「あああああ!!」
体育祭の目玉、男女混合リレー。
トップで走ってきたあかりがアンカーの瑛にバトンを渡すときに、手を滑らせてバトンを落としてしまった!
46.3年目:体育祭中編
「ご、ごめんなさい……ごめんなさいっ……」
「や、海野さん、もう泣かないで」
「そうだよあかり。あのあと瑛が挽回して3位に入ったじゃない」
藤堂さんに支えられてクラス席に戻ってきたあかりは、私や若王子先生がどんなに宥めても泣き止んでくれない。
「だって、今までみんながんばって1位だったのに。私の、せいで」
「あー、もう、お前のせいじゃないって! いい加減泣き止めよ」
「瑛、慰めるんなら、もっと優しく……」
わしゃわしゃとあかりの頭を乱暴に撫でる瑛だけど、みんなが見てないと思って口調はぞんざいだ。
現在の3−Bは最終競技棒倒しを残して、10P差で2位。
棒倒しのポイントは1位30P、2位15Pだから、なにがなんでも1位をとらなきゃ優勝を逃してしまう状況になっていた。
「佐伯くん、海野さんの笑顔を取り戻すためにも、棒倒し、がんばってください!」
「はい、先生」
ハリーから召集がかかって、瑛が立ち上がる。
いまだしゃくりあげてるあかりの頭に軽くチョップ一発入れて。
「行ってくる。しっかり応援しろよ」
「いってらっしゃい、おとうさん! 女子チームの応援に期待しててよ!」
私と瑛はコブシをゴツとつき合わせた。
「ほら、あかり。もう涙拭いて。はるひの応援作戦の準備しなきゃ」
「やや、そういえば、先生も西本さんにお願いされてたんでした」
あかりにハンカチを渡して立たせて。
私たちははるひの元に向かう。
「最初の相手は隣のA組だよね」
「楽勝や、A組なんて。志波を攻撃に組み込んで、先手必勝・一撃必殺作戦や!」
とりあえずあかりを先生に任せて、私ははるひが持つホワイトボードを覗き込んだ。
『A組対策 先手必勝・一撃必殺作戦 極意:侵し掠めること火の如し』
「つまり、志波くんを中心に攻撃部隊が力技で旗を盗りにいくと」
「せや」
「大変わかりやすい作戦で」
体育祭委員のホイッスルが響き、戦闘体制に入るA組とB組。
地べたに胡坐をかいて座り込み棒を立てる人とその上に覆いかぶさるように棒を支える人たち。
相手チームを威嚇しながら戦闘開始の合図を待つ人たち。
そしてその両サイドで、やってくる相手の攻撃部隊を迎撃する役目を担う人たち。
「佐伯ィ! 今日こそそのすましたツラに泣きべそかかせてやるぜ!」
「3−Bウゼェんだよ! 学園美人独り占めしやがってゴルァ!!」
「上等だぁ! しのごの言ってねぇで、かかってこいやァ!」
「天才科学者の申し子の実力、筋肉馬鹿どもに見せ付けてやるぜ!!」
品性のかけらもない罵り合いも、今日ばかりはお咎めなし。
風物詩、なんだそうだ。
もう一度ホイッスルが鳴る。
同時に罵り合いもぴたりとやみ、学校中がグラウンドに視線を集中させた。
『体育祭最終種目、3年男子棒倒し勝ち抜き戦、1回戦1試合目3−A対3−B……』
体育祭委員がピストルを天に向ける。
パァン!!
「行くぞ、佐伯、志波っ! 遅れんなよ!!」
「おうっ!」
ワアァァァァ!!
音と共に、大歓声がグラウンドを包み込む!
「うおおおお!!」
「行けーっ、ハリーっ!」
「瑛くん、がんばれーっ!!」
はるひは立ち上がり大絶叫。
あかりも泣き止んで、瑛に声援を送った。
こっちの攻撃陣はすばしっこいハリーと力強い志波くんを中心に、一点突破作戦。
う、わ、さすが志波くん! 迎撃部隊につかまれても、ぶんぶん振り払ってる。
ハリーが素早く相手チームの棒を支えてる子の背中を踏みつけて、棒の上の方にしがみついた!
「おらぁ! 倒れやがれっ!!」
棒にしがみついたままぶんぶん体を揺らすハリー。
そのハリーを振り落とそうと手を伸ばす相手チームの男子を、瑛や志波くんが服をひっぱりながら妨害している。
そして守備側も大混戦!
「クリスくーん! がんばってー!!」
密さんの声援を背に、髪をひっぱられないようにくるくるとオダンゴヘアにしたクリスくんを始めとした3−B迎撃チームが、相手の攻撃チームを迎え撃つ!
「おどりゃァ、旗は渡さへんぞォ!!」
クリス・ザ・バイリンガルを発動させながら、3−Bの棒にしがみつく男子をひとりずつひっぺがしてく。
うちのクラスは団結力がウリ。
クリスくんの号令のもと、くすぐったり髪の毛ひっぱったり、あの手この手で妨害する。
ワァァァ!!
大歓声が上がって、3−A陣地が色めきたった。
ハリーがしがみついてゆさぶりかけてた棒が、大きく傾いたんだ!
「氷上、こっちだ!」
「よ、よしっ! 任せてくれたまえっ!」
傾いた側に志波くんが回りこんで、他数名の男子と一緒に足場を組む。
呼ばれた氷上くんが守備位置を離れて、攻撃チームに合流する。
「来いっ、氷上!」
「う、うわあああああ!!」
悲鳴に近いやけくその雄たけびをあげて、氷上くんが走る!
そして志波くんたちをロイター板がわりにして飛び上がり、棒の先端に飛びついた!
「やった、氷上くん!」
そのまま棒を引き抜いて、背中から人ごみに落下!
パン、パァン!
『勝負あり! 勝者、3−B!!』
「やったぁ!! まずは1回戦突破だよ!」
「すごいです、氷上くん!!」
あかりと小野田ちゃんが手を取り合って飛び上がった。
でも、はるひと藤堂さんは冷静だ。
「さ、次の試合の準備や! けが人用のバンソーコーとコールドスプレーとマキロンと……」
「さぁ椅子どけな。休憩スペースを確保するんだよ!」
「「「はいっ、姐さん!!」」」
「……西本、アンタこいつらに何仕込んだんだ」
「いやや、こういうのは雰囲気やろ? 竜子姉っ」
藤堂さんのいさましい号令のもと(ちなみに女子全員のお願いで、藤堂さんはリレーのあとまた学ラン姿になってた)、女子全員一丸となって男子を迎える。
若王子先生も、椅子の片付けに積極的だ。
「いっててて、クソ、めいっぱい引っかきやがって。オレ様の顔に傷が残ったらどうするんだっつーの」
「楽しかったなー、氷上クン。次もがんばろうな?」
「あ、ああ。いてて、腰を打ってしまったよ……」
すでに体中に擦り傷をこさえて引き上げてきた男子は、女子から手厚い看護を受ける。
私もドリンク配りのお手伝いだ。
「お疲れ様、志波くん、瑛! 1回戦は余裕だったね」
「サンキュ、」
「まぁこんなもんだろ。……あかりは、泣き止んだか?」
「うん、瑛に大声援送ってたよ」
「そっか」
ひねくれおとうさんはそっぽを向きつつも、まんざらではない様子。そのままドリンクを持ってあかりの方へ歩いていった。
「、女子はなんかやるのか?」
「え、なんかって?」
志波くんはドリンクを受け取ってその場に座り込んだ。
私もそのまま目の前にあった椅子に座る。
「西本がはりきってただろ」
「ああ、あれ」
私がにやーっと笑うと、志波くんは面食らったように目を瞬かせ、でもすぐにジト目で。
「……何企んでる」
「ふふふ、最終決戦でのお楽しみ! みんなの士気が高まることは請け合いだから!」
サプライズのほうが効果は覿面だろう。
というわけで、まだ秘密。
「……あ、志波くん腕すりむいてるよ」
「あ? ああ、だな」
「待ってて、マキロン借りてくる」
「いい。こんなの、唾つけときゃ治る」
「だーめ。この後も土ぼこりの中戦うんだよ? ばい菌はいっちゃうよ」
私は志波くんの言葉を無視してマキロンとバンソーコーを貰ってきた。
ティッシュにマキロンをつけて、志波くんの左腕を膝に乗っけて、ちょんちょんと消毒した。
「……お前な」
「なに? あ、沁みる?」
「いや……」
大きなバンソーコーを傷口を覆うように貼って、治療終了。
志波くんは大きなため息をついた。
「サンキュ」
「いえいえ、どういたしまして」
「やや、これはこれは」
なぜか疲れた様子の志波くんの横に、先生がやってきてしゃがみこんだ。
こちらもなぜか少し拗ねた様子で唇をとがらせている。
「先生もさんに手当てしてもらいたいです」
「……先生、どこか怪我してるんですか」
私の膝の上の志波くんの左腕をじーっと見つめながら言う先生だけど、競技に参加してるわけでもないのに怪我なんかするはずない。
「先生、ちょっと心に傷が」
「は?」
「……先生」
先生の独り言に、志波くんはも一度ため息をついた。
私の膝の上に乗せてる腕をひっくり返し、私の膝頭を掴む。
って、うわ。びっくりした。
「……志波くん」
「さっきの仕返し」
にやりと笑う志波くんに、先生も小さく笑顔を返す。
あ、あれー……なんでここで黒オーラが出るんだろー……?
「おーい志波っ、次の相手決まったぞ。作戦会議だ!」
「ああ、今行く」
私の膝に捕まるようにして立ち上がり、志波くんはハリーの方に歩いていった。
……なんか、膝がむずむずする。
と思ったら、若王子先生がさっきまで志波くんが掴んでた私の膝小僧をなでなでしてた。
って!!!
「なにしてるんですかっ!! セクハラですよ!?」
「小悪魔のエリカ……」
「……は?」
「先生だって、爆弾つけたいです」
効果音なら、つーん、や、ぷりぷり、と言ったところか。
先生は頬をふくらませて、はるひの方に去っていった。
なんなんですか、一体。
2回戦の相手は、2年男子選抜チーム。
2年生といってあなどってはいけない。
こちらが運動苦手な男子も含めてクラス全員参加に対し、あっちは選りすぐりの精鋭チームだ。
「気を抜けば手をかまれるぞ。慎重にな! 作戦は『親の偉大さ思い知れ!』作戦だ!」
ハリーの掛け声とともに、グラウンドへ向かう男子たち。
でも、その作戦って一体なんだろう?
「ジジィはさっさと隠居しやがれ!」
「1年早く生まれたからって、偉そうなんだよ!!」
2年生チームはすでに臨戦態勢。野次だって、3年相手に容赦ない。
でも。ここでハリーの言う『親の偉大さ思い知れ』作戦の開始だった。
志波くんやクリスくんと言った、部活所属の男子が前に出る。
「野球部員……今の野次、もう一回言ってみろ……」
「うっ、し、志波先輩っ……!?」
「目上の者を敬うのが日本文化のはずやのになぁ……?」
「げ、く、クリス先輩っ!」
「生徒会執行部員ともあろうものが、なんという口汚い野次を! 恥を知るがいい!!」
「ひっ、氷上会長!!」
……って。
「これ……?」
「せや。部活所属の2年には効果テキメンやろ!」
「これは野次というより脅迫では……」
どっちかというと『親の偉大さ思い知れ』作戦というより、『日本の縦社会の理不尽さ思い知れ』作戦では。
「押忍、佐伯センパイっ! よろしくお願いします!」
「……ん? ああ、お前、天地って言ったっけ」
「はい!」
あ、天地くんだ。
いつものにこにこエンジェルスマイルで、瑛に何か話しかけてる。
「今日は手加減しませんよ? 正々堂々勝負しましょうね?」
「ああ、こっちもそのつもりだから。よろしく」
いい子モードに素早く切り替える瑛。
でも。
「ああ、そうそう。この間は海野先輩にはお世話になりました」
「……なんだって?」
「臨海公園でデートしてもらったんですよ! 人気者の海野先輩と手をつないで歩けて、幸せだったなぁ〜!」
「手をつないだ!?」
「それに、この間は調理実習で作ったっていうマフィンも貰ったし。おいしかったですよ! もちろん佐伯先輩も食べたでしょ?」
「…………」
「あれ、貰わなかったんですか? うわぁ、どうしよう、僕、余計なこと言っちゃったかなぁ」
そう言って、天地くんは天使の笑顔に毒をたらしたような視線を瑛に向ける。
その瞬間だった。
ドカァァァン!!!
……優に10mは離れた場所にいる瑛の爆弾が破裂した音が、私の耳にはっきりと届いた。
う わ あ あ あ !
「いろいろとあかりには言いたいことがあるが……まずは天地」
瑛がぎんっと天地くんを殺人視線でにらんだ。
「ツブす。完膚なきまでに、徹底的に!!」
「ははっ、化けの皮はがしたね、先輩? そうこなくっちゃ!」
「お、おい、佐伯、天地?」
「押忍、志波先輩っ! よろしくお願いします!」
「あ、ああ……?」
二人の様子に、さすがの志波くんもたじろいでいる。
わかる、わかるよ、その気持ち。
『体育祭最終種目、3年男子棒倒し勝ち抜き戦、2回戦1試合目3−B対2年生選抜……』
パァン!!
「うおおおお!!」
「うおっ!? 佐伯のヤツ、妙に気合入ってんじゃねーか! よし、攻撃部隊、佐伯に続けっ!!」
「「「オーッ!!」」」
この後どうなるかわからないけど、今は瑛の怒りはいい方向に作用してる。
志波くんたち体育会系部活の先輩の睨みもあってか、今の瑛の勢いを止められるものはいない!
「あ、天地テメェっ! 佐伯先輩の戦意喪失させるって、あれどーなったんだよ!」
「あちゃー……、ちょっと怒らせすぎたかな。予想外」
慌てて天地くんも棒にくらいつこうとする瑛を引き摺り下ろそうと手をのばすけど、今の瑛には無力。
瑛は2年生を蹴飛ばしひっかき踏んづけて、素早く棒にしがみついた。
「……ありゃ応援いらねーな」
「ああ。オレだけいればいい」
「よし、志波だけ佐伯のフォローに残して、あとは全員守備に行くぞ!」
などとハリーが号令をかけてる間に、瑛はするすると棒をよじ登って、棒を倒すことなく旗を奪いとってしまった。
すごい、本気の瑛ってすごすぎ!!
パン、パァン!
『勝負あり! 勝者、3−B!!』
「いよいよ決勝ですね、さん!」
「はい! 先生、応援準備、気合入れましょうね!」
両手で先生とハイタッチ。
瑛以外は新しい傷をこさえてきた男子もなく、みんなは思い思いに最終戦に向けて休憩を取り始めた。
「瑛くん、お疲れ様! すごかったね、さっきの試合!」
あかりがタオルを持って瑛に駆け寄る。
すると瑛は、にっこりと営業スマイルを浮かべて。
「やぁ海野さん。ああ、タオルくれるの? ありがとう」
「え、瑛くん……?」
「なに? 海野さん」
張り付いた笑顔からにじみ出る真っ黒な怒りのオーラ。
あかりは目を瞬かせて、ぽかんと口をあけた。
「僕、次の試合のために少し休みたいんだ。ごめんね。どいてくれる?」
「え、うん……瑛くん」
笑顔のままあかりの横をすり抜けて奥へ。
その後姿を見送るあかりは、ただただ呆然として立ち尽くしている。
「爆発、です」
「はい、爆発です……」
先生までもが驚く瑛の豹変ぶり。
これは、フォローしなくては。
「先生、ちょっと私、行って来ます」
「うん。海野さんは先生が見てますから」
いってらっしゃいと送り出してくれる先生。
私は先生にぺこっと頭を下げて、あかりの肩をぽんと叩いて。
瑛は休みたいと言いながらもみんなの輪を離れて、体育館近くの水場に来てた。
バックネット裏で目立たないところ。
瑛、頭から水をかぶってた。
「髪型崩れちゃうよ」
「……お前に関係ないだろ」
蛇口を締めて、髪を掻き揚げながら上体を起こす瑛。
怒ってるかと思ったけど。
泣きそうな、苦しそうな顔してた。
小高くなってる芝の所に座って瑛を見てた私の隣にやってきて、力なく崩れ落ちるように腰を落とす。
「なあ」
「なに?」
「オレが悪いのか?」
水がしたたる髪が、うつむいた瑛の表情を隠してる。
「確かにオレはひねくれてて屈折してて、アイツに素直になれないよ」
「う、うん」
「でもアイツだって、もしかしたら少しはオレのこと好いてくれてるんじゃないかとか、そんなこと感じさせるような素振り見せてるんだぞ!? オレが悪いのか!? 勝手に勘違いしてるオレが!!」
「ちょ、瑛、落ち着いて。あかりの天然デイジーっぷりは確かにそうだけどさ。天地くんの挑発なんか気にしないで……」
「お前がよかった」
「……は?」
瑛はしたたる水を拭うこともせず、私を横目で見た。
私がよかったって、なにが?
「あの夏の日に出会ったのが、お前だったらよかったんだ」
「……何の話?」
「そしたら事故チューがお前だったからって、後ろめたくなることもなかった」
「うあ、あの、話が見えないけど、事故チューの話は、ちょっと」
慌てる私に、瑛は小さく笑った。
顔を上げて、何か遠くを見つめるように目を細める。
「もういい。オレとあかりの問題なんだから、お前がフォローに走る必要なんてないんだ」
「うん……瑛、あかりとちゃんと話した方がいいよ」
「オレ、志波と先生相手に生き残る自信ないし」
「は?」
「……お前も結構、あかりのこと言えないぞ」
さっきから瑛はわけのわからないことばかり。
でも、元気は取り戻してくれたみたいだ。
にやりと笑って、私に手を差し出してくる。
「タオル」
「え?」
「オレの髪、このままじゃヤバイことになる。、おとうさんにタオルと櫛とワックス持って来い」
「タオルと櫛はともかく、ワックスなんて持ってないよ!」
「じゃあ針谷にでも借りて来い。おとうさんここで待ってるから」
「おとうさん、人使い粗い!」
「なんとでも言え。ほら、ダッシュな!」
「もぉぉぉぉ!」
仕方なく私は言われた通りにダッシュ。
でも、なんとかフォローには成功したかな?
憂いを断って、棒倒し最終決戦に臨まなきゃ!
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