高校3年生の3学期は学校に来る人もまばらになってくる。
受験組の瑛やあかりには、学校で顔を合わせる機会も少なくなってたけど。
まさか、こんな。
64.終わりの始まり
1月31日。土曜日。学校は午前中で終わり。
私はいつものように当番がまわらなくなった化学室の片付けを率先して終わらせて、こっそり先生ときゅーっとハグして。
さくさくと下校した。
1月頭に、花椿モード研究所から合格通知と入学許可証が届いたから、私の3学期はもうまったりモード。
テストもないから、勉強時間を減らしてバイトに励み、休日は先生とデートなんかしちゃったりして。
受験組には悪いなぁと思いながらも、一足お先に早めの春を堪能していた。
あ、でも2月末には新しい奨学金の試験もあるから、まったく勉強してないってわけでもないんだよ。
先生とのデートだって、2回に1回は高校履修科目の復習にあててるし。
とはいえのんびりまったりには違いない。
お腹はすいてるけど天気もいいことだし、私はちょっと遠回りして帰ることにした。
年末、先生とも一緒にきた冬の海岸。
今日は風が出てるから、波が高め。だけど、ぴりっとした寒さが肌を刺して気持ちいい。
私は浜のほうに降りて、テトラポットによじのぼった。
ここ最近はこういう一人の時間も気持ちよく過ごせてる。
それもこれも、全部先生のお陰だ。先生が優しく私を見守って包んでくれてるから、なにも不安を感じないで前を見ていられるんだもん。
私は黙って、波が打ち寄せる海岸線をしばらくぼーっと見つめていた。
と。
「あれ……?」
足をぷらぷらさせてあたりを見回していたら。
防波堤のあたりに、見たことあるような人影がふたつ。
あ、あれって瑛とあかり……?
「うわぁ……ふたりとも勉強そっちのけでデートですか……」
瑛は海のほうを見つめて、そのちょっとうしろにあかりがその瑛を見つめながら佇んでて。
絵になるなぁ……。
これは、そっとしておいたほうがいいかな?
だよね。受験の合間の、わずかな逢引だもん。
あ、瑛があかりのほうを向いた。
遠くてよくわからないけど、なんかシリアスな雰囲気……。
って、いけないいけない。これ以上はいくらなんでも失礼だよね。
娘は退散するから、おとうさんがんばって!
私はぴょん、とテトラポットから飛び降りた。
ら。
「頼むよ、耐えられないんだっ!!」
瑛の切迫した、悲痛な叫び声が響いた。
え、なに、今の。
ちょうど防波堤はテトラポットの向こうだから、何も見えない。
ケンカ、じゃない。
今のは異常だった。
私が急いでテトラポットを回り込んで防波堤を見たときには。
瑛はあかりを置いてゆっくりと去っていくところで。
あかりは。
「あ!」
その場にかくんと膝をついてしまった。
私は砂に足をとられながらも、全速力であかりのもとへと走り出していた。
「あかりっ!」
「っ……、ちゃん……?」
防波堤によじのぼってあかりに駆け寄ると、あかりはのろのろとこっちに顔を向ける。
涙の跡。
私がいきなり現れたことに驚いたのか、大きな瞳をさらに大きく見開いて、でもその顔は途端にくしゃくしゃに歪んでいって。
大粒の涙がとめどなくぽろぽろと。
「瑛くんが……」
「何があったの!? さっき、瑛がなんか叫んで」
「瑛くんがっ、行っちゃうっ……いなくなっちゃうっ……!」
「落ち着いて、あかり……。何があったの? 瑛がどうしたの?」
「忘れろ、って」
忘れろ?
「珊瑚礁のことも瑛くんのことも、全部、忘れろ、って。家に帰る、って。全部、……っ、あ、諦めるってっ……」
「何それ……何それっ!」
いきなり、あかりを泣かしたかと思えば。
あんなに必死にしがみついてた珊瑚礁のことを、諦める……?
よく、事態が飲み込めない。
でも、今のあかりには説明を求めても多分、駄目だ。
防波堤にへたりこんで、現実を受け入れられずにしゃくりあげてるあかり。
私は携帯ではるひにここに来てもらうように素早くメールを打った。
あかりをほっとけない。
でも、瑛に説明してもらわなきゃ納得できない!!
私は防波堤に肩膝ついて、あかりの両肩を掴んだ。
「あかり、何があったかわからないけど、私が瑛を連れ戻してくる。今はるひも呼んだから、あかりはどこか暖かいトコで待ってて。ね?」
「、ちゃん」
「行ってくるね!」
あかりの首に、自分が巻いていたマフラーを巻いてあげてから、私は鞄を掴んで防波堤を猛然と走り出した。
今ならまだ、私の鈍足でも追いつけるはずだ。
この海岸道路はしばらく交差点がないから、瑛を見失うこともないはず。
毎朝のジョギングで鍛えた体力で走り続けること10分。
はばたき駅前で、見つけた、瑛!!
「ちょっと待ったっ!」
「ぐっ!?」
改札をくぐろうとしてた瑛の後襟首を思いっきり掴んでひっぱってやった。
息がつまったらしい瑛は思いっきり咳き込んで、振り返る。
「っげほっ……い、一体なんだ!?」
「一体なんだはこっちの台詞!」
「……?」
喉元を押さえながら、瑛は怪訝そうに私を見た。
でも、私のスニーカーが砂にまみれてるのをみつけて、苦い表情を作る。
「浜にいたのか」
「いたよ。瑛があかりを泣かしたの見て追っかけてきた」
「……泣いたのか」
私の言葉に、瑛は苦しそうに端正な顔をゆがめた。
そんな顔するくらいなら、どうして。
瑛はしばらく口を真一文字に結んで私を見下ろしていたけど、やがて小さくため息をついた。
「ちょうどいい。お前にも頼みたいことあったし。時間あるか?」
「いくらでも」
「じゃあちょっと付き合えよ」
くいっと瑛が指した方向には、喫茶ALCARD。
私は瑛について喫茶店の中へと入った。
運ばれてきたホワイトショコララテを一口すする。
熱くて甘い芳醇な香りが一瞬で寒さを忘れさせてくれるけど。
「瑛……」
「ん。お前、話を全部聞いてたわけじゃないんだな」
「話自体は全然聞こえなかったんだよ。いきなり瑛の叫びが聞こえて驚いて」
「叫びって、お前な」
「すごく、苦しそうな、悲しそうな声だったから」
「…………」
私の言葉に、瑛は苦々しく眉をひそめてブルマンをすすった。
「オレさ」
「うん」
「帰ることにしたんだ。家に」
「家? ……あ、実家?」
「ああ」
そういえば、瑛は珊瑚礁に下宿してるような状態だったんだっけ。
今まで大して疑問に思ってなかったけど、ご両親と離れてるんだよね。
「家遠いんだ? だから珊瑚礁からはね学通ってたんでしょ」
「逆だな。珊瑚礁に近いから、はね学に行くことにしたんだ」
「へぇ……」
「には言ったことなかったか? オレの両親ってさ、妙にエリート思考で。いい学校出ていい就職して、って。あの珊瑚礁もじいちゃんひとりで切り盛りするのは無理だって。そう決め付けてさ。オレそういうの我慢ならなかったんだよ。だから、反対押し切ってはね学通うことにしたんだ」
「そうだったんだ……」
「成績を落とさないこと、学校で問題を起こさないことを絶対条件として、な」
そうだったんだ。
だから瑛、学校であんな優等生の仮面を必死でかぶり続けてたんだ。
「でも、もういいんだ」
瑛は自嘲気味に笑って、コーヒーを口に含んだ。
「最初から無理だったんだ。オレ一人で珊瑚礁を守ろうなんて、出来っこなかったんだ。親の言うとおりだったんだよ。だから、家に戻ることにしたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでいきなりそこに飛んじゃうの? そんなの、瑛らしくないよ!」
「お前も、あかりと同じこと言うんだな」
ソファに深くもたれて、瑛は鼻を鳴らした。
怒ってるのか、苦しいのか、眉間の皺は深いまま。
「オレに一体何が出来た? 結局珊瑚礁を守るどころか、オレのせいで珊瑚礁が閉店になったんじゃないか! 最初から無理だったんだ。だからいつまでもガキみたいに意地はってないで、大人にならなきゃって思ったんだよ」
「瑛、でも」
「だいたいオレらしいってなんだよ? 学校にいるオレか? 今ここでお前にあたりちらしてるオレか? お前もあかりも学校の奴らも、勝手にオレに幻想抱いて勝手に決め付けてるだけだ!」
「まってよ、そんな」
「それなのに、あかりはっ……文化祭も、クリスマスも、何気ないいつものことだって、なんでもオレのこと知ってるふうな、見透かしてるようなこと言いやがって! あいつの前じゃ、オレはいつも情けない姿ばっかり晒すハメになってっ」
「……」
「今日、卒業証書貰ってきたから、向こうで浪人して親の勧める大学を受ける。だからあかりにさよならしてきたんだ」
「……」
「人魚と若者は出会うべきじゃなかったんだ……。出会わなければ、こんな悲しい物語なんて生まれなかったのに」
「っ!!!」
バンっ!!
私は瑛の言葉を遮って、テーブルを両手で思いっきり叩いた。
大きな衝撃にカップがはねて、中身のコーヒーがこぼれる。
店内のほかのお客さんも驚いてこっちを振り向いた。
当然瑛もびっくりしてソファの背もたれから身を起こして。
その間抜けな横っ面を。
パァン!!
思いっきりひっぱたいてやった。
「こ……の……」
ぽかんとする瑛に、私は怒りのあまりぷるぷると震えながら。
「瑛がいまさっきあかりにしたことが、一番かっこ悪くて情けないっ!! 自分の意思も貫けない、簡単に挫折を選ぶ、あげくにそれをあかりのせいにするなんてっ!!」
「なっ……だ、だれがあかりのせいにした!?」
「あかりに情けない姿を見られるのが嫌だって理由だけで、あかりを傷つけて! あかりがいなきゃ、瑛なんかかっこ悪いだけの人間のくせにっ!」
「なんだと!?」
「なんでそんな簡単に手放すことができるのっ!!」
ああもう。
あまりの怒りで涙が出てきた。
ぽろぽろとこぼれ出るけど、瑛を睨みつけたまま視線をそらしてなるものか。
「3年間がんばったじゃない! あとちょっとで、手に入るじゃない! 珊瑚礁が閉店したって、勉強して働いて、また瑛自身の手で再開すればいいじゃない! そうすることがかっこ悪いの!? じゃあ瑛の言うかっこいいって何!」
「っ……!!」
「虚栄心だよ、見栄張ってるだけじゃない! 学校だけじゃなくて、すべて受け入れてくれてたあかりにまで仮面をかぶるつもり!? 自分を守るためだけに!」
「それは……」
「どうして自分から手を離すの!? 努力すれば掴めるものなのに! どんなにがんばったって掴めないものがたくさんたくさんあるのにっ、なんで掴めるものを手放すの!!」
「っ、、お前」
瑛がはっとして顔をしかめた。
多分、今。
私の家族のことを思ったんだろう。
私も余計なことを言ってしまった。
今のは、ルール違反だ。
私の家族を出してしまったら、もう反論することなんて出来るはずがないのに。
感情のままに瑛を罵ってしまった。
途端に襲い来る後悔と罪悪感。
それでも。
「……瑛のバカっ!!」
私は捨て台詞をはいて、テーブルになけなしの1000円札を叩きつけてALCARDを飛び出した。
そのまま走って、走って、電車に飛び乗る。
涙のあとをごしごしと拭いながら、私は車両の一番隅に移動した。
泣き顔したまま注目されたくないし。
私はドア付近の角に体を入れて、メールを打った。
『あかりごめん。
瑛、連れ戻せなかった。
力になれなくて本当にごめん。
でもあきらめないで。
あかりから手を離すことはしないで』
あかり……。大丈夫かな。
電車に揺られながら、いつもと変わらない風景を見ながら。
私は激しい後悔に襲われていた。
瑛。
どれだけ自分を追い詰めてたんだろう。
どれだけ悩んで、あかりとの別れを決断したんだろう。
それを私は、無神経にも罵ってしまって。
瑛が何も考えなかったはずないのに。
あかりと、珊瑚礁と別れることを選ばなきゃならないほど、憔悴してたのに。
卒業証書を貰った、って言ってたっけ……。
じゃあ先生は知ってたのかな。
知ってたはずだ。担任だもん。瑛からいろいろ、話を聞いてるはずだ。
瑛。
もう一度、話さなきゃ。
今日はお互い頭を冷やしたほうがいいだろうけど、でもあのままなんていやだ。
最寄り駅に着いて、電車を降りる。
とぼとぼと力のない足取りで、自宅までの道のりを歩く。
あかり。私の親友。
はるひと一緒に一番最初に友達になってくれた女の子。
瑛。私のおとうさん代理。
意地っ張りで屈折してて、優しさをうまく表現できない男の子。
お互い大切に思ってるはずなのに、回りがそれを許してくれないなんて。
ああもう。人生ってままならないな。
ふう、とため息をついた時にはもうマンションの前。
私は鞄からオートロックの鍵を取り出しながらマンションの中へ。
入ろうとして。
息がとまった。
マンションの斜め向かいの小さな公園。
その脇に遮光窓の黒い外車。
そして入り口に佇んでる、背の高い男の人。
サングラスに、黒いスーツの外国人。
私は、一度ゆっくりと深呼吸をして。
足が震えるのを必死に堪えて振り返った。
黒服。
私と視線があったのか、ゆっくりと歩み寄ってくる。
目の前までやってくると、黒服は無表情に私を見下ろした。
「Hello,Little Miss」
「っ……」
「失礼、日本語のほうがよろしいですか」
日本語、しゃべれるんだ。
私は鞄を胸に抱いて、からからになった口を湿らせるように舌で口内を舐めてから、極力怯えを見せないようにして。
「なんの、用ですか」
「ドクターのことで、少しお話があります」
「なんの話……」
「あなたからも説得していただけませんか。研究所に戻ることを」
……何言ってるの、この人。
そんなこと私に頼んで、本当に説得してもらえるとでも思ってるの?
私が見上げるように睨みつけていても、黒服の表情は変わらない。
「ドクター若王子の能力は貴重です。高校教師などという程度の低い仕事では才能は生かされない。ドクターの能力は人類に豊かさを与えられる」
「そんなの嘘」
「なぜですか?」
「先生は、あなたたちのことを、利権に目がくらんだ亡者だって、言いました。一部の人にしか、豊かさはもたらされない」
「……さすがはドクターが目をかけるだけのことはある。勇敢な人だ。てっきり、ただのprostituteかと思っていましたが」
「は?」
知らない単語が出てきた。
でもそんなこと、聞ける雰囲気じゃないし聞いていい相手でもない。
「帰ってください。先生は研究所には戻りたくないって言いました。私は先生を守ります。絶対に、連れて行かせないっ」
「……また会いましょう、Little Miss。今日のところは、これで」
藤堂さん直伝の、痴漢撃退用必殺メンチ切りをして黒服を見上げてやったら、黒服は無表情のままくるりと踵を返した。
そのまま黒い外車に乗り込んで、さっさと行ってしまう。
私はその車が見えなくなるまで睨みつけていたけど。
膝から力が抜けそうになるのを、必死でこらえて。
オートロックをあけてエレベーターに駆け込んで。
自宅に飛び込んで玄関に鍵をかけたあと、窓のカーテンを閉めて布団を頭からかぶった。
……怖かった。
あんな雰囲気の人、今まで見たこと無い。
無表情なのに、私を威圧してたあの雰囲気。
感情がなくて。淡々としてて。
あんな人たちがいる場所で、先生。
ただただ事務的に、人間の欲望が望むままに研究をさせられて。
心壊すはずだよ。
あんなところ、行かせちゃだめだ。
「私は、手放さないもんっ……」
でも。
震えながらつぶやいた言葉に、自信は持てなかった。
あの人たちは、目的のためには手段を選ばないかもしれない。
いやだ。いやだ、いやだ!
瑛も、あかりも、先生も。
別れるなんて、そんなのやだ!
私は鞄から携帯を取り出した。
時刻は1時を少しまわったところ。
先生はまだ仕事中だろう。陸上部の活動はないって言ってたけど、3年生の担任は今時期誰だって忙しい。
でも会いたい。
いま、先生に会いたいっ……。
携帯の着歴からリダイヤル。
学校にいるから、出てくれるはずないってわかってるけど、それでもかけずにはいられなかった。
プルルルル……
単調にコール音だけが流れる。
ところが、6回目のコール音の途中でツプッと音がしたかと思えば。
『若王子です。どうしたの?』
「せん……」
出てくれた。
「今、大丈夫なんですか?」
『はい。職員会議が長引いて、先生、今からようやくお昼ごはんです。さんが作ってくれたお弁当食べるところですよ」
「そう、ですか」
『どうしたの? 何か急用?』
「あの……」
電話口から聞こえる先生の声。
いつもの声。
優しくてあったかい。
「先生、今日はあとどのくらいお仕事残ってるんですか」
『今日はもう授業の準備もないから、日誌に目を通して受験生の受験校リストを整理して……そんなにはかかりません』
「じゃあ、終わったら、私の家に来てくれますか?」
『うん?』
「いろいろ、聞きたいことがあるんです。それに」
『……それに?』
ぽろりと、涙がこぼれた。
優しくて、温かくて、だからこそ不安で怖くて。
「せ……先生に会いたいっ……」
『さん……?』
「会いたいんですっ……一刻も早くっ」
『さん、泣いてる? 何かあった?』
「会いたい……先生、早く来て、どこにも行かないでっ!』
先生は戸惑った声を出しながらも私を気遣ってくれたけど、私の涙は止まらなかった。
こんなわがままなこと。
でも、今日ばかりは止められなかった。
瑛のことも黒服のことも。
不安でつぶされそうだった。
どうしたらいい。どうしたらいい。
急に世界から、光が消えたように、出口がわからなくなってしまったよう。
先生は、飛んできてくれた。
涙の跡をつけたまま出迎えた私に面食らいながらも、「もう大丈夫」と、いつものように抱きしめてくれて。
瑛のことを聞いた。
私は感情のままに先生をなじってしまった。
どうして教えてくれなかったの、どうして止めてくれなかったのって。
先生は困った顔して「ごめん」とだけ。
わかってる。教師だもん、生徒に対する守秘義務がある。
それに進路だって、先生に出来るのは生徒が決めた道をフォローすることだけ。
散々なじったあとなのに、私が反省して謝ったら、先生はあっさりと許してくれた。
黒服のことを話した。
先生は血相変えて、何もされなかったか、何を言われたのかって。
私は先生を説得してくれって言われたことを伝えた。
いやだ先生は渡さない、私は先生を離さないって、そう言ってやりましたって先生に伝えたら、先生は泣きそうな、苦しそうな顔をして私を強く抱きしめた。
で。
「先生、prostituteってなんですか?」
「……は?」
黒服が言った言葉が気になって、英語ぺらぺらの先生に質問。
ところが先生は目を点にして、今信じられない言葉を聞いたとでも言わんばかりに絶句して。
「あのー……さん。それは一体どこで覚えたんでしょう……?」
「黒服が、さっき。私のことをそう言った、て、せ、先生っ!?」
みなまで言うより早く、先生は見る間に顔を赤くして烈火のごとく怒り出した。
え、なに、それって、なんか蔑むような言葉だったの?
「さんはAngelでGoddessで僕のsteadyです!」
「へ」
「さんを侮辱したこと、許さないぞ……」
私をぎゅうぎゅうと抱きしめながら、恨み節を言うような口調で低く呟く先生。
先生がここまで怒るなんて、そんなひどい言葉だったのかな……?
あとで辞書で調べてみようと思ったけど、や、やっぱりやめとこう。
私の不安は先生のおかげで和らげることが出来たけど、根本的な解決には全然なってない。
瑛のこと。
あかりのこと。
黒服のこと。
考えなきゃ。
自分に出来る精一杯のこと。
みんなが幸せになれる方法を。
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