1学期期末テスト結果発表。
 氷上くん、小野田ちゃん、瑛の3人は、順位表の前で唖然として立ち尽くしていた。


 48.3年目:1学期期末テスト


「嘘だろ……」
「ゆ、油断しましたっ……」
「くっ、まさか海野くんにしてやられるとはっ!」

 そう。
 今回のテスト。
 私は問題なく1位を取れたんだけど、2位のところに記された名前は氷上くんじゃなかった。

 1位   495点
 2位 海野あかり 492点

 なんと、あかりが2位に食い込んできたのだ!!

「すごい、あかり。1年の最初は98位だったのに」
「えへへ……なんか、2位とれちゃった」
「これは2学期末までうかうかしてらんないね!」

 あかりが照れまくる横で、あいかわらず茫然自失の3人。

「おとうさん、あかりに抜かれちゃったね?」
「あ、うん……」

 悔しがる氷上くんや小野田ちゃんと違って、瑛は本当に呆然としてた。
 これは相当落ち込んでる……かな?

「だ、大丈夫?」
「ああ、うん……」

 のろのろと視線を私に向ける瑛。
 そして横のあかりを見て。

「すごいな、あかり」
「うん、がんばったよ、瑛くん!」
「……オレは、駄目だな」
「え、あっ……瑛くん?」

 小さくかぶりをふって、瑛は教室に戻っていく。
 どうしたんだろう。あんな瑛の様子、初めて見る。

 瑛だって氷上くんと小野田ちゃんに次いで、6位に入ってる。
 全然駄目じゃないよ。いつもの位置だし、順位を落としたわけでもないのに。

「どうしたんだろうね、瑛……」
「うん……私、ちょっと行ってくるね」
「いってらっしゃい、あかり」

 あかりも小走りで瑛を追いかけて行った。
 入れ違いでやってくる若王子先生。

「や、優等生さん発見です。いつもの1位、おめでとう」
「ありがとうございます。今回はバイトの憂いもなく勉強に集中できました!」
「うん。さんはすごいです。前回は、教師である僕が君の勉強の邪魔をしてしまったのに、それでも1位をとっていたね」
「それは……もう過ぎたことです。いつまでも気にしないでください!」
「うん。でも、前回の分もあわせて、今回褒めちゃいます。おめでとう、さん」
「はい!」

 ぽんぽんと先生が頭を撫でてくれる。

 3月のアレ以来、私は先生の優しさを拒むことをやめた。
 もう1年しかいられないんだ。
 1年たてば、先生とはお別れしなきゃいけないから。
 今のうちに、夢のようなうたかたのひと時だとしても、この心地よさに身を委ねていたかったから。

「それにしてもすごいですね……。トップ10にうちのクラスから5人も入ってますよ」
「えっへん。先生、今日は教頭先生に自慢しまくってきました」
「……化学は、割と点数低めですけどね」
「あ、またそういう意地悪を言いますか。がっくりです……」

 ふふふ。このやり取りも懐かしい。

 そこへはるひがやってきた。

「や、西本さん。順位上がりましたね? おめでとう」
「あんがと若ちゃん。借りてくで?」
「え? なに、はるひ?」
「今な、みんなで花火大会行く計画練っとるねん。アンタも行くやろ?」

 はるひに腕をとられて引っ張られる。
 花火大会。そうだ、一ヵ月後にあるんだ。

 私は無意識に先生を見た。
 先生はもう他の子と話し始めてる。

 花火大会。
 そういえば、1年のときも2年のときも、花火大会の日は先生と一緒だったな。
 せっかく、今年こそ花火大会にちゃんと行けそうなのに。
 今年は、夏休み中は先生と会えないのかな……。


 はるひに連れられて教室に戻ると、いつものメンバーが集合してた。
 あ、瑛ももういつも通りだ。いい子モードでハリーと雑誌を覗きこんでる。

連れてきたで。あんな、今年でもう最後やん。だからこのメンツで思い出作っときたいなー思て」
「そうそう。僕とはるひちゃんの提案なんや。花火大会なら、みんなの心にしっかり思い出刻まれるんちゃうかなーって」
「いいんじゃないかな。僕も……」
「あー、ストップ!」

 瑛が同意しようとして、ハリーが待ったをかける。
 ハリーはがしっと瑛と肩を組んで、

「(ここでお前が来るって宣言したら、誘ってもねぇ女子がついてくるに決まってんだろ? お前が来るのはもう決定済み! 連絡はあかりにとらせるから、ここはお前、黙っとけ)」
「(あ……わかった。仕方ないな)」

 ふむふむ。ハリー様、わかってらっしゃる。

 あ、そういえば。

「志波くんは来れる? 夜までは練習ないよね?」
「ああ。多分大丈夫だ」
「地区大会順調に勝ち抜いてってるもんね! このまま勝ち抜いていけば、花火大会の翌週から甲子園だね!」
「ああ」

 にっ、と笑顔を見せる志波くん。

 去年志波くんが入部したあとの野球部は快進撃の連続なんだよね!
 春の選抜に選ばれなかったものの、秋の大会ではベスト4に入ったし、夏季大会予選前の練習試合は負けなし!
 まだ口にする人は少ないけど、甲子園を確信してる生徒は多い。

「ここにおらんけど、竜子姉とひそかっちにはもう確約済みや。当日は全員浴衣集合やで!」
「えええ!?」

 はるひの宣言にみんなが頷く中、声を上げたのは私だけ。

「……あ。ちゃん、もしかして浴衣持ってない?」
「う、うん……。さすがに浴衣を用意する予算はないんだよね……」

 ついでに着付け方もわかんない。
 浴衣なんて、小学生の頃子供浴衣着た以来だもん。

 すると。

「んふふふ」
「な、なに、はるひ。すっごい悪い笑顔しちゃって」
「アタシに名案あるねん。、昼休みになんも予定入れたらあかんで?」
「え、うん……?」

 一人ワッルイ笑顔を浮かべてるはるひを、全員が一歩引いて見つめてた。

、気をつけろ。西本のあの顔は、何かしでかす顔だ」
「う、うん。気をつけます……」

 はるひ&ハリーの悪巧みに、なぜかよく巻き込まれてしまう志波くんがげんなりした口調で忠告してくれた。
 志波くん、なんだかんだって人がいいから。
 利用されちゃうんだろうなぁ、あの二人に……。


 そしてお昼休み。
 はるひにせかされるようにお弁当を食べた私は、そのままはるひに連行された。

「どこ行くの?」
「化学準備室。花火大会に、若ちゃんも誘お思て」
「そうなんだ!」
「いやや〜ちゃんたら、乙女やわ〜」
「う、うるさいなぁ……」

 いたずらっぽく笑うはるひに、でも返す言葉がない。
 現金といわれても仕方ないほど、私は口元が緩んでたから。

「なんでか昼休みに化学準備室って、他の先生おらへんよね。ま、おかげで誘いやすいからええんやけど」

 こんこん、とはるひが化学準備室のドアをノックすると。

『ふぁ〜い』

 ……先生。口の中カラにしてから返事してください。

「しっつれいしまーす。やっほー、若ちゃん」
「失礼します」
「……ごくん。やや、さんに西本さん。どうしました?」

 先生は一番奥のデスクに腰掛けてお弁当を食べていた。
 今日のメニューは2色そぼろご飯にポテトサラダ、塩茹でブロッコリー。
 先生のお弁当箱は私のよりひとまわり大きいけど、中身は一緒だ。

「……若ちゃん、弁当持ってきとんの?」
「はい。とってもおいしいお弁当です」
「女でもできたん?」

 ごほんごほん。

「内緒です。ね、さん」
「わ、私に振らないでください」

 にこにこ笑顔の先生と、疑わしげな視線のはるひ。
 うう、ばれただろうなあ。

「まぁええわ。あんな、アタシら、若ちゃんを誘いにきてん」
「お誘いですか?」
「ん。若ちゃん、アタシらと一緒に花火大会行かん?」
「やや、花火大会のお誘いですか?」
「はい、あかりや瑛やクリスくんや、その辺の仲のいい子たちみんなで行こうと思ってるんですけど」
「え、え〜、でも、先生は先生ですし……いいんですか? 本当に、いいんですか?」

 先生、誘ってくれてマジ嬉しいです、って全身で言ってますね?
 私とはるひは顔を見合わせて噴出した。

「若ちゃんなぁ、行きたいなら行きたい言えばええんやで? そんなん言うてるなら、ちょい悪親父でも誘おかなぁ」
「ややっ、駄目です、先生が行きます!」
「決まりやな! 当日は浴衣着用厳守やからな!」
「……浴衣、ですか」

 勢い込んで参加表明した先生が、きょとんとする。
 まぁ、予想はしてたけど。

「先生、浴衣持ってないんですね?」
「はい。あの、浴衣じゃないと参加できないんですか?」
「あかん。絶対浴衣」
「ちょ、ちょっと、はるひ。それじゃ私も参加できないじゃない」
「やや、さんも浴衣持ってないんですか」

 あごに手をあてて私を見る先生と、なぜか笑いを堪えてるはるひ。

 先生はふむ、とつぶやいて。

「わかりました。先生、浴衣を用意します」
「ええ〜、先生抜け駆けですよ〜。うう、私どうしよう……」
さんの浴衣も用意します」
「ええ〜……ってえええ!?」

 さらりと言った先生に、こちらもさらりと流そうとして。
 驚いて先生を見上げたら、先生はポンと手を打って、にっこり笑顔。

 対するはるひはしてやったりの満面の笑み。
 ま、ま、ま、まさかはるひ。
 こうなることを狙ってたわけじゃ!!??

「だだだ、駄目です! そんな、先生に買ってもらうわけには!」
「駄目です、はこっちの台詞です、さん。さんが参加しないなら、楽しみ半減です」
「何言ってるんですか! そんな、教師が生徒の個人的な買い物のお金を払うなんて……!」
「じゃあ、僕から君へのプレゼントならいい?」

「え……」

 先生の顔が。
 一瞬、『先生』じゃなくなった。
 オトナの男の人の、優しい笑顔。

「若王子貴文から、へのプレゼント。それなら、いいでしょう?」
「そ……んなの、屁理屈ですよ……」

 先生の表情があまりに素敵だったから。
 膝から、力が抜けそうになる。

 視界の端で、はるひが、真っ赤になって両手で口元を覆ってた。

「あ、アタシ、教室、戻っとる、な……」

 やっとそれだけ言って、化学準備室を逃げるように出て行くはるひ。

 はるひを見送ってから、先生が一歩ずつ私に歩み寄ってきた。
 目の前まできて、私に視線を合わせるように体をかがめる。

 まっすぐ、目の前に、若王子先生の、瞳。

「今度の日曜日。ショッピングモールに一緒に買いに行こう。僕はセンスに自信がないから、さんの意見が聞きたい」
「…………」
「返事は?」
「……は、い……」
「よくできました」

 にこっと微笑んで、先生は私の顔を両手で包んで、額をコツンと付き合わせた。

 もう、限、界、です。

「し、失礼しましたぁっ!!」

 叫ぶように、いや、実際叫んで。
 私は脱兎のごとく化学準備室を走り出た。

 氷上くんに見つかったら雷間違いなしのスピードで教室に駆け戻って。

 すると、教室では。

「お、おいはるひ、どうしたんだよ? なんでお前体操着かぶってんだぁ?」
「あかん〜! 今のアタシ、見んといて〜〜っ!!」

 机に突っ伏して、体操着を頭からかぶってるはるひがいた。
 うう、わかる、わかるよその気持ちっ。

「あ、おいっ。お前はるひと一緒にいたんだろ? 何が……って、お前もなんつー顔してんだよ!?」

 はるひの様子を覗き込んでたハリーが、私を見て目を見開いた。
 つられた他のクラスメイトも私に注目する。
 ……って!!

「ばかハリー! こっち見るなっ!!」
「うわっ!? な、なんだよお前ら揃いもそろって、ユデダコ姉妹か!?」

 私も席に戻って机につっぷした。

 ううう、顔中熱い。耳まで熱い。
 みんなの視線をちくちく感じる。
 こんなんで、5時間目の授業、まともに受けられるわけないよ、先生のバカっ!

 ……5時間目の、授業?

 本鈴が鳴る。
 すぐに教室のドアが開いた。

「はい、5時間目は化学です」
「「きゃあああああ!!??」」

 化学式模型を抱えながらにこやかに入ってきた若王子先生に、私とはるひは同時に悲鳴を上げていた。
 ぎょっとして私たちを振り返るクラスメイトに対して、先生は終始笑顔。

「やや、さん西本さん。どうしました?」

 どうしたもこうしたもあるかぁ!!

 私とはるひはきっと同時に、腹の中でそう叫んでいたに違いない。

Back