「っだぁぁ! また裏切りやがったな、!!」
……今回は私、テスト廃止運動に署名してませんが、ハリー……。
8.1年目:2学期期末テスト
「なんでお前、1位なんてありえねぇ順位を連続で取れんだよ!」
「んー、私には学業の女神様がついてるから」
その名も女神・有沢様。
今回は満点教科を4つにのばし、前回若王子先生を拗ねさせた化学も96点で氷上くんと同点一位だった。
うむ、我ながら素晴らしい!!
「やりましたねさん」
「あ、先生! やりました!!」
声をかけられ、私は満面の笑みで振り返った。
迎える先生もとびっきりの笑顔。……ではなく、何かこう。いたずらが成功したような笑顔だった。
「せ、せんせぇ?」
「先生の可愛いさんは、いつでも先生の味方で嬉しいです。今回は完璧です」
「……まさか」
嫌な予感がして先生を見上げてみれば、そこにはむすっとした教頭先生を真似た若王子先生。
「『若王子くん。学業が本分の学生が雑誌モデルなどと。君の指導はどうなっているんだ』」
「……」
はばチャの表紙に載ってしまって生徒指導室に呼ばれた時、確かに先生はそんなふうに教頭先生にしかられてたけど。
やっぱり根に持ってましたか。
「さんはこんなに綺麗なのに学業も1番です。先生、本当に鼻高々です」
「せ、せんせぇ、褒めすぎです」
「本当のことです」
先生はにっこり微笑んでくれた。
「自分で働いて、勉強もがんばって、高校生らしくあることも忘れない。先生はさんを尊敬します」
「あの、ほんと、せんせぇ、勘弁してください」
「あれ、さん。照れてます?」
「照れまくってます……」
頭から湯気が出そうになってる私は、顔を見られたくなくてうつむいて。
若王子先生はそんな私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
そして放課後。
「くん。少し質問があるのだが」
「あれ、氷上くん……?」
帰宅途中の三叉路。
さくさく帰宅してアンネリーに行こうとした私に、氷上くんが声をかけてきた。
生徒会の堅物少年・氷上くんは有名人だ。
テストでも上位チーム常連だし、話したことはないけど私も彼のことはよく知っている。
「なに?」
「うん。くんは、普段どこの参考書を使っているんだい?」
「は、参考書?」
足を止めて聞き返すと、氷上くんはトレードマークの眼鏡を直しながら真剣な顔で頷いた。
と思ったら、急に真横を向いて握りこぶしをぷるぷる震わせ始めた。
って、え、え、え???
「僕は中等部から、期末テストで1位の座を譲ったことがなかったんだ。だけど! 高等部から君が編入してきたかと思ったら、2度も連続で首位を奪われてしまった!!」
「いやでも、私と氷上くんの差って合計で10点もついてないよ?」
「その10点が天と地の差なんだよ!!」
びしっ! と鼻先に人差し指を突きつけられ、思わず私は上半身をのけぞらせる。
「聞けばくんは塾にも予備校にも行ってないそうじゃないか。ということは、使っている参考書がきっと優秀なものに違いない! ……と思ってね」
「あ、そういうこと? でも私、学校の図書館にあるのコピーして使ってるだけだけど」
「えっ……本当に?」
これは本当。
高校生の参考書なんて、買えば1冊1000円以上するものばかりだもん。
勤労学生は勉強にもお金をかけないのだ。
「あとは、バイト先の卒業生の人におさがりの参考書貰って」
「それだ! 確かに卒業生の参考書なら、書き込みや要点が細かく詰まってるはずだ」
それは人によるかなぁ…。
真咲先輩に貰った参考書は有沢さんのと違って、結構キレイなままだったような……。
あ、でも氷上くんって。
「氷上くん、参考書を誰かにもらうより、氷室先生に教えてもらえばいいんじゃないの?」
「零一兄さんは忙しい。僕ごときのために、手を煩わせたくないんだ」
「そうなんだ。それは残念」
「うん。……ちょっと待ってくれくん。なぜ君が、零一兄さんのことを知っている?」
「あ、ごめん氷上くん。私バイトだからもう行くね!」
さらに何か聞きたそうな氷上くんだったけど、そうそうのんびりもしていられない。
私は一方的に話を打ち切って走り出した。
12月のアンネリーは、ポインセチアの出荷で忙しいんだから!
が。
「さん」
「うわ! ……お、小野田ちゃん??」
結構な速さで走っているはずの私の耳元で、いきなりぼそりと恨めしそうな声をかけたのはまぎれもない小野田ちゃんだった。
ぜんっぜん気配がしなかったけど。
い、一体どんな技を。
「さすが才色兼備のさん。あの氷上くんまで虜にするなんて」
「は? お、小野田ちゃん、どうしたの?」
「……何を話してたんですか?」
思わず足を止めてしまった私をむすっと見てた小野田ちゃんだったけど。
見る間に寂しそうな表情になって、私を見上げてきた。
「……さんはすごいです。あんなに勉強できるのに、こんなに綺麗で人気者で」
「小野田ちゃん」
「ね、妬んでも仕方ないってわかってます。でも」
もしかして小野田ちゃん。
すっかりうつむいてしまった小野田ちゃんは、ぽつぽつと言葉を落とすように話して。
間違いない、と思う。
小野田ちゃん、氷上くんのことが、好き、なんだね。
「まって、小野田ちゃん。さっき氷上くんとは参考書のことを話してたの」
「参考書?」
顔を上げた小野田ちゃんの目も頬も、もう真っ赤っ赤で。
ああもう。すごくカワイイ。
「テストでどうしても私に勝ちたいからって、私が使ってる参考書を聞きにきたの」
「でもそれは、さんと話すための口実……」
「そうは見えなかったけどなぁ。……あ、小野田ちゃんの知り合いにはば学の卒業生っている?」
「え、えぇ、一人ですがいます。けど」
「じゃあいいこと教えてあげる!!」
私はがばっと小野田ちゃんの肩に腕を回して、彼女の耳に口を近づけた。
「みっ、さん!?」
「そのはば学卒業生にお願いして、参考書譲ってもらって! それを氷上くんにプレゼントするの」
「え……?」
「私もはば学卒業生に参考書を貰って、それを使ってるの。きっと氷上くん喜ぶよ。あ、なんならそれを口実に一緒に勉強できるかもしれないよ」
ぽかんと口をあけて私を見つめる小野田ちゃん。
私は何度も何度も頷いた。
「私、氷上くんと今日初めてまともに話したんだよ。小野田ちゃんが心配するようなこと、全っ然ない」
「さん」
「うん。だから私、小野田ちゃんの気持ち、全力で応援する」
「あ、ありが……ごめんなさい!!」
ばっと私から離れて、小野田ちゃんは90度以上の角度で私に頭を下げた。
顔は見えないけど、耳が赤い。
「ごめんなさい、さん! 私、こんな嫉妬なんて……!」
「ううん、小野田ちゃん。羨ましい、そんな風に誰かを思えて。参考書、忘れないで貰ってきてね」
「はい!」
顔を上げたときにはもう笑顔。
ああよかった。私もつられて笑顔になっちゃう。
「駅まで一緒に帰ろう。私バイトがあるから、早足になっちゃうけど」
「はい、よろこんで! 急ぎましょう、さん!」
そして私たちは、日暮れがすっかり早まった師走の道を急いで歩いていくのだった……。
なーんて、なーんて!!
小野田ちゃん!!
私ほんとに怖かったんだからね!
小野田ちゃんの瞬間移動!!
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