「あんなんありか……」

 はるひのつぶやきは、全員一致の感想だった。


 47.3年目:体育祭後編


 つぶやくはるひの視線の先は、決勝へ駒を進めた古文の先生のクラスの男子たち。
 唖然とした感想の理由は、その攻撃姿勢だった。

 ラグビー部と柔道部の猛者が集まってるちょい悪クラス。

「ラグビー部がスクラム組んで突進して、一気に棒を倒す……」
「柔道部がやってくる男子を一人残らず投げ飛ばす……」
「く、クリスくん、あのスクラムに勝てる?」
「勝てるわけないや〜ん……」
「志波、柔道部相手に攻めきれるか?」
「組まれたら終わりだな」

「「「「「う〜〜〜〜〜ん…………」」」」」

 決勝開始までの休憩時間。
 3−Bは額を寄せ合って悩んでいた。

 例えるなら若王子クラスが技、ちょい悪クラスが力。
 で、今のところ圧倒的に力のほうが有利な状況。

「とりあえず、最初の突進を耐えなければ勝負が終わってしまいます。最初は、全員で棒の守備についてはどうでしょう」

 先生がホワイトボードに図を描く。
 右側に3−B陣地。@と書き込んで、『全員守備』。

「で、スクラム突進に耐えたあと、攻撃部隊を出すんです。ここは機動力のある人の方がいいでしょう」
「ほんならハリークンと瑛クンと志波クンと」
「いや、今回は志波とクリスをチェンジだ。クリス、お前相手チームを翻弄しろ!」
「リョーカイッ、ハリークン」

 A『攻撃部隊展開』

「守備側はそのままひたすら耐えましょう。攻撃部隊の勝利を信じて」
「……そんだけ?」
「や、あのチーム相手にはなかなか作戦立てづらいです」

 うーんと考え込む先生の手から、はるひがペンを取り上げた。
 そして書き込んだのは、B『女子チーム+若ちゃんのかく乱作戦』

「……かく乱作戦?」
「せや! 絶対に、アタシらの力でちょい悪クラスの守備を乱してみせたる!」
「なにするつもりだ……」
「秘密です」
「攻撃部隊はなにがあっても、攻め続けてね!」

 私とはるひと先生は3人で肩を組んで、含み笑い。
 男子陣は顔を見合わせながらも、それぞれ準備に入った。

「西本、話つけてきたよ」
「竜子姉! 待ってたわー!」

 会議に参加せずに『かく乱作戦』の準備に出ていた藤堂さんが戻ってきた。
 はるひは女子全員を振り返り、コブシを突き出した。

「今回アタシら女子はサポートや。一丸となって、男子を支えるで!」
「「「オーッ!!!」」」
、あかり、ひそかっち! アンタら3人が目玉やからな! しっかり頼むで!」
「OK! 今回ばかりは、一肌脱ぎまくっちゃいましょう!」
「若ちゃんはオマケみたいなモンやけど、まぁ全校女子サービスや。頼んだで」
「先生、オマケですか? とほほです」

「女の子盛り上がっとるな〜?」
「一体なに企んでやがんだぁ?」
「まぁ、男子の試合に女子が全面協力してくれるのはありがたいことじゃないか」
「(が目玉……)」
「(あかりが目玉……)」

 私たち女子チームと若王子先生は、藤堂さんが準備してくれた『かく乱作戦』の総仕上げに、化学準備室へと移動した。
 絶対、3−Bが優勝するんだ!!



 6月というのに乾いた風が通り抜けるグラウンド。
 静かな緊張感が、あたりを包む。
 
 そして、両チームがグラウンド中央に入場してきた!

「きゃぁぁーっ! 佐伯くーん!」
「クリスく−ん、がんばってー!」

「うおおおお! ちょい悪クラスー!!」
「頼むから3−Bつぶしてくれぇぇ!!」
「イケメンクラスよりも漢クラスに栄誉をぉぉぉぉ!!」

 観客からは黄色い声援と地響きのような歓声。
 会場のボルテージも最高潮だ。

 それぞれ陣地に着く前に、一列に整列して向かい合う。
 決勝戦は、試合前に担任同士で握手を交わすのが通例なんだ。

「いよいよやな、若ちゃん」
「うん。かっこよかったもんね、若王子先生!」
「きっと黄色い声援っていうか、絶叫だよ」

 化学準備室の窓からそろーっとグラウンドを覗いてる私たち。

 
 キャァァァァァ!!!


 はね学女子の、悲鳴に近い歓声が上がった。
 先にグラウンドに入っていた古文の先生も、若王子先生を見てにやりと笑う。

 クラス席の方からゆっくり歩いてきた先生は。

 応援部から借りた、黒の長ラン姿!
 額には尻尾の長い赤のハチマキ。
 容姿の端麗さと長身もあいまって、はっきり言ってものすごくカッコいい。

 ……実はさっきまで、3−B女子の先生撮影会が行われてたんだけどね。

「いやぁぁっ、若サマー!!」
「若サマー! こっち向いてーっ!!」

 携帯フラッシュがばしばしたかれる中、若王子先生は古文の先生の前まで来て、力強く握手をした。

「いやあ、やりますなぁ若王子先生。お似合いですよ、まるで本当に学生みたいだ」
「ふふふ、ちょい悪親父には若さで対抗です。この試合、絶対に負けません!」

 お互い顔がくっつきそうなくらいまで額を寄せて、メンチ切り。
 盛り上がってきた、盛り上がってきた!

 先生たちが自分たちのクラス席に戻ると、男子たちはそれぞれの持ち場につく。

「あれ……若ちゃん、一人?」
「3−Bの女子は?」
「秘密の作戦展開中なんです」

 A組の男子に問われて、先生はいたずらっ子の笑顔で人差し指を口元にあてた。
 そんな先生を化学準備室から見てた3−B女子がくすくす笑う。

 ちょい悪クラスは通常布陣。
 対して3−Bは攻撃陣を守備陣ぎりぎりまで下げて一列になっている。
 でもこの攻撃陣はおとり。
 この直線ラインでスクラム突進の勢いをそいで、守備陣が棒を死守、そして脇から本当の攻撃陣が飛び出していく、という初期作戦だ。

『羽ヶ崎学園体育祭、伝統の一戦、3年生男子棒倒し決勝戦……』

 体育祭委員がピストルを天に向ける。

 瑛が、志波くんが、ハリーが、クリスくんが、氷上くんが。
 全員瞳に力強い光を称えて構える。

 そして。

 パァン!!

 戦いの火蓋が切って落とされた!

「来るぞ! まずは守りきるぞっ!!」

 おとり攻撃ラインが全員肩を組んで腰を落とす。
 そこに、ちょい悪クラス攻撃陣・スクラム部隊が突進してきた!

「うあっ!」
「ぐうっ!」

 勢いに押されて、ずずずと足がグラウンドを滑る。
 でも、勢い相殺には大成功! 守備陣にぶつかりはしたものの、棒はびくともせずにそびえている。

「よしっ! 行くぞ佐伯っ、クリス、他の連中も続けぇぇ!!」
「オーッ!!」

 ハリーの号令と共に、3−B攻撃陣が両翼から飛び出す!

「アタシらも行くで! 、あかり、ひそかっちは前列な!」
「オッケー! 行こう、みんな!」
「オーッ!」

 そして、はるひの号令とともに、3−B女子チームも化学準備室を飛び出す!

「や、待ってました!」

 笑顔で迎えてくれる先生の隣に陣取って。


 ウォォォォォォ!!


 今度ははね学男子の大歓声がグラウンドを包み込んだ。
 3−B女子全員、チア部から借りたミニスカ&タンクトップ姿!
 そして、はね学スリートップと呼ばれてる(恥ずかしい……)私とあかりと密さんは。
 ビキニ型のセクシー系衣装!

 あ、瑛と志波くんとクリスくんが止まった。

「こら、走れーっ!!」

 叫ぶと、3人は我に返ったように試合に戻る。
 でも、ちょい悪クラスの男子は試合になかなか集中できないみたい。
 ふふふ、これってちょっと反則じゃない?

「さぁ、とどめの一撃行くで! せーのっ!」
「「「「「アッハァ〜ン♪」」」」」

 バカだーっ!!
 でも楽しいーっ!!

 この手のことは恥ずかしがるはるひも、真面目な小野田ちゃんも、ついでに若王子先生まで、全員でセクシーポーズ!
 ……竜子さんだけは、呆れきった様子でクラス旗を持ってたけど。

 やったね、会場大爆笑!
 ついでにかく乱作戦も大成功!
 ハリーが棒にしがみつくのに成功した!

「やった、ハリー! そのまま倒してーっ!」
「あ、あかん! 3−Bの棒もヤバイで!」

 はるひの言うとおり。
 3−Bの棒も度重なるスクラム突進に、右側に大きく傾き始めてた。
 志波くんが回りこんで、棒を支える。
 その志波くんに容赦なく突っ込んでくるちょい悪クラス!

「志波くんっ、志波くんがんばってー!!」
「ハリー! 早く旗奪ってんかー!!」

 3−B女子の必死の声援。

 と、ちょい悪親父……古文の先生がやってきた。

「若王子先生」
「や、これは先生……まだ試合中ですよ?」
「ええ勿論。いい試合ですなぁ。3−Bは女子まで参加して」

 にこにこしてる古文の先生。
 と、その笑顔が極悪の笑みに変わる。

「女子まで参加できるなら、教員だって参加は認められますよねぇ?」
「は?」

 それだけ言って。
 なんとちょい悪親父、自分クラスの攻撃陣に加勢しに走り出した!!

「嘘!? そんなんありかいっ!」
「若サマ! 若サマも加勢してっ!!」
「勿論です。先生、行って来ます!」

 先生はハチマキと長ランをかなぐり捨てて、ぽんと私の肩を叩いてからグラウンドに走っていった。

「きゃぁ、若サマ参戦よ!」
「がんばって、若サマぁ!」

 さらにヒートアップするグラウンド。
 先生は3−B守備陣まで走っていって。

「志波くん! 攻撃陣に加わって、足場を組んでください!」
「先生!? ……わかりました!」
「みなさん、しばらく耐え抜いてくださいね!」
「「「押忍っ、先生!!」」」

 志波くんが抜け、大きく揺らぎ始める3−Bの棒。
 先生は素早く方向転換して、ちょい悪クラスの棒の前へ。

「志波くん、そこで足場を。先生、支えられますか?」
「任せてください! おいっ、足場組むぞ、急げ!」

 攻撃陣を何人か呼び寄せて、志波くんが足場を組んだ。

「もしかして先生、1回戦で氷上くんがやったアレ、やるつもりじゃ……」
「え、でも、まだ棒も傾いてないのに」

 私たち女子が見守る中。
 先生は足場と棒を見つめて、位置についた。

「この助走距離と棒までの角度、踏み切りのタイミングと角度で……いける!」

 先生が走り出した!
 志波くんたちが組んだ足場を軽やかに踏み切って、綺麗なアーチを描いてちょい悪クラスの棒へ!

「す、すごい! さすが陸上部顧問!」

 先生は棒の上から旗を抜き取って、そのままもみくちゃの守備陣の上に落下!

 パン、パァン!!

『勝負あり! 優勝、3−B!!』

「やったぁぁぁ!!!」
「勝った! 優勝だよ!!」

 私たち女子は歓声を上げて、グラウンドの男子の下へ走りよった。

「ハリーっ! めっちゃかっこよかったでっ!」
「うわっ! お、おい抱きつくなっつーの! ……ま、まぁ、今だけ許してやる!」
「お疲れ様クリスくん! 攻撃、大変だったでしょ?」
「密ちゃんにやってもらったオダンゴもぐちゃぐちゃや〜。でも、楽しかったな〜。密ちゃんの声も、届いとったで?」
「瑛くん、大丈夫!? さっき、肘が顔に当たったでしょ!?」
「あ、あかり……見てたのか」
「すぐ冷やして手当てしなきゃ! ……珊瑚礁に立てなくなっちゃうよっ」
「……うん。手当て、よろしく」
「氷上くん、お疲れ様です! 素晴らしい守備でした!」
「ありがとう、小野田くん。……その、君のチアリーディング姿もよく似合ってるよ」
「え!? あ、ありがとうございますっ……」

 男子女子もみくちゃ。
 私はグラウンドに座り込んでる志波くんと、その傍らの藤堂さんのもとへ。

「お疲れ様志波くん! ナイスセーブだったよ!」
「ああ。お前たち女子のお陰だな」
「へへ、少しは役に立った?」
「すごく」

 私を見上げて志波くんは微笑んだ。
 そして視線を奥に向ける。

「先生はアッチ」
「あ、うん。行ってくるね」

 私は志波くんにタオルを渡してから、いまだ相手陣地から戻ってこない先生のもとへ。

「アンタも相当バカだねぇ……」
「ほっとけ」

 後ろから藤堂さんと志波くんのやりとりが聞こえる。
 でも私は、まっすぐ先生のもとへ駆け寄った。

「先生?」
「や、さん」

 ちょい悪クラスの男子が見守る中、先生はグラウンドに仰向けに倒れていた。

「ど、どうしたんですか? 怪我したんですか!?」
「いえ、先生、首と背中がつりました……」
「なんだ若ちゃん、怪我したわけじゃねーのか」

 心配して損したという風に、クラス席に戻ってく男子たち。
 私は先生に手を貸して、体を起こすのを手伝った。

さん、先生の雄姿、見ててくれましたか?」
「もう、バッチリ見てましたよ! すっごくカッコよかったです!」
「少し、照れます」

 グラウンドに座り込んだまま、先生ははにかんだように笑った。
 私の頭の上で大きな手のひらを跳ねさせるように髪を撫でながら。

「この手で君を守ることができた。すごく嬉しいです」
「……はい。私も、嬉しいです」
「本当に?」
「本当ですよ?」
「うん。それならいいんだ」

 優しく微笑む先生から、視線が外せない。

 でも。

「お二人さん、ここ、グラウンドのど真ん中ですけどー?」

 近くまでやってきたハリーの言葉に我に返った。
 そ、そうだ。ここは公衆の面前だった。
 私は慌てて立ち上がる。

 ヒューヒュー♪と口笛ならす3−B男子の横に、古文の先生の姿もあった。
 その手にはなぜかメガホン。

『いやーさすが若王子クラス。完敗しましたよ』
「な、なんでメガホンでしゃべってるんだ、あの親父」
「さぁ……」
『まぁ残念ではありますが、これでの唇は3−B代表のもの、ということで……』

「「「「「何ィィィィィィ!!??」」」」」

 あ。

 あの親父っっ!!

 メガホンで、わざと全校中に聞こえるように言った!!

「な、な、な、若王子先生っ!! うぐっ!?」
「まぁまぁまぁ教頭先生、ここはひとつ穏便に」
「は、離さんかお前たちっ!」

 怒り心頭の教頭先生がずかずかとグラウンドに乗り込んできたけど、3−B男子のタッグに押さえ込まれる。
 しかしすでに全校のテンションはかなりおかしな方向に向かっていた。

「や、さん。この様子だとキスは避けられませんね?」
「なっ……」

 にこにこしながら先生が言った。
 その言葉に私は絶句。

「せ、先生は……なんとも思わないんですか?」
「やー、多少恥ずかしい気もしますが」
「そう、ですか……」

 一気に気分が落ち込む。
 先生は、平気なんだ。

「やや? さん……?」
「先生はっ、私が氷上くんとキスしても平気なんですねっ!?」




「…………は?」




 私の言葉に若王子先生の目が点になる。
 ついでにハリーもぽかんと口を開けてた。

、おま、何言ってんの?」
「だって! うちのクラス代表って言ったらクラス委員の氷上くんでしょ!?」
「「…………」」

 再び目を点にして絶句する先生とハリー。

 って、あれ。
 ち、違うの?

「あ、あー……おい、氷上。こっち来い」
「なんだい、針谷くん」
「お前にのキスが与えられる。受け取るか?」
「なっ!? 何を言ってるんだ君は!?」

 ハリーに呼ばれてやってきた氷上くんが、瞬時に真っ赤に染まる。

「はっ、先ほどの先生のお言葉のことか!? クラス代表って、僕のことだったのか!?」
「あー、なんかそういうことになった。どうする?」
「い、いや、僕はそのっ……女性を賭けの景品のように扱うのはいけないと思う! よって、辞退させてもらおう!」
「だってよ。よかったなー、
「う、うん。ありがとう、氷上くん」
「だってよ。残念だったなー、若王子……元気だせって」
「先生、がっくりです……」

「クッ」
「志波、アンタ、や若王子と付き合ってて、性格悪くなったんじゃないか?」

 その後若王子先生と古文の先生は揃って教頭先生にしょっぴかれて。
 3−Bチームは勝利の余韻に酔いしれつつも。

「若ちゃんなぁ……むくわれねぇなぁ……」
「クラス全員、若サマ応援してるのにね……」
「なんかしらないけど、みんな先生の心配してるね?」
「うん。若王子先生、人気者だからね!」
「あかん。エリカとデイジー、天然にも程があるわ……」

 クラス全員で先生がどうなったか心配しながら。

 3年目の体育祭は幕を閉じた。

 うん、すっごく楽しかった!

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