「ねぇ君! モデルのバイトしてみない?」
「いえ、間に合ってます」
 私は完全無視して先を急いだ。


 小話2.勤労学生、スカウトされる。


 紅葉の季節も終わり、師走がせまった11月末日。
 バイトが完全オフの休日に、私はふらりと臨海公園まで足を運んでいた。

 特に用事があるわけじゃない。たまにはこんなのんびりした休日を過ごしたいと思って散歩に出てきただけ。

 そこで声をかけてきたのがスカジャンにサングラス、手には丸めた雑誌を持ったいかにも…な。
 映画監督かどこぞのプロデューサーかといういでたちのおじさんだった。

 この手の手合いはとにかく無視するに限る。

「いやいや、君の輝きは本物! 絶対売れっ子になれるよ!」
「なりたくないし。急いでるんで」

 ありきたりな台詞で口説いてくるオッサンに、私は足を速めた。
 しかししかしそのオッサンもあきらめずについてくる。

「頼むよ、今日だけでいいから! 人助けと思って!」
「いや」

 心底嫌そうな顔をして私は言い切ってやった。
 オッサンの後ろには、公園内をのろのろついてくる白いワゴン。
 これは本気で断らないと、絶対ヤバイ!!

「あああ、今日しか撮影できる日ないのに……! ちょっと珪ちゃん! 珪ちゃんからもお願いしてよ!」

 オッサンは弱りきった声を出してワゴンに駆け寄った。
 この隙に、と私はさらに足を速めた。

 だけど、ワゴンは急にスピードを出し、私の真横にぴったりとついてしまった。

「ちょっと! 警察呼びますよ!」

 さすがに私は足を止めて、数歩後ずさりした。海風の冷たい煉瓦道には、人の姿もまばらだったし。

 と、目の前のワゴンから一人男の人が出てきた。
 淡い髪の色をした、綺麗な男の人。背が高くて、でもなんか眠そうな顔。

 あれこの人、どこかで、見たこと、あ。

「っ!!!!!」

 私は思わず息を飲んでしまった。
 だってだってだって!!

「すみません……一緒に仕事する子、熱出して。俺…すごく困ってて」

 低いのにとても澄んだ通る声。

 ほんものの、葉月珪だ! モデルの!! ショッピングモールのポスターの!!!

「代役してくれると、すごく助かる……」
「は、は……い」
「ほらぁ、最初から珪ちゃんに声かけてもらえばよかったんだよぉ〜」

 いきなり現れた葉月珪のオーラに押されて、思わず返事をしてしまった私。
 そのまま私はワゴンに乗せられ、一路海の方へと連行されてしまった。

 車内は運転手とさっきのスカウトマンと、葉月さんと、あと一人。優しそうな女の人。

「いきなりごめんなさいね、無理なお願いしてしまって」
「い、いえ。あの、最初はどんなマルチ商法かと」

 その人は私ににっこり優雅に微笑んでくれた。
 並みの男の人なら100%癒されてしまうようなエンジェルスマイル。

「最初は私が代理を頼まれたんだけど」
「……お前が晒し者になるの、俺、嫌だ」

 むっとした口調で葉月さんが言う。
 こうだから、と彼女はまた微笑んだ。

「あの、もしかして葉月さんの」
「ふふ、内緒にしててね? 人前では珪のスタッフ、ってことになってるから。私、小波晴美」
「あ、です」

 へ、へぇ〜、葉月さんってこんな綺麗な彼女がいたんだ……。

 そこで私は今日の趣旨をきいた。
 この先の灯台近くの喫茶店で、男性向けファッション誌の撮影をするみたい。
 撮影のテーマは『冬の海でHotなデート』だそうで。
 …うん、なんつーか、ファッション誌の紙面を飾りそうなありきたりなテーマだよね…。

 つまり、私の役どころは葉月さんの彼女役。
 それこそ小波さんのがハマリ役なんでは……と思ったけど。葉月さん、小波さんのこととっても大事にしてるんだろうな。

 メインはもちろん葉月さんだから、私は後姿や横顔など目立つ風には写らないから気楽にね、なんて言われた。

 ざっと説明されて、移動中にメイクされる。
 文化祭での素人メイクじゃない、プロのメイク(ちなみにアーティストはあの映画監督風スカウトマンだった)。
 髪もダウンスタイルに手早く結われながら、私はただされるがままになっていた。

「へぇ……」
「わぁ、さん可愛い!」

 葉月さんと小波さんからそういう反応がきたときは、素直に嬉しかったけど。へへ。

 私のメイクが終わった頃、撮影場所として1日借り切ったという喫茶店についた。
 古い灯台の隣にたつ、小さな喫茶店。小高い丘にぽつんと存在してるところが、なんともいい雰囲気を醸し出している。

ちゃんは風で髪乱れちゃうから、急いで店内入って!」
「はい! あ、葉月さんも……」
「俺の髪、乱れないから」
「あ、そですか……」

 なんとなく納得……。

 私はワゴンのドアを開けて、素早く喫茶店の中に飛び込んだ。
 店内はシックな雰囲気の、歴史を感じる内装だった。
 お店のドアを閉めてガラス越しにスタッフの様子を見ていると、喫茶店の店員に声をかけられた。

「いらっしゃいませ。ようこそ珊瑚礁へ。はばたきウォッチャーのスタッフの方ですね?」
「あ、はい」

 私は笑顔を浮かべて振り向いた。今日一日とはいえ、私もスタッフに違いないし。

 店員さんは日に焼けた髪をオールバックにした、背が高くてちょっと、というかかなりかっこいい、男の……子?

「…………」
「…………」

 私と彼は。
 お互いを見つめて呆気にとられること数秒。

っ!?」
「やっぱりっ、佐伯くん!?」
「「なんでここに!?」」

 二人の台詞がばっちり重なったのと同時に、珊瑚礁のドアが開いてスタッフが入ってきた。

「あっれぇちゃんどうしたの?」
「いやあのそのどうしたって」
「あーお店の人? どーもどーも、はばチャのスタッフです。本日は撮影協力ありがとうございます」
「は、はぁ」
「じゃあちゃん、ちゃっちゃっと着替えちゃおうか。え〜と、どこか更衣室として使わせてもらえます?」
「え、あ、じゃ、あ、厨房のほうで」

 オールバックに給仕姿の佐伯くんはどもりながらも、厨房を指した。
 私も事態がよく飲み込めてないまま、小波さんに連れられて厨房に入る。

 佐伯くん。こんなところでバイトしてたんだ…知らな。

ちゃん!?」
「は、……あかり!?」

 息つく暇もない、って。こういう時も使えるんだろうか。
 厨房には同じく給仕姿をした、あかりがいた……。



「へぇ〜、あかりも佐伯くんも、ずっとここでバイトしてたんだ」
「うん。あ、若王子先生は知ってるんだよ? それにしても、ちゃん本格的にモデルデビューだね」
「今日だけのバイトだよ! もう」

 あれから。
 素早く着替えをした私は、この喫茶店と佐伯くん、あかりのことを聞いた。
 なるほどなるほど。あの文化祭の手際のよさはこのお陰だったわけだ。

「あかりと佐伯くんがお互い名前呼びの間柄なのも、ここでこっそり愛をはぐくんでたからなんだね」
「違う!」

 ずべしっ!!

 背後から私の頭部に痛恨のチョップが決まる。

「いったぁい!」
「勝手に捏造するな! 、お前学校で言いふらすなよ、バイトのことも、その捏造話も!」

 犯人はいつのまにか忍び寄った佐伯くんだ。
 て、手加減なしときたかっ!

「ったた……別に言わないよ、佐伯くんが学校で猫かぶってるなんてことも」
「ほほーう。、そんなに俺の必殺チョップが気に入ったか?」
「瑛くん! ちゃんに乱暴しないでよっ」
「あかり、お前もだっ」

 ぺし。

 佐伯くんは問答無用であかりにもチョップを入れる。
 ……勢いが弱いのは、気のせいデスカ?

「ったく余計なことしゃべって。こんなことで珊瑚礁が駄目になったらどうすんだよ」
「あ、本当に私言いふらさないから安心して。それに、学校で猫かぶる相手が減って、佐伯くんも少しは楽になったでしょ?」
「う……そりゃ、まぁ」
「うん。じゃあ私、撮影に行くね」

 仏頂面でそっぽを向いてる佐伯くんと、笑顔で「がんばって!」と応援してくれたあかりに手を振って、私は厨房を出た。


 撮影はことのほかあっさりと終わった。
 文化祭での笑顔トレーニングが功をなしたのか、私の表情はすぐにOKが出たし、メインの葉月さんはもちろんプロなだけあって1発OKがほとんどで。
 出来上がった写真を見せてもらったら、優しく微笑みあってる私と葉月さんは、私が見ても仲睦まじい恋人同士に見えた。

 ……冷静に考えたらすっごい恥ずかしいぃぃぃ!!

 これは小波さんと葉月さんに悪すぎる! と思ったけど、当の本人は。

「素敵ね、さん。珪がこんなにやわらかい表情出してるのって、めずらしいのよ?」
「俺、すごくやりやすかった。……のお陰だと思う」

 なんて。

 強い信頼と愛情で結ばれていれば、この程度で揺らぐことなんてありえない! って感じで。
 ああ、素敵なのはあなたたちです、葉月さん、小波さん。

 その後私はバイト料を受け取り、「どうしても! 都合がつくときだけでいいから!」というスカウトマンアーティストの熱意に負けて連絡先を教えて、佐伯くんとあかりに挨拶をして帰宅した。


 が。

 発売日前日に送られてきた雑誌を見て絶句。

 後姿や横顔だけだから気楽に〜なんて大嘘!

 なんと!
 私がカウンター席に腰掛けて葉月さんを見つめ、そんな私の肩に手を置いてとても優しそうに微笑んでる葉月さんの写真が雑誌の表紙を飾っていたのだ!!
 しかも私、かなり正面方向に近いし!

 あのあと連絡をくれた小波さんは、笑いながら「私も止めたんだけど、編集部みんなが押して、珪も納得しちゃったからどうしようもなくて」なんて言っていた。
 と、止めてくれなかったんですか、小波さん。

 でもこれ、年齢層がもう少し高めだから、はね学の子は見ないだろうと思ってた。
 そう、願ってた。
 ……けど。

! これだろ!? お前スゴクねぇ!?」
「ちょ、ハリー! 声、大き」
「はばチャ表紙に葉月とツーショットって、お前すげえよ! プロダクション入ってんの!?」

 翌日、朝一で雑誌片手にハリーに大声で声をかけられたのがきっかけで、校内大騒ぎ。

 私はその後生徒指導室に呼ばれて、なぜか若王子先生も一緒に、教頭先生にしこたま怒られてしまった。
 ううう。

「これでさんは『先生の可愛い生徒』から一躍全国区の人気者になっちゃいましたね……はぁ」

 なんて。
 若王子先生は変な方向に落ち込んでしまって。

「やぁさん。すごい人気だね」

 なんて。
 佐伯くんには猫笑顔で嫌味を言われ。

 ……モデルなんて二度とやるもんかっ!

 すっかり私のマネージャー気取りが板についたはるひを見ながら、私は誓うのだった……。

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