はね学生活最後の文化祭。
 そのトリのステージである羽ヶ崎学園手芸部伝統のファッションショー。
 いざ。


 57.3年目:文化祭ファッションショー

 1年生、2年生は通常通りのショーをこなし、3年生もその後平年どおりの流れでドレスを披露する。
 そして最後に、手芸部部長の衣装を纏った私が、セレモニー形式で体育館入り口から入場、ステージの上で藤堂さん扮する新郎と挙式する。

 そんなわけで、私と手芸部部長だけは体育館の外の自習室で着付けを行っていた。

「みんなのショー、ナマで見たかったなぁ〜」
「我慢我慢。放送局の友達に頼んでビデオ回してもらってるから、終わったら見せてあげる」
「絶対だよ!?」
「はいはい。口閉じてね。口紅塗れないでしょ?」
「むぐ」

 ドレスに身を包み、鏡の前に座っている私に器用に化粧を施していく手芸部部長。

 こんこんと、遠慮がちにドアがノックされた。

「はい?」
「ちわす、花屋アンネリーです。ご注文のブーケ、お届けに上がりましたー」

 あ、この声は。

 部長が化粧する手を止めてドアを開ける。
 まず飛び込んできたのは、真っ白なキャスケードブーケ。メインの花はカサブランカ。
 それを持ってるのは、目を丸くしてる体育会系のおにーさん。

 真咲先輩だ。

「真咲先輩、お疲れ様です!」
「おまっ……やっぱりか!? うはぁ、こいつはマジでビビッたぜ……」

 私は立ち上がって振り向いた。
 その私を、真咲先輩はあんぐり口をあけたまま上から下まで眺める。

 手芸部部長が作ってくれたウエディングドレスは、デコルテがむき出しのAラインのドレス。
 サテンの土台にレースが何枚も重ねられたドレスで、豪奢なのに可憐な印象。
 背面は、腰にサテンとレースで作られたバラがリボンのように飾られて、そこからレースとシフォンのとても長いトレーンが尾を引いている。

 本当に夢のようなお姫様ドレスだ。

「えへへ、似合いますか?」
「おう、似合う似合う、二重マル! つか、マジでこのまま嫁に行っちまいそうだな」
「ショーだけですよ! でも、ありがとうございます!」

 裾汚れを避けるために、模造紙が敷かれた範囲でしか動けない。
 私はその場でお礼のお辞儀をした。
 真咲先輩は「おーサマになってるなってる」と拍手して。

「お前の出番、もうすぐだろ? ちょうどはね学で配達も一段落だから、少し見てくとするかぁ?」
「ほんとですか!? 気合入れちゃいますよ!」
「よしよし。じゃあ、体育館で見てるからな。がんばれよ、!」

 いつものようにわしゃっと頭を撫でようとして、おっといけね、と真咲先輩は手をひっこめる。
 私の髪はもう綺麗にまとめられてるんだもんね。
 真咲先輩、セーフ。

 私は手を振って真咲先輩を送って、また椅子に腰掛ける。

「バイトの先輩?」
「そう。はね学OBなんだよ」
「そっか。がんばらなきゃね」

 手芸部部長は私の化粧を仕上げて、最後にベールをかぶせてくれた。
 ベールを顔の正面にかける前に、彼女は私の目を見て、いつものように穏やかに微笑んだ。

さん、3年間ありがとう。私の作品を発表するのを助けてくれて、ほんとにありがとう」
「ううん、それを言うなら私のほうこそ。夢に気づかせてくれたもの。私こそ、ありがとうね!」
「最後のセレモニー、よろしくね」
「うん、がんばるよ!」

 彼女はにこっと笑って私の顔にベールを降ろし、力強く私の手を握った。

 いよいよ、出番だ。


 体育館入り口。
 中では2年生のパーティドレスのショーが終わり、3年生のウェディングに切り替わっているところだ。
 派手なダンスミュージックから、穏やかなヒーリングミュージックに。
 私は静かな緊張を感じながら、それを聞いていた。

「教頭先生、セレモニー形式のファッションショーを許可していただいて、そのうえ協力までしていただいて、本当にありがとうございます!」
「いや、学園を代表する優等生のくんと、代々評価が高い手芸部の頼みだからね。余計な心配をしなくても大丈夫だろうと判断したまでだ」

 手芸部部長と私で丁寧に教頭先生に頭を下げると、教頭先生は手を振って笑顔を見せた。
 今日の教頭先生は黒のモーニング姿。今だけ、私のお父さん役だ。

「教頭先生、よろしくお願いします」
「うむ。……くんのこの姿を、おとうさんも見たかっただろうな……」

 あれ、教頭先生ってば、もう目頭を熱くしちゃってる。
 若王子先生の敵! ってイメージで悪役レッテル貼られてる教頭先生だけど、ごくごく真面目な普通の先生なんだよね。
 案外感動屋なのかも。

「君のおとうさんは幾つだったんだね?」
「生きていれば、55になります」
「そうか、先生と同い年か……」

 そうなんだ。私のお父さんは、教頭先生ほど頭が寂しくなかったけど。

「先生にも年頃の娘がいてね。今日は予行演習だと思ってがんばろう」
「教頭先生、感極まって泣かないでくださいよ?」
「うむ、気をつけよう」

 襟元を正して、教頭先生は入り口を見据える。

 音楽が止んだ。3年生のウェディングが終わったんだ。

 しばらくして。

 おおおおおお!!

 中からどよめきが起こった。
 ふふふ、藤堂さんが位置についたんだろう。
 新郎は、バージンロードの真ん中で、新婦を待っているはずだ。

 そして、吹奏楽部による結婚行進曲が高らかに流れ出した!

さん、出番だよ! がんばって!」

 手芸部部長が頬を紅潮させて言った。
 私は彼女を見て力強く頷き、教頭先生を振り返ってもう一度頷いた。

 手芸部部長は、体育館のドアを左右に思いっきり開いた!


 わぁぁぁぁぁ!!


 私と教頭先生の姿を見て、会場中がさらにどよめいた。続いて割れんばかりの大拍手!

 うわぁ照れる……。
 いやいや、にやけちゃ駄目だ。まだ、始まったばかりだ!

 私は教頭先生と共に、ゆっくりと歩き出した。
 真っ赤な絨毯の敷かれたバージンロード。そこを歩く、純白の花嫁。
 みんなの目にはどんな風に映ってるんだろう。

 先生は、来てくれてるかな……。

 呼吸を落ち着けて、一歩一歩、ゆっくりと。

 はるひとハリーがすぐ脇に寄ってきて、顔を真っ赤にして一生懸命拍手を贈ってくれてる。
 あ、天地くん。「先輩、素敵です!」だって、ふふ、ありがとう!
 あっ……赤城くんと尽くん!? うわぁ、はば学の制服で文化祭来てたんだ! あ、視線が合った。赤城くんは顔を真っ赤にして絶句、尽くんは口笛鳴らして。対照的だなぁ……。
 志波くんと藤堂さんは並んで腰かけて、微笑みながら拍手を贈ってくれてる。
 その前の席に、あかり。と、瑛! もう、無理して! あかりは立ち上がって無我夢中で拍手してるけど、瑛はこっちを見てにやっとしてるだけだ。もう、おとうさんてば。
 プログラム進行席からは氷上くんと小野田ちゃんが並んで拍手してくれてる。
 密さんは、ステージ横のコーラス隊の隣で、白いワンピースを着て演奏中だ。

 みんな、来てくれてありがとう。

 でも……やっぱり、先生はいない。

 ……ううん、だめだ、しんみりしてちゃ。
 ちゃんとやり通さなきゃ、自分の仕事を!

 私は気を取り直して真っ直ぐ前を見た。
 顔の前にベールがかかってるから、視界にかすみがかったような状態になっててよく見えないけど、もうすぐ藤堂さんの元に。


 ……あれ?


 さっき、観客席に、藤堂さん、いたような。

 私は前を見た。
 ……うん。確かに待ってる、私の新郎役の藤堂さん。
 でもなんか、いつもより、ちょっと。

「な!?」

 教頭先生が声を上げたのと。

「っ!!」

 私が息を飲むのは。

 ほぼ同時だった。

 バージンロードの中央で、白いモーニング姿で私を待っていたのは。


「わ、若王子くん!!??」


 先生は目の前まで花嫁を連れてきた教頭先生に向かってにっこりと微笑んで。

「それではお嬢さんをお預かりします、おとうさん」
「な、な、な」

 口をぱくぱくさせてる教頭先生から、私の手をさっと取って。

 いや、ここは新婦が自分で新郎の腕に手を置くんであって。
 ……とか冷静に考えてる場合じゃない!!

「わ、若王子くんっ! な、何を考えておるんだ君はむぐぅっ!!」
「はいはい、教頭はコッチ」

 先生に掴みかかろうとした教頭先生を取り押さえたのは、藤堂さん、と志波くんとハリー。
 藤堂さんは、にやりと不敵な笑みを浮かべて、教頭先生をひきずっていった。

 は、図られたっ!?

「さぁさん。神父のもとへ行こう」

 呆気にとられる私に、先生はにっこりと微笑んで。

 私は。
 新郎姿の先生と、ゆっくりとステージ上へ。

 夢を見てるんじゃないだろうか。
 私はウェディングドレスを着て。
 先生はモーニングコートを着て。
 二人で腕を組んで、神父さまのもとへ。

 さっきの瑛も、こんな感じだったのかな。
 現実と虚像が錯綜するような。

 神父役のクリスくんの前まで来て、先生は一度私を横目で見た。
 いたずらっ子のような笑顔で、ぱちんとウインクする。

 くらっ。

 あ、あやうくノックダウンするところでした……。

 音楽がやみ、神父姿のクリスくんがこほんと一度咳払い。

「エー、アナタハァ、神ヲォ、信ジマスカァ〜?」

 どっ

 クリスくんがわざと片言の日本語でしゃべりだすと、会場が沸いた。
 もう、クリスくんてば。
 先生も肩を震わせて笑ってる。
 私も、ちょっと気持ちがラクになったかも。

「神ヲォ、信ジテナイナラァ、オ説教ハ無意味デース。ヨッテェ、以下略ゥ」

 もう一度会場が沸いた。
 クリスくんは満面の笑顔で手を振って答える。

 でもすぐにクリスくんはきりっと真面目な顔をして、声を張り上げた。

「新郎、若王子貴文っ」

 おおーっ

 会場がどよめく。
 先生はしゃきっと背筋を伸ばして少し高いところにいるクリスくんを見上げた。

「汝、その健やかなる時も、病める時もこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助けその命の限り、堅く節操をまもることを誓いますか」

 神父の言葉に、先生は表情を引き締め、まっすぐと意思の強い視線を向けて。

「はい。誓います」

 おおおおお!!

 体育館が揺れに揺れる。
 どよめきと共に拍手喝さい。
 いいぞー若ちゃん、よっ男前ー! などと野次が好き勝手に乱れ飛ぶ。

 擬似だってわかってるけど。
 錯覚しそうになって、怖い。

「新婦、っ」

 おおーっ

 クリスくんの言葉に、いちいち反応してざわめく観衆。
 呼ばれた私も、どきんと心臓が跳ね上がりそうになったけど。

「汝、その健やかなる時も、病める時もこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助けその命の限り、堅く節操をまもることを誓いますか」

 クリスくんが優しい視線で私を見た。

 口が渇く。
 これは文化祭のプログラムなんだから。
 手芸部のファッションショーの一環なんだから。
 迷うこと無い。はい、って言えばいいんだ。
 先生だって、楽しんでやってるだけなんだから。

 ああでも。



 もしも、これが、現実だったなら。



「は……い。……誓います」

 おおおおお!

 やんややんやと好き勝手に騒ぎ立てる観衆。
 くそー、振り向いてうるさいっって怒鳴ってやりたいっ。

 まーまー、とクリスくんが場を静める。

「それでは」

 指輪の交換をして、セレモニーは終了だ。

「誓いの口付けを」

 はいはい、早く終わらせましょう。

 って。

 うおおおおおお!!!

 会場は、はね学開校以来、最高潮の盛り上がりを見せた。

「ちょ、クリスくん!? 指輪の交換でしょ!? 誓いの、くち、くちっ!?」

 慌てて私がクリスくんを見上げると、神父はにこにことエンジェルスマイルで首を傾げるばかり。
 ばっと舞台袖を見てみれば、手に汗握る、といった様子の手芸部一同。部長込み。

 は、は、

 ハメられたーっ!!??

さん」

 呼ばれて。
 私は泣きそうな顔で先生を振り返った。

「せんせぇ……」
「やや、花嫁さんがそんな顔しちゃだめです。ブ、ブーですよ」

 先生は困ったような笑顔を浮かべて私を見てた。
 ほら、先生だって困ってる!

「ご、ごめんなさい先生っ。へんなことに巻き込んでっ」
「あれ、さん? 本当に泣きそうになってる?」
「だ、だって、こんな、人前で見世物みたいな」
「そう? 先生はとても楽しいけど」

 にっこり微笑んだ先生は、私の顔の前に下りていたベールをめくり上げた。

「『ごっこ』遊びの延長だってわかってるけど。それでも僕は、こんなに楽しい」
「先生……」
「だってほら」

 先生は私の右頬に手を添える。
 見上げた先生の瞳はとても優しくて。

「君が花嫁だなんて、夢のようだ」

 先生はもう片方の手で私の左頬を包んで、軽く上を向かせた。
 先生の優しい瞳が、近づいてくる。

 っ。

 私は思わずぎゅっと目をつぶった。
 吐息がかかるくらいにまで先生の顔が近づいて。

 わぁぁぁぁ!!

 観客席から拍手と野次と悲鳴と歓声。

 ……あ、あれ? キス……した、フリ?
 触れなかった……よね?

 私は恐る恐る目を開けた。
 目の前に、いたずらな笑顔を浮かべた先生の満面の笑顔。

「せん」
「びっくりした?」

 変わらず私の両頬を包んだまま、先生はくすくすと笑い出す。

「ドッキリ大成功です」
「……っ!!」
「やや、怒らないでください。きちんと自分の役目を果たしたさんに、ご褒美あげますから」

 ご褒美なんていらないですっ!
 ……と言う前に。

 ちゅっ

 先生が、私の鼻の頭にキスしてくれた。

 ……鼻の頭って。

 怒るべきか照れるべきかパニくるべきか、一瞬判断が遅れた。
 そのスキをついて、先生が。

「わぁっ!」

 私をお姫様抱っこして抱き上げた!
 その瞬間を狙いすましたかのようにファッションショーの終わりを告げる音楽が鳴り響く。
 拍手に包まれながら、手芸部の部員たちがステージ上に集まってくる。
 カーテンコールだ!

 会場から惜しみない拍手を贈られて、手芸部員たちは涙ぐみ、お互い抱き合ってる。
 クリスくんは手を振ってみんなに応え、先生もにこにこと笑顔を振りまいてる。

 そんな中私はひとりぽかんと。
 先生に抱き上げられたまま、混乱する思考回路をぐるぐるとめぐらせていた。

さん」

 耳元で先生が囁く。

「アバンチュールに繰り出そうぜー?」
「……は? わぁっ!?」

 私の返事も待たずに、先生は私を抱きかかえたままステージを飛び降りた!
 わぁっとひときわ大きな歓声が沸き、バージンロードの上から人がどく。

 先生はそのまま体育館入り口まで走っていって、入り口でくるりと振り返って。
 芝居がかった調子で、ぺこりと一礼。
 大きな拍手をもらったあと、先生はそのまますたこらと化学準備室まで走ってきてしまった。

「楽しかったですね! さん!」
「私は全っ然楽しめませんでしたっ!!」
「あれ、おかんむりですか、さん」

 先生は私を抱いたまま自分の机に腰を下ろす。

「だ、大体、なんで先生がいきなり新郎役なんですか!? 藤堂さんはどうしたんですか!」
「や、藤堂さんに頼まれたんですよ? 代わってくれって、本番直前に」
「……はるひも一緒でしたね?」
「ピンポンです」

 はるひ……。
 確かに先生を会場に連れてきてくれたけど、こ、こういう手を使うとは……。

「先生、あんなにファッションショー見るの嫌がってたじゃないですか!」
「ファッションショーが嫌だったんじゃありません。さんの花嫁姿を見るのが嫌だったんです」
「結局見てるじゃないですか」
「相手役として見るぶんにはいいんです」
「先生……そんなに私に対抗意識燃やさなくても、先生だったらどこの部でも仲間に入れてもらえますよ……」

 ほとほと疲れた。
 私がため息交じりで言うと、ところが先生はきょとんとして。

「対抗意識、ですか?」
「? 先生、自分がスポットライト浴びたかったんでしょう?」
「…………」

 ぱちぱちと目を瞬かせたかと思うと、先生は途端に不機嫌そうに口をとがらせた。
 あれ。ハズレ?

「ブ、ブーです」
「違うんですか?」
「ブ、ブーですっ」

 ぷい、と先生は拗ねてしまった。
 ああもう、大人のクセに難しい人だなぁ、まったく。

「それより先生、そろそろ降ろしてくださいよ。着替えなきゃ」
「だめです。さんは先生を傷つけた罰として、先生の膝の上でおしゃべりの刑です」
「……それは罰なんですか?」

 っていうか、いつ私が先生を傷つけたと。

 先生はもう聞く耳持たず。
 膝の上に私を降ろして、先生はこつんと額を付き合わせた。

「お疲れ様、さん。ステージの上の君は、本当に綺麗でした」
「あ、ありがとうございます……。先生も、堂々としててカッコよかったですよ? 直前に交代したっていうのに」
「うん。だって、予行演習だからしっかりやっておかないと、って思って」
「え? ……ああ、そうですよね。先生はお年頃ですもんね」

 先生がいくつなのか、そういえば知らないけど。
 学生のごっこ遊びと違って、先生は結婚適齢期ど真ん中なんだもんね。……多分。
 先生の食生活を考えると、一刻も早く結婚したほうがいいと思うし。

 ……予行演習。

「先生、結婚の予定でもあるんですか?」

 私の一言に、先生はくっつけてた額を離して目をぱちぱち。
 そして、また口をとがらせて、つーんとそっぽを向いてしまった。

「ブ、ブーです」
「違うんですか?」
「ブ、ブーですっ」

 あああ、また最初に戻っちゃったよ……。

 その後私は先生を宥めて賺して、なんとかご機嫌をとって。
 ねぎらいの言葉をかけにきたあかりと志波くんと、ひやかしにやってきた瑛とはるひを巻き込んで化学準備室で賑やかに過ごした。


 最後の文化祭。
 いい思い出ができたな……。


 なんてふけっていたら、翌週から。

「おはよー若嫁!」
「お、若妻だっ」

 な、なんと。

 私の呼び名が全校統一で「若嫁」もしくは「若妻」になっていた!!

 若嫁→若王子先生の嫁。

 ひあああああ!
 穴があったら入りたいっ! 顔から火が出そうに恥ずかしいっ!

さん?」
「うひゃあっ!?」

 HR中に頭を抱えていたら、いきなり先生に呼ばれて変な声を出してしまった。
 どっと笑い出すクラスメイトに、きょとんとする先生。

「駄目ですよ、さん。HRだって立派な授業なんですから。ちゃんと集中してください」
「ご、ごめんなさい……」
「若ちゃーん、嫁には優しくしてやんなよー」
「そうだよー。奥さんヒイキしたって、文句は言わないよー?」
「やや、駄目です、先生は公私混同はしませんよ」

 先生、それってある意味肯定してる返答ですけど。

 それから、週一ペースで行われていた告白もピタッとやんだ。
 それもこれも。

「どうやら若ちゃんはマジらしい……」
「今後さんに手を出したら、IQ200の頭脳フル稼働で返り討ちにあうらしい……」
「化学は問答無用で1になるらしい……」

 などという噂がまことしやかに流れてるからだ、とはるひから聞いた。

「えっと、人の噂も75日ですよ、さん」
「残り短い高校生活、75日も耐えるなんていやあああああ」

 小野田ちゃんのフォローもむなしく。
 お昼ごはんを食べながら、私は頭を抱えて絶叫したのだった。

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