高校生活最後の体育祭。
なんといっても目玉は、3年生のみの競技、各クラス対抗棒倒しだ。
45.3年目:体育祭前編
「志波くん、藤堂さん、400メートルそれぞれ1位おめでとう! 先生、興奮しました!」
「お疲れ、志波、竜子姉! これで3−Bは追加20ポイントや!」
「氷上くんと小野田さんも、二人三脚3位は大健闘です! これで3−Bが午前中の暫定トップです!」
「あ、ありがとうございます、若王子先生……」
全力疾走後も涼しい顔して戻ってきた志波くんと藤堂さんに対し、運動が苦手な氷上くんは席につくなり背もたれにがくんともたれた。
それでもあの氷上くんが競技3位は大健闘だ。
「息ぴったりだったじゃない、小野田ちゃんと氷上くんてば」
「そりゃあ勿論……僕と小野田くんは3年間生徒会で苦楽を共にした仲間だ。僕の二人三脚のパートナーは、このクラスの中なら小野田くんしかいないだろう?」
「うん、いないいない」
「さん、からかわないでください!」
顔を赤くしながらも、氷上くんにタオルとドリンクを渡す小野田ちゃん。
この二人の関係はすこぶる良好だ。
さて。
そんな二人の傍らで、若王子先生とはるひは得点表を覗き込んで盛り上がってる。
はね学体育祭伝統の、3年生クラス対抗総合順位表だ。
1位になったからなにがあるわけでもない、ただ栄誉だけが授与されるんだけど。
「やるからには勝つ。それが、俺流」
「おう、志波と藤堂がいる時点でもうオレらの勝利は確実だっつーの!」
体育祭や文化祭や、学校行事に普段やる気を見せない瑛やハリーですらこの状態。
とにかく3年目の体育祭は、熱いのだ。
「さぁさぁ休憩時間やで! 弁当班のとひそかっちの特製お重! みんな食べて午後もしっかりポイント稼ぐで!」
「まってました! さんと水島さんの弁当!!」
今年の若王子クラスはお祭り好きが集まったらしく。
体育祭に向けてクラスで話し合いがもたれて、競技ポイント部隊、敵情視察部隊、当日補給部隊などなど、いろんな部隊が編成されて、私と水島さんは当日補給部隊を担当してる。
というわけで、クラス全員分の『勝利弁当』を早起きして作ってきたんだよね。
監修は先生と小野田ちゃん。
みんなの午後の競技時間と競技内容を考慮して、いろんなタイプ別のメニューを作ったんだ。
「午後イチのトラック競技の方は青いお弁当を食べてください! 応援合戦に参加の方は赤いのです!」
「棒倒しまで参加競技のない人は白いお弁当ですよー」
小野田ちゃんと水島さんが声を張り上げてお弁当を配布する。
「3−Bってスゲェ……」
「さすが若ちゃん学級、勝利に貪欲だ……!」
感嘆なのか呆れなのか、そんな声が隣のクラスから流れてくるのもご愛嬌。
「先生は教員パン食い競争でしたよね? 志波くんは1500メートルだから、二人とも青いお弁当ね」
「や、ありがとう、さん」
「サンキュ」
「藤堂さんは赤だよね! 応援合戦、今年も最前列で見てるからね!」
「アンタ、テンション上げる相手間違ってるだろ……」
先生と志波くんに青いお弁当を渡したあと、私は両手を揃えて藤堂さんに赤いお弁当を差し出した。
受け取る藤堂さんは呆れ顔だけど。
「だって、応援合戦に参加してる藤堂さんって、はね学一カッコいいんだもん!」
「……なんでアタシが若王子と志波にうらめしそうな目むけられなきゃならないんだ……」
今ならきっと、遊くんと尽くんの藤堂さん評価シート、私のところはきらっきらのときめき状態だろう。多分。
お弁当を受け取ったクラスメイトたちはそれぞれ思い思いの場所に移動して、お弁当を広げる。
私はいつものお弁当メンバー5人と先生を囲む5人組に合流して、大きな輪を作った。
「2位のクラスと17P差か……気を抜くと逆転されちまうな」
からあげをほおばりながら、ハリーは得点表を見つめた。
2位は古文のちょい悪が率いるクラスだ。ずば抜けて運動が出来る子がいるわけじゃないけど、いまのところ全競技着実にポイント圏内の3位以内に食い込んでる。
うちのクラスは志波くん、藤堂さん、瑛、あかりの4人が参加競技すべて1位を取ってるけど、他の競技ではポイント圏外の着順も多い。
「本来なら順位は関係ないです。競技に自分の今出せるすべての力を出し切れば、それでいいんです」
私のお弁当からきんぴらをつまみながら、先生が言った。
「でも、どうせ勝負するなら勝ちたいです。その方が、喜びも倍増です」
「先生の言うとおりだ」
志波くんも私のお弁当から大学いもをつまんで、先生に同意する。
「って、二人とも午後イチ走るんだからそんな食物繊維摂らないで! ……じゃなくて、私のおかず盗らないでよっ!」
「だって、青いお弁当は軽い炭水化物ばかりで、さんのお弁当、おいしそうです」
「同感」
「オイコラそこの3人。イチャついてねーで、ちゃんと作戦練りやがれ!」
先生と志波くんのお箸から私が必死にお弁当を守っていると、ハリーに怒られた。
私が悪いんじゃないやいっ。
「やっぱ勝負は男女混合リレーと男子最終競技の棒倒しだな……」
「混合リレーの一位はよほどのことがない限りは大丈夫だろうけど、問題は棒倒しだな」
瑛の言葉に、全員がうーんと唸りだした。
体育祭の花形競技、男女混合リレーと棒倒し。
どちらも他の競技よりポイントが高い。
だから、混合リレーのために他のクラスはエースを温存したりして1位を狙ってくる。
でもまぁ、こっちには無敵の俊足4人組がいるからそれは問題ない。
問題は、棒倒し。
抽選で対戦相手が組まれて、優勝までは3回戦わなくてはならない。
初戦で全力を出し切っては後の試合でボロ負けする。
毎年毎年、けが人続出の激しい競技なんだ。
棒倒しっていうのは、3メーター近い筒状の棒の先端に旗をたてて、その旗を奪い合う競技。
棒を守る人、旗を攻める人、攻めてくる人を迎撃する人、などに分かれて戦う頭脳戦でもある。
「氷上は案外身軽だから、志波に援護してもらって旗獲りに行かせるっていうのもアリだよな」
「ハリーと佐伯は攻撃決定やろ? 守りよりは攻め向きやもんな」
「クリスは迎撃組だな」
「ええよ〜、ばりばりの関西弁で、ペンチ切ったるさかい!」
「クリスくん、それを言うならメンチ、よ?」
「問題は志波だな。攻めも守りも、どっちもいけるけど……」
「長身を生かして、一気に棒を倒してもらうのがいいんじゃないですか?」
「それよりも迎撃部隊に入ってもらったほうが、相手がビビると思う」
「志波くん自身はどっちがやりたいの」
「どっちでも。対戦相手決まってからでもいいんじゃないか」
「あ、それがいいかも」
クリスくんが持ち込んだホワイトボードに、あーでもないこーでもないと額を寄せ合って作戦会議。
と、そこへ。
「気合入ってますなぁ、若王子先生のクラスは」
「出たな! ちょい悪親父!」
「おー針谷、教師に向かって親父呼ばわりとはいい度胸だ」
現在暫定2位クラスの担任、古文の先生。
下はエンジのジャージを穿いてるけど、上は黒のTシャツ。背中に白い筆文字ででかでかと、なぜか『ジローラモ』とプリントされている。
得意の舌先三寸で教頭先生を丸め込んで作ったらしい、クラス全員おそろいのTシャツだ。
古文の先生は不敵な笑みを浮かべながら腕組みして私たちを見下ろしてる。
「トラック競技は若王子先生のクラスに辛酸なめさせられてますが、棒倒しは渡しませんよ? うちはガテン系部活の男子が揃ってますからな!」
「やや、そういえば先生のクラスは柔道部とラグビー部の精鋭揃いでした」
「で、ものは提案なんですが。おう、越後屋、ちょっと立て」
「え? あ、はい」
言われて立ち上がる。
すると古文の先生は私の肩をがしっと組んで。
「棒倒し。勝った方のクラス代表に、の祝福のキスが与えられるってどーですか」
「「「「「なにィィィィィィ!!??」」」」」
い。
いきなり何言い出すんだ、このちょい悪、いや極悪親父はっ!!
若王子先生も志波くんも瑛もあかりも藤堂さんも、みんなみんな。
近くでごはん食べてたクラスメイトたちもみんな!
古文の先生の言葉に絶句、唖然、ぽかん。
「いや、修学旅行伝説の若王子クラス枕投げ大会、あれ私のクラスでも一時期話題になってましてなぁ」
「は、はぁ」
「うちの血気盛んな連中が、是非とも自分たちにもそのチャンスを、ってせがまれまして。どうです? 盛り上がると思いますよ?」
「教頭先生に怒られますよ! そんな、賭け試合まがいなこと!」
「ばれなきゃ大丈夫だ」
ありえない、この教師。
すると、今までぽかんと話を聞いていた若王子先生が立ち上がって。
私の肩を抱いてた古文の先生の手を払いのけて、私をぐいっと自分の方に引き寄せて。
しっかりと私を腕の中に抱きいれてから、にこっと笑顔を見せた。
く、黒い。
いつぞや見た、あの黒いオーラが笑顔からにじみでてます、先生。
「いいでしょう。その勝負、確かに引き受けました」
「いやあさすが若王子先生。そう言ってくれると思ってました」
にやにや笑う古文の先生に、黒い笑顔全開の若王子先生。
お互い、左手で、握手して。
手を後ろに組み直してのったのったと帰っていく極悪親父を唖然としたまま見送っていたら、先生に力強く肩を掴まれた。
「さん、安心してください。絶対に、守ってみせるから」
「はぁ……」
「さぁみなさん、作戦タイムです!」
私ごとぐるんと振り返った先生。
そこには、な、なんと!
志波くんや瑛を始めとした男子を筆頭に、はるひや、あかりや、他の女子生徒まで!
全員が黒オーラをゆらゆらとのぼらせて、目を光らせていた。
「上等だ。ゼッテー負けねぇ!!」
「なんだい、あの余裕の態度。気に入らないねぇ……」
「甘く見られるのって、我慢ならないわ。そうでしょう? あかりさん」
「うん! 棒倒し戦は男子だけだけど、女子のサポート力見せてやるんだから!」
「絶対に勝つ。やってやる」
「みなさん、さんの唇を死守です! エイエイオー、です!」
「「「「「オオオオオオ!!!」」」」」
先生の号令に、咆哮を上げる若王子生徒たち。
「よっしゃ、作戦会議だ! 男子全員集まれ!」
「女子はこっちや! ちょい悪クラスの挑発・陽動作戦考えるで!」
男子はハリー、女子ははるひが音頭をとって、急遽作戦会議。
異様な熱気が漂う3−Bスペース。
ぽかんとしてその様子を見ていたら。
「さん」
「先生! もう、なんであんな提案受け入れちゃうんですか!」
「愛に障害はつきものですから」
「は?」
あいかわらず私の肩を抱いたままにこにこしてたかと思えば、先生は少し顔を曇らせた。
手を肩から私の頭に移動させて、ぽんぽんと髪を撫でる。
「先生は棒倒しに参加できません。この手でさんを守れないのが、ちょっと残念です」
「せ、先生。そんなの仕方ないことなんですから、気にしないでください」
「うん。でも、やっぱり残念です」
小首を傾げて寂しそうな笑顔の先生。
でも、その瞳はきらきら輝いてる。
と、その体ががくんと傾いた。
「やや?」
「抜け駆け禁止」
志波くんだ。
地べたに座ったまま、先生の左腕を掴んで引っ張ったんだ。
「や、すいません。ついつい」
「先生も会議に参加」
「はいはいっ」
会議に混ぜてもらえるのが嬉しいのか、先生は嬉々として志波くんの隣に座り込んだ。
「触りすぎ」
「先生、大人ですから」
「……」
「あれ、志波くん、呆れてますか?」
あの二人、いつの間にやら仲良しなんだよね。
そういえば、割と一緒にいるとこ見るかも。
「! アンタも作戦会議に参加せえ!」
「あ、ごめんはるひ! 今行く!」
みんなのカラのお弁当箱を片付けながら、私ははるひに返事した。
さぁ、午後イチは応援合戦だ。
棒倒しに向けての意味もこめて、気合入れて応援するぞっ!
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