2学期始まってすぐ、3−Bには極秘回覧が回りだした。
 回覧元は例のごとくはるひ&ハリー。
 『9月4日の若ちゃん誕生日に3−B全員でサプライズプレゼントしよう! 下記の内容に賛成した人は名前記入のこと!』


 53.3年目:若王子誕生日


 9月3日、放課後、屋上。
 はるひとハリーを中心に、3−B総勢38名がぐるりと円陣を組んでいた。
 異様な様子に、他のクラスの子や下級生たちはいそいそと屋上を出て行く。

 そして3−B生徒以外がいなくなったのを見計らって、はるひが口を開いた。

「明日のサプライズの要領はみんなに伝えてある通りや。まずは、確認するで」

 はるひはレジュメをぺらぺらめくり、指先でくるくるペンを回す。

「まずはプレゼント調達班な。班長のクリス! 報告!」
「まかせてんか〜! ぴったんこ、イメージ通りのもの見つけられたで♪ 今は密ちゃん中心に、女の子たちで若チャン用に微調整中や」
「ふんふん、プレゼントはおっけぃやな。次はー……放送局ジャック部隊! 代表、佐伯っ」

 ぐりっとレジュメに丸をつけて、はるひはペン先を瑛に向けた。
 瑛は難しい顔をしてたけど、髪を掻き揚げながら報告する。

「放送局の3年には話つけておいたよ。顧問の先生をなんとかしてくれるって言ってた」
「流すテープはオレ様調達済み! ばっちり編曲しといたぜ!」
「なぁ……ほんとにこんなことして大丈夫なのか?」
「ほんま心配性やな、サエキックは。そのために対教頭特別兵器があるんやん。なっ、志波やん?」
「……あぁ」

 呼ばれた志波くんは、あぐらをかいて頬杖をついてる。
 その表情は呆れ顔。

「先生に協力依頼したら、快く引き受けてくれた」
「うんうん、グッジョブや、ちょい悪親父」
「あの先生に協力頼んだのか……」

 瑛も心底呆れたようにつぶやいた。
 はるひが言うには、私たちが行おうとしてるサプライズを教頭先生にぶち壊しにされないように、学年主任でもある(かなり意外)古文の先生通称ちょい悪親父に、教頭先生を教員室に留めておいてもらう、というのだ。
 あの先生も、生徒の悪巧みに協力的だよね。

「ふんふん、準備は万端みたいやな。あとは当日、打ち合わせどおりにみんな動いてや?」

 はるひがぐるりと見回すと、3−B全員が神妙な顔して頷いた。
 氷上くんまでもが、今回の作戦に乗り気。ここが一番の意外ポイントだ。

「先生への謝意を表すためならば、この程度の騒ぎならば問題ないだろう」

 とか言っちゃって。氷上くんも丸くなったよね。

、まずはアンタが若ちゃんをグラウンドど真ん中まで連れてくるんやで? HR後、ソッコーや」
「う、うん。でも、先生の誕生日って女子生徒みんな先生を狙ってるから、ちょっと難しいかな……」
「何言うとんのー! 教室出る前に声かければええだけの話やん!」
「でもさ、他の約束先につけてたら……」
「若ちゃんがのお願いより優先するコトなんて、絶対ナイて」

 うんうんと頷く3−B一同。
 そ、そうかなぁ。

「ほんなら作戦日時は明日9月4日午後3時半! 各々っ、健闘を祈る!」
「「「「「オーッ」」」」」

 はるひの掛け声に呼応して、3−B全員が拳を突き上げた。
 さてさて。うまくいくかな……?


 翌日9月4日。
 毎年のことだけど、若王子先生は朝から女子生徒のプレゼント攻勢から逃れるために、校舎内を走り回ってた。
 つくづく思うけど、イベント日の先生と瑛って大変だよね。

 帰りのHRは、あきらかに疲労感がただよってた。
 髪は乱れてるし、笑顔にも力がない。

「連絡事項は以上です。では、HRを終了しましょう」

 先生がとんとんと学生名簿を教壇の上でそろえる。
 はるひが私を見て頷いた。
 わ、わかりましたよぅ。

「起立ー、礼っ」

 日直が号令をかけて、HR終了。
 私はクラス中が期待と好奇の眼差しで見守る中、ぱっと席を飛び出して、よろよろと教室を出て行こうとした先生の白衣の袖を掴んだ。

「先生っ、あの」
「やや、なんですか? さん」

 くるりと振り返る先生の笑顔はぴっかぴか。
 さっきまでの疲労感はどこに行ったんでしょう、というくらいににこやかだ。

「あの、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「はいはい。さんのお願いなら、なんでも聞いちゃいます」

 腰をかがめて目線を合わせてくる先生。

 その様子に、クラスメイトたちもそれぞれ持ち場へと移動するため教室を出て行った。

「先生、ちょっとついて来てもらえますか?」
「いいですよ?」

 よし、第一段階終了っ。
 私は先生を連れて、教室を出た。
 行き先は、グラウンドのど真ん中。

 ところが。

「あっ、若サマぁ。待ってたんですよー、プレゼント受け取ってくださいよー」

 教室を出た途端、すでに他のクラスの女子が待ち構えていた。
 うわ……10人まではいないけど、結構な数。
 急がなきゃいけないのに、どうしよう。

「ありがとう、みなさん」

 先生はいつもの笑顔で対応する。
 すると、私の右肩をぽんぽん叩いて、

「でもすいません。プレゼントは受け取らないように教頭先生に言われてますし、それにこれからちょっと用事があるんです」
「ええ〜っ。用事って、さんのですかぁ? ずるいよ、担任クラスじゃ絶対予約できちゃうじゃん!」

 うわわ、彼女たちの八つ当たり視線がこっちに来たっ。
 言ってることはごもっともだけど、これは私個人の用事じゃないのに〜っ。

「行こう、さん!」
「え、わぁっ」

 じりじりと輪をせばめてくる彼女たちに、先生は強攻策を取った。
 私の手を取って、隙間をついて走り出したんだ!

 わ、先生、案外早い!

「で、どこに行くんですか?」
「グラウンドです!」
「やや、じゃあこっちだ」
「わぁっ!?」

 急に立ち止まる先生。
 その先生を中心に、勢いが止まらなかった私はぐるんと円を描いて、すぽ。

 最後は先生の腕の中。

「大丈夫?」
「だだだ大丈夫ですっ!!」

 ここ学校! 生徒下校中!!
 私はコンマ1秒で先生と離れるものの、またすぐに手を掴まれて階段を駆け下り始めた。

 私が先生を案内する、というよりも、先生が私を引きずっていく、という形でグラウンドに到着。
 よかった、まだ運動系部活の練習は始まってない。
 私は先生の手を引いて、グラウンドの中央まで来た。

「どうしたんですか、さん。ここに用事?」
「はぁ、はぁ……はい。ここで、用事があるんです」
「うん。で、なんの用事かな?」

 けろりとしてる若王子先生は、まだ肩で息をつく私の顔を覗き込む。
 私はちらりと校舎を見て。

 放送局の窓辺で、ハリーと瑛がオーケーサインを出してた。
 よしっ。

「先生、お願いがあるんです」
「はい。なんですか?」

 私は先生に向き直って、先生を見上げた。
 そんな私の様子に、先生も真剣な目をして答えてくれる。

 私は、校舎を指差した。

「校舎に向かって、3年B組って叫んでくれませんか?」
「…………は?」

 私の突拍子もないお願いに、さすがの先生の目も点になる。

「あ、心持ち上向きで……屋上を見る感じでお願いします! 大声で!」
「……はぁ、さんのお願いなら、やりますけど……」

 釈然としない、という表情のまま、先生は校舎に向き直った。

「いきますよ?」
「はい! お願いします!」

 先生は大きく息を吸って。

「3ねーんBぐみー!!」

 いまだ!!

『若王子センセー!!!』

 わぁぁぁぁ!!

 先生の叫びのあと、3−B生徒たちが一斉に校舎の陰から先生の名前を叫びながら飛び出してきた!
 ぎょっとする先生に、みんなが駆け寄ってもみくちゃになる。

「若ちゃん、誕生日おめでとー!」
「これから、私たちからサプライズプレゼントがあるんだよ!」
「おめでとう、先生!」

 中心の先生をもみくちゃにしながら、みんな口々に祝いの言葉を述べる。

 しばらく先生はぽかんとしてたけど、やがて頬を紅潮させて言った。

「ややっ、先生これ知ってます! 金八先生のオープニングですね!?」
「あったりー! せっかく3−Bってクラスになったんやし、使わん手はないやろー!?」

 ネタ発案は勿論はるひ。
 最初聞いたときはクラスの半分以上が「はぁ?」って顔してたけど、じょじょにじょじょに、みんな乗り気になってったんだよね。ふふ。
 ほら、先生涙ぐんできた。
 もう、感動屋なんだから。

「あ、ありがとう、みなさん。先生、マジ嬉しいです。激ヤバです!」
「もー! 若ちゃんすぐ泣くんやからー!」

 ばしばし先生の右腕を叩くはるひ。
 みんなの輪の中から、クリスくんたちプレゼント調達班がやってくる。
 クリスくんの隣の密さんの手には、赤いリボンがかけられた包みが収まってる。

「なぁなぁ若チャンセンセ? 僕ら、クラス全員で少しずつお金出し合って、センセにプレゼント買ったんよ。教頭センセに言われとるんは知っとるけど、受け取ってくれへん?」
「若王子先生、私たち本当に先生に感謝してるんです。はね学最後の3年目に、若王子先生のクラスになれて。だから、私たちの感謝の気持ち、どうか受け取ってください」
「ウェザーフィールドくん、水島さん……。そうですか、クラス全員で、先生のために。うう、先生、また泣いちゃいそうです」

 すん、とすすり上げる先生。
 密さんがプレゼントを差し出すと、先生はプレゼントを、受け取ってくれた!

「よっしゃ! ハリー、佐伯ー! 1曲目よろしくー!」

 それを見計らって、はるひが右手を上げる。
 遠く放送局、窓辺の瑛がオーケーサインを出して、室内にいるだろうハリーに何か指示を出した。
 やがて、グラウンド一杯になり始めるハッピーバースデイの曲。

 この頃には部活にやってきた生徒もちらほらといて、みんながぎょっとしてスピーカーを見上げた。
 でもそんな中、私たち3−B一同は、全員で声を揃えて歌いだした。

 去年の若王子誕生日の有志一同によるプレゼントの、拡大バージョンだ!

「Happy Birthday To You……」
「Happy Birthday To You……」
「Happy Birthday Dear……」

 瞬間、先生は私を見た。
 私はにっこりと微笑んで、みんなが先生〜と歌ってるところを、口パクで。

 貴文、と。

 先生、嬉しそうににっこりと笑ってくれた。

「Happy Birthday To You!!」

 わぁぁぁ

 全員で拍手を贈る。
 関係ない学生たちも、どうやらコトを察したらしく、一緒に拍手してくれた。

「若ちゃん、プレゼント開けてよ!」
「そーそー! 早く見て見て!」

 クラスメイトたちがせっついて、先生にプレゼントを見るように促す。
 先生は頷いて、包みのリボンを解いた。
 中から出てきたのは。

「……やや、これは随分と……」

 言葉が続かない先生。
 ふふふ、そりゃそうだ。

 だって、中からでてきたのは真紅のジャケット。
 およそ、若王子先生のナチュラルなイメージからは想像できない派手ジャケットだもんね。

 でも先生へのプレゼントは、志波くんの一言で全員一致で決定したんだ。

 曰く。

「先生って、青シャツに黄色いネクタイしてることが多いよな……。ジャケット着たら、あれだな」
「!! ほんとだ、あれだよ!!」

 で、このプレゼント。

「先生、羽織ってください!!」
「早く早く!」

 女子を中心にせがまれて、先生は戸惑いながらもジャケットを羽織った。

 赤いジャケット、青いシャツ、黄色いネクタイ。
 おおー! と3−B一同が感嘆の声を上げると同時に、ハリーが用意した2曲目が流れ出した。

「ややや?」

 先生だって、この曲は聴いたことがあるだろう。
 日本で一番有名な、大泥棒のテーマ曲。
 イントロ終了間際、クラスの女子全員で大合唱。

「ルパン・ザ・サード!!」

 そう。
 志波くんが言った『あれ』っていうのはルパンのことだ。
 若王子先生とはかけ離れたイメージではあるけど、もうネタとしてみんな盛り上がっちゃったから仕方ない。

 先生はぽかんとしてたけど、急にきょろきょろしたかと思えば私に視線を止めて。

「不二子ちゃんはいないんですか?」
「……ここ学校ですけど……」

 このセクハラ教師。
 私がジト目を向けた時、タイムリミットが来た。

「こらぁ3−B! 何をやっとるかっ!!」

 教頭先生だ!
 グラウンドの端から、物凄い勢いで走ってくる。
 その奥に、片手で「悪ぃー悪ぃー」とやってる古文の先生。
 ううん、よくぞここまで教頭先生を引き止めておいてくれました!

『撤収ー!! 以上、3−Bプロデュース、若王子誕生日を祝おう計画、終了っ!』

 スピーカーからハリーの嬉々とした声が流れると、若王子先生を含む3−Bは蜘蛛の子を散らしたように逃げ去り、他のクラスの子は拍手喝さいを送ってくれた。
 今年の先生誕生日も、無事にお祝いできたぞっ!!


 その日の夜。
 アンネリーのバイトから帰って来た私は晩御飯の支度中。
 今日は叔母さんに教えてもらった初めてのレシピに挑戦中なのだ。

 そして。

 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。

「はい」
『若王子です』
「今開けますね」

 先生だ。
 私は玄関を開けた。
 目の前には、白ジャージ姿の若王子先生。
 先生はもううちに来るときはオートロックを勝手に開けて入ってくるようになってた。
 ……防犯上よくないのはわかってます。他の住民のみなさん、ごめんなさい。

「ご招待にあずかります、さん。先生、今日は教頭先生と陸上部部長にしごかれて、へとへとでぺこぺこです」
「はい! まだ準備中なので、ゆっくりしててくださいね」

 私は先生を中に招きいれた。

 今日、先生に渡すお弁当箱の中に、メモを入れておいたんだ。
 『プレゼントがわりに夕食ごちそうします。よかったら、今夜来てください』って。
 朝、先生にお弁当を渡すまで、本当にこんなことしていいのかどうか散々悩んだけど、もう勢いだ! と思って渡しちゃったんだよね。

 ……先生、ちゃんと来てくれた。

「今日は新しいメニューに挑戦したんですよ!」
「うん、いい匂いがしてる。楽しみにしてます」

 テーブルの前にあぐらを組んで、先生はにこにこ笑顔。

「それにしても、今日の放課後サプライズには驚きました。先生、ほんとに感動しちゃいました」
「ハリーとはるひの提案なんですよ。プレゼントの案は志波くんなんです」
「そうですか。本当に嬉しかった」
「3−Bのみんな、先生のこと大好きですからね」
さんも?」

 うぐっ。
 最後の味見をしてるときに、先生はつらっと聞いてきたものだから、あやうく変なトコ入るとこだった。

「も、勿論です」
「やや、言いよどんだ。さんは先生が嫌いなんだ」
「っ、違います、好きですっ!」

 慌てて振り向いて、力いっぱい言うと。

 先生はテーブルに頬杖ついて、嬉しそうに微笑んでいた。

「うん。僕もさんが大好きです」
「……。晩御飯抜きで帰りますか、先生」
「ややっ、それは駄目です!!」

 生徒をからかう教師ってどうなんだ!!
 私はむっとした表情をくずさずに、ご飯を持ったお皿を先生の前にどんっと置いた。

さん……怒らないでくださいよ」
「怒ってません!!」
「怒ってるじゃないですか……やや?」

 拗ねた口調でぶちぶち言ってた先生が、目を瞬かせてお皿に注目した。

「お米が黄色い……」
「サフランライスですよ。知ってますか?」
「知ってます。先生、流行には敏感ですから」
「別に流行ってるものじゃないですよ……?」

 むきになって言う先生に、思わず噴出してしまった。
 私はおなべをテーブルに置いて、先生の対面に座る。

「先生、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、さん。君に祝って貰えるのが一番嬉しい」
「あ、ありがとうございます……」

 って、なんで私がお礼を言ってるんだろう。

 私は照れを隠すために、おなべのふたをあけて、おたまで中身をかき混ぜた。

「や、シチューですね? ……シチューにしては、随分と香ばしい匂いがしますが」
「ふふふ、まぁ、食べてみてください! 驚きますよ?」

 私は先生のサフランライスの上におなべの中身をかけた。
 自分のにもかけて、先生にスプーンを渡す。

「いただきます」
「はい、召し上がれ」

 先生は、初めて見る『シチューがけサフランライス』を、まずは一口。

 あ、目を見開いた。

さん! このシチュー、カレーの味がします!!」
「ふふ、そうなんですよ! 北海道の叔母さんに聞いて作ってみました。札幌で今流行りの、ホワイトカレーです!」
「ややっ、北海道の流行ですか。さすがの先生もそこまではチェックできませんでした」

 先生と言えばカレー。なんかもう、私の中でそんな図式が出来上がってたから、今回のお祝いもカレーで。
 たまたま電話で叔母さんと話したときにホワイトカレーのことを聞いてたから、これしかないだろう! ってことで作ってみたんだよね。

 ああ、先生、あっという間にたいらげちゃった。

「おいしいです、さん! おかわりください!」

 カラのお皿を差し出す先生。あーあ、もう完全に子供モードにスイッチだ。
 はいはい、と私はお皿を受けとって2杯目をよそう。
 先生にお皿を渡そうとして、私は噴出した。

「やや?」
「せんせぇ……スプーンで食べてるのに、どうやったら口の周りにご飯粒つけられるんですか」

 私はお皿を先生の前に置いて、手を伸ばして先生の口の端についてたご飯粒をとって。

 固まった。

 今、何気なくやった行動に、無性に恥ずかしくなって。
 だって、だって、だって今のって、お母さんが子供にすることか、もしくは。

 夫婦とか、こ、恋人同士とか。

「や、ありがとうさん」

 先生はなんでもないような様子でにこにこしたまま、私の指先についたご飯粒を見つめて。

 ぱくっ

「ごちそうさまです」

 先生、私の、指に、食いついた。
 唇が、舌が、私の、指、に。

 ☆□×△○Σд&△#*!!!???

「先生っ!! 起立っ!!」
「へ?」
「いいから立つ!」
「は、はいっ」

 私の迫力に、先生は弾かれたように立ち上がった。
 そして私は、先生の背中をぐいぐい押して、玄関を開けて先生を追い出した。

「ややっ、さ」
「はい忘れ物!!!」

 それから先生の鞄と靴と、みんなからのプレゼントを放り出して、ばたんとドアを閉めて鍵をかける。

さぁん」
「明日教頭先生に言いつけてやるー!!」
「そ、それは駄目です! 先生、怒られるどころじゃすまないです!」

 なんと言おうと完全無視!!
 私は自分のお皿に残ったカレーをもりもりと食べた。

 今日という今日は、先生の天然には頭来た!
 少しは教師の自覚を持てばいいんだ!

 そう決めて、私はさっさとお皿を片付け始めた。


 ……だけど。


 かりかりかりかり……

 まるで猫のように。
 先生がドアの向こうで爪をたて続けるものだから。

 ……はぁ。

 なんか毒気抜かれちゃった。しょうがないなぁ、先生はホント……。

「先生」

 声をかけると、かりかりがぴたりと止んだ。

 がちゃりとドアを開けると。
 先生はドアの前にしゃがみこんで、捨て猫のような瞳で私を見上げてきた。

 か、可愛い……。
 じゃなくてっ。

「もう。ああいうことはセクハラでパワハラにあたるんですよっ」
「すいません……」
「反省してます?」
「猛省してます……」

 しゅんと頭をたれる先生。
 もしも先生に耳と尻尾がついてたら、それも一緒にたれてただろうというくらい、先生は気落ちしてた。

 なんかもう、笑うしかないじゃない。

「わかりましたっ。今回は許してあげます。カレー温め直しますから、入ってください」
「……いいんですか?」
「帰りたかったですか?」
「いえっ! さんのカレー、まだ食べたいです!」

 慌てて立ち上がる先生。
 そして素早く玄関の内側へ。

 私は玄関を閉めた。

 と。
 先生は後ろから私をきゅっと抱きしめた。

「ありがとうさん。先生、さんに嫌われたかと思いました」
「…………」

 前言撤回。回れ右。

 私はぱっと先生の手をふりほどくと、がちゃりとドアを開けて、先生を玄関の外へ。

「あ、あれ、さん?」
「先生」

 私はにっこり笑顔で先生に最後通告。

「先生、明日から1ヶ月、お弁当抜きです」
「え」
「食料調達がんばってくださいね?」

 とびっきりの笑顔を先生に向けて。

 私は音を立てて乱暴にドアを閉めた。

 ドアの外でまたかりかり音をたててるみたいだけど、今度という今度は絶対無視!

 少しはこっちの気持ちにも気を遣えっていうんだっ!!

 ……先生のバカッ!

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