ついに終了、はね学生活最後のテスト!
 今日は順位表が貼りだされる日だ。


 60.最後のテスト結果


くんっ!」
「わ、ひ、氷上くん? どうしたの?」

 朝一張り出された順位表の前はすでに黒山の人だかり。
 もうちょっと空いたら前に行こうと思っていたら、顔を赤くした興奮の面持ちの氷上くんに、ぐっと目の前に右腕をつきつけられた。

「打倒は成せなかったが、僕は最強のライバルであるくんの健闘を讃えよう!」
「え、どういうこと?」
「代表5教科、500点満点! 僕とくんは、同点1位だ!」
「本当!? 5科目満点っ!?」

 私は人ごみを掻き分けて順位表の前に行った。
 張り出された順位表の一番上には、私と氷上くんの名前が並んで記入されていた。

 過去最高の、5教科満点! うわぁ、自分エクセレント!

くんっ」

 氷上くんが、もう一度右腕を突き出してくる。

「やったね、氷上くん!」

 私も自分の右腕を交差させて、がっしりとお互いの健闘を讃えあった。
 おおー、と周りの生徒から拍手が起こる。
 その中には、小野田ちゃんの姿もあった。

「おめでとうございます、さん。風邪でダウンしたとき以外、一度もトップを譲りませんでしたね」
「ありがとう、小野田ちゃん」
「氷上くんもおめでとうございます! ついに一位を取り戻しましたね!」
「ああ! それもこれも、小野田くんが一緒にがんばってくれたからだ。本当に、ありがとう」
「そ、そんなことはありません!」

 あらら。
 小野田ちゃんと氷上くん、二人一緒のところを見つけるたびにいい雰囲気になっちゃってるんだから。
 私はこっそりとふたりから離れて、人ごみから抜け出した。

 そこで見つけたのは、窓際によりかかって安堵のため息をついている瑛。

「瑛! どうだった? 今回のテスト」
「ああ、か。お前と氷上の次だったよ。自分の順位しか見てないだろ、お前」
「へへ。でも3位なんてやったじゃない。瑛の自己ベストでしょ?」
「ん。あかりには負けられないからな。今回は死ぬ気でやったし。……どうせあかりの順位も見てないんだろ? 4位だよ。で、小野田さんが5位」
「うわー、若王子クラスでトップ5占めてるんだ。実はすごいね、うちのクラス」

 私は順位表を振り返る。
 すると、瑛はまたまた大きなため息をついた。

 肩を落として、なんだか疲れた様子の瑛。

「最近また疲れてるんじゃない? 文化祭のあとテストまで少ししかなかったし、あんまり体調回復してないの?」
「……年末に向けてかきいれ時だからな、珊瑚礁は。そうそう休んでられないんだよ」
「そうだよね。ねぇ、大変なら臨時バイト入るからさ、無理しないで言ってね?」

 眉尻を下げて、口を真一文字に結んだ瑛。私をじーっと見つめたかと思えば、もう一度ため息をついた。

「あかりには言わないでくれ。余計な心配かけたくない」
「もう。意地っ張り」
「おれから意地と見栄とったら、何が残るんだよ!?」

 少し強い口調で言われたから驚いた。
 言った瑛本人もはっとして、がしがしと頭を掻いて「今の、ナシな……」とつぶやいた。

 瑛。なんだか体調不良以外にも、なにか追い詰められてるみたいな気がする。
 私は瑛の制服の袖をきゅ、と掴んで。

「ねぇ、あかりに言えないなら私が話聞くよ。お店も受験も、瑛、これからどんどん忙しくなるんだから。吐き出せるうちに出しといたほうがいいよ。私が駄目ならハリーとか志波くんとか」

「瑛は少し無理しすぎだよ。ね?」
「……わかった」

 頬を染めて、子供のようなむくれ顔になりながらも瑛は頷いた。
 ほんと、文化祭みたいなことにならなきゃいいけど。

 すると、急に瑛が両手を挙げて背筋を伸ばした。
 はずみで瑛の制服の袖を掴んでいた私の手が外れる。

「どうしたの?」
「僕は今、さんに触れてなかったよね?」
「……は?」
「うん、触れてなかった。テスト結果のことを話してました。以上ですっ!」

 早口にそれだけ言い切ると、瑛はいい子モードの仮面の笑顔を貼り付けて、私の横を猛スピードで走り抜けていった。

 な、何事?

 と思って瑛を目で追って振り向けば。

 あわわ、と言いたそうに口元に手を当ててるはるひと、制服のポケットに手をつっこんだまま呆れた表情でこっちを見てる志波くんと。
 笑顔と一緒に黒オーラも放出中の、若王子先生がいた。

「学年1位おめでとうさんところで佐伯くんとは何をしてたの?」

 一度も区切らずに、笑顔で尋ねる先生。

 先生……アレ以来、瑛に過剰反応するんだから。

「テストの結果のこと話してたんですよ。あと、あかりのことと」
「ふーん」

 張り付いた笑顔は変わらない。
 まったくもう。

「学年トップ5がうちのクラスなんてすごいよね、って話してたんですっ」
「そうでしょうそうでしょう。先生、さっきまで教頭先生に自慢しまくってきました。えっへん」
「そうは言うけどな、若ちゃん? 3−Bって学年トップ常連組と学年最下位常連組の両極端やで。その辺いっつも教頭センセにつっこまれとるやん」
「やや、そうなんです。針谷くんとウェザーフィールドくんは、今回も先生、補習しなくちゃいけないんです。とほほです……」
「あ、志波くんは今回補習免除なんだね!」
「ああ。ヤマがあたった」

 にやりと口の端を上げる志波くん。

「志波やん、さっきハリーに裏切り者ってめっちゃ叫ばれてたんやで」
「あはは、すっごい目に浮かぶよ、その光景」
「ニガコククビだっ! って。自分のヤマが外れたもんやから、志波に八つ当たりしとんねん。……にしても、これからは学校も2分割やなぁ」
「え、どういうこと?」

 はるひがしみじみと言うと、先生もそうですね、と頷いた。
 わけがわからないのは、私と志波くん。

「最後のテストが終わった、っちゅーことはやで? 受験組は黙々と勉強、逆にもう進路が決まっとる連中はこれから卒業式までルンルンや」
「あ、そっか……」
「アタシは願書提出済みで試験も終わったし、志波やんも推薦決まったもんな?」
「ああ」
、アンタも昨日試験やったんやろ?」
「うん」

 花椿モード研究所。願書提出ぎりぎりだったんだよね! 郵送が間に合わないから、自分で届けに行ったんだ、はは。
 学校の期末テストが土曜日まであって、日曜日が専門学校の入試だった。
 昨日は朝早く先生がうちまでお守り届けに来てくれたんだよね。
 ……学業祈願のほかに、なぜか交通安全と安産祈願まで。

「交通安全は百歩譲ってまぁわかるとして……安産祈願ってなんですか」
「あれ、ここ笑うところですよ?」

 なんて、先生なりの緊張ほぐしなんかもしてくれて。

 常識問題の試験と面接。
 なんと面接会場に一鶴さんがいたのには驚いた。

 そうそう!
 やっぱり一鶴さんって、天之橋奨学金の理事の、天之橋一鶴さんだったんだよ!
 今度、技術習得者向けの奨学金制度を作るらしくて、その第一期生の候補となる人物がいるかどうか見に来てたんだって!
 学校に受かって、その新しい奨学金も受けられるようになれば私の未来もバラ色だ。

 仲良く一鶴さんと試験会場から出てきたら、若王子先生が目を丸くしてたっけ。
 件のクルーザーの持ち主も一鶴さんでした。
 先生と一鶴さんが知り合いだってことも、おどろいたなぁ……。

「うちらの仲間うちやと、氷上とチョビとサエキックとあかりが一流受験組やろ? 密っちとクリスも留学で受験組。この6人はまだまだ忙しいねん」
「そ、そっかぁ……。テストが終わったからって、みんなで遊びに行こうなんて誘えないんだね……」
「まあアタシとハリーやろ? 竜子姉と志波やん、と若ちゃん。一応相方は揃っとるし、受験組には悪いけど、この6人でなら行けるかもしれんけどな」
「……ちょっとまて。相方ってなんだ」

 志波くんが渋面ではるひに待ったをかけた。
 しかししかし。
 はるひはにまーっと悪い笑顔を浮かべて、ぱしぱし志波くんの肩を叩き出した。

「いややわー、志波センセったら♪ 最近竜子姉と親しいらしいやないのぉ」
「なっ!?」
「あ、そうだよね? 最近休日の朝、森林公園で藤堂さんも一緒だよね!」
「やや、志波くんも隅におけませんねぇ」

 一斉に3方向からからかわれて、志波くんは真っ赤になってぎりぎりと歯を噛み締めた。
 ちらりと私に視線を向ける志波くん。
 私はありがとうとおめでとうの意味をこめて、笑顔を見せた。

 志波くんも、ふ、と相好を崩す。

 と、思ったら!

「……毎朝人目を忍んで逢瀬を繰り返す二人……」

 にやりと微笑んで、挑発的に先生を見ながら映画の番宣のような言葉を、あの志波くんが、言った。

 案の定。
 先生、スイッチオン!!

「だめですっ!」

 私の腕を強く掴み、先生は自分の着てる白衣にくるむように、私を腕の中に抱きいれた。

さんは渡しません。僕のです!」



 シーン…………



 先生の必死な声が、順位表の張り出されているフロアに響き、行きかう学生、全員ストップ。

「……あんな、若ちゃん。ここ、学校やで……?」
「あ」

 はるひが呆気にとられながらも突っ込み、先生は我に返り、元凶の志波くんは我関せずとあさっての方向を向き。
 私は、石のように硬直した。

 ところが。

 次の瞬間、起こったのは爆笑の渦だった。

「バッカ、志波ぁ。お前人妻に手ぇ出すなよー?」
「高校生のうちから愛憎昼ドラの世界はやばいだろー」
「志波くん、若サマに成績落とされちゃうよ?」
「先生も、学園アイドル嫁にしてるんだから、しっかり掴んどけよなー!」

 ……あ、あれー……?

 なんでみんなこんな、普通に流してるのかなー……?

ちゃん、らぶらぶやんなー?」
「く、クリスくん……に、密さん……」

 呆気にとられてる私と先生とはるひと志波くんに、にこにこと話しかけてきたのは、こちらもラブラブな雰囲気のクリスくんと密さんだ。

「あれ、どないしたん? みんな、かっちんこやんな?」
「え、だ、だって、今の先生の台詞、なんでみんなスルーしちゃってるの……?」
「えー? ちゃん、今さらやん」

 不思議そうに目をぱちぱちさせて、クリスくんは密さんを「なー♪」と振り返る。

「そうよ、さん? 若王子先生とさんのカップルって、はね学公認カップルじゃない」
「は!? いつの間に!?」
「いつの間に、って……文化祭で公表したじゃない」
「せやせや。やっとかよ〜、ってみんな言ってたで? ちゃんにアタックかけられへんくなるから、みんながっかりしてたけどな〜」

 クリスくんはそう言って、きゅぅ、と私を抱きしめて頬擦りする。

 や、やっとかよ、って。
 どういうこと!?

「……もしかしてさん、二人が想い合ってることがバレてないとでも思ってたの?」
「えええ!?」
「二人が両想いだなんて、はね学中みんな、3月の学年末テストあたりから知ってたわよ?」
「せやせや〜。志波クンはオレたちの最後の砦だぜ! って、男の子みんな言ってたんやで?」

「「「「…………」」」」

「で、文化祭でついに結婚したからもうオブラートに包むこともないか、って」
「そうそう。だからちゃん、若嫁〜なんて呼ばれとるやん」

 そ、それって。
 お互いの気持ちに気づいてなかったのって、私と先生だけだったってこと?

 あ、はるひと志波くんと、ハリーもそうか。

 なにそれ。
 もしそれが事実だとすれば。

 私と若王子先生、間抜けすぎるにも程があるっっ!!!

「あ、でも若王子先生? さすがに教頭先生はまだ認めてないと思いますから、やっぱり学校内でさっきみたいなことはやめたほうがいいと思いますよ?」
「は、はぁ……」
「大丈夫やって、若ちゃんセンセ。教頭センセも娘を嫁に出す親の心境みたいなもんやて、いずれわかってくれるはずや」

 やんわり密さんに注意され、ぽんぽんとクリスくんに励まされ。
 先生はきょとんとしたまま、気の抜けた返事をした。

 自由な校風の羽ヶ先学園……。
 その寛大さにも限度があると思うのですが、どうなんですか!



「いいよな、お前と先生は。意地も見栄もはらないで学校中に受け入れてもらえてるんだから」
「て、瑛……瑛はいつから気づいてたの……?」
「そんなの、1年目のお前の誕生日からだ。どんだけ少女漫画やりゃ気が済むんだって、本気で呆れてたんだぞ」
「わ、私自身が気づく前からっ……」
「おとうさんは娘につく悪い虫に敏感なんだ」
「今は佐伯くんが悪い虫のようですけどね?」
「うわ、若王子先生っ!?」

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