう、これでも節約してパソコン置いたりしてるんだけどなぁ……。
「メーカー不明の激安インスタントコーヒーしかないけど」
「だと思った。オレ、珊瑚礁からフィルターと豆持ってきたから。入れてやるよ」
「うわ、嬉しいかも! あ、ブラック飲めないからカフェオレでよろしく」
「へいへい」
いいながら私も貰ったケーキをお皿に移して。
入れたてコーヒーのいい匂いにつつまれた部屋の真ん中で、私と佐伯くんは対座する。
「で、話って?」
「ああ……」
話を振ると、佐伯くんは口をとがらしてそっぽを向いて、頭を掻いた。
いい子モードじゃない佐伯くんって、ほんといろんなところが子供っぽい。
「なぁ。って、一年の時はあかりと同じクラスだっただろ?」
「うん」
「仲良かったよな?」
「そだね。学校ではほとんど一緒にいたし」
「……アイツって、1年ときからあんなだったのかよ?」
「あんな、って?」
「だから、その」
言いたいことがわからず聞き返した私に、佐伯くんはもごもごと口ごもる。
少し、顔が赤い。
「だから、八方美人っていうか、誰にでもいい顔するっていうか、男に愛想振りまきすぎだろ!?」
「あー」
それはそれは。
佐伯くん。小悪魔デイジーにすっかりやられてしまったんだね。
ことんとカフェオレボウルを置いてため息をついた私に。
「だいたいアイツ、何考えてんだよ。追っかけてくると思ったら、急に連絡よこさなくなったり。このあいだデートに行ったかと思ったら、他のヤツとも出かけてるみたいだし!」
「佐伯くん、あかりとデートしてるんだ」
「だ、だれがそんなこと言った!?」
いや、今自分で……。
っていうか。佐伯くん。これはそうとう腹に据えかねてるなぁ。
あかり。
佐伯くんの爆弾、爆発7日前ってとこかも……。
とりあえず、親友のために落ち着かせておこっかな。
「いいなぁ」
「どこがだよ!?」
「デート。私、そんな時間もお金も余裕ないし」
「あ」
「そっか、その前に相手がいなきゃだめか」
あはは、と笑うと佐伯くんはバツが悪そうにうつむいてしまった。
うん、作戦成功。
自分の身の上をネタにした、ちょっと卑屈な作戦ではあるけど。佐伯くんみたいに根が優しい人には効果バツグンだ。
「でも佐伯くん。あかりの八方美人を怒るなら、佐伯くんだって学校では女の子みんなに愛想いいじゃない」
「いや、だってそれは。あかりも事情を知ってるし」
「そのあかりの好意に甘えきってないって、言い切れる?」
「う」
「……まぁ、あかりはかなり天然入ってるから佐伯くんがやきもきするのもわかるけど」
「だろ!?」
ううーん……。
「で、佐伯くんはどうしたいの?」
「アイツにオレの大切さを思い知らせたい」
ふんぞり返る佐伯くんは、ただの悪ガキそのもので。
普段大人ぶっていい子してる分、そのギャップが激しすぎる。
きっと佐伯くんって、素を見せたほうがよりモテるんじゃないかな。
「」
「はぃぃぃい!!??」
って。
いきなり佐伯くんに名前呼びされて、私は声が裏返ってしまった。
にやりと不敵な笑みを浮かべてる佐伯くん。
佐伯くんが名前で読んでるコなんて、あかり以外に知らない……んですが。
「よし。今日からのこと、って呼ぶ」
「はぁ??」
「で、お前もオレのことを名前で呼ぶことを許可する」
「きょ、許可って」
「あかりに思い知らせるんだ。お前がふらふらしてたら、イイ男のオレ様は他の女のものになるんだぞってこと」
「あのー……その他の女役が私なんでしょうか……」
「他に適役がいない」
そりゃ、佐伯くんの本性を知ってる人は数えるほど、っていうか、私とあかり以外には誰か知ってるんだろうか。
「で、でも佐伯くん」
「違う」
「あ、えと、て、瑛くん?」
「それじゃあかりと同じだろ。くん抜きで」
「う、て、瑛」
「…………」
おずおずと名前を読んでみると。
佐伯くん……じゃなくて、瑛はかーっと赤くなって、ぷぃっとそっぽを向いて。
「……目を見て呼ぶの禁止だ」
うあ。可愛いなぁ。
「あのね、さえ、瑛。そうすると、あかりだけじゃなくて他の女子からの視線も、私、痛くなるんですが」
「うん、おとうさんは痛くないから」
「ひどい。おとうさんの鬼」
満足そうな瑛の顔には、なにかを含んだような笑顔が広がっていて。
あああ、なんか私。余計なやっかいごと抱え込んだかも。
とりあえず、しばらく若王子クラス近辺をうろつくのはやめよう……。
と思っていたんだけど。
「やぁ、。おはよう。今日も元気そうだね」
「て、瑛。おはよ……」
などと毎日毎日、瑛がわざわざ私とあかりが一緒にいるところを見計らって話しかけてくるもんだから!!
「トトカルチョは若ちゃんが圧倒的有利やったんけど、ここにきて佐伯が猛追中やな……!」
「やめてはるひ。お願いだからハリーと一緒に余計な噂を撒き散らすのは」
いつから始めてるのか、はるひ胴元の学園アイドル恋愛トトカルチョを阻止するのに走り回るはめになったのだった……。
「あかり、お願い。爆弾解除して……」
「? ちゃん、爆弾って?」
「デイジー、恐ろしい子……!」
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