「「ウソみたい」」
 張り出されたクラス割表の前で、私とあかりは呆然とつぶやいた。


 43.進路指導


 3−B 担任 若王子貴文
 
 この3−Bのクラス表に、みんなの名前が。

「はるひも小野田ちゃんも密さんも藤堂さんもっ」
「瑛くんも志波くんもハリーもクリスくんも氷上くんも!」

「あかりも!」
ちゃんも!」

 私たちは抱き合って飛び上がった。

「みんな一緒のクラスなんて嘘みたい!!」
「すごいすごい! しかも担任は若王子先生だよー!」

 そう。
 はね学3年目のクラス割。

 まさに夢のような出来事だ。

 私とあかりは急いで3−Bの教室に走っていった。

「はるひっ、おはよう!!」
「来たな、! 3年目でようやく一緒のクラスやん!」
「うんっ! 最後の1年、よろしくね!」

 教室に飛び込んで、私ははるひに抱きついた。

 見れば、クラスの子はもう大体集まっていた。

「おはよう、くん」
「あ、おはよ氷上くん。今年は同じクラスだね」
「ああ。これでお互い同じ条件が揃ったわけだ。今年のテストこそ、負けないぞ!」
「望むところ! 学年1位は渡さないよ!」

 腕を交差させて、氷上くんと私は正々堂々のライバル宣言。
 なんか去年も似たようなことやったような気もするけど。

 バチバチと火花を散らしていたら、こほんと小野田ちゃんに咳払いされた。

さん、一年よろしくお願いします」
「小野田ちゃん、こっちこそよろしくね」
さんに若王子先生がついてる以上、私は全力で氷上くんをサポートしますから! 負けませんよ!」
「あ、あの、別に先生は私の専属ってわけじゃ……」
「氷上くん、がんばりましょう!」
「ああ、小野田くん。がんばろう!」

 聞いちゃいない。
 でも小野田ちゃん。氷上くんとなかなかうまく行ってるみたい。よかった。

「オッス、
「あ、オッスハリー!」

 予鈴3分前登校のハリー。
 音楽室にでも行ってたのかな?

「最後に全員集まったってカンジだな。にぎやかでいいんじゃねぇ?」
「そうだね。ハリーもはるひと同じクラスになれてよかったね!」
「ぅわっ、バカ、お前っ!」

 慌てたハリーが私の口をふさぐ。
 鼻、鼻までふさがないでっ。

「まだ全員が知ってるわけじゃねーんだから、声でけーよ!」
「ご、ごめん。でもそれならさっさと言っちゃえばいいのに」
「わかってねーな。オレのファンが暴動起こしたらどうすんだよ」

 ちちち、と指を振るハリー。
 えっと。
 突っ込んでいい?

「ハリーくん、女の子に乱暴はあかんよ?」
「クリスくん」

 私の首を後ろから絞めるような形でハリーは私の口を塞いでたものだから、クリスくんが勘違いしたみたい。

「女の子を後ろからぎゅーするんなら、こうやで?」

 そう言ってクリスくんはハリーの腕をほどいて、私を背後から包み込むようにぎゅーっと。

「こうせなあかん。なー、ちゃん♪」
「そ、そうだね、クリスくん……いや別にぎゅーする必要はないんだけど」
「しゃーないやん、めっちゃ可愛いちゃんとやっと同じクラスになれたんやもん。な、密ちゃん」
「うふふ、そうね、クリスくん」

 後ろの席に座って頬杖をついたまま、密さんはいつものように優雅に微笑んでいた。

「ようやく同じクラスになれたわね。よろしくね? さん」
「うん、こちらこそ!」
「密ちゃんとちゃんが同じクラスになったっちゅーことは、僕らがしっかりガードマンせな、毎時間男子で溢れかえってまうなぁ」
「ふふ、期待してるわね、クリスくん」
「まかしとき!」

 私の頭にあごをのせて、ぐっと親指を突き出すクリスくん。
 ああ和むなぁホント、クリスくんと密さんのふたりといると。

 と、不意に私の体が、というかクリスくんの体が後ろにひっぱられる。

「クリス……いい加減離れろ」
「あ、志波クン。交代したいん?」
「……あのな」

 クリスくんの首根っこを掴んでひっぱったのは志波くんだ。

「お前、の迷惑考えろ」
「え〜、ちゃんイヤやった?」
「そんなことないよ? だって、クリスくんだし」
「ほら! 志波クンもちゃんにぎゅーしてあげればええねん」
「なっ……」

 動揺した志波くんが、がたんと机にぶつかる。
 あはは、そりゃそうだ。クリスくんと志波くんじゃ、キャラが180度違うもん。

「もう、クリスくん、あんまり志波くんからかっちゃだめだよ。大丈夫、志波くん?」
「あ、ああ……」
「初めて同じクラスだね。1年間よろしくね!」
「ああ……こっちこそ」

 ぽふ。

 志波くんの大きな手が私の頭で跳ねる。
 その横で。藤堂さんが欠伸した。

「藤堂さん、おはよう!」
「ああ、。おはよう。なんだかうるさそうな面子がそろっちまったね」
「確かに賑やかにはなると思うよ。楽しい1年になりそうだね」
「フッ……アンタ、相変わらずだねえ」

 自分の席に座って、呆れたような笑顔を向けてくる藤堂さん。

 えっと、あとは。

 私は一人輪に加わらずに他の女の子と談笑している瑛を見た。
 せっかく同じクラスになれたけど、学校では瑛は常にいい子モードだ。
 私はモチロン、あかりとだって本音ではしゃべれない。

 あ、目が合った。

「やぁ、おはよう。同じクラスになれたね」
「おはよ、瑛。1年よろしくね」
「こちらこそ」

 そう言って、瑛は右手を差し出す。
 ……握手?
 私はその手を握り返して。

 あ。
 メモ渡された。

 瑛は自分の机に戻って、女の子との談笑再開。
 私も自分の席について、手の中の小さなメモを見た。


『学校でオレに関するボロ出すなよ!
 あかりの天然のフォローだけで手一杯なんだからな!』


 えっらそうーに……。
 ちらりとこっちを見る瑛。
 私はべーっと舌を出してやった。

 チャイムが鳴る。
 いよいよ、新学期だ。

 しばらくして、教室の前のドアが開いた。

「はい、みなさん席に着いて。チャイムはもう鳴ってますよ」

 いつもの白衣姿の、若王子先生。
 ああでも、1年ぶりだ。
 こうして、教室で先生を見るの。

「みなさん、おはよう。今年一年みなさんの担任を受け持つことになった、若王子貴文です。1年間よろしく」

 ぐるりと教室を見回して、先生が微笑んだ。
 懐かしい、このカンジ。
 まるで1年生に戻ったよう。
 でも。
 今年は最終学年。
 先生と一緒にいられるのも、あと1年だけだ。

 ちくりと痛みが走るけど。
 後悔しないように、精一杯過ごすんだ。

「じゃあ出席とります。海野さん……や、3年間先生のクラスだ。後悔してない?」
「してませんよ。光栄です!」
「はい、先生も海野さんのような生徒と3年間一緒のクラスで嬉しいです」
「若ちゃ〜ん、始業式に遅れちゃうよー、そんなペースだと」
「ややっ、確かにその通りです」

 男子の突っ込みにどっと沸く教室。
 ふふ、先生、相変わらずだ。

「ええと、ではスピードアップです。小野田さん」

 先生はコメントを省いて、出席を取っていった。
 近づく順番。

 次だ。

「……さん」
「はい」

 先生は出席簿から顔を上げて、私を見てくれた。
 にこっと、微笑んでくれた。

 ああ。

 たったこれだけで、こんなに心が軽やかになる。

 先生は出席を取り終えたあと、教壇に手をついて。

「みなさんは今年3年生です。どんなにあがいても、1年後には新しい道に立って歩き始めなくてはいけません」

 私たちは先生を見つめてた。

「進学する人も、就職する人も。自分とよく向き合って進路を決めてください。みなさんには、無限の可能性があるのだから」

 先生は何かまぶしいものを見つめるかのように、目を細めた。

「壁にぶつかってもあきらめないで。先生がこの一年間、君たちを全力でサポートする」

 と。
 先生はふっといつもののんきな笑顔に戻った。

「とはいえ、大事な高校生活3年間締めくくりの1年です。勉強も大事ですが、目一杯青春することも忘れないでください。みんなで青春爆発しようぜ!」
「だああ、これだもんなー若ちゃんは」
「せっかくカッコイーこと言ってたんだから、そのまま締めりゃいーのにさぁ!」

 再びどっと沸くクラス中。
 先生はぽりぽりと頭をかいた。

「はい、みなさん静かに。始業式のあと、各自進路相談をします。希望用紙を配布しておきますから、記入しておいてくださいね」
「「はーい」」

 全員で返事。
 若王子学級は、この団結力がウリなのだ。


 始業式後。
 さすがに全員の進路相談は無理なので、初日はクラスの1/3にあたる11人が居残ってた。
 ちなみに残ってるのは、先生の差し金なのか私と親しい11人。

「進路、かぁ」

 第一志望に一流大学と書いた後、私は第二、第三志望欄はカラのまま、進路志望用紙とにらめっこしてた。

 去年の夏休みに、姫条さんに言われて気づいた自分の夢。
 この1年近くで、私は夢を見つけようとして。

はどうするん? ……あー、やっぱ一流大学希望なん?」
「え、うん……。はるひは?」

 私の前の席に後ろ向きに腰掛けて、はるひが覗き込んできた。

「アタシは調理師の資格取ろう思っとんねん。専門学校やな」
「そっか。はるひ、料理上手だもんね? ……ハリーの栄養管理もバッチリなんだ?」
「べ、別にハ……! ……リーのために取るんちゃうもん。自分の、夢や!」

 大声出してしまいそうになって、慌てて口をつぐむはるひ。

 でも、そっか。はるひもちゃんと夢、見つけてるんだ。

「藤堂さんはネイリスト、ハリーは音楽活動優先でフリーター。みんな、ちゃんと目標があるんだね」
は、なんか夢って持ってへんの?」
「うん……」

 あいまいに答える。
 まだ。まだしっかりとは決めてない。

 と、視界の隅にあかりの姿が入った。
 あかりも進路志望用紙を睨みつけて唸ってる。
 そんなあかりの目の前には、瑛。

「あかりの進路は?」
「あ、ちゃん……」

 声をかけると、あかりは困りきった様子で顔をあげた。

「私、まだ将来何をしたいって決まってなくて。だから一応大学進学希望なんだけど……特に志望学部ってなくて」
「そっか。瑛は?」
「オレは一流の経済学部」
「なるほど。珊瑚礁を継ぐにはうってつけだね」
「まぁな」

 私には気のない返事をして、瑛はあかりの手元に視線を落としてる。

 気になってるだろうな、あかりの進路。
 一流を受けて、あかりと瑛なら合格するだろうけど、学部が違えば会う機会が減るんだもん。

 いや、人の心配してる場合じゃない。
 私も決めなきゃいけないんだ。



 席に座って、もう一度考えようとしたら、進路指導室から戻ってきた志波くんに声をかけられた。

「次、お前」
「あ、うん。……ねぇ、志波くんの進路って?」
「あ? ……一流体育大学。夏の予選勝ち抜いたら、推薦もらえるかもしれなくて」
「そっか。あ、甲子園で活躍して優勝なんてできたら、ドラフトにかかるかもしれないよね!」

 入部して1年たってないけど、志波くんはもうはね学野球部のエーススラッガーだもん。
 自分の好きな分野を磨いて、さらにその先を目指してるんだ。

「……すごいな」
……?」
「あ、ううん、なんでもない。先生待たせてるし、もう行くね」

 心配そうに見下ろす志波くんに、笑顔で手を振って。
 私は進路指導室に急いだ。


 コンコンコン

「どうぞ」
「失礼します」

 ドアを開けて、中に入る。
 先生は、手元の書類から目を離して、私を見た。

さん、待ってました。さ、そこに座ってください」
「はい」

 進路志望用紙を先生に手渡して、私は先生の対面に座った。
 先生は私の渡した用紙に目を通して、ふむ、とつぶやく。

「一流大学志望」
「はい」
さんなら余裕で合格圏内です。先生、何もアドバイスすることありません」
「そうですか」

 気持ちの入ってない返事をすると。
 先生は私の顔を覗き込んできた。

「迷ってる。ピンポンですね?」
「……はい。ピンポンです」
「ふむ。服飾の勉強がしたい。ピンポンですね?」

 私は驚いて先生を見た。

「なんでわかるんですか!?」
「えっへん。先生は、さんのことならなんでもわかっちゃうんです」

 胸をそらして腕組みする先生。
 でも、すぐに優しいいつもの笑顔を浮かべて。

さんのことは、ちゃんと見ていると言ったでしょう?」
「あ……」
「お父さんとの約束を取るか、自分の夢を取るか、迷っているんだね」
「はい」

 私は素直に頷いた。

 大学に行って、きちんと就職して、自分の足で自分の人生をしっかり歩むこと。
 これが父さんの遺志。

 でも。

「文化祭の手芸部のお手伝いや、モデルのバイトをしながら……服って、すごいって思ったんです」
「うん」
「同じ人が別の服を着ただけで、まったく別人になってしまうんです。人間そのものを変えてしまうくらいの、すごい力があるんだって。花椿吾郎先生の服を着たとき思ったんです」
「うん」
「……あ。あのっ、先生、内緒にしてたんですけど。GOROブランドのElicaっていうブランドで、私、実はイメージモデルをやってて。学校には内緒にしてたんですけど、ごめんなさい」
「知ってるよ」

 先生はこともなげに言った。
 逆に私がぽかんと口を開けて絶句してしまう。

「や、先生の言葉を信じてなかったね? 先生は、さんのことならなんでも知ってるんです」
「……」
「でも、この件は天之橋さんから聞いたことなんですけど」
「……天之橋?」

 天之橋って。天之橋奨学金制度の、天之橋?

「モデルをしていくうちに、服の素晴らしさに目覚めた。だから、服飾の専門学校に行って勉強してみたい。ピンポンですか?」
「ぴ、ピンポン、です……」

 そうだ。今は天之橋さんが誰なんだ、なんてことを問題にしてる場合じゃない。

「迷うことはないと思うけど」
「え」
さんのお父さんは、さんが自分の足で歩けるようにって望んでいたんでしょう?」

 先生は、私の両手を握って。
 その手を顔の前まで持ち上げた。

「この小さな手で人を輝かせる服を作り出していく素晴らしい仕事。技術を身につけて職業とすることが出来たら、お父さんの遺志を果たしたことになる」
「……先生」
「でも、ずっと一流大学を目指してきたから、急な進路変更に不安がある」
「ピンポン、です。すごい、先生。ほんとになんでもわかっちゃうんですね」
「僕は先生ですから」

 先生の笑顔につられた。
 私も、笑みがこぼれる。

 先生って、ほんとうにすごい。

「迷ってるなら今すぐ決める必要はない。さんの成績ならぎりぎりまで引っ張って進路決定しても、どっちも確実に合格です。先生、太鼓判押しちゃいます」
「はい。私、もう少し考えてみます」
「うん。でも、さん?」

 先生は立ち上がって、私の前に。
 私も、立ち上がった。

「勉強も進路も青春も。困ったり迷ったことがあったら」
「一番に先生に相談、ですよね?」
「うん」

 先生は私の後頭部に手を回して。
 自分の胸に私の顔を押し当てた。

 ……あれ。

 変、だ。
 私、どきどきしない。

 むしろ、ほっとする。
 先生の心臓の音があたたかく響いて、心地いい。

 しばらく私と先生は無言でそのままいて。

 やがて先生は私を解放した。

「……じゃあ、次は海野さんを呼んでもらおうかな」
「はい。……あ、先生、あかりの相談にはしっかり乗ってくださいね!? あの子、私以上に進路に悩んでるみたいですから」
「わかりました。今日の先生は、平等に先生ですから」
「今日だけじゃなくて、毎日平等に先生でいてくださいよ……」

 私は腰に手をあてて、先生を睨みつける。
 先生は「さん、怖いです」なんて言いながら、手元の書類をぱらぱらとめくった。

「じゃあ先生、ありがとうございました!」
「うん。さん、今年一年、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「……去年失われた一年を、目一杯取り戻しましょうね?」
「はい!」


 去年の始まりからは想像つかないくらい、幸せな3年目の始まり。

 あと一年。
 精一杯、高校生活満喫するんだ!

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