「若サマ、誕生日おめでとう! これ、みんなでプレゼント選んだんですよぉ」
「ありがとう、皆さん。でもごめんなさい。生徒からのプレゼントは受け取らないようにって、今朝教頭先生に言われたばかりなんです」
「ええ〜!!」


 5.1年目:若王子誕生日


 教頭先生ひど〜い、若サマ人気あるから妬んでるんだぁ〜、なんていいながら先生になんとかプレゼントを受け取ってもらおうとしている『若サマ親衛隊』女子生徒たち。
 先生は困ってるのかそうでないのか判らない顔で、じょじょに壁際に追い詰められていっている。

「若王子先生って、本当に素敵よね」
「へぇ、密姐さんはああいう得体の知れないのが好みかい」
「素敵かどうかはともかく、氷上君が尊敬してるくらいだから素晴らしい先生だとは思います」
「それ、若ちゃんリスペクトとみせかけて氷上持ち上げてるだけとちゃう?」
「あ、私書き終わったよ。最後はちゃんね」

 お昼休みの屋上でお弁当を食べながら、水島さんは若王子先生を見つめ、藤堂さんはそんな水島さんを挑発し、小野田ちゃんは牛乳を飲み干して冷静に言い、はるひはお箸を小野田ちゃんに向けてつっこみ、会話に加わらず色紙に寄せ書きをしていたあかりはペンにキャップをしてそれらを私に渡した。

 あかりから受け取った色紙の中央には『ハピバ! 若ちゃんセンセ!』とクリスくんが書いた装飾文字が堂々と鎮座していて、そのまわりにみんながお祝いの言葉を書き連ねていた。

 ……ハリーとはるひのメッセージは、お祝いというよりお願いだったけど。
 曰く、来週の小テストをなくしてくれたら10日間超熟カレーパンを献上します、だって。

 若王子クラスの私とあかりが中心となって、お祝い色紙なら受け取ってくれるんじゃない? と言って、ここ数日の間、先生に親しそうな人たちに声をかけてメッセージを貰っていた。

 さて、私はなんて書こうかな……。

「でも、あの様子だと色紙も受け取ってくれないかも……」

 あかりがぽつりとつぶやくように言う。
 その視線の先には、「みなさん、本当にごめんなさ〜い」と言って逃げるように(いや、実際逃げてるんだっけ)走り去る先生がいた。
 親衛隊の女の子たちはそれでも追いかけていったけど。

「若王子は得体の知れないヤツだけど、こういう生徒の心遣いに無頓着なヤツとは思わないけどね」
「あら、めずらしく竜子ちゃんと意見があっちゃった」
「へぇ、そいつは本当に奇遇だねぇ」
「そこ、アンタら本気になったらシャレならん言うとるやろ!」

 ゴゴゴ、と小さな地響きのような効果音が聞こえてきそうな水島さんと藤堂さんの雰囲気に、はるひがあわてて仲裁にはいる。

「海野さんはなんてメッセージを書いたんですか?」

 小野田ちゃんがそういって私の手元の色紙をのぞいてくる。

「えっと『いつもわかりやすい授業ありがとうございます。これからもよろしくお願いします』、か。その割りにあかりって、化学の点数は平均ギリギリだよね?」
「もうちゃん意地悪言わないで」

 唇をとがらせて上目遣いで文句を言うのはあかりのクセだ。
 最近あかりのこのクセにやられちゃてる男子生徒がちらほらいるらしい。…気持ちはよーくわかるけど。
 なんたってあかりは、あの花椿姫子先輩から『小悪魔デイジー』なる称号をもらってるのだから。

「んーと、じゃあ私のメッセージは…『課外授業はお金のかからないところでお願いします』」
「……さん、本当にそれだけ?」
「さすがにまずいか。えーと、『フラスコサイフォンを研究したいのでまたコーヒー飲ませてください。お茶菓子持参します』」
「お祝いのメッセージが一言もないですよ、さん」
「あ、ホントだ。じゃあ最後に『お誕生日おめでとうございました。あなたの可愛い生徒:』と…」
「おめでとうが過去形ってのもめずらしいね」

 藤堂さんのつっこみに、はるひが大きく頷いた。

 ともあれ、これで全員分のメッセージが揃ったわけだ。

「じゃあ放課後渡しに行こうか? 若王子クラスの私とあかりで」
「うん……若王子先生、受け取ってくれるかな?」
「不安があるなら、あたしに考えがあるで! ようは、教頭センセさえ認めてくれればええんやろ?」

 にやりとはるひが不敵に笑う。
 私とあかりは顔を見合わせつつも、はるひに同行をお願いしたのだった。



 でもなんてことない。
 はるひの作戦は、先に教頭先生の許可を得る、ということだった。

 しかも、かなり強引な方法で。

「教頭セーンセ! これ、あたしら生徒の感謝の気持ちを寄せ書きした色紙なんよ。これやったら卒業式に先生に渡すのと同じようなもんやし、若ちゃ、若王子センセにプレゼントしても文句あらへんやろ??」

 ……ということを、色紙をぶんぶん教頭先生に見せつけながら教員室中に響き渡るような大声でかましてくれたのだ。
 これにはさすがに、教頭先生もしかめ面をしながらもしぶしぶOKサインを出してくれた。

「やった! というわけで若ちゃん、これあたしらからの誕生日プレゼント!」
「はぁ…ありがとうございます……」

 にっこり満面の笑みではるひが先生に色紙を手渡す。
 受け取る先生は戸惑い顔で、そんな先生を私とあかりもちょっとひきつった笑顔を浮かべて見ていた。

 先生は受け取った色紙に視線を落として、しばらくみんなからのメッセージを読んでいたけど。
 すぐに顔をあげて、私たちに笑顔を見せた。

「これは……素晴らしい贈り物です。先生、感動しちゃいました」
「そやろ? あかりとが発起人なんやから、感謝は二人にせんとあかんで!」

 はるひ、プレゼントを贈っておいてそんな恩着せがましい。

 でも先生は「本当に」と何度も頷いて私とあかりを交互に見た。

さん、海野さん。本当にありがとう。先生、感謝の言葉がみつかりません」
「私たちからの感謝の気持ちですから。先生がお礼を言うことはないですよ」
「それでも先生の感謝の気持ちを伝えたいです。メッセージをくれたみんなにも、あとでお礼を言わないと」

 そう言われてあかりははにかむように微笑んだ。

 その一瞬で、私は数ヶ月前の『事故チュー』事件を思いだす。
 あの後、さすがにその話題には触れずにいたんだけど。先生もあかりも、どう思ってるんだろう?
 今の様子ではふたりともすっかり過去の出来事、もしくは忘れてしまっているみたいだけど。

 うーん、つっこみたい。

「海野さん、丁寧なメッセージをありがとう。先生これからもわかりやすい授業をがんばります」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「西本さん。針谷君にも伝えて下さい。…テストの件は了解しましたから、パンの件よろしく、って」
「やたっ! 若ちゃん話わかるな〜!」

 いいんかいっ!

 と、危うく突っ込みが声に出そうになった私に、若王子先生は向き直った。

さん。さんのお祝いは過去系ですか?」

 あ、拗ねる5秒前。

「現在進行形です。そのメッセージはちょっとしたジョークです」
「よかった。さんならそう言ってくれると思ってました。コーヒーが飲みたくなったら、いつでも化学準備室に来てください」
「ありがとうございます」
「先生、お茶うけはお団子がいいです」

 それを登校前に用意しろと?

 リクエストは受け付けませーん、と突き放したらまた拗ねちゃうかな? と思ったら。

「先生、本当に幸せです。これを見れば、日本での可愛い生徒たちとのことを、いつでも思い出せます」
「……?」

 突然遠い目をした先生。言ってることも何か変だ。
 まるで、どこかへ行ってしまうかのような。

 ぞく。

 私の背筋に悪寒が走る。

「ど、どうしたのちゃん!? 顔、真っ青だよ!?」
「ややっ、さん、どうかしましたか??」
「いえ……」

 動悸が激しくなって、吐き気がする……。
 私は先生の机に片手をついて寄りかかった。

「なんでもないです。貧血、かな?」
、だったら保健室行こ! 歩ける??」

 あかりとはるひが騒ぎ出したから、まわりの先生もこちらに注目しだした。

 あぁ、どうしよう。このままじゃ大騒ぎになっちゃう……。

 と、不意に私の視界がぐらりとゆらいだ。

 倒れる! ……と思ったのは間違いで。

「保健室に行こう、さん。海野さんと西本さんはもう帰りなさい」

 と……。
 若王子先生が私を抱きかかえていた。
 ああそっか、だから視界が変わったのか……なんて。
 気持ち悪さで恥ずかしさなんて感じる隙もない。

「先生、私たちも」
「もう下校時間が近い。さんは先生がちゃんと送って行きます。君たちは帰りなさい」

 めずらしい、若王子先生の有無を言わせない口調。

 そのまま先生は教員室を出て、私を保健室へ連れて行ってくれた。


 保健の先生はもう帰ってしまったようで、保健室には誰もいなかった。
 先生は私をベッドに寝かせて毛布をかけると、ぽんぽんと2回、私の頭を撫でた。

「ごめん、さん。先生が不用意なことを言ったから」
「え……?」

 閉じていた目を開けると、そこには若王子先生の心底申し訳なさそうな表情。

「ご家族のことを思い出したでしょう。…PTSD?」
「……ピンポン、です……」

 あ、そっか。診断書は先生に提出してあるんだっけ。

 気持ち悪くてぼーっとする頭で、私は思い出した。

 はね学の合格通知が届くはずの日。
 私はどきどきしすぎて心臓が爆発しそうで。近所の公園まで散歩に行って。
 深呼吸してから戻ってきたら、10トントラックに突っ込まれた我が家は爆発炎上していた。
 私の合格通知を同じく心待ちにして会社を休んだお馬鹿な父さんと兄ちゃんと、母さんを巻き込んで。

 まだ消防車が来る前の家には、合格通知を届けにきた郵便配達員が呆然と立っていたっけ。

 警察の調べで、一緒に亡くなったトラック運転手は夜通しトラックを走らせていたことがわかり。
 また、トラックも過積載だったことがわかり。
 大通りの角に位置していた我が家に、ハンドル操作を誤ってつっこんだんだろうということだった。

 事故のショックは、私自身が思っていたよりも私自身を蝕んでいるらしく、はばたき市にきてからも定期的に私はカウンセリングを受けていた。
 日常生活には支障がないんだけど、時折こんな風になにかのきっかけで激しい動悸や吐き気に襲われることがある。
 無理に気丈にふるまっていることも原因しているって言われたけど、私自身は無理してる自覚がなくて。

「先生が。どこか、行ってしまうような気が、して」

 『置いていかれる』と思った瞬間、私のPTSDのスイッチがはいったんだろう。

「先生。どこか行っちゃうんですか?」
「……行きません。こんな、僕の可愛い生徒を置いて行っちゃうなんてことはありません」
「あ。それ、色紙の最後に私が書いた……」
「ピンポンです」

 先生がいたずらっぽく微笑むと、私の気分の悪さも和らいだようだった。

さん、先生、仕事を片付けてきます。ちゃんと送って行くから、このまま休んでいてください」
「あ、だ、大丈夫です! 休めばよくなります。薬も持ち歩いてますし」
「駄目です。先生は『僕の可愛い生徒』をきちんと安全に登下校させる義務があります」

 なんだか先生、そのフレーズが気に入ったみたい。
 はるひの保父さん発言も同時に思い出して、私は噴出してしまった。

「わかりました。おとなしく『先生の可愛い生徒』は待ってますね」
「はい。そうしてください」

 満足そうに先生は微笑んで、保健室を出て行く、直前。
 くるっとこちらを振り向いて、少し照れたような顔をして、言った。

さん、みんなのメッセージを本当にありがとう。本当に本当に嬉しかった」

 それだけ言って、先生はぱたんと扉を閉めた。

 ……先生。

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