「あ、志波君オハヨっ」


 7.1年目文化祭:当日


 手芸部のモデルを頼まれてから、私は毎朝登校前に公園通りをジョギングしていた。

 ジョギングを始めてから知り合ったのがこの志波くん。
 6時過ぎの噴水前でいつも合流して、スポーツマンの礼儀から「おはようございます」なんてお互い挨拶だけ交わしていたんだけど。
 何日か過ぎた後、はね学でばったり出会った時には本当に驚いた。
 もっとも、むこうは私の顔は知ってたらしいんだけど。

「今日で終わりだな」
「うん、今日で終わり! ……のつもりだったけどなんか楽しくなってきちゃったし、もしかしたら続けるかも、走りこみ」
「そうか」

 お互い名乗りあってからは、噴水前で一緒に休憩が朝の日課になっていた。
 志波くんと私は並んで噴水の際に腰掛けて、汗を拭く。

「1時半からだったな」
「そう。……あ、見にこないでいいよ! 恥ずかしい」
「見に行く」

 にやりと、目を細めて唇の端を上げる。
 いつも言葉少ない志波くんだけど、表情は結構豊かだと思う。

 ……そして案外おちゃめさん。

「がんばれ。こけるなよ」
「き、気をつけます」

 プレッシャーとさわやかな笑顔を残して、志波くんは先に走り去った。

 そう、いよいよなんだ。

 今日はいよいよ、羽ヶ崎学園文化祭、当日。



「喫茶、ヤングプリンスをよろしくー」

 手芸部の準備は12時半から。
 それまではクラス展示の喫茶店手伝いだ。

「先生、中の応援大丈夫でしょうか」

 正面玄関でビラ配りを終えた私は、教室の前でそれはもう楽しそうに呼び込みをしている若王子先生に声をかけた。
 すると先生はにっこにこの笑顔で。

「うん。先生も少し心配でした」
「でした?」
「今は海野さんと佐伯くんががんばってるので安心です」
「え、佐伯くん?」

 なんで別クラスの佐伯くんが?

 女子生徒に捕まった先生の脇をすり抜け、私はこそっと教室を覗き込んだ。

 そこには!

「2番、コーヒー1、シュークリーム1。3番下げてすぐ案内して。ほらあかり、オーダー!」
「はいはいっ」

 なんとくまさんエプロンをつけた(くまさんエプロン!!!)佐伯くんが、1−Bの生徒にびしびしと指示を下しているではないか!!
 ……なんて、ついおかしな口調になるくらい。
 佐伯くんのウェイター&客さばきはサマになっていた。

「……すごい……」
「ん、おい! ……さん! 手が空いてるならオーダー取って」
「え!? あ、はいっ」

 一瞬見たこともないような鋭い視線を向けられて、でもすぐにいつもの佐伯くんの表情に戻って。
 慌てて私もエプロンを取りに裏方にまわった。

「は〜びっくりした……」
「あ、ちゃん」

 素早くエプロンを身に着けながら、私はまたカーテンの隙間から佐伯くんを覗き見た。
 その横に、コーヒーとシュークリームをお盆にのせたあかりが来る。

「びっくりした?」
「びっくりしたよ! 佐伯くんって、あんまりリーダーシップ取るタイプだと思ってなかったから」
「そうだよね。瑛くんって、学校じゃそうだもんね」

 ……おや?

「あかり、いつから佐伯くんのこと名前で」
「おい、あかり! 準備できてるなら早くし……てくれないか」

 つっこもうとした私の後ろのカーテンが勢いよく翻り、佐伯くんが顔だけのぞかせる。
 あかりはにっこり笑って「ごめん、すぐ行く」と言ってするりとその脇をすり抜けていった。

 残されたのはつっこみそこねた私と、なぜか勢いをそいでしまった佐伯くん。

 そういえば、佐伯くんもあかりのこと名前で呼んでる。

「佐伯くん、あかりに頼まれて1−B手伝ってるの?」
「……っ、いやっ、そういうわけじゃ……」

 あ、赤くなった。へぇ、佐伯くんって案外…。

「……あいつっ、あとでチョップだっ」

 小さくつぶやいて、佐伯くんもフロアに戻る。

 おーい。丸聞こえでしたよ、今のー。



 そして、ファッションショー5分前、楽屋。

「まぁぁぁ! エリカ、素敵よ! とっっても素敵!」

 姫子先輩が狂喜乱舞しているのはおいといて。
 その場の手芸部のみんなも、ネイルの手伝いをしていた藤堂さんも。
 みんな私に注目してた。…うああ、恥ずかしい。

 私とタッグを組んだ手芸部の彼女が作ったのは、ワインカラーのベロアのジャケット。
 後ろはレースアップでしぼれるようになっていて、中に着たリボンタイの白いブラウスの裾がレースのように翻る。
 スカートはベロア・シフォン・チュールをうまく組み合わせた切り替えの膝丈スカート。

 はっきり言って、ブティックソフィアに普通にならんでそうな可愛い服だ。

 そしてそして。私はいつものひっつめヘアではなく、くせのある髪をおろして綺麗に巻いてもらって。
 少しだけ薄く化粧もした。
 藤堂さんが塗ってくれたネイルは、さくら色のラメネイル。

 姿見の前に立って私自身を見たけど、確かに……これは化けた。

 うわぁ、世のメイクアップアーティストの素晴らしさを実感した瞬間……。

「これは叔父サマに連絡だわ。未来の花椿グループのトップモデルの決定よぉぉ!」
「あの姫子先輩! あんまり話を大きくしないでください!」

 号泣しまくる姫子先輩をカメリア倶楽部の親衛隊が両脇から支える。
 勝手に人の将来決められても困るってば。

さん、とっても綺麗。ね、言ったとおりでしょ」

 私をモデルにスカウトした彼女がにこにこしながら、私を舞台袖に呼ぶ。
 
「次だよ。あの子が反対側の袖に引っ込んだら音楽変わるから。そしたら出て」
「う、うん」
「練習どおりで大丈夫! これで明日から水島さんと並ぶ週1告白女王だよ!」
「いや、それはいらないオプションなんだけど……」

 心臓がばくばくしてて破裂しそう。
 あああ、そういえばはるひが今日になって言いふらして、1−B生徒は最前列に陣取らせる! とか言ってたっけ。

さん、出番!」
「うん、じゃ、行って来る!」

 ぽんと背中を押され、私は1歩踏み出した。

 練習どおり練習どおり!

 必死で練習した笑顔を張り付かせて、私は元気よくステージの上に進み出た。

 瞬間、地響きのような歓声が沸き起こる。
 私はステージ中央まで来てポーズをとるため一度止まる。

 その時。最前列に座っていたあかりと佐伯くんとはるひ、少し離れて志波くん。
 それから教員・来賓席の横に立っていた若王子先生と氷上くん、小野田さんが。

 みんな一様にぽかんと口をあけて見ているのが目に入った。


 舞台袖にはけたあとは割れんばかりの大拍手。
 よかった、成功だ!!

! よかったよ、アンタ最高だ!」

 いつもはこんなに熱くなることのない藤堂さんに抱きつかれて。
 その上から姫子先輩と手芸部の部長にも抱きつかれて。

 思わず私も感動で涙ぐんでしまった。


 ……でも、その後が大変だったんだよね。

 ステージ進行が押してたために、着替えと化粧落としは部室でやってくれと、生徒会執行部から早々に舞台袖を追い出された私たち。
 さすがに服だけは着替えなきゃと、私は手芸部部室で制服に着替え、約束どおり服をありがたくいただいて。
 喫茶店当番が控えていたので髪と顔はそのままで、1−Bに飛んで帰った私。

 それがまずかったみたい。

「あ、ちゃん! 今来ちゃだめ!」

 1−Bまであと少し、というところで向かいから走ってきたあかりに腕をとられて私はそのまま後ろ向きに走るはめになった。
 なぜか、佐伯くんと志波くんも一緒。

「な、なに!? あかり、どうしたの?」
「お前見たさに1−Bに客が押し寄せてる。とりあえず、今は身を隠せ」

 私とあかりを追い越しざま、志波くんが言った。
 ってなに!? いきなりそんなことになってるの??

「ここだ! 化学準備室!」

 佐伯くんが先回りして準備室の扉をあけて、私とあかりが飛び込み、志波くんが後ろを睨んでから最後に駆け込んで鍵をかけた。
 はぁはぁ肩で息をして、全員がへたりこむ。

「やや、美少女さん発見です」

 脱力しきってる全員の上から、聞きなれたのんきな声。

「はい、さん。おつかれさまでした。ステージの上のさんに、先生、ドキドキしちゃいました」
「はぁ…どうも…」

 若王子先生はビーカーにコーヒーを入れて全員に振舞ってくれた。
 みんなそれぞれ受け取ってためらいなく飲み干したけど、佐伯くんだけは「ビーカー…」とつぶやいてなかなか口をつけようとしなかった。
 うん、それが普通の反応だよね。

「ところでみなさん、どうしました?」
さんを見るために、1−Bに男子が殺到しているんです。匿ってください」
「おやおや、そんなことになってましたか。わかりました。先生、『僕の可愛いさん』をしっかり守ってあげます」
「……は?」
「せんせぇ、それを言うなら……」
「あ、間違えました。『先生の可愛い生徒』のさんですね」

 今のさんを見てるとつい、なんて言って先生は笑う。

 佐伯くん、志波くん、あかりの3人の視線が私に集まった。

「でも本当、ちゃん綺麗。お化粧してる?」
「ん、ちょっと。あ、ほら! 私も藤堂さんにネイルしてもらったんだ!」
「ネイルも見事だけど、さんも見事だよ。いつもそうしてればいいのに」
「無理だよ佐伯くん。私、髪の長さ中途半端だから、授業の邪魔になるし」
「目の保養」
「志波くん……あ、あのねぇ」

 などといいながら。

 結局その日は一般客がはけるまで化学準備室で過ごし。
 片付けは1−Bのみんなで私を奥の方へおいやって目立たないようにしてくれたお陰で大事なく。

 しかし翌日からは手芸部の彼女の宣言どおり。

 週1ペースの告白を断る日々が始まるのだった……。

 なんか、佐伯くんの気持ちが理解できた気がする……。

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