「御内裏さーまとお雛さまー、ふーたり並んでスガシカオー」
「……先生、学生から変なネタ仕入れてこないでください……」



 〜はばたき山の雛祭り〜



 私はにこにこしながら歌ってる先生に対して大きくため息をついた。
 先生ってば、さっきから妙な替え歌ばっかり歌ってるんだもん。

「先生、正しい歌詞知ってますか?」
「やや、バカにしちゃいけません。そのくらい知ってます。でも今はこれが流行なんです」

 流行ってません、とざっくり言い切ろうかと思ったけど、なんだかにこにこ嬉しそうな先生を見てたらあんまりひどいこと言うのも可哀想かなって思って。
 私はもう一度ため息をついてから、テレビに集中した。



 3月3日。桃の節句、雛祭り。

 朝目が覚めたら、めずらしく先生が起き出していて寝巻きのままテレビの前にちょこんと座っていて。

「おはようございます先生。どうしたんですか?」
「うん、おはようちゃん。ほら、今日は雛祭りです」
「え? あ、ほんとだ。終了製作に追われてすっかり忘れてました」

 くるっと振り返った先生の肩越しに見えたのは、朝の情報番組。
 テレビの中では、各地方伝統の雛祭りの風習を紹介してた。

 先生の隣にちょこんと座って、私もテレビを見る。

「女の子の健やかな健康を祈る大事な日です。僕もうっかりしてた。急いで雛人形飾らなきゃ」
「……雛人形どこにあるんですか?」
「……ないんです」
「でしょう? それに雛人形は女の子のいる家庭で飾るものですよ。だからうちは飾らなくても大丈夫です」
ちゃんのために飾るんです」

 なんだか不服そうな先生。
 もしかして雛祭りを世間の流行だとでも思ってるんじゃ……さすがにそれはないよね、うん。

 ところが先生、あ、と声を出してぽんと手を打って。

「でも大丈夫かな。ちゃんは女の子じゃなくて、僕が女の人にしちゃったから」
「せんせぇっ、それセクハラ発言ですよ!? 朝ご飯抜きっ!!」
「やや、冗談です!」

 朝からこの天然教師はっ!
 私は顔が真っ赤になるのを感じながら立ち上がり、台所に向かった。

 ほんとにもう。ああいう発言、さらりと素で言うんだから……。
 小さなホーロー鍋でお湯を沸かして、ミルクたっぷりのカフェオレを二人分作る。
 先生のマグカップは白、私のはピンク。

 両手に持って振り返ると、先生は大きな体を丸くしてうなだれていた。

「ごめん、ちゃん。怒らないでください」
「もう……学校でそんなこと言わないでくださいねっ」

 しょぼんとしてる先生が可愛くて怒りなんて一瞬で吹き飛んじゃったけど、調子に乗せるとマズイから、私はわざと口をとがらせて。

「反省してますか?」
「反省してます……」
「じゃあ朝ごはんは作ってあげます」
「よかった! ちゃんの料理は世界一です!」

 ぱっと顔を輝かせる先生。
 もう、どっちが年下なんだか。

 私は再び先生の横にちょこんと座って、カフェオレをすする。
 テレビの中では名家に代々伝わる雛人形が紹介されていた。

「うわぁ立派な七段飾り。桃の花は本物ですよ」
「や、これはすごい」

 今紹介されてるのは京都の老舗旅館の雛人形。
 古いものだから鮮やかさはないけど、とても重厚で歴史を感じさせる風格ただよう雛人形が、黒い雛壇に並んでいた。

「……の家にも雛人形はあった?」

 問いかけられて、私は先生の方を見る。

「ありましたよ。こんな立派なヤツじゃないですけど、私が生まれた時に祖父母が買ってくれた七段飾り。毎年この時季になると飾ってました」
「そうなんだ」
「雛人形って繊細でしょう? だから絶対に飾るときは私に触らせてもらえなくて。いつも父さんが一人で念入りに飾ってて」
「お父さんが?」
「はい。まぁちっちゃいころは一番上の段に手も届かなかったんですけどね」

 でも、父さんが仕事に行ってる間にお兄ちゃんに頼み込んで抱っこしてもらって、お雛様に触ったことがある。
 あの時人形の扱いかたなんか知らなくて頭をわしづかみにしちゃって、首が抜けちゃったんだよね。
 お兄ちゃんとふたり慌てて戻して、雛人形を片付ける日は父さんの背後からどきどきしながら見てたっけ。

「あの日、事故があった日に一緒に燃えちゃいましたけど」
「……そうですか」

 笑って言ったつもりだったけど、先生は小さく温かく微笑んで、私の肩をそっと抱き寄せてくれた。

「こうして僕とちゃんが並んでいれば、毎日雛祭りです」
「先生が御内裏さまですか?」
「うん。ちゃんがお雛様。並んでいるときはいつもそうです」

 にこ、と優しく笑ってくれる先生。
 なんだか胸があったかくなって、私はそのままことんと先生に体を預けた。

 そしてテレビの中継が切り替わる。

「あれ?」

 映った光景は、見たことがある場所。

「先生、これはばたき城じゃないですか?」
「え?」

 リポーターが歩いているのは紛れもなくはばたき城の展示室だ。
 課外授業やデートでも何度か先生と一緒に行ったことのある場所。
 リポーターが向かってるのは……あ、着物の貸し出ししてるところだ。

『こちらのはばたき城では3月3日の本日のみ、カップル限定で本物の直衣と十二単で御内裏さまとお雛様になりきって記念撮影が出来る、というイベントを開催しています!』

「へぇ、そんなことやってるんだ」

 はばたき城の姫君の衣装が常設で貸し出してるのは知ってたけど。
 十二単かぁ。あ、すごく綺麗。

 と。
 とんとん、と私の肩を叩く人差し指。
 見上げれば、瞳をきらきらさせた、少年のような顔した先生。

ちゃん、あれやりたいです!」
「えぇ?」
「僕とちゃんで雛祭りです。写真を撮っておけば、毎年それを飾れます」

 先生とコスプレ雛人形?

 想像して、ちょっと笑っちゃった。
 でも、おもしろそうかも!

「いいですね! じゃあ早く朝ご飯作ってでかけましょう!」
「うん、そうしよう」

 私と先生は手を合わせて笑いあって。

 既婚者の私と先生がお雛様なんて、ちょっとおかしいかもしれないけど。
 いいよね? だって御内裏さまとお雛様だって、お輿入れの時の飾りなんだもん。

 手早く朝ご飯を作って手早く食べて。
 私と先生は、手を繋いではばたき山へと向かったのでした。




「ああそういえば。もしかしてちゃんのお父さんって3月3日が過ぎたらすぐ雛人形しまってたでしょう?」
「はい。よくわかりましたね」
「ほら、ちゃん行き遅れなかったから」
「……雛人形をだらだら飾り続けてると婚期が遅くなるってあれですか? 先生、化学の先生が迷信なんて信じないでくださいよ……」
「やや、迷信バカにしちゃいけません。実際ちゃん自身が実証してるじゃないですか」
「そんなこと学校や教員室で発言したら、先生吊るし上げくらいますからね? 女子一同から」
「……や、確かに」

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