今年の春休みは心晴れ晴れ。
 私は平穏な誕生日を迎えていた。


 41.2年目の3月31日


「志波くん、おっはよー!」
「オハヨ」

 先に噴水前に来ていた志波くんを見つけて、私は元気よく挨拶した。
 桜満開の森林公園の早朝。空も綺麗に晴れてて、とても気持ちいい。
 
 志波くんは私を見るなり、口の端を上げた。

「元気だな」
「うん、すごく気分がいいよ」
「頭に花咲いてる」
「ちょ、どういう意味っ」

 志波くんらしくない意地悪な言葉に、私はタオルを投げつける真似をする。
 ところが志波くんは片手でそれを制して、私の頭に手を伸ばした。

「ホラ」
「あ、……桜のはなびら」

 髪をすくように手を滑らせて。
 志波くんの手のひらには、一枚の桜の花弁。

「ご、ごめん、早とちりして」
「いい」

 手のひらを返すと、ひらひらと桜のはなびらは弧を描いて落ちていった。

「春だな」
「うん、春だね」

 私は志波くんの隣に腰かけた。
 それからボトル缶を取り出して水分補給。氷を入れてきたからまだ冷たい。

「志波くんも飲む?」
「…………いらねぇ…………」
「? そう」

 呆れた視線と口調の志波くん。
 あ、ため息ついた。

、まだ時間あるか」
「え? うん、あるよ。学校行くわけじゃないし」
「じゃあ桜見るか」
「あ、いいね! 行こう行こう!」

 私たちは立ち上がって、並木道の方へ移動した。



「わぁ……」
「すごい、な」

 並木道入り口で、私も志波くんもおもわず立ち止まった。
 満開の桜。あたり一面の、淡いチェリーピンク。
 なんだか空気の色までピンクに見えるから不思議。

 私たち以外にも、早朝の並木道を散歩してる人たちがいた。
 ついでに、昨晩から飲んでつぶれてしまってると思われる居眠り客も。

「なんか3月に桜満開なんてスゴイ」
「そうか? 普通は3月か4月だろ」
「私の住んでたとこは、ゴールデンウィークに咲いたら今年は早いね、って言うくらいだったから」
「ああ、そうか。お前、北海道だもんな」

 志波くんと並木道をゆっくり歩きながら、私は桜を見上げた。

「ソメイヨシノってすごく繊細な淡い桜色。エゾサクラの八重咲きと違って、こっちのほうが好きだな、私」
「……そうか」

 志波くんは首を傾げながら相槌をうってくる。
 花の種類まではあまり興味ないかな?

「おい、上ばっか見てるとコケる……」
「わ!?」

 志波くんの忠告と同時に、何かに足をすべらせてバランスを崩す!
 と、素早く志波くんが右腕を掴んでくれた。
 ぐい、と引っ張ってくれて、あやうく盛大にしりもち、なんて間抜けなことをせずにすんだ。

「なんでそんなお約束なんだ、お前……」
「う、だ、だって、こんなとこにゴミがポイ捨てしてあるのが悪いんだよっ」

 私が踏んづけたのは、スナック菓子のカラ袋だった。
 お花見客のゴミだと思う。
 もう、せっかく綺麗な景色が台無しだ。

 私はゴミを拾おうと体をかがめた。

 その時、強めの風が吹き抜ける。

「きゃ……」

 風にあおられて、桜のはなびらが無数に舞った。
 視界が桜で埋まる。

 風がおさまると、今度はゆっくりと舞い降りる桜のシャワー。

「綺麗……」

 とても幻想的な光景だった。

 私はしばらく桜が舞い降りる光景に見惚れていた。

「……
「あ。ごめん、志波くん」

 志波くんに声をかけられて、ふと我に返る。
 振り返ると、志波くんが目を細めて私を見つめていた。

 あ。

「ふふ、志波くん、頭に花が咲いてるよ?」

 さっきのお返し。
 私は志波くんの髪にからまっている桜のはなびらを取ろうと、手をのばした。

 と。
 その手首を掴まれて阻止される。

「志波くん?」
「細っせぇ腕」

 ぐい、と。
 手首を掴まれたまま引っ張られた。
 そのまま、私は。

 志波くんの、腕の中。

 え。

 理解するより先に、頭を抑えられて、私は志波くんの広い胸に、顔をうずめて、

 え?



 うええええええ!?



 私がパニックを起こすより数瞬早く。
 志波くんは私を解放した。

「お前の頭に咲いてた花、全部取った」

 言う志波くんは、勝ち誇ったような笑顔。

 え、あ、花びら、ほろっただけ?

 な、なんだ、びっくりした。

「あ、ありがと、志波くん。あは、は、びっくりしちゃった」

 赤くなってるのを悟られまいと、私は必死に笑ってごまかした。
 見下ろす志波くんは、苦笑まじりにため息。

「悪ィ。手、強く掴みすぎた」
「え? ああ、大丈夫だよ」

 見れば、志波くんに掴まれた右手首が赤くなってた。
 男の子の、っていうか志波くんの握力だもん。志波くんは軽く握ったつもりなんだろうし、仕方ない。

「コレ、つけとけ」
「え……なに?」

 ぽん、と渡される小さな紙袋。
 出てきたのは、チェッカーフラッグのリストバンド。

「誕生日だろ、今日」
「わぁ覚えててくれたんだ! ありがとう!」
「本当は春の選抜でもプレゼントしたかったけど」

 志波くんは横をむいて、厳しい目をした。

「志波くん」
、今年の夏、必ずお前を甲子園に連れてってやる」
「あ」
「絶対だ」

 もう一度私に視線を戻した志波くんの表情は、真剣そのもの。
 私は大きく頷いた。

「期待してる。がんばれ、かっちゃん!」
「あ、ああ……」

 志波くんは意表をつかれたように目を見開いて。
 すぐに、くっと噴出した。

「やられた。お前、マジでおもしれぇ」
「え、そ、そう?」
「ああ。……行くぞ」

 歩き出しながら、志波くんはその大きな手で、ぽんと私の頭を叩いた。

「あ、うん!」

 私も慌ててその後を追って。

 そのまま私たちは、桜並木を二人並んで歩いた。



「おー勝己じゃねーか。めずらしいな、お前が花屋に来るなんて」
「真咲」
「どうした? もしかしてお前、花をプレゼントしたい子でも出来たかぁ?」
「ソメイヨシノとエゾサクラの違いを教えてくれ」
「……は?」

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