3ヶ月に一度の、森林公園で行われるフリーマーケット。
 私が自分のものを購入する、大事な大事なイベントだ。


 小話3.勤労学生、フリマへ行く


 定価で市販されてるもので買う、って言ったら食品くらい。
 服や雑貨や、場合によっては参考書だってフリマで買っちゃうのだ。
 特に服は重要!
 ここで安く買って自宅で自分好みに改造すれば、とにかく安値で流行服を手に入れることだって出来るんだもん!

 あと、資金に余裕があれば、やっぱりアクセサリーだって欲しい。

 というわけで、3ヶ月ぶりのフリマ。
 私は気合を入れて自宅を出発した。


「う〜ん……」

 フリマ会場を2往復くらいしたあと。

 私は服を数着購入して、森林公園のベンチに座っていた。
 どの服も思ったより安く購入できた(はるひとクリスくんに伝授してもらった割引交渉が功をなした)から、資金が少し余ってる。
 
 さっき2回とも通りかかって悩みに悩んだあげく素通りしたお店が、頭の中にちらついた。

 手作りと思われるシルバーアクセを売っていたお店。
 売り子をしてる人が顔もあげない無愛想な人だったから、あんまり売れてなさそうだったけど、アクセサリー自体はすっごく素敵だった。

 1個くらいなら買えそうな資金が残ってる。

 買っちゃおうかなぁ……いやでも、ここは貯金にまわすべきか……。

 散々葛藤した挙句。
 買うことにしました!

 そして再びそのお店の前へ。
 あいかわらず他のお客さんはいなくて、売り子さんはチューリップハットを目深にかぶってちょこんと体育すわりしていた。

「素敵なアクセですね! 手作りですか?」
「あ……はい。どうも」

 しゃがみこんで、私はクローバーモチーフのペンダントを持ち上げた。
 売り子さんも、一応返事は返してくれる。

 うーん、これで愛想がよければ即完売なんだろうけどなぁ。

 でも、どうしよう。ペンダントも可愛いけど、この翼モチーフのリングもいいなぁ……。

「……あ」

 値段とデザインの間でいろいろ迷ってた私。
 ふいに、売り子さんが何かに気づいたように声をあげた。


「へ? ……あ!? はづっ……き、さん??」

 思わず大声でその名を呼びそうになって、私は慌ててトーンを落とした。

 チューリップハットの売り子さん。
 それは紛れも無く、はばたき市が誇るトップモデル・葉月さんだった。

「うわぁ、奇遇ですね、葉月さん。フリマの売り子なんて、お友達に頼まれたんですか?」
「いや……これ、オレの自作。好きなんだ、アクセサリー作るの」
「じゃあ、これ全部……すごい、葉月さん。こんな才能あるなんて」
「……才能ってほどでも、ない」

 あ、照れてる。

 でもそっか。
 自作のアクセサリーを売りにフリマに来ても、売り子がトップモデルじゃあ派手に呼び込みも出来ないよね。
 下手すれば大騒ぎになっちゃう。

「葉月さん、私、売り子しましょうか」
「え」
「大丈夫、葉月さんだってばれないように、私が売りさばきますよ! せっかくこんなに素敵なモノ、注目あびないなんて勿体無いです」
「……」

 表情がよくわからない葉月さんの目が、少し細まった。
 笑った、のかな?

「アイツと同じだな、お前」
「え?」
「いや……じゃあ、売り子頼む」
「はいっ。あ、それじゃ失礼しますね」

 せまいスペースだったけど、私はちょっと強引に葉月さんの隣に座り込んだ。

 あ、肩があたる。

 ……うん、小波さんならきっとこんなことくらいは許してくれる、よね。

「そこの道行くおにーさん! 隣の素敵な彼女に素敵なアクセサリーどうですか?」
「……どうですか」

 私の呼び込みに、葉月さんも控えめに協力してくれて。


 30分後。
 あっという間の完売。

「やっぱりすぐに売れちゃいましたね!」
「すごいな、
「モノがいいから、ちょっと声かけただけで売れたんですよ」

 一緒に店じまいをする私と葉月さん。
 まだお昼をちょっとまわったくらいだ。きっと完売1番乗りだろうな。

「あ、でも。私も買おうと思ってたのまで売れちゃった。残念です」
「何か気に入ったの、あったか?」
「あの、クローバーモチーフのペンダント。すっごく可愛いなぁ〜って思ってて」
「……」

 あ。
 今度は葉月さん、目だけじゃなくて笑顔になった。

「そういうとこまで似てるんだ」
「……なにがですか?」
「アイツと」
「アイツ?」

 葉月さんがアイツと呼ぶ人っていったら。

 と、そこで私の思考は中断した。

 なぜなら!

「ねぇ……あれ、葉月珪じゃない?」
「ほんとだ、葉月珪だよ!」

 道行く女性の二人組み。
 こっちを見て、指差して。

 うわ、バレた!

 わわわ、まわりも注目しだしてるよ。

「ねぇ、隣の子! はばチャの子じゃない!?」
「あ、葉月珪と噂になってるモデルの新人??」

 なんだそれー!!

 と思ったら。

「コッチ」

 ぐいっと葉月さんにものすごい力でひっぱられて。
 私は足をもつらせながらも、一緒に走り出した。

 ……というより逃げ出した!



 葉月さんに腕を引かれて走ること数分。
 ファンの人たちはしつっこく追っかけてきている。
 森林公園の芝生広場のほうまで走ってきたけど、そ、そろそろ限界ですってば。

「隠れて」
「え? ……わ!」

 並木道入り口近くの角を曲がってすぐ。
 私は葉月さんに押し倒される形で、植木の陰に倒れこんだ。

 い、痛いです。

「あれ……絶対コッチ来たはずなのに」
「見失っちゃったぁ。も〜今日こそ葉月のサインもらおうと思ってたのに」
「それより、やっぱりあの女! 葉月との噂、本当だったんじゃん!?」
「サイアクだよねー! 大したことないのにさぁ!」

 あうあう、言われたい放題だよ……。
 大したこと無いのは認めるけど、葉月さんとの噂を流すのだけは勘弁!
 小波さんに悪すぎる!

 ……そうこうしているうちに、ファンの人たちはいってしまったみたい。

「行ったか?」
「多分……」
「あ。」

 葉月さんがようやく気づいたように私の上から避けてくれた。
 男の人に押し倒されるなんて初めてだから、それはもうどきどきしてたりして。
 しかも相手はトップモデルだもんね。うわー、役得? そして小波さんゴメンナサイ……。

 ところが。


「へ?」

 葉月さんがどいてくれて起き上がろうとしたら。
 目の前に子猫。

 そしてその先には目を丸くしてる……

「志波くん!?」
「……何やってんだ、お前」

 膝に肩に子猫を乗せた志波くんが、植木の中にいた……。

 か、可愛い。

 じゃなくて。

「い、いつからそこに」
「お前がそいつに押し倒される前から」
「ち、ちが、ちが、これには深いわけが」

 私は舌をもつらせながら、事の次第を志波君に説明した。


 私と葉月さんの説明に納得してくれた志波くんはというと。

 森林公園に走りにきたら、足元に子猫がじゃれてきて、あれよあれよと子猫3匹に懐かれてしまって。
 仕方なく人目につかないこの茂みの中で構ってあげてたんだって。

 今は葉月さんも一緒になって子猫と戯れてる。

 か、可愛すぎる。

、今日はゴメン」
「え? 何がですか?」

 子猫を抱き上げていた葉月さんが、急にそんなことを言ってきた。

「オレのせいで、を変なことに巻き込んだ……。モデルの仕事も、もう、引き受けないほうがいいと思う」
「葉月さんのせいじゃないですよ!」

 慌てて私は手を振った。
 有名人がファンの子に追いかけられるのは仕方ないことだと思う。
 ファンの子にとっては、葉月さんが仕事中かオフなのかなんて、関係ないんだもん。
 だからって、ファンの子が生んだ騒ぎまで葉月さんのせいになるなんて、そんなのってない。

「楽しかったですよ! なんか、スリルがあって。葉月さんに手をひかれるなんて、すっごく役得だったし!」
……」

 ふ、と葉月さんが笑った。

「やっぱりお前、アイツそっくりだ。これ、お前にやる」
「え?」

 葉月さんがポケットから取り出したのは、四葉のクローバーのペンダントトップ。
 これも葉月さんが作ったクレイシルバーなのかな。

「うまく作れたから、売るのやめたヤツ」
「ええ、それなら私が貰うわけには」
「今日のバイト料」
「そんなつもりじゃ……」
さん、もらってくれない?」

 上から降ってきたのは、女性の声。
 小波さんだ。

「見つけた、珪。フリマ会場で、って言ったのに。こんなところで」
「悪い。昔お前と一緒に追いかけられた時と、同じことになった」
「まぁ」

 目を見開いて、くすくすと笑う小波さん。
 茂みの中に小波さんも入ってきて、せまいスペースに4人が座る。

「ということは、今日の販売はさんがしてくれたのね?」
「ああ。お前と同じで、うまかった」
「ふふふ、そう。じゃあさんにバイト料払わなきゃね」

 はい、と。
 葉月さんの手からペンダントトップを取り上げて、私の手のひらに乗せる小波さん。

「本当にいいんですか?」
「いいのいいの。あ、でももしかして」

 小波さんは黙って話を聞いている志波くんを見て。

「珪、あの時と同じってことは、さん押し倒しちゃったの?」
「ああ……」
「やだ! ごめんね、さん! 彼氏の目の前でそんなこと」



 彼氏?



 私と志波くんは顔を見合わせ、えぇぇぇぇぇ!!!???

「ちが、そ、じゃ、なくて!」
「ほら、珪、邪魔しちゃ悪いわ」
「ああ。……ごめん」

 なんて葉月さんまで志波くんに頭下げたりして!

「ちょ、誤解ですっ!」
「それじゃあね、さん。また、お仕事一緒できるといいわね」

 と。
 二人は颯爽と去っていって。

 取り残された私と、志波くん。

「ご、ごめんね、志波くん……」

 恥ずかしくて、恐る恐る志波くんを見てみれば。

「別に」

 と。
 志波くんも少し赤くなってた。

 ううう、小波さんと葉月さんのバカぁぁぁぁ……。

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