「毎年毎年思うんですけど、ハロウィンって北海道の七夕に似てるなぁって」
「やや、七夕とハロウィンが?」
パンプキンポタージュスープをすすっていた先生が、私の言葉に顔を上げた。
〜七夕ハロウィン〜
10月末の夜ともなれば、気温もだいぶ下がってくる。
そして10月の末日はハロウィン。ちょうどかぼちゃが安かったから、今日はかぼちゃ料理ですね、なんて言って。
学校帰りの先生と待ち合わせして帰宅したのが1時間前。
始まったいつも通りの質素な晩御飯の最中、テレビのニュースがハロウィン特集を流していて、本当にふっと思い出したこと。
先生はスプーンをくわえたまま首を傾げていた。
「お行儀悪いですよ、先生」
「すいません。でもちゃん、七夕って短冊に願い事書いて、笹の葉さーらさらする行事でしょう?」
「先生……また妙な覚え方して……」
そういえば今年の7月に、クラスの子たちと一緒に笹竹を教室に持ち込んで七夕祭しようとして、教頭先生に怒られたとか言ってたっけ。
先生らしいと言えばらしいけど、街中ではね学の子や先生方と会って報告されて、恥ずかしい思いするの私なんだから。
はぁ、と軽くため息をつけば、先生はポタージュスープの最後の一口を飲み干して。
「ため息はだめです。幸せが逃げちゃいます」
「なんだか私、先生と一緒にいると幸せが出てったりやってきたり忙しいです」
「それは一大事です。やってくるのはいいけど、出て行かないように僕が見張っててあげる」
先生はにーっこりと微笑んで。
あ、悪い予感がするっ。
と思ったら、先生は食器も片付けずに私の後ろに回りこんで、あっさりひょいっと私を持ち上げて自分の膝の上に乗せてしまった。
って。
「わ、私まだ食事中ですよっ」
「食事している最中に幸せが逃げていったら大変だからいいんです。ほら、こうしていれば大丈夫」
そしてきゅうっと後ろから私を抱きしめる。
……先生のくせっ毛が首筋かすめてくすぐったいです……。ていうか、そういう問題でもないんだけど。
でも、最近は文化祭の準備で先生も帰りが遅くなったりして、こんなふうにぴったりする時間もなかなかとれないし。
さっき先生にお行儀悪いです、なんて言っちゃったけど、これはこれでまぁいいかなんて思っちゃう私。
スプーンを置いて、先生に体重を預ければ、先生は満足そうに微笑んで頬をくっつけてきた。ふふ。
「ところでさっきの質問の続きです。笹の葉さーらさらの七夕が、どうしてハロウィンと似てるんですか?」
「北海道の七夕って、ハロウィンみたいに子供たちが各家庭を廻ってお菓子やロウソクをねだるんですよ。全ての地域でやってるのかは知らないですけど、私の住んでたところではやってました」
「やや、確かにそれはそっくりです。トリックオアトリート?」
「いいえ。『ロウソクだーせー、だーせーよー』って歌うんです」
「歌うんですか」
出さないとかっちゃくぞ(ひっかくとか、そういう意味の北海道方言です)、おまけに食いつくぞって。今思うとものすごい脅迫ソングを歌いながら。
スーパーでもらえるビニール袋を持って、町内の家を廻って。その日はどこの家も駄菓子を用意してて、廻ってくる子供たちにお菓子を配ってた。
「昔は玄関前で大声で歌ってたんですけど、最近じゃインターホン鳴らして「ください」って言うだけの子もいるみたいで。大抵そういう子には「歌わないとお菓子あげないよー」って、きちんとルールを守らせるんですけどね」
「地域ぐるみで子供たちの教育ですね。先生もやってみたいです」
「先生があの歌を歌いながら突撃したら、間違いなく通報されますよ?」
「……子供限定なんですね」
あ。
私はくるっと体を回転させて、穏やかに微笑んでる先生の顔を見つめた。
思ったとおり、ほんの少しだけ遠くを見るような目をしてる。
「先生にも体験する機会はありますよ?」
「うん。お菓子をあげる側にならいつでも参加できるね」
「そうじゃなくて、お菓子をもらう側です」
「え?」
きょとんとする先生。
「だってほら、お菓子を貰いにまわるのは夜ですから。いくら町内とはいえ、ちっちゃい子だけじゃ危ないでしょう? 大抵は保護者が数人一緒についてまわるんですよ。だから……」
だんだんと目を輝かせ始めた先生の目を見つめながら、私は自分のお腹に触れる。
「この子がそういうこと出来るような年になったら。一緒に北海道の七夕に行きましょう。ね?」
「ちゃん」
先生がその大きな手を、腹部に触れてる私の手の甲に重ねる。
春に授かった小さな灯火。初めて知ったときは私も先生も驚くやら喜ぶやら焦るやらだったけど。
きっと、この子も先生の青春を補完してくれる存在になるんだろうな。
ちょっと照れ臭くて、えへへとはにかむように笑えば。
先生は優しく優しく、繊細なガラス細工を扱うかのようにそっと。私を抱きしめてくれた。
「本当に君は、僕が欲しくて焦がれて手に入れられなかったものを全部与えてくれる天使のような子だ」
「え、えーと、ちょっと、ていうかかなり恥ずかしいです、それ……」
「ちゃん、トリックオアトリート?」
こつんと額をつきつけて、いたずらっぽく先生が笑う。
って、そうだ。今日は七夕じゃなくてハロウィンなんだっけ。
確か鞄の中にマロンチョコが入ってたはず。
「先生、お菓子なら今取ってくるからちょっとだけ離し」
「ブ、ブー。時間切れです。トリック決定です」
「えぇっ!?」
ぎょっとして体をのけぞらせても、先生はしっかりと私をホールドしていて離さない。
しまった! うっかり雰囲気にのまれてしまったけど、ここにいるのは教師の風上にもおけない生徒の味方、若王子先生その人だった!!
あああ、先生の目が笑ってる! 何かすっごく企んでる!
ひ え え え っ !
「せ、せんせぇ、お腹に障る様なことは駄目ですよ!?」
「あ、そんなこと言って逃げる気でしょう。逃がしません」
「違いますっ! あのあのあの、とりあえず離し」
「駄目です。お菓子をくれない意地悪な子には、こうだっ」
わぁっ!
先生は満面の笑顔を浮かべたまま、私を強く引き寄せ、む、ぅ。
…………。
ひととき感じた柔らかな感触が離れたあと、私はゆっくりと目を開けた。
目の前には、ぺろりと自分の唇を舐めてる先生の、してやったりの笑顔。
「やや、いたずらしようと思ったのに。こんなに甘いもの貰っては、先生、いたずらできないです。ちゃん、ぎりぎりセーフ!」
「…………せんせぇ」
一気に脱力。
私はがっくりとうなだれて、先生にもたれかかる。そんな私の頭をぽんぽんと、先生は優しく撫でてくれた。
トリックオアトリート。
あなたはどちら?
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