1夜明けて今日はクリスマスパーティの日。
 去年のあんまり思い出したくない出来事は記憶のかなたに追いやって。
 今年こそは楽しむぞっ!


 37.2年目:クリスマス


 私は散々悩んだ結果、花椿先生にもらったElicaのドレスを着ていくことにした。
 昨日の夜は報道番組で『謎のモデルElicaとは!?』なんて、大々的に放送してて、私もばっちりテレビに映ってたんだけど。
 市販されてるドレスにデザインがよく似たのがあったし、何より今日はノーメイクだし。
 なんとかごまかせるでしょう! ということで。

 私は同じく昨日手に入れたガラスの天使を持って、パーティ会場に向かった。


「あ、、メリクリ……って、それElicaのドレスやん! 買ったの!?」

 会場にたどりつくなり、はるひに捕まった。
 さすが流行娘、もうチェックしてましたか。

「うん。昨日ショッピングモールに出かける用事があって」
「ええなぁ、アンタにピッタシやん! これで、今年のパーティ女王もいただきやな?」
「じょ、女王って……」
「今年こそ、楽しもうな! 今日だけは告白お断り体制で!」
「うん、そうする!」

 はるひからピーチサイダーのカクテルグラスを受け取って、カチンと乾杯。

「とりあえず、を誰かに預けるまでは一緒におるわ。一人になったら狙いうちやもんな?」
「ありがと、はるひ〜。愛してるっ」
「それは若ちゃんに言うたれ……」

 呆れられつつもはるひと私は会場をきょろきょろ。
 すぐにみつかるあかりと瑛。

 だって。
 瑛のまわりはすでに女の子の山。
 その脇に、ぽつんとあかり。

 もう、瑛ってば本当に要領の悪い。

「あかり、メリクリ!」
「あ、ちゃん、はるひ。メリークリスマス! ふたりとも可愛いドレスだね?」
「すんまへんなぁ、可愛いのがドレスだけで」
「もう、すぐそういう意地悪言って」

 3人で笑いあったあと、あかりのジンジャーエールのカクテルグラスと、カチン。

「じゃ、アタシ他の挨拶まわりしてくるわ。あかり、をよろしくな!」
「うん、行ってらっしゃい、はるひ」
「はるひ、ありがとね!」

 手を振りながら去っていくはるひ。

 私とあかりは会場壁面の椅子に並んで腰掛けた。

「今年ももう終わっちゃうね」
「そうだね。なんだかんだって、早かったなぁ」

 年末特有の会話を混ぜながら、他愛もない話をする。
 すると、あかりがふと真面目な顔をして。

「あ、あのね? ちゃん」
「なに? どうしたの急に真面目な顔して」
「うん……」

 ちらりとあかりが視線をずらす。

 その先には、相変わらず女の子に囲まれている、瑛。

 ……おやぁ?

「場所移動しよっか?」
「う、うん」

 そういって、瑛から離れて会場の隅へ。

 おとうさん!
 なんかあかりがいい反応してるよ!

「どうしたの?」
「うん。あのね」

 あかりは何か話そうとして、言葉につまって、手にしたジンジャーエールを一気飲み。
 よしっ、と掛け声かけて私を力強く見た。

「瑛くんと、じ、事故チューしたとき、どうだった!?」
「はぁっ!?」

 い、いきなり、何を言い出すんですか、この子は。

「あ、あああ、違うの、そうじゃなくて……」
「い、や、あの、言いたいことはわかるよ? なんとなくだけど」
「うん……」

 あかりは口元を押さえて、真っ赤になって。
 うう、瑛に見せてあげたいよ、このあかりの姿をっ。

「あのあとね……瑛くん、よくちゃんのこと話すの」
「……は?」
「私が学校や珊瑚礁で失敗したり落ち込んだりしたら、少しはを見習えって」


 あ の 阿 呆 … … ! !


 あんだけいっつも女の子に囲まれてるくせに、乙女心もわかんないのかっ!
 瑛がむくわれない理由がよーっくわかったよ、私は。
 これはあかりが天然なんじゃなくて、瑛が阿呆なだけだっ。

「あのね、ちゃん」
「う、うん」
「瑛くんじゃ、だめ?」
「なにが?」
「だ、だから……ちゃんの彼氏になるの、瑛くんじゃだめ?」



「……………………は?」



「だからね、若王子先生のこと好きなのは知ってるけど、瑛くんあんなに、ちゃんのこと」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、待ってっ!!! 」

 私は思い切り呆気に取られたあと、勢い込んであかりの言葉を遮った。
 なんか、これは、想像以上に、とんでもない思い違いをしてるのでは!?

「私、瑛くんのこともちゃんのことも好きだから、ふたりがくっついてくれれば嬉しいし」
「ままま待ってってば。あかりの気持ちは!? あかりはどうなの?」
「え、私?」

 私の質問にあかりはきょとんとして。
 が、すぐにかーっと紅潮した。

「わ、私はそんなことないよ! 別に、若王子先生のこと好きなんて……!」
「は? なんでいきなり先生?」
「だ、って、私が事故チューしたの若王子先生だけど、私は別にそんな」

 な、なんか会話がかみ合わないよ?

「ま、待ってあかり、話噛み合ってない。ちょっと、お互い落ち着こう」
「う、うん」
「はい深呼吸。すってー」
「すってー」
「はい、はいてー」
「はいてー」

、海野」

「「うわわわわっ!!??」」

 深呼吸してなんとか落ち着こうとした瞬間。
 声をかけてきた志波くんに、私もあかりも盛大に驚いてしまった。
 な、なんてタイミングの悪い。いや、いい?

 志波くんはというと、私たちの反応にこちらも驚いたようで。

「悪ィ」

 とだけ言って、回れ右。

「ちょっと待ってっ、志波くん!」

 その腕にあかりがしがみついた。

「ね、ちゃん。第3者がいたほうが、冷静に話し合えるかも!」
「そう……そうだね、志波くん口堅そうだもんね!」
「おい、何の話だ?」
「女の子の恋バナ!」
「…………クリスのほうが適任じゃないのか」

 うんざりした顔をする志波くんが見る方向には、密さんと談笑するクリスくん。

「二人の邪魔をしちゃいけない」
「…………」

 志波くんはなぜか苦虫噛み潰したような顔をして。
 でもあきらめたように私の隣に腰掛けた。

「で?」
「志波くんからも説得して? ちゃんが、瑛くんと付き合うように」


 ぐさっ


 なに、今の音。

ちゃんは若王子先生のこと好きなんだけどね」


 ぐさっ


「瑛くんとの事故チューをきっかけに、親子関係から恋人関係になればいいと思うの!」


 ぐさっっっ


「ね、さっきから何の音?」
「え? なんか音してる?」
「してるよね、志波く……あれ、志波くんどうしたの!? 左胸押さえて!」
「……………なんでもない……………」

 なんでもないって感じじゃないよ!
 がっくりうなだれて、左胸押さえてるなんて!

「あんたら……」
「あ、はるひ?」

 気づけばはるひも来てた。
 って、はるひってば、なんで涙ぐんでるの?

「後生やから、もう志波をいじめんといて……!」
「ええっ、いじめてなんてないよ!?」
「志波、デイジーとエリカがタッグを組んでる時に近づいたらアカン……!」
「…………だな」

 志波くんはうなだれたまま、はるひの言葉に大きく頷いた。

 な、なんでぇ〜?



 はるひが志波くんを支えて去っていったあと。
 私とあかりはもう一度話しを始めた。

「あのね、あかり。あかりはどうなの? 先生じゃなくて、瑛のこと!」
「瑛くん? 私と瑛くんはただの友達だから、安心して?」
「あああああ……」

 にっこり微笑むあかりに、私は頭を抱えたくなった。
 瑛のバカ。瑛のヘタレ。
 あかりってば、全然瑛のこと意識してないじゃんっ!

「でも、私だって瑛のことは友達としか思ってないよ」
「だけどきっとお似合いだよ。先生よりも……あ、別にっ、先生と似合わないっていうんじゃなくて!」

 うん。
 先生と不釣合いなのは、自分でよくわかってる。
 だからフォローしなくていいよ。泣けてくるから。

「そうじゃなくてね……」

 あかりは言いにくそうに、言葉を選んでるようだった。

「なに? 言っていいよ、なんでも」
「うん……。あのね、ちゃん。最近、若王子先生と話した?」
「最近? 最近は別に……私後半クラスだし、教科担任も違うし」

 そもそもが、学校で会う機会があまりない。
 すると、あかりが。

「後半クラスじゃ噂になってない? 若王子先生、最近素っ気なくなったって」
「素っ気ない……?」
「うん。挨拶すれば返してくれるし、授業もいつもどおりなんだけどね、先生って、自分から生徒の輪に加わってくタイプだったでしょ?」
「そうだね」

 文化祭に限らず、先生はいつもそうだ。
 若サマ親衛隊の子たちといるとき以外にも、よく学生まがいのことして教頭先生に怒られてるもん。

「なのにね、最近は授業以外は教員室や化学準備室から出てこないの。生徒とのコミュニケーションをわざと断ってるっていうか」
「そうなの?」

 そういえば。
 期末テストで1位を取ったとき、先生に会ってない。
 いっつも順位表の近くでクラスの子に声かけて励ましたり褒めたりしてたのに。
 私も、今回は声かけてもらえなかった。

「ねぇ、それって、12月はいってからぐらいじゃない?」
「うん。『志波きゅん事件』の時は先生から挨拶してくれたもんね?」

 いや、それは置いといて。

「それでね……私、たまたま11月の終わりに、駅前で先生を見たんだけど」
「うん」
「黒い服着た外国人と、なんか怖い顔して言い合ってたの。英語で」
「英語で!?」

 あの、ぽや〜んとした先生が。
 怖い顔して。
 英語で?

 なんか意外。

 あれ? でもそれって……

「なんか志波くんも似たようなこと言ってたなあ。前に先生を、外人の男がつけまわしてたとか」
「それだよ! 先生、なんかワケありなんだよ! だからね? っていうわけじゃなけど」

 あかりは私の手をぎゅっと握って。
 とても真剣な表情で。

ちゃんは、フツウの恋愛したほうがいいと思うの。だって、もし先生と恋愛できたとしても、なんか事件にまきこまれるなんてことあったら」
「あ」

 あかり。

 もしかして、私の家族のこと気にしてる?
 これ以上、心の負担になるようなことがないように、とか。
 近しい人がいなくなるなんてことがないように、とか。

「あかり、ありがとう」
ちゃん」
「気持ちは嬉しいけど、それって先生にドラマ作りすぎだよ」

 さすがにあかりの心配は行き過ぎだ。
 先生だって大人なんだから、外人さんの知り合いだっていてもおかしくない……と思う。
 だいたい私たちにも外国人の友達いるじゃない。クリスくん。

「それに言っておくけど! 瑛の好きな子って私じゃないよ! それだけは断言できる」
「え、嘘! だって」
「私と瑛は共同戦線張ってる同志なの。だから、それだけは違いマス」

 共同戦線というよりも、私が瑛のサポートをしてるだけ、なんだけどねぇ……。

「でも」
「あかり、お願い」

 私はあかりの肩をつかんで、彼女の目を見て訴えた。

「瑛に私を勧める、っていうより、あかりの口から他の女の子のことを勧めるのだけはやめて。ね?」
「な、なんで?」
「えーっと……ほら、瑛ってプライド高そうだから、そんなことされると怒る、んじゃないかな?」

 低くても、好きな子にそんなこと言われたら怒るだろう、うん。

「ほら、この話はここでおしまい! いい加減お腹すいちゃった。なんか食べに行こ?」
「うん……そうだね、そうしよっか!」

 なんとかあかりのとんでもない思い違いから話をそらして。

 私たちはクリスマスディナーを堪能しにいくことにした。



 でも。
 私は会場を見回した。
 確かに若王子先生の姿が見えない。

 去年は、淡いブラウンのフロックコートでめかしこんで来てたのに。
 去年は、みんなで談笑してたのに。

 去年は。
 ……ずっと一緒にいてくれたのに。

「メリーだね、。どうしたのさ、湿気たツラして」
「あ、藤堂さん」

 あかりが小野田ちゃんと氷上くんの2人と話し始めて手持ち無沙汰になったとき。
 藤堂さんに声をかけてもらえた。

「ねぇ、若王子先生見た?」
「は、若王子? 向こうの個室でプレゼントの仕分けしてたけど」
「ほんと? 個室って……」
「去年アンタがいたところ」

 あ、あそこか……
 正直あんまり行きたくない。

「若王子になんか用かい?」
「え? あの、まだ今日挨拶してないなーって……」
「ふぅん?」

 藤堂さんはにやりと含み笑い。

「アンタの担任には挨拶したのかい?」
「え!?」
「フフフ、行くならさっさと行きなよ」

 さっと右手を上げて去っていく藤堂さん。

 あ、あれぇ……なんか、藤堂さんにバレちゃってる……?



 藤堂さんに教えてもらった、プレゼント交換用の品物を置いてある部屋。
 プレゼント交換は、サンタに扮した先生方が生徒たちにプレゼントをランダム配布していく仕組みだ。
 だから、この部屋はそのサンタのプレゼント袋があるところ。

 こんな裏方の仕事、先生が率先してやってるなんて。
 なんか変な感じ。

 後半クラスじゃ噂になってない? 若王子先生、最近素っ気なくなったって

 あかりの言葉がリフレインする。
 部屋の中は真っ暗で、もぬけのカラ。

 振り向いた会場では、もう複数のサンタがプレゼントを配り始めてた。

 なんだ、もう作業はとっくに終わっちゃってたのか。

 私はため息をついて壁によりかかった。

 ……と。

「あれ。さん?」

 私が寄りかかった壁のすぐ隣の壁が動いた。
 と、思ったら。そこは壁と同色のドアだったみたい。

 開いたところからは、若王子先生。

「先生」
「どうしたの。さんが壁の花ですか?」

 去年と同じフロックコート。
 いつもと同じ笑顔。

「や、さくら色だ。外は真冬なのに、ここだけ春が来ているね」
「はい」
「先生、寒いより暖かいほうが好きです。だから、春の近くにいよう」

 そう言って、先生はドアを閉めて私の横に立った。
 そのまま会場に視線を向けて、黙って微笑んでいる。

 違う。

 やっぱりあかりの言うとおりだ。
 なんか先生、素っ気無い、っていうか。元気が、ない?

さん」

 先生、と呼びかけようとして、先生に先を越された。
 言葉を発しようとした口が開いたまま、反応できずにそのまま固まって。

 わ、私、すごい今、間抜けな顔してるような。

「こんなところにいていいの?」
「え……どうしてですか?」
「きっとみんな、さんを待ってる。今日、君に声をかけたい男子がきっとたくさんいるよ」

 唖然。

 去年のことを知ってるくせに。
 今年は男子の告白に気をつけなさい、とか。
 今日は友達と一緒にいたほうがいい、とか。
 そんなことを言われるならわかるけど。

 なんで、そんなこと。

 しかも、私を見ないで、会場を見たまま。

「先生は?」

 考えるより先に声が出た。

「先生は、私に声をかけたいって思ってました?」
「もちろん。だからこうして、春の近くにいます」

 先生は会場を見つめたまま、けして私を見ようとしない。
 楽しそうに笑ってる生徒やサンタを眩しそうに見つめながら、目を細めた。

「でも、春はいずれ過ぎ去ってしまうから」
「っ」

 先生。
 何が言いたいの?
 なんでそんな目をしてるの?
 黒服の外国人のせい?

 それとも。

 私がぐるぐる考えをめぐらせていると。
 先生はようやく私に視線を移した。

 だけどその表情は。

「発作、起こさないね?」
「え」
「もう先生がいなくても大丈夫」

 何ソレ。

 先生は最後に微笑んで、そのまま会場の奥へと歩いていってしまった。

 おかしいよ、先生。
 一体どうしたの?
 いつもみたいに、子供のようにはしゃいでてよ。
 こっちの調子が狂う……。

 呆然と先生の後姿を見送っていたら、私のもとにもサンタがやってきた。

「ほっほっほ。君にはこれをあげよう!」

 そう言って、小さな赤い包みを手渡すサンタ。
 ついでに似合わないウインクひとつ。

 って。
 コレ、自分で出したプレゼントじゃんっ!

「ああもう、何がなんだか……」

 自分のもとに返ってきたプレゼントを見ていたら。

 ムカついてきた。

 今年は楽しいクリスマスにしようとしてたのに。
 先生のせいで、煮え切らないじゃないっ。
 先生のこと考えながら買ったプレゼントまで自分に戻ってきて。
 なんですか、嫌がらせですか!?

 自分の中にふつふつと沸いてくる理不尽な怒り。

 私は戻ってきたプレゼントを握り締めて、若王子先生を追った。


 ちょうど、私にプレゼントを返したあのサンタが、先生にもプレゼントを渡すところだった。

「ほっほっほ、君には……」
「このプレゼントをあげようっっ!!!」

 無理やり割り込んで、若王子先生に私はプレゼントを渡した。
 目を白黒させて驚く先生。
 かわりに私は、サンタが先生にあげようとしていたプレゼントをひったくった。

「メリークリスマス! 来年も、どうぞよろしくっっ!!」

 おもいっきり可愛くない顔で、先生にアッカンベーをして(小学生か!!)。
 私はくるりと踵を返し、大またでその場を去った。

「あれ、どこ行く……」
「帰る!」

 はるひに声をかけられても、私はそちらもみずにコートを取って。

 まだまだ宴もたけなわという会場を出て行った。


 怒り収まらず帰宅して。
 私は乱暴にドレスを脱ぎ捨てて、布団に寝転がった。

 ごろりと天井を仰いで、深呼吸。

 ……ようやく頭が冷めてきた。

 だめだなぁ。基本的に私って、癇癪おこしちゃう末っ子気質なんだよね。
 冷静になってから思い出せば、先生に対して無礼千万。
 ああ、今日が2学期最後の日でよかった。

 私はむくりと起き上がり、奪い取ってきたプレゼントを開けた。
 出てきたのは、5枚つづりの、紙?
 遊園地かなんかの、割引券かな。
 と思って表を見てみたら。

 『頭脳アメ 試食券』

 ……これは。
 私はふたたび布団に倒れこんでしまった。

 結局、先生とふたりでプレゼント交換したようなものだ。
 年が明けたら。
 この試食券を持って、きちんと今日のこと謝りに行こう。

 そう思って、私は試食券を生徒手帳の中にしまった。


 こんなカンジで。
 私のクリスマスは終了した……。

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