「ありがとうございましたー」
「……っかー、今日も一日終わったかー!」


 9.1年目:クリスマス


 最後のお客を送り出したのが8時近く。
 真咲先輩は豪快に伸びをして、アンネリーのシャッターを閉めた。

 わかってはいたけど、花屋のクリスマス商戦ってかなりきつい!!

 一般のお客さんのほか、商店をクリスマスカラーで彩る花のアレンジメントは今が最盛期。
 期末テストを終えた学生バイトは、ほとんどひまなく借り出されていた。

「あー疲れた。、有沢。今日はもう遅いから車で送ってくぞ?」
「わーい、真咲先輩ごちそうさまですっ」
「あら悪いわね、真咲くん。ありがたくごちそうになるわ」
「…まてまてまてっ! お前ら、飯たかる気かっ」

 先輩の親切は骨までしゃぶれ。

 いつぞや藤井さんが言ってた言葉を実践してみたら、本当にうまくいっちゃった。えへ。


 バイトを終えた私と有沢さん、そして真咲先輩は、商店街のファミレスに入って遅めの晩御飯をとる事にした。

 食事をしながら他愛のない話をする私たち。
 有沢さんの一流大学の話や、真咲先輩の二流大学の話。
 そして私のはね学での話。

 中でも盛り上がったのは私の話だった。
 そりゃ、ね。
 有沢さんも真咲先輩も、ちょっと前までは高校生だったんだから。

「大学で友達からはばチャの最新号見せてもらった時は驚いたわ。さんが表紙にいるんだもの」
「そーそー。俺なんか、あやうくバイト先の後輩〜なんて口すべらすとこで。あれはマジやばかったな」
「あはは、真咲先輩ありがとうございます」

 真咲先輩の奢りだということにも遠慮せず、私はデザートのパフェをほおばりながら答えた。

 あぁ、スイーツなんて久しぶり!

「それにしても、なぁ、有沢。今の話を総合すると、若王子と、佐伯か?」
「そうね。その二人にしぼれそうね」

 夢中でパフェをぱくついてると、対面の真咲先輩と有沢さんは意味深な笑顔で頷きあった。

 な。なんでしょう。

さん。どっちが本命なの?」
「ぐっ!?」

 おもわず口に含んでいたシリアルを丸呑みしてしまい、私は盛大にむせた。

「っげほっ……な、いきなりなんですか!?」
「なにってお前。決まってんだろー?」

 にやにや笑いながら私の額をこづく真咲先輩。
 有沢さんもいつになくにこにこして私を見つめていた。

 あー……そういう話題を振ってきますか。
 しかもよりによって、一番ありえない若王子先生と佐伯くんに狙いをしぼりましたか。

「あ、あのですねぇ。真咲先輩は知ってるでしょうけど、若王子先生は先生ですよ? それに、佐伯くんは私じゃなくて、私の親友とイイカンジなんですってば」
「またまた。もうすぐ学校主催のクリスマスパーティだろ? ここがチャンスだぞ。もしも本命が若王子なら、先輩としてお膳立てしてやってもいい」
「しなくていいです」

 私は呆れながら言い切って、パフェを食べ尽くした。

 あ、でも。

「そっかクリスマスパーティだ。プレゼント交換があるんだっけ」
「ああ、そういやそうだったな」
「はね学のクリスマスパーティも、はば学と変わらないみたいね?」
「あー、そうだな。集まって飯食って、プレゼント交換して、ってカンジだな」
「……プレゼントどうしよう……」

 スプーンについたクリームをなめながら、私は考えを巡らせた。

 まがりなりにも、人様に渡すプレゼント。
 いくら匿名と言っても、あんまりひどいものを出すわけにはいかないし。
 でも、そんなプレゼントに割く予算なんて全くない。
 パーティドレスだって買えないってのに!!

 私がうんうん唸っていると。

さん。アンネリーでバイトしてる人はね、毎年ポインセチアを一株貰えるのよ」

 有沢さんが優しい笑顔で話しかけてくれた。
 以前、バイト給料日前に、ちょっとした計算違いでご飯が食べれなくなってしまった時。真咲先輩と有沢さんには、私の家庭環境と経済状況を打ち明けたことがある。

「それならプレゼントとして最適じゃないかしら?」
「おー、いいんじゃないか? バッチリ季節商品だし、二重マル! だろ」
「いいかも! わぁ、アンネリーサマサマですね!」

 ああ助かった!

 私が笑顔でほっと息をつくと、真咲先輩はやれやれ、といった風な顔で。

。無理するなよ? 腹減ったなら、いつでも俺か有沢に遠慮なく言えよ」
「そうよ、さん。大事なバイト仲間が倒れでもしたら。困ったことがあったらなんでも言ってね?」
「はい。ありがとうございます、真咲先輩。有沢さん」

 心配そうに、でも優しく見守るような笑顔の二人。
 ありがたくも申し訳なくて。
 私も照れながら笑顔を返した。


 そして12月24日。はね学クリスマスパーティ当日。
 私は有沢さんに綺麗にラッピングしてらったポインセチアを持って、会場に出かけた。

 ちなみに今日の私は、文化祭の時に貰ったファッションショーの衣装。
 パーティドレスを買う予算はなく、なおかつ手持ちの服の中ではこれが一番華やかだったから。

 ……案の定、会場についたら注目されてしまったけどね。

 ポインセチアをプレゼント置き場において、私は知り合いを探した。

 すぐに見つかるはるひとハリー。

「オッス。メリクリ!」
、メリクリ! やっぱその服、似合っとるわー」
「ハリー、はるひ、メリークリスマス! 二人とも、今日はおしゃれさんだね」

 いつも制服姿しか見ないみんなが、綺麗に着飾ってきてて。
 会場の雰囲気はとても華やかで楽しげだった。

「今日はめっちゃおいしいスイーツ目白押しや! 、出遅れたらあかんで!」
「そうだね! 気合いれなきゃ!」
「おいおい。クリスマスだっつーのに食い気かよ、お前ら……」

 おー! と勝どきを上げる私とはるひに、ハリーは呆れた様子。
 スイーツ好きのはるひじゃなくても、今日は私にとって大事な日。

 年内のスイーツ、今日中に食いだめするのだ!

 ……なんて気合を入れていたら。

さん、だよね? ちょっといいかな」

 背後から声をかけられた。
 振り向くと、黒スーツを着込んだ見覚えのない人。
 誰だろう? と首を傾げていたら、はるひに耳打ちされた。

「(クリスマスまで大変やな〜。ま、美人の宿命や。先に食べながら待ってるで!)」
「(あ〜……)」

 文化祭以来の週1のお勤め。
 邪険にするわけにもいかず、私は誘われるままに会場の外についていった。

 あああ、私のクリスマスターキー、クリスマスケーキ……。


 会場入り口脇の、植木の陰。
 そこまでくると、彼はためらうこともなく私に告白の言葉を述べてきた。
 曰く、文化祭で一目惚れした。学業優秀なのも尊敬してる。好きです。つきあってください。

 私は黙って告白を最後まで聞いて。彼の言葉が切れたのを見計らっていつもの言葉を伝えた。

「ありがとう。でも、私、あなたのこと知らないし、今は誰かと付き合う余裕もないから。ごめんなさい」

 事務的にではなく、相手の目を見て精一杯の誠意を込めて伝えた。
 私にとっては何度も経験してることでも、相手は勇気を振り絞って来てるのだから、適当にあしらうなんてことはできない。

 すると。

「毎日勉強ばかりしてて、楽しい?」
「……はい?」
「ガリ勉して首位を保つのもいいけどさ。もっと楽しいことがあるんだから、いろんな経験したほうがいいと思うんだけど」

 彼はそんなことを言ってきた。

 私は一瞬ぽかんとしてしまったけど。まさしくあなたの言うとおり、だったのでうつむいてしまった。

 部活動をして、バイトをして、友達と遊んで彼氏とデートして。
 テスト期間はちょこっと勉強して、休みの日は朝から晩まで遊び倒して。
 たいていの高校生ならそういう生活をしているはず。
 私だって出来るならそうしたい。

 でも、無いものねだりだしなぁ……。

 一度ため息をついて、私はもう一度彼を見た。

「その通りだと思う。でも、私はそれよりもやらなきゃいけないことがあるから」

 もう一度断ると。
 なんと彼はいきなり態度を翻し、苦々しい顔で「ちっ」と舌打ちした。

「なんだよ。この俺が下手に出て頼んでんのに。一年のくせにタメ口なのもムカツク」

 上級生だったのか……。
 なんて思うよりも、呆気にとられてしまった私。
 告白を断って逆切れされたのは初めてだった。

「ちょっと可愛いからって勘違いしてねぇ? 人を見下しやがって」

 あの、別に見下した覚えはないんですが。
 なんか、もしかして、マズイ雰囲気??

 そこに。

「……?」

 パーティの開始からは相当遅刻の時間だけど。
 志波くんとクリスくんが通りかかった。……変な組み合わせ。

 私と告白してきた彼の間にただよう気まずい雰囲気に、志波くんとクリスくんは顔を見合わせ、こっちにやってきた。

 が、その様子に黒スーツの彼はますます気分を害した様子で。

「女王様気取りかよ。都合が悪くなったら取り巻きの男を使って後始末か?」
「……なんだと」

 黒スーツの彼の暴言に、事情は知らずとも、志波くんが臨戦態勢に入る。
 あ、あ、マズイ。

「志波くん、待って。なんでもないの」

 今にも黒スーツの彼に噛み付いていきそうな志波くんの腕をつかんで、慌てて私は止めた。
 クリスくんも「喧嘩はあかんよ〜」と言って反対側の腕をつかんでくれた。

 そんな志波くんに気おされたのか、黒スーツの彼は数歩後ずさりして。

「な、なんだよ。なんでもかんでも望みどおりに操れる女王様かよ! 大した苦労もしないで、人を見下して。生意気なんだよ!」

 と。
 捨て台詞を吐いて会場の中へとそそくさと戻っていった。

 なに、ソレ。

「なんだアイツ……」
「失礼な人やね〜。ちゃん、大丈夫?」

 いまだ黒スーツの男を睨みつけてる志波くんの言葉も。
 心配そうに覗き込んでくるクリスくんの言葉も。

 私に届かなかった。


 なんでもかんでも望みどおりに?

 じゃあなんで私の家族は死んでしまったの?

 大した苦労もしないで?

 遊びに行くのも、新しい服を買うのも我慢して。必死で勉強して奨学金を貰って。

 学校帰りに喫茶店に寄っておしゃべりするのも、部活に入って青春するのも、誰かのことを思ってひたすら時間を費やすことも我慢してる私が。

 女王様? 人を見下してる?


 私の中で、弾けた、思い。


!?」

 志波くんの制止を振り切り。

 私は大またで会場に戻り。

 見つけた。さっきの黒スーツ。

 後ろからそいつの右肩をつかんで振り向かせて。

 思いっきり。


 パァン!!!


 佐伯くんと楽しそうに談笑してるあかりがいた。

 小野田ちゃんと氷上くんにスイーツ講義をしてるはるひがいた。

 崇拝者に囲まれた水島さんや、ハリーと話し込んでるめずらしいツーショットの藤堂さんがいた。

 その中で。

 私は黒スーツの彼の左頬に平手をかましていた。


 その場は一瞬で静まり返って。

 呆然とする黒スーツの彼の肩越しに、大きく目を見開いている若王子先生を見つけて。

「う……ぇ、え」

 ぽろぽろぽろぽろ。
 大粒の涙を零しながら、私は大声を上げて泣いてしまった。
 その場にへたりこんで、まるで小さな子供のようにひたすらしゃくりあげた。



 その後のことは、よく覚えてない。
 気づくと私は若王子先生に抱きかかえられて、別室に来ていた。
 先生に抱えられて運ばれるの2度目だな。
 あいかわらず大声を上げながら泣いているというのに、私はなぜかそんなことを冷静に考えていた。

さん、さん。もう大丈夫。君をいじめる悪い子はもういないよ」

 医務室として用意されていた部屋なんだろうか。
 私は簡易ベッドの上に座らされて、先生は何度も私の頭を撫でてくれた。

「若王子先生……」

 あかりの声だ。
 先生のスーツの襟を握り締めたまま泣き続ける私にはあかりの姿は見えないけど、心配して様子を見に来てくれたんだろう。

「海野さん、佐伯くん。しばらくさんを見ていてもらえますか? 先生、すぐ戻りますから」
「は、はい」
さん、先生、少し離れるよ。大丈夫?」

 スーツを掴む私の手に自分の手を重ねて、先生は優しく問いかけてきた。
 しゃくりあげたまま、私は先生のスーツから手を離した。
 先生はもう一度私の頭を撫でてから、出て行ったようだ。

 ああ恥ずかしい。
 これじゃあまるで、幼稚園児だ。

ちゃん」


 あかりと佐伯くんの声がする。
 差し出された手を、私は両手で握った。小さくて柔らかな多分これは、あかりの右手。

 私はなかなか泣き止まなかった。
 って、客観的に自分で言うのも不思議だけど。
 頭は冷えてもう冷静さを取り戻してるのに、体が言うことをきかないというか。
 涙はとまらないし、しゃくりあげるのも止められない。
 私は深くうつむいたまま、あかりの手を握り続けた。


っ!」
ちゃ〜ん」

 そうこうしているうちに、私が運ばれた別室には続々と人が集まってきた。
 でも、入ってきたのはみんな私の気心知れた友達ばかり。

「みんな」
「あんな、若ちゃんに言われてん。のそばに集まってくれって」

 クリスくんが隣に座って、さっき先生がしてくれたように私の頭を撫でてくれた。
 はるひは心配そうに私の前にしゃがみこむ。

 やがて。

「みなさん集まってくれましたね」

 先生が戻ってきた。
 私はうつむいたまま。

 あかりが私の手を離した。
 入れ替わりに、先生が私の手を握って、しゃがみこみ、私のぐしゃぐしゃの顔を覗き込んできた。

さん。先生、ここにいるみんなにさんのことを教えようと思う」
「……っく……」
「出来れば担任として、きちんと先生がさんを支えてあげたかったけど。もう、さん一人でがんばるの限界だね。ピンポンでしょう?」

 ぎゅ、と私の手を強く握る先生。

「ここにいるみんなは、さんの大事な友達だ。きっとさんの負担を軽くしてくれる」
「……」

 私はうつむいたまま小さく頷いた。

 はるひとあかりは、はばたき市にやってきてから初めて出来た友達だ。

 佐伯くんは、猫かぶりだけどモデルの一件以来奇妙な友情が出来た。

 ハリーは、私とはるひがファッション誌を見ていたとき声をかけてくれた初めての男友達。

 水島さんとクリスくんは、美術室で古い絵画の雪崩に巻き込まれた私を笑いながら助けてくれた人たちで。

 藤堂さんは、街中でナンパされかかった見ず知らずの私を助けてくれた。

 小野田ちゃんとは、生徒会手伝いで知り合ってから今では恋の相談までされる仲だ。

 氷上くんとは、参考書の件依頼いろいろ勉強のことを話すことが増えて。

 志波くんとは今も朝のジョギング仲間だ。


 みんなみんな、一人で見知らぬ土地に来た私を受け入れてくれた人たち。

さん」

 それに、若王子先生も。
 先生らしくない先生だけど。だからこそ、家族のように甘えられた。
 唯一、私の家庭事情を知っている人でもあったから。

 私、がんばりすぎたのかな。

 そんなつもりなかったけど。

 でも、溢れる涙はとめられない。

「若王子先生、ちゃんの、何を教えてくれるんですか?」

 あかりがたまらず尋ねる。
 みんなも息を飲んで待っているようだ。

 私は先生の手を強く握って、もう一度大きく頷いた。

 そして先生は話し出した。
 私の家族に起こった不幸のこと。今の私の生活環境のこと。経済状態のこと。
 それから、PTSDのことも。

 誰かの息を飲む声が聞こえた。

 ……黙ってるつもりも隠してるつもりもなかったんだけどな。
 でもなんか、口に出したら不幸自慢してるみたいで嫌だったから。

 あとで、ようやく涙が止まった私はみんなにそう伝えた。

 アホ、

 みんな黙ってたのに、はるひだけがそう言ってくれた。
 でも、そう言ってくれたお陰で少し気持ちが楽になったみたいだった。


 私の気持ちと涙が収まった頃、パーティはすでにお開きになっていた。
 みんなはそのまま帰宅して、私は若王子先生に送られることになった。

 んだけど。

 泣きはらして腫れぼったい顔をしたままみんなを見送っていた私に、藤堂さんが去り際こそっと耳打ちしてくれた。

 若王子が、あの黒スーツを会場外に連れ出して、めちゃくちゃ説教かましたらしいよ。

 って。
 私の手をしっかり握って家まで送ってくれた先生。

 先生、しっかり担任の先生してくれたんですね。ありがとうございます。
 私の負担を軽くしてくれて。本当に感謝してます。
 言えないこと言ってくれて、ありがとうございます。

 と、言いたかったんだけど。

「……はぁ」
「せ、せんせぇ。あの、ハリーの言うことなんて、気にしちゃだめです」
「はぁぁ……」

 これからは私がちゃんのお母さんになる!!
 なんていきなり突拍子もないこと言ったあかりの言葉に、全員が一瞬言葉を失って、大爆笑して。
 じゃあお父さんは佐伯くんね、なんでだよ、じゃあ僕おにいちゃんや〜、いや、お前は弟キャラ、なんて盛り上がっていたときに。

さんのお兄さん役は、先生の役目です」

 と言った先生に対し、ハリーが。

「佐伯が親父なのになんで兄貴なんだよ。じーさんの間違いだろ?」

 なんて言ったもんだから、若王子先生のショックったらなかった。
 だって、私の家にたどりついてもこんな調子。

「先生、あの、元気出してくださいね」
「はい……それではさん、よいお年を。……はぁ」

 だ、大丈夫かなぁ。

 よろよろ帰っていく若王子先生の後姿を見ていたら。
 私の抱えてる身の上事情なんてちっぽけに思えてきたから、ほんとに不思議。

 先生、いろんな意味で、大感謝。

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