「衣装班出て来いっっ!!!」
 学校の中だというのに、瑛が素の自分モードでマジ切れした。


 55.3年目:文化祭リハーサル


 体育館では学園演劇の練習が佳境に入っていた。
 役者や演出班や、いろんな人たちが右往左往してる中。

 手芸部ファッションショー実行委員会は体育館の隅っこを間借りして、最後のウォーキングチェックなぞをしてたんだけど。

 ステージの方から、いきなり瑛の怒声が響いてきたんだ。
 体育館にいた人は全員ぎょっとして瑛に注目。
 そりゃそうだよね。『品行方正なはね学王子』が、あんな声出すのなんて聞いたことないだろう。

「ご、ごめん。ちょっと行って来ていい?」
「いいけど、あれ佐伯くんだよね? びっくりしたぁ」

 後輩のモデル指導をしてた手芸部部長に許可を取って、私は瑛のもとへ走り出す。
 ちなみに今の私は仮縫い用のドレス姿。
 ああもう、裾が邪魔!!
 わっしとたくしあげて、てちてちとステージ下まで走る。

「どうしたの、瑛。大声出して」
「どうしたもこうしたもあるかっ! これ、見てみ……おい、

 怒り心頭の瑛を、学園演劇実行委員たちは一定の距離を保って見守ってる。よっぽどキレ瑛が怖かったんだろうな。
 近寄って声をかけた私を振り向いたときも、顔を真っ赤にして柳眉が吊り上ってて。

 でも、途端にその眉尻が降りて、代わりに眉間の皺が深くなる。

「なに?」
「……なんて格好してんだ、お前」
「だって、今手芸部のリハ中だったんだもん」
「……スカート、下ろしなさい。お父さん、そんなはしたない娘に育てた覚えはない」

 あ、スカート掴んだまんまだった。

「これはお見苦しいものを。で、どうしたの? 学校内で瑛が怒るなんてめずらしいね」
「これ、見てみろ」

 私に言われてある程度冷静さを取り戻したのか、瑛は声を小さくして手にしていた写真を数枚私に手渡した。

 私はそれをぴらり、と見て。

 ブーッッ!!

 噴出した。
 おかしかったからじゃない。
 びっくりしたからです!!

「こ、こ、こ、これ」
「ありえないだろ!?」

 瑛の怒りはごもっとも。

 その写真は、人魚姫の衣装サンプル写真だった。

 うん。

 貝殻ビキニ!!

 どうやって生徒会と職員会議を通すつもりなんだ、衣装班!!

「当のあかりは……?」
「王子の衣装選びに出かけてる」
「そっか。でもさ、これはさすがに先生からNG出るよ。心配しなくても大丈夫だって!」
「……だよな?」

 憤然と腕組みしてた瑛が、眉間の皺もそのままに私を見る。そしてそのまま大きくため息。

 あ、そういえば。

「ねぇ、瑛。最近疲れてない?」
「……別に」
「そう? なんか顔色悪いし、笑顔作れてないよ?」
「僕の笑顔はいつも本物だよ、さん?」

 にやりと笑う瑛だけど、目に力がない。
 自分で気づいてないのかな。だとしたら、相当状態が悪いってことになるけど。

「ねぇ、瑛。演劇練習のあと、珊瑚礁でいつもどおり働いてるんでしょ? あかりも心配してたよ。最近瑛の顔色悪いって」
「あかりが……」

 練習に戻ろうとした瑛の肩を掴んで、私は止めた。
 瑛は一瞬苦々しい表情をしたけど、すぐにいつものいい子スマイルを浮かべる。

「無理しないでよ? あ、私もバイトのない日は珊瑚礁手伝おうか?」
「娘が親の心配しなくていい。あかりにこなせてるのに、オレに出来ないわけないだろ」
「あかりは学校で気を遣ってるわけじゃないじゃない」
「いいから。お前はドレスの裾踏んづけてこけることだけ心配してろっ」

 ぽすんと私にチョップして、瑛はステージの袖に行ってしまった。
 大丈夫かなぁ、瑛……。


さん、そろそろ再開していい? 藤堂さんも準備できたって」
「本当!?」

 瑛の態度に心配しながらも手芸部のもとへ戻ると、体育館角に臨時設営した試着室の前で、手芸部部長が手招きしてた。

「藤堂さん、着替え終わったの?」
「ああ。今出るよ」

 中から聞こえてきた藤堂さんの声に、手芸部一同が試着室前に整列する。

 そして。
 カーテンが勢いよく引かれ、中から当日の衣装そのままの、白いモーニング姿で出てきた。

 瞬間!!

「「「「「きゃあああああああ!!!」」」」」

 手芸部全員の(私を含む!)悲鳴に近い歓声、いや絶叫が体育館を包んだ!
 ぎょっとして振り向いた学園演劇部隊も、うおおと歓声を上げて寄ってくる。

「竜子サマ、素敵です!」
「お似合いです、ベラドンナさまぁ!」
「お、おい、ちょっと……」

 手芸部の1,2年生を中心とした女子に囲まれて、藤堂さんは顔を引きつらせて後退り。
 ああでも、仕方ないよ藤堂さん。
 だって、カッコよすぎるもん!

「はい、静かに!」

 ぱんぱんと手叩いて場を沈める手芸部部長。
 ぴたりと騒ぎをやめて、ささっと道を開ける手芸部員。
 さすがカメリヤ倶楽部傘下の手芸部。すばらしい統率。

「藤堂さんは手芸部に協力してもらってるのよ? あまり騒ぎ立てて迷惑をかけないように」
「はい、すいませんでした部長。すいませんでした、竜子サマ」
「……サマはやめろって……」

 うんざりした様子の藤堂さんだけど。
 その長身に、その凛とした立ち姿。

「藤堂さんと擬似とはいえ、挙式できるなんては幸せものです……」
「げ、……お前、そういう趣味だったのか……」
「あはは、冗談だってば。でもカッコいいよ藤堂さん。新郎役引き受けてくれてありがとね」
「引き受けなきゃウェディングドレス着せるって脅迫されたんだから、仕方ないだろ」
「あ、あれ、そんなやりとりあったんだ?」

 はぁ、とため息つきつつも、藤堂さんは苦笑しながら私を見た。

「しっかし、手芸部の根回しも今回は盛大だな。神父役にクリスだろ、合唱部と吹奏楽部にコーラス隊と音楽隊やらせるんだって?」
「うん。で、お父さん役は教頭先生が引き受けてくれたんだ」
「マジか……。どうりで、学園演劇実行委員とファッションショー実行委員がにらみ合ってるわけだ」

 うん、そうなんだよね。
 どっちも「はね学文化祭の目玉はうち!」と豪語して譲らないものだから。
 手芸部が教頭先生を引き込んだ! っていうんで、学園演劇実行委員たちがいきりたってたの、さっき見たもんね。

 私と藤堂さんがおしゃべりしてる間に、手芸部員はセレモニーの最終リハの準備を進める。
 といっても、会場設営は当日の学園演劇が終了したあとにやるから、今は歩き方と壇上での儀式の練習だけだ。

「あ、ちゃーん、お待たせしてごめんなー?」

 藤堂さんがステージ側に呼ばれて、私も初期立ち位置に移動する。
 そこへ元気よくやってきたのはクリスくんと若王子先生。

 あは、クリスくんは黒い神父さんの格好してる。

「うん、仮縫いドレス姿でも可愛いなんて、さすがちゃんやな? 当日楽しみやわ〜」
「そういうクリスくんも、神父様姿似合ってるよ!」
「ほんま? 実はこれ、いつもミサに行く教会の牧師さんに無理言って借りて、そっくりなんを手芸部に作ってもらったんよ」
「そうなんだ。本格的だね」

 クリスくんの服をしげしげと眺めていると、となりでこほんと咳払いが聞こえた。

 言わずと知れた、若王子先生だ。

「先生はどうしたんですか? 見学ですか?」
「はい。学園演劇の進み具合を見に来ました」

 そういえば、先生って学園演劇実行委員の顧問を押し付けられた、なんて言ってたっけ。

「今のうちに劇の見所を覚えて、客引きに生かします!」
「若ちゃんセンセ、文化祭の客引き、天才的やもんな? 僕も後学のために教えてもらおかなぁ」
「えっへん。先生、客引きは大得意ですから」
「先生の呼び込みは女子限定じゃないですか……」
「やや、それは誤解ですよ?」

 嘘ばっかり。去年のディスコに女の子ばっかりナンパしてたくせに。
 私はぷいっとそっぽを向いて、手芸部部長に話しかけた。

「そろそろリハ始めようか? 私はいつでも大丈夫だよ」
「そうだね。でも、教頭先生の代わりの父親役が欲しいなぁ。花嫁を花婿に引き渡すお父さん役」

 さすがに忙しい教頭先生は、そうそう練習に時間は割けない。
 まぁ、教頭先生の役どころはただステージ下まで私を連れてく役だから、特に練習も必要ないけどね。

 手芸部部長が誰か手の空いてる人、とまわりを見回していたら、再び後ろから咳払い。

「おっほん。その役、今だけ先生がやりましょうか?」
「若王子先生、いいんですか? それじゃあ、お願いしようかな。さんと歩調を合わせて、ステージ前で待ってる藤堂さんに引き渡すだけですから」
「お安い御用です」
「先生、引き受けてくれるのはありがたいですけど、学園演劇はどうするんですか」

 にこにこしながら私を見下ろす先生だけど、ステージ中央では瑛を中心とした役者たちが舞台稽古に入ってる。
 先生は、あれを見に来たんじゃないの?

「後で見るからいいんです」
「せ、せんせぇ、もうすぐ稽古終わる時間ですよ?」
「いいんです。それよりさん、ハイ」

 先生は私の隣にたって、腕を差し出してくる。

 ……あ、そっか。
 新婦は父親の腕に手を添えて行くんだっけ。

 私はちょっとどきどきしながら、先生の腕に自分の手を添えた。

さん、先生のこの白衣、フロックコートに見えませんか?」
「ちょ、ちょっと無理があると思います」
「やや、残念です。仕方ない、今は父親役で我慢しましょう」

 私と先生は軽口を叩きながら、手芸部部長の合図と共にゆっくりと歩き出した。

さんが本当にこうして教会の中を歩くのを、お父さんは見たかったでしょうね」
「……どうでしょう。父さんもお兄ちゃんも、私のこと猫っ可愛がりしてましたから。むしろ見たくない! とか言って、当日まで駄々こねる派だったと思いますよ」
「なんとなく、想像つきます」
「そうですか? 私の身元保証人をしてくれてる叔父さんも、似たような感じですよ。心配性で、しょっちゅう電話してきますし」
「やや、それはそれは。ご挨拶に伺うのは命がけですね?」
「ふふふ、そうかもしれません」

 結婚なんて、まだまだ遠い未来の話だけど。

 当日のセレモニーを意識して、おしゃべりはしてるものの私も先生も視線はまっすぐ前を見つめたまま。
 ステージの上では、王子役の瑛が舞踏会の場面で踊っていた。

「……さん」

 前を見たまま、先生は穏やかな口調で言った。

「文化祭の日、先生は客席からさんのウェディング姿を見ることはないと思います」
「どうしてですか? ……見に来てくれないんですか?」
「君のがんばる姿を応援したいのはやまやまだけど……」

 言葉を濁す先生。
 私は練習中だとわかっていても、先生の顔を見上げてしまった。

 先生は真っ直ぐ前を見たまま、眉尻を下げて困ったような表情をしてた。

さん、前を向いて」
「あっ……はい」

 言われて前に向き直れば、もう目の前に藤堂さんがいた。
 あう、藤堂さんってば「何やってんだ」って呆れ顔になってるよ。

「ご、ごめん……」
「練習だからって気を抜くんじゃないよ、。当日になってトチりたくないだろ」
「うん……」

 先生の前で、カッコ悪い。
 藤堂さんに注意されて、私はしょぼんと肩を落とした。

「うん、今のペースくらいがちょうどいいかも。さん、教頭先生とも1回は練習できるように時間とるから、今のペース覚えておいてね」
「わかった」
「じゃあ、続いて壇上のセレモニーの練習に入ろうか。クリスくん、よろしくね」
「はいな。待っとったで〜♪」

 隅っこで体育すわりして私と若王子先生の行進を見てたクリスくんが、元気よく返事して立ち上がる。

 先生は、私を藤堂さんに引き渡してしばらく私たちを見ていたけど。

「じゃあ先生、今度こそ学園演劇を見てきます」
「若ちゃんセンセ、がんばってなー?」

 いつもの笑顔を浮かべて、そのまま学園演劇の実行委員の方へ行ってしまった。

 先生、本当にファッションショー見に来てくれないのかな……。
 それにさっき、何か言いかけたみたいだったけど、なんだったんだろう。

 などと、先生の後姿をずっと見つめていたら、また藤堂さんに怒られた。

「こら、アタシたちはこっちに集中だ」
「わ、ご、ごめんね、藤堂さん。うん、集中する、集中っ」

 むーっとステージ方向を睨みつけるようにして、わざとらしく集中する素振りを見せると、藤堂さんは盛大にため息をついた。

「ったく、アンタも若王子も、どうしようもないね……」

 うわ、私のせいで若王子先生までひとくくりにされちゃった。
 でも藤堂さん。
 最後は困ったように微笑んで、私の額をぺしっと叩いた。

「アイタッ」
「心配すんな。当日はアタシが志波にでも西本にでも言って、若王子を会場にひきずってでも連れて来させるように言っとくから」
「ほ、ほんと? ありがとう、藤堂さん」
「だから今は集中するんだよ」
「うん!」

 姐御の言葉に二言はないのだ。

 私はけろっと機嫌を直して、残りのセレモニーリハをこなしていった。

 文化祭までもう少し。
 がんばるぞ!

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