「ゴールデンウィーク中に課外授業って……」
「こうでもしないと、先生、ずっと陸上部に借り出されてしまいますから」
「部活の顧問なら当たり前ですっ!!」


 44.第3回課外授業:また水族館


 ゴールデンウィーク3連休の中日である日曜日。
 今日は若王子学級の課外授業だ。
 私が参加するのは1年以上ぶり。すっごく楽しみにしてた!

 ……けど。
 やっぱりゴールデンウィークなだけあって、集まりは最高に悪い。

「めずらしいね、瑛が課外授業に顔出すなんて」
「2年の時は割と顔出してたんだよ。ま、内申稼ぎの一環だな」

 という瑛と。

「そういえば、あかりは1年の時一回も来なかったよね?」
「うん。1年の時は珊瑚礁臨時バイトとことごとくかぶっちゃったから。今年は皆勤目指すんだ!」

 というあかりと。

ちゃんと課外授業来るんは久しぶりやなー♪ 楽しもうな?」
「うん! もちろん!」

 いつものムードメーカー・クリスくんと。

「志波くんは……やっぱり魚が食べたくなった?」
「いや、今は別のものが食いたい」

 という相変わらず謎なこと言う志波くんと。

「いやあ、お休み中なのに5人も来てくれて。先生、本当に嬉しいです」
「先生の無計画っぷりにはほんとみんな呆れてましたよ……。休み直前の金曜日のHRに言ったって、来れる人少ないに決まってるじゃないですか!」
さんならどんなことがあっても来てくれた。ピンポンですよね?」
「う、ぴ、ピンポンですけど……」
さんさえ来てくれれば、例え一人でも、先生、課外授業はりきっちゃいます」

 などと妙に浮かれている先生と、私を含めて6人。

 なんだか課外授業と言うよりも、遊びに行くような面子だなぁ、なんて……。

「さて、みなさん。今日は休み中の貴重な時間を割いてくれてありがとう。今日の課外授業は、オルカショーのGW特別編見学です」

 ぽんと手を打って説明を始める先生。

「若ちゃんセンセ、しつもーん」
「はいはいっ、ウェザーフィールドくん。なんでしょう?」
「なんで開館30分も前に集合なん?」
「やや、いい質問です。実は今日のオルカショー、非常に人気のショーなんです。開館と同時に席とりしないと、いい席がとれないんです」
「いい席って……」
「もちろん最前列、水しぶきを直に感じられる臨場感タップリの席です!」
「そうなんや! それは早う並んでおかんとあかんね?」
「そうなんです!」

「「「…………」」」

 私と瑛と志波くんは辟易した表情で絶句。
 優しいあかりは「そうですね」なんて相槌打ってるけど。

 そうか、先生、だからこんなにはしゃいでるのか……。
 今日の先生は子供バージョンなんですね……。

「前に城の天守閣登ったときも、場所取りダッシュさせられた」
「そうなんだ……」
「まぁ、先生が満足ならそれでいい」
「志波くんは先生に甘いよ……」

 とりあえず。
 私たちは自動券売機で入場券を購入して、開館を待つことに。

 わくわくにこにこしてる先生とクリスくんの後ろに、私と志波くん。その後ろに瑛とあかり。
 その後ろにはちらほらと家族連れの姿。

「奨学金」
「え?」
「戻ったのか?」

 志波くんが言うと、瑛とあかりも反応した。
 私は笑顔で親指を突き出す。

「ばっちり! 第一種に戻ったから、今年は無茶なバイトしなくても大丈夫なんだ」
「なんだ。今年も水着エプロンやらせようと思ったのに」
「聞き捨てなりませんねぇ」

 からかい口調の瑛に、先生が反応する。
 腕組みして仁王立ち。
 だから、似合ってないし全然怖くないですってば、先生。

「佐伯くんを信頼して、バイトのことには口出ししてこなかったけど、高校生にイカガワシイ格好させて強制労働は、先生見逃せません」
「そうだそうだー。先生、もっと言ってやってください。瑛にあんな格好させられたから、透撮なんてされたんだよ!」

「「「透撮!!??」」」

 先生と志波くんとクリスくんの声がハモる。

 あ、れ?
 このこと、言ってなかったっけ?

「あかん〜、ちゃん普段から可愛いのに、そんな無防備な格好させるからやで、瑛クン」

 やんわりと怒るクリスくんに対して。

「佐伯……どういうことだ……?」
「先生初耳です。さんを、破廉恥な輩にさらしたと、そういうわけですか?」
「あ、いやあの、志波、落ち着け。先生も、落ち着いて」

 アダルトチームの目がキュピーンと光り、一気に殺気立つ水族館前。

 うわ、先生も、志波くんも。
 そんな黒いオーラ放出しないで。
 子供、泣いてます。

『お待たせいたしました。はばたき市水族館、開館致します。本日はご来場いただき、まことにありがとうございます』
「あかりっ、行くぞ!」
「え、あ、瑛くん!?」
「まて佐伯っ!」
「佐伯くんっ、待ちなさい!」

 音声アナウンスと共に門が左右に開く。
 それと同時に、瑛があかりの手を取って猛然とダッシュして逃げた。
 もちろんそれを逃がすはずもなく、志波くんと先生も後を追う。

 うーん……
 先生はともかく、志波くんの猛追にあかりを連れたまま逃げ切れるとは思えないんだけど。

ちゃん、みんなが席取り行ってくれたんやし、僕らはゆっくり行こか?」
「そうだね、クリスくん」

 おいてけぼりをくらった私とクリスくん。
 クリスくんはにこーっとエンジェルスマイルを浮かべて私の手をとった。

「残りもんには福があるて、こういうときに使うんやろか」
「え?」
「役得やわ〜♪」

 つないだ手をぶんぶん振って、クリスくんと私はゆっくりとショー会場まで歩いていった。


 そしてオルカショー会場到着。

「あ、さん、ウェザーフィールドくん。ここです、ここ」

 会場の上からみんなの位置を探してた私たちに、先生がぶんぶん手を振って居場所をアピール。
 本当に最前列のど真ん中だ。

 瑛は……一応、無事。

「もー、あかんよ? 若ちゃんセンセも志波クンも瑛クンも。ちゃん置いて走ってくなんて〜」
「やや、すいません。さん、怒ってますか?」
「怒ってませんよ。呆れてますけど」
さん、佐伯くんは先生と志波くんで懲らしめておきましたから、安心してください」

 何したんだろう。
 そういえば、瑛は一番端に座ってあさっての方向を向いてる。
 ……何したんだろう。

「さ、さん。ここ、どうぞ」

 そう言って先生が勧めるのは隣のスペース。
 あは、先生の隣だ。

 私は言われるがまま先生の隣に腰掛けて、クリスくんもそのまま私の横に詰めた。

「楽しみですねぇ」
「そうですね」

 にこにこしながら巨大なプールを見つめてる先生。
 と、そこに大きな影。

 志波くんだ。

「クリス」
「ん? 志波くん、どうしたん?」
「交代」
「交代?」
「お前は海野の隣」
「あかりちゃんの?」

 きょとんとするクリスくんに、いつもの無表情で見下ろす志波くん。
 私はあかりの方を振り向いた。
 あかりもこっちを見ていて、首をかしげてる。

「なんやようわからへんけど、ええよ?」

 クリスくんも首を傾げつつも、席を立ってあかりの隣に移動した。
 そして、志波くんが私の隣に座る。

「志波くんどうしたの?」
「別に」

 これで席の並びは左から順に志波くん、私、若王子先生、クリスくん、あかり、瑛。
 そんな気にすることもないか、と。
 私は前を向いた。

 その瞬間。

 バヂバヂィッ!!

「わ!?」
「や、さん、どうしました?」
「どうかしたか、
「今、私の頭の上で、なんか激しい火花みたいな音がしませんでした!?」
「……さぁ。先生、気づきませんでした」
「オレも」

 へ、へんだなぁ。
 あんな激しい音、空耳とも思えないんだけど。

 私は首をすくめたまま、小さくなってもう一度前を見た。

 でも。
 ちらりと先生と志波くんを盗み見るように見上げたら。
 二人ともなにかを含んだような薄ーい笑みを口元に浮かべてた。

 なんなんだろう。

「瑛くん、なんか左3人が変なカンジ……」
「気にするな。巻き込まれるぞ、白衣旋風と千本打撃に」
「わぁ、瑛クン、さっきおしおきにそれくらったんやねー?」



 まもなくショーが始まった。
 オルカの登場と共に、

さん、オルカです! 大きいです!」
「せ、先生、落ち着いて! 立ち上がったら後ろの人が見えません!」
「やや、すいません。やややっ、さん、オルカの背びれに人がつかまって一緒に泳いでます!」
「訓練士の人ですよ! っていうか、先生、とりあえず座ってください!」

 先生のはしゃぎっぷりったらなかった。
 オルカの一挙一動にいちいち興奮して立ったり座ったり(座らせるのは私とクリスくん)。

『では、オルカがみなさんのもとへご挨拶に行きますよー!』

 調教師の口笛と共に、オルカがプール深く潜った。
 そしてしばらく後、観客席側のプールの縁を乗り越えて、2頭のオルカがすべりこむように飛び出した!

 同時に、大波がざばんと打ち寄せて。

「うわっ!?」
「きゃあっ!」

 最前列、オルカ目の前、ど真ん中。
 つまり私たちのいる付近は、もろに頭から海水をかぶってしまった。
 志波くんから瑛まで、全員水もしたたるいい男といい女。

「しょっぱーい!」

 一番最初に叫んだのはあかりだ。
 隣で瑛も、目をごしごしこすってる。
 あ、瑛ってコンタクトしてるんだっけ。うう、痛いんだろうなぁ……。

「あかりちゃん、大丈夫〜? 僕もずぶ濡れや〜」
「クリスくん、髪長いもんね? もう、こんな水かかると思わなかった!」

 あかりは服の裾を、クリスくんは髪をぎゅっとしぼる。

「あかりたちの方がたくさん水かかったみたい……うわ!」

 右側3人の惨状に、私は先生と志波くんの様子を見ようと振り返って。

 二人が。
 私をかばうように、体を張ってくれていた。
 目の前に、先生と志波くんの笑顔。

「大丈夫でしたか? さん」
「それでも濡れたみたいだな……悪ィ」
「わわわ、すいません先生! ごめんね志波くん! そんな、いいのに濡れるくらい」

 だから、あっち3人ほども濡れなかったんだ。
 先生も志波くんも、すっかりずぶ濡れでかさが減ってる。

「いいんです。君を守るのは、先生の役目だ」
「お前の楯になるくらいなら、この図体も役に立つだろ」

 ふたりとも、とても優しい表情。

 思わず私もきゅんとなりそうなくらい。

 だった、けど。

『オルカからみなさんに、親愛の印をプレゼントしますよー!』

 調教師のアナウンスと共に。
 ふたたび襲い来る大津波!
 さっきよりもずっとずっと大量の海水が勢いよく飛んできた。

 ……オルカが尾びれで水面をかいたんだ。

 今度こそ。
 先生も志波くんも私も。
 プールにダイブしてきましたというくらい、ぐっしょり濡れた。

「……台無しです」
「ちっ……」

 がっかりする先生に、苦虫噛み潰したように舌打ちする志波くん。

「……ぷっ」

 私はついついおかしくて。噴出してしまった。

「あはは……ごめんなさい、せっかく庇ってくれたのに。結局、濡れちゃいましたね!」
「先生が最前列なんか取るからだろ……」
「あ、瑛くんだって今日のオルカショーは絶対前で見る! って言ってたくせに」
「余計なこと言うなっ、あかり!」
「ええやん、みんなずぶ濡れ、仲良しコヨシや♪」
「おそろいだよね、クリスくん」
「おそろいやんな、ちゃん」
さんがいいなら、先生も構いません」
「……だな」

 みんなして顔を合わせて笑って。
 全員濡れ鼠のまま、そのままオルカショーを最後まで見た。


 とはいえ、問題はショーが終わったあとだった。
 水ならまだしも、海水でずぶ濡れの私たち。
 こんな状況で電車になんて乗れるはずもないし。
 それに季節はまだ夏には遠い。天気はいいけど、このままじゃ全員風邪引きだ。

ちゃん、髪ほどいたほうがいいんじゃない?」
「うん、そう思ってた。あかりはワンピースだから、脱ぎようがないね」

「……あそこの女子軍、危険、じゃないか?」
ちゃんもあかりちゃんも、服が肌にぴったんこ、やんな〜」
「や、これは困りました。さすがにあれは、公序良俗に反する気がします」
「とりあえず隠せ。どこでもいいから」

 私とあかりがショー会場の脇で服の裾をしぼってる横で、男性陣が額をつき合わせてなにやらごにょごにょ相談してる。

 やがて、こほんと咳払いしながら、瑛が。

「……珊瑚礁に行く」
「へ? 今から?」
「どうせその格好じゃ帰れないだろ。このまま海岸まで降りて、海沿い歩いて珊瑚礁まで行く」
「そりゃ歩けない距離じゃないけど……いいの? クリスくんと志波くんまで」
「誰のためだと思ってるんだっ」

 ぺし。
 久しぶりに、瑛からチョップを貰った。

「痛い、おとうさん」
「おとうさんは娘にそんなはしたない格好させておけないんだ。服乾くまで、珊瑚礁に避難してろよ」
「あ、そっか。ごめん、ありがとね、瑛」
「大いに感謝しろ」

 尊大に言い放って。
 瑛はあかりの腕を取ると、さっさと先に行ってしまった。

 あいかわらずというかなんというか。
 あかりしか気にしてないんだよなぁ、瑛は……。
 残ってるので、珊瑚礁の場所知ってるの、私しかいないってのに。

「じゃあ、移動しましょうか?」

 残り3人を振り向いて声をかけると。
 先生と志波くんは慌てた様子で私から視線をそらした。

 そ、そんなに『はしたない』格好してるかなぁ……。
 ずぶ濡れ度合いなら、みんなも全然変わらないと思うんだけど。

「ほな行こか? ちゃん。風にあたれば、服もすぐ乾くんちゃう?」

 一人いつもとかわらぬ様子で私を見てたクリスくんが、ひょいっと私の手を取って歩き出す。
 そういうクリスくんも髪が長いから、みんなの中で一番見た目が悲惨なんだけど。

「あ、おいクリスっ……」
「ややっ、ウェザーフィールドくんに先を越されてしまいました」

 志波くんと先生もあとから駆け足でついてきた。


 結局この日は夕方まで珊瑚礁で過ごした。
 瑛のおじいさんが気を利かせて私とあかりにシャワーを貸してくれて、服は瑛のシャツやジャージを借りて、自分たちの服が乾くのを待った。

「さすがにぶかぶかだね」
「うん、細く見えるけど、瑛もやっぱり男の子だよね」

「……あそこの女子軍っ、かなり危険、じゃないか!?」
ちゃんもあかりちゃんも、ぶかぶかの服一枚で、可愛ええなぁ」
「ややっ、これはこれは。先生、セクシーも好きですけど、これはちょっと危険です」
「とにかく隠せ! どこでもいいから!」

 そんなこんなで、さすがにお客さんのいるフロアに居座るわけにもいかず、私たちは全員揃って瑛の部屋へ。

 服が乾く頃には、クリスくんを除く男性陣は、みんな一様に疲れきった表情をしていた。

「課外授業……あなどれねぇ……」
「すいません。先生、次回からは授業内容もっとよく考えます」
「? 置いてきますよ、先生っ、志波くーん」

 服を着替えて、瑛とマスターにお礼を言って。
 帰宅方向が別のクリスくんとあかりの二人と別れたあと。
 志波くんと先生は並んで歩きながらぶつぶつと会話を交わしていた。

 夕陽に照らされた海岸線を3人で歩きながら。
 1年半ぶりの課外授業は、こうして終わりを告げた……。

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