……」
「あ、あの、明日こそは」
「って、何日たってると思ってんねん!!」


 40.2年目:ホワイトデー


 お昼休み。
 屋上に復帰した私は、いつものようにはるひの説教をくらった。
 あかりも密さんも藤堂さんも小野田ちゃんも、もう誰も私を助けてくれない。
 呆れた視線を向けるだけだ。うう。

「アタシらが若ちゃんにはもう根回ししとる言うたやろ!? 噂は事実無根やて! あとはお互いに握手して仲直りすればええだけやん!」
「そ、そうだけどさぁぁ」

 噂の誤解が晴れたといっても、先生が言ってた言葉が心に引っかかっていて、なかなか私は一歩踏み出せずにいた。

 これで、いつでもここを発てる

 あの時先生は確かにそう言ったんだ。

ちゃん、勇気だして? 早くしなきゃ、春休みになっちゃうよ」
「うん、じゃあ明日……」
「だめです、今日中です!」

 あう、小野田ちゃんにまで駄目だしされちゃった。

「だ、だって、今日はホワイトデーで、先生一日捕まらないよ」

 休み時間にちらちらみかけた若王子先生は、去年よりもずっと忙しそうにお返し配りをしていた。
 あれじゃ、今どこに先生がいるか把握できない。

「そんなん愛の力でどうにかせぇ!」
「無茶言わないでよっ」

 自分がうまくいったからって、いきなり強気のはるひだ。

 でも、愛の力はおいとくとしても、確かにみんなの言うとおり。
 いつまでもうじうじしてるわけには行かないんだ。

 噂の件に関しては、瑛が相当責任感じてて(そもそもあかりに対するあてつけから始まったんだよねぇ)、私と先生の仲違いの原因の一端でもあると知ってからは、その落ち込みようったらない。
 志波くんだってそうだ。朝は普通にしてくれてるけど、先生と関係修復できるまでは学校ではあまり話さないようにするなんて、気を遣ってくれてる。

 私はお昼ご飯をかきこんで、決意を固めた。

 あ、明日こそは、と。


「……ではHRを終了します」
「起立ー、礼っ」
「さよーならー」

 結局放課後。今日中の仲直りは無理でした。
 うう、自分で自分が情けない。

 私はかばんを持って立ち上がった。今日はウイニングバーガーのバイト日。
 一度家に帰ってから出かけよう。

 と。

「あ、さん。ちょっとお願いがあるの」
「はい? なんですか、先生」

 教壇前でプリントを整頓していた担任に呼ばれた。

「まだ時間はあるかしら。プリント運び手伝ってほしいのだけど」
「はい、いいですよ」

 6時間目の化学の授業からそのままHRに入ったから、教壇の上は授業道具の山。
 今日はレポートやらプリントやら、いろいろな回収物があったから、確かに先生一人じゃ大変だ。

 私はプリントを持って、担任についていった。


 ところが。

「あれ、先生どこへ?」

 教員室は2階。教室を出たら右手方向だ。
 それなのに担任は、左手の階段へ。

「化学準備室に持っていくのよ。ついてきて」
「え」

 にっこり微笑む担任に、嫌な予感。


 そりゃそうだ。
 化学準備室は若王子先生の私室じゃない。
 1年から3年の化学担当教師の準備室なんだから、担任だってそこにデスクがある。
 フラスコサイフォンや隠し冷蔵庫といった若王子先生の私物が多いから勘違いしてしまうけど。

 しかし幸いにも、化学準備室には誰もいなかった。
 ほ。

「ありがとうさん。プリントはここに置いてくれるかしら」
「はい」
「……えーと」
「? 他に用事がなければ、失礼しま」
「待って! あるのよ、用事」

 着くなり、妙にそわそわしだす担任。
 壁の時計を見て、自分の腕時計を見て。

「ああ、HR早くやりすぎたかしら……」

 なんのことだろう。
 私が首を傾げていると。

 ばたんっ!

「わ!?」
「ああ、若王子先生! 間に合わないかと思いましたよ」

 乱暴に化学準備室の扉を開けて入ってきたのは、激しく肩で息をしている、若王子先生。
 よっぽど焦って走ってきたんだろう。
 一度顔をあげて担任と私を見たけど、言葉が出ないほど息が整わないみたい。

「それじゃあさん、よろしくね」
「……は?」
「先生の用事は、若王子先生の話を、さんに聞かせることなの」
「え」

 にっこり微笑みながら、担任は私にとびっきりのウインクひとつ。
 そして、さっさと自分は化学準備室を出て行ってしまった。

 残されたのは、今だ呼吸の整わない若王子先生と、呆気にとられてる私。

「あのっ、っ、さ、」
「せ、せんせぇ、とりあえず落ち着いて深呼吸してください」

 私はキャスター付きの椅子を先生に提供して、コーヒー用ビーカーに水を汲んだ。

「どうぞ」
「ど、も……」

 ためらいなく飲み干す先生。
 私、は。
 渡すときに触れた右手の部分を、左手でなぞった。

 久しぶりにさわった、若王子先生の、手。

「……はぁ。ありがとう、さん。先生、死ぬかと思いました」
「どうしたんですか、そんなに急いで」
「や、さんが帰ってしまうんじゃないかと。先生、焦りました」
「……私に、会いに?」
「はい」

 先生は、にっこり微笑んだ。
 いつもの優しい笑顔。

 でも。
 こんな間近で真正面で見るの、本当に久しぶり。

 先生は私にも椅子を勧めて、私は先生の対面に座った。
 居心地悪い。

さん」
「はい」

 先生は私の目を真っ直ぐに見つめて。

 いきなりがばっと90度に体を折った。

「ごめんなさいっ」
「え!? ちょ、どうしたんですか、先生っ」

 慌てる私をよそに、先生はその姿勢のまま顔を上げない。

「せんせ」
「僕は」

 私の言葉を遮って、先生はそのまま続けた。

さんを傷つけました」
「そんな」
「噂を利用して、君にひどいことを言った」
「先生……」
「海野さんと西本さんに、こっぴどくしかられました」

 あかりとはるひ。根回しなんて言って。

「僕は、さんに嫌われようと思ったんです」
「え」

 顔を上げてもらおうと手を伸ばした私。
 でも、先生の意外な言葉にその手が止まる。

「だから噂を利用して、あんなことを言いました」
「……」
「本当に愚かだった。さんに殴られて、震える君を見て、ただ君を傷つけるだけの言葉だったことに、あとから気づいたんです」
「どうして」

 私は先生の左手に自分の右手を重ねた。
 今にも先生が消えてしまいそうな、そんな気がして。

 先生もようやく顔を上げる。
 私の顔を見て、先生も悲しそうな表情になった。

「また君にそんな顔をさせてしまったね。ごめん」
「先生、どうしてですか? なんで私に嫌われようなんて」
「うん……」

 先生は、自分の左手に重ねられている私の右手を、きゅっと握る。

「僕はね、さんくらいの年の頃はアメリカにいた。ある研究所で働いていました」
「アメリカ?」

 突然先生は遠い目をして話し出した。

 アメリカ。
 ……黒服の、外国人?

「ワケあってそこをやめて日本に戻ってきたけど、そこの研究所に僕は必要な存在だったらしい。今でも僕を探してる」
「やっぱり。それ、黒服の外国人のことですね? あかりと志波くんから聞いたことあります」
「知ってたんだ」

 先生は困ったように微笑んで。

「潮時だと思いました」
「え?」
「僕はね、人間に絶望していたんです。だから、同じ土地に長いこと住んでいたためしがない。いろんな場所を転々として、完全な第3者として生きてきた」
「…………」

 知らず、握っている手に力が入る。
 それに気づいて、先生は、今度は優しく微笑んだ。

「でも、今の仕事を始めて、僕は少しずつ変わりました。未熟ながら、精一杯輝いて毎日を生きる君たち学生を見ながら」
「先生」
「うん。天職だと思った。本当に楽しかった」
「過去形なんて、イヤですっ!」
「うん」

 思わず叫んでしまった私。
 先生は、私の両手をとって、自分の両手で包み込んでくれた。

「僕もだ」
「先生っ……」
「2年前の春、新1年生の担任を持つことになって、教頭先生からひとつ説明を受けました。事故で家族を全員亡くしてまだ1ヶ月もたたない子が来るって」
「……私」
「そう。でも、実際会ってみると他の子となにも変わらない。先生、正直気構えていたのに拍子抜けしました」
「そ、そうですか?」
「うん。授業態度は優秀だし、明るくて友人もすぐに作ってた。不幸のカケラも見せずに元気に通学してました」
「はい」
「先生、嫉妬しました」
「……は?」

 むーとふくれっつらになる先生。
 ……えっと。

「きっと愛されて育ってきたんだろうって」
「……先生……」
「でもすぐに間違いに気づいた。先生、一度偶然見たんです。さんが、心療内科から出てくるところ」
「ああ、カウンセリングを受けた帰りですね、きっと」
「うん。さんのあんな顔、初めてみたから驚いた」
「え、ど、どんな顔してたんですか?」
「無表情」

 ぎゅ、と先生は手に力をこめる。

「あんなに感情豊かな子が、こんな顔するなんて、って。本当に驚きました」
「あの、それって入学してすぐの頃ですよね? その頃はまだ頻繁にカウンセリング通ってて、薬の投与もされてたからですよ」
「あんな顔させちゃいけないって、その時本当に強く思いました」

 私のフォローを聞いてるのかいないのか、先生は力強く言った。

「学校では無理してたんだって、初めて気づきました。担任失格です」
「そんなことないですってば」
「僕は、君たちのような青春時代を経験できなかった。だからこそ、さんにはちゃんと青春して欲しいって思いました」

 あれ。
 それ、前にも聞いた気がする。

「それからさんをよく見るようになったよ」
「え」
「授業についていけてるか、友達とはうまくやってるか、健康は害してないか、バイトは無理してないか。ずっと見てました」

 ひえええええ。
 は、恥ずかしい。でも、嬉しい、先生。

「君はいつも全力で生きていて、まわりもそれに引き込まれる。だからみんなさんに惹かれるんだ。僕だってそうだ」
「っ」
「や、あの、だから僕も一緒に青春してるような気分を共有できたって、そういう意味で」
「わ、わかってます」

 慌てて言わなくたってわかってますよ、先生。
 ちぇ。

「そんなとき、さんの噂がよく耳に入るようになりました」
「あの、それはっ」
「わかってる。君に悪意を持った人が流した、悪質な噂だ。知ってたよ。噂なんて、信じてなかった」

 でも、と。先生は続けた。
 真面目な表情をして。
 私をじっと見つめた。

さんが僕を慕ってくれるのが嬉しかった。僕は年上の男で、先生で、君のお兄さんに似ていて、頼りやすかったんだろう。僕も、僕の生徒の中ではさんが一番だと思ってる」

 ちくん

 先生の言葉が胸にささる。
 嬉しい言葉だけど、ひどく苦しい言葉だ。

「僕は噂を信じなかったけど、もしかしたらちょうどいいんじゃないかって思ったんです」
「なにが、ですか?」
「噂は間違ってる。でも、さんが佐伯くんや志波くんと仲良しなのは事実だったから。同い年で、同じ目線を共有できる友達とこのままうまくいくことができたら、それが一番さんにとって幸せなんじゃないかって」
「な」
「それなら、君の一番の相談相手が僕のままじゃだめだと思って。僕は、さんにとってただの教師に戻ろうって思、あ、わ、ややっ」

 言い切らずに先生が慌てだした。

 私が。
 先生を見つめたまま泣き出したからだ。

 ただ静かに、涙をぽろぽろと。

「どうして先生が私の気持ちを決めるんですか」
「や、あの、さん」
「自分の好きな人もつきあう人も、自分で決められます」
「……うん」
「だから、先生っ」

 私は大きくしゃくりあげた。
 両手で歪んだ顔を覆って、うつむいた。

「わ、私を、嫌いに、ならないで」
「嫌いになんてなってません」
「私に、嫌われよう、なんて、しないでっ」
さん、……うん。ごめん」

 先生は立ち上がって。

 私を、抱きしめてくれた。
 とても力強く、ぎゅ、って。
 髪を優しく撫でてくれる、大きな、手。

「傷つけてごめん」
「……」
さん、ごめんね?」
「……どこにも行かないで」
「うん、行かない。約束する」

 ぽんぽんと頭を撫でてくれる手の感触が心地いい。
 先生の優しさに触れるの、久しぶり。
 あったかい。



 と。



「若王子先生、あのー」

 がちゃりと準備室の扉が開いた。

 硬直する先生と私。

 それはドアを開けた古文の先生も一緒だった。

 放課後、誰もいない化学準備室で抱き合う教師と生徒。
 しかも生徒は泣き顔。

 こ、これは、フォローの、しようが、ないっっ!!!

 と思ったら。

 古文の先生、一瞬驚いたように目を見開いたけど。
 そのままパタンと扉を閉めてしまった。

『どうしたんだね。若王子くんはいなかったのかね?』
『幸せの青い鳥がいました』
『……何を言っているんだ、君は……』

 扉ごしに、教頭先生の声!

さん、デスクの下に」
「は、はいっ」

 言われるがまま、私は壁際のデスクの下に隠れた。
 ドア側からは何も見えないはず。

 がちゃ

「若王子くん。……なんだちゃんといるじゃないか」
「はいはいっ、教頭先生。何でしょう?」

 白衣の前端を掴んで整えながら、先生はドア側へ。

「春休み中の部活動予定が陸上部だけまだ出ていない。今日中にかならず提出するように!」
「や、すいません。うっかりしてました」
「全く、一度くらい期日前に出してみようとは思わないのかね……」

 ぐちぐちぐち。

 教頭先生のお小言は1分ほど続き。

「それでは速やかに提出をお願いしますよ」
「はい、すぐに」

 教頭先生と思われる足音が遠ざかる。
 私はふーっと長いため息をついた。

「若王子先生」

 あ。まだちょい悪親父がいたんだっけ。
 私はもう一度デスクの下で小さくなった。

「はい?」
「…………」
「あの、なんでしょう?」

 古文の先生は大きくため息をついた様子。
 ばしばし、という音は、多分若王子先生の肩を叩く音、かな?

「高校教師のような結末だけは、勘弁してくださいよ?」
「は?」

 ぱたん

 扉の閉まる音。

 ややしばらくしてから。

さん、もう大丈夫です」
「あ、はい」

 ごそごそと机の下から這い出てみれば、先生は難しい顔して考え込んでいた。

さん、『高校教師のような結末』って、なんですか?」
「さぁ」

 そういえば私がまだうんと幼かった頃、そんなドラマがあったとかなかったとか。

 でも、今はそんなことどうでもいい。

「先生、続き」
「え?」

 まだ聞いてない。
 私に嫌われようとした理由はわかったけど、先生が他の生徒にまで素っ気無くなった理由。

 先生はきょとんと私を見て。
 歩み寄ってきて。

 ぎゅ。

「……って、な、な、なんですかっ!?」
「あれ、続き、でしょう?」
「こ、この続きじゃなくて、話の続きですっ!」
「なんだ」

 なんだってなんだぁ!!

 先生から離れた私は胸を押さえて大きく深呼吸。
 うう、ウカツ。先生の天然っぷりを、この数ヶ月ですっかり忘れてた。

「せ、先生。他のみんなにまで素っ気無くしてたのはなんでですか? それは、噂のせいじゃないですよね?」
「うん。それは」

 言いかけて。
 先生は言葉を切って、デスクの下に座り込んだ。
 床に直接。

「なにしてるんですか?」
さんも」

 にこにこしながら手招きする先生。
 私も先生の目の前にしゃがみこんだ。

「ここなら、さっきみたいに見つかる心配ないです」
「はぁ」
さん」

 先生は腕を伸ばして私の腕を掴んで。

「う、わ!?」

 力強く引っ張って。
 私は先生の腕の中へ、拘束されてしまった。

「せんせっ、なにする」
「発作防止策です」

 目の前に、いたずらっ子な先生の笑顔。
 私の背中に腕を回して、ぎゅ。

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
さん、実は先生、ここを離れようと思ったんです」

 パニクる私をそっちのけ。
 先生はつぶやくように言った。

 ここを 離れようと 思ったんです

「研究所の捜索員にみつかったとき、潮時だと思った、と言ったでしょう? ここを離れようと思ったんです」
「そんな」
「だからみんなに僕のことをすぐ忘れてもらえるように、みんなと触れ合うのをやめました」

 私は先生の背中を見下ろしながら、クリスマスの時の言葉を思い出した。

 もう先生がいなくても大丈夫

 あの言葉は、そのままの意味だったんだ。

「先生の嘘つき」
さん」
「体育祭で、私を守るって決めたって言ったのに」
「うん」
「修学旅行で、どこにも行かないって言ったっ」

 先生の背中に手をまわして、ぎゅっと白衣をつかんだ。

「うん、ごめん。本当に、どこにも行かないから」

 私の髪を撫でながら、先生は私の顔をのぞきこんだ。

「発作、起こさないね?」
「……先生がいるからですっ」
「うん」

 にっこり笑って、額をコツン。

 と、先生は思い出したようにデスクの一番下の引き出しを引いた。

「どうしたんですか?」
さんに、ホワイトデーのお返し渡すの忘れてました」
「は?」
「今日はこの時間とるために、一生懸命お返し配りを終わらせておきました。……チョコ、おいしかったです」

 ごそごそとひきだしを探る先生。

 って。

「あれ食べたんですか!? ゴミ箱に捨てたヤツを!?」
「きちんと包装されてたから、汚くないです」
「だ、だからって」

 言葉を続けようとした私の目の前に、先生はクリスタルガラスのチョーカーを出した。
 シャンデリアを想像させるような、繊細な細工のチョーカー。

「綺麗……」

 きらきら光を反射させてるチョーカーに視線を奪われる。
 先生はチョーカーの留め具をはずして、私の首に腕を回した。

 とくんと跳ね上がる私の心臓。
 私は先生にもたれながら、首の後ろで先生の手の動きにどきどきしていた。
 うわあ……。

「できた」

 嬉しそうな先生の声。
 私は先生に両肩を掴まれ、正面に体を起こす。

「よかった、よく似合ってる」
「せ、先生、これ、すごく高かったんじゃないんですか? 嬉しいですけど、こんな高価なもの」
「全然。あのガラスの天使を加工したものだから」
「え、あの天使を?」

 一ヶ月前に、私が癇癪起こして割ってしまったガラスの天使。
 あれが、これに?

「とても綺麗な天使だった。割れてしまったのは残念だったけど、こうして本来持つべき人に戻ったからいいでしょう?」
「……私が出したプレゼントだって、知ってたんですか?」
「うん、あとからだけど」

 先生はチョーカーからぶら下がるクリスタルグラスをひとつ持ち上げる。

「君は、僕みたいないじけた怪獣を優しく見守ってくれる、天使さま」
「な、な、な、なに恥ずかしいこと言ってるんですかっ!!!」

 慌てて先生から離れて、勢いよく壁に頭を打ちつける私。

 い、痛い。

「……大丈夫?」
「大丈夫ですっ!」

 あんまり大丈夫じゃなかったけど。
 私は立ち上がってチョーカーを外した。

「あれ、外しちゃうんですか」
「教頭先生に没収されてもいいんですか?」
「それは困ります」

 私はかばんにチョーカーをしまって、先生を見た。

「私、これからバイトですから、もう失礼しますね」
「はい、がっぽり稼いじゃってください」
「もちろんです! ……それじゃあ、さよなら、先生」
「さようなら、さん。また明日」
「はい、また、明日!」

 笑顔で、準備室を出た。

 ほんとうに久しぶりに、笑顔が自然と出た。


 靴を履き替えて玄関を出たら。
 みんなが待ってた。

 あかりも、はるひも、瑛も、志波くんも、ハリーも。
 みんなみんな。
 あれだけ今日中に! と念押しした上に、私の靴がまだあったから、心配して待っててくれたんだろう。

 あかりが一番最初に私に気づいた。
 続いてみんなもこっちを一斉に見る。

 私が満面の笑顔でぐっと親指を突き出すと。

 泣き出しそうな笑顔で、あかりとはるひに抱きつかれた。


 みんな、心配かけてごめん。
 それからありがとう!

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