修学旅行があければ、文化祭準備。
 2年目の秋は、なかなか忙しい。


 34.2年目文化祭:準備


さん、今年もモデル引き受けてくれるよね?」

 もう断定形で聞いてくる手芸部の彼女。私は思わず苦笑してしまった。

「うん。実は、こっちからお願いに行こうと思ってた」
「ほんと? よかったぁ、これで3人揃った!」
「3人?」

 彼女はぽん、手をあわせて。

「今年は水島さんと藤堂さんのモデルも確約とれたの」
「ええっ!? ひ、密さんはなんとなくわかるけど、藤堂さんをよく説得したね?」
「うん、手芸部全員で土下座した」
「…………」

 こ、断れない状況を作り出して強引に……。
 さすが姫子先輩傘下の手芸部。
 目的のためには手段を選ばないのか。

さん、2年生はパーティドレスを作るから、去年より仮縫い回数増えるけど。大丈夫?」
「うん。ちゃんと時間作って協力するよ」
「よろしくね。文化祭当日まで、体形しっかり維持してね」
「うぐっ!? き、気をつけます」
「……しっかりね……当日姫子チェックが入るから……」
「は、はい」

 などと、暗黙の1ヶ月スイーツ断ちを確約させられて。


 一足早い手芸部の動きから2週間後の、文化祭準備期間。
 私は屋上で大道具の手伝いをしていた。

 2メートルもない高さの足場に座って、ぺたぺたとペンキ塗り。

 実はこれ、ハリーのライブセットだったりするんだよね。
 ハリーのバンドが屋上でライブをやるっていうから、友人一同で有志を募ってお手伝い中なのだ。

ちゃん、次はこの色や」
「はーい」

 ステージセットのデザインはクリスくん。
 全体を見ながら、色塗りをしてる私と志波くんに指示を出していく。

 ハリーもさっきまで譜面とにらめっこしてたけど、今は図面とにらめっこ。

「おーい、遅れてごめんなー? 2−Bチームが参戦するでー!」

 はるひだ。
 あかりと、渋々といった表情の瑛も一緒。

 ハリーはむっとして図面をくるくると丸め、

 ぽすん!

 ……はるひの頭を叩いてしまった。

「なにすんねん!」
「おっせーよ! 今度遅れたらクビだかんな!」
「善意で手伝っとるのに、偉そうにすな!」

 はるひはハリーから図面を奪い取り、負けじと同じように叩いた。
 そのまんま、はるひとハリーはぎゃあぎゃあと口喧嘩突入。

「何じゃれあってんだ、アイツら」
「最近すごく仲いいよね、ハリーとはるひ」

 呆れた口調の志波くんだけど、その表情は優しい。

 でも、確かにそうなんだよね。
 修学旅行から帰ってきて、ぐらいから。
 ハリーとはるひが一緒にいるとこ、よく見る。
 前にショッピングモールに買い物に行ったときも、二人で買い物してたんだよなぁ。

 このままうまく行くといいね、はるひ。

ちゃーん、そこはその色やなくてピンク塗ってほしいねん」
「あ、はいはい。……瑛、そこのピンクのペンキ取って?」

 ちょうど私のいる足場の真下に瑛がいたので、お願いした。
 瑛はポケットに手をつっこんだまま足元を見て、私を見上げた。

 見上げた、って言っても。瑛って結構背が高いから。
 足場に座り込んでる私の膝くらいの位置に顔がある。

「働いてるな、。馬車馬のように」
「瑛は非協力的だよね。ペンキ取ってよ」
「……」
「瑛?」
「もーちょっと可愛く言ったら、取ってやる」
「はぁ?」

 にやりと笑う瑛。
 私は呆れて口をあんぐり。

「……瑛のオヤジ」
「オレ、お前のおとうさんだし」
「そういう意味じゃないっ。そんなの、あかりに言ってもらえばいいじゃない」
「じゃあ取らない」

 そして、ふいっとそっぽを向く。

 こ、コイツ。
 いい子モードにする必要ない面子ばかりだからって、わがまま三昧言ってっ。

 し、仕方ない。

 私は両手を合わせて、小首を傾げて、デイジー様モード。

「お願い、瑛。ペンキ取って?」

 ぶっ

「あああ、志波くん! 笑ったなぁっ!」
「わ、笑ったわけじゃないっ」

 慌てて否定する志波くんだけど、顔が赤い。
 うああ、恥ずかしい……。

 って。

「爆笑するなっ、瑛!!」
「ははは! いや、いいよ、お前。ん、おとうさんがペンキ取ってあげよう」

 今だ肩を震わせながら、ピンクのペンキを持ち上げる瑛。

 って。

「届かないよ。もっと持ち上げて」
「重いんだよ、このペンキ。ここが限界」

 そりゃ片手で持ち上げてるからでしょうが。
 ああもう、瑛はほんとうに面倒くさがりというか、非協力的というか。

 しょうがない。
 私は左手で足場のバーを掴んで、身を乗り出した。
 右手でペンキを掴む。

「ほんとにもう。おとうさんのめんどくさがり」
「ん、何とでも言え」

 持ち上げようとした瞬間。
 瑛がペンキを離した。

 って、まだ早いっ!

「っきゃ」

 急に加わる重みに、私は左手をすべらせた。

!?」

 気づいた志波くんが私を掴もうと手を伸ばすけど、間に合わない!

!」

 驚いた瑛が私を支えようと手を伸ばして。
 私はそのまま瑛の上に、頭から落下!

 ガギッ

 っつぅぅっ!!


「瑛くん、ちゃん、大丈夫!?」
っ! 佐伯もっ、怪我してへん!?」

 慌ててみんなが駆け寄ってくる。

 屋上のぶちまけられたピンクのペンキ。幸いにも、私も瑛もそれを浴びることはなかったけど。
 大の字になって倒れてた瑛が、口を押さえて上体を起こした。
 その瑛の上で、私も両手で口を押さえてる。

 歯と歯がぶつかった……。
 い、痛いなんてもんじゃない。じわりと涙がにじむ。

「ってぇ……、大丈夫か?」
「うん。歯ぶつけただけ……いたた。瑛は? 歯以外どこかぶつけた? 頭は打ってない?」
「背中だけ。……っつー」

 お互い口を押さえたまま、痛みに耐える。

 と。

「事故チュー……」

 あかりがぽつりとつぶやいた。
 見れば私と瑛以外、みんな顔を赤くして私たちを見下ろしている。




 はっ。




 歯と歯がぶつかったってことは、つまり、その前には、く、口。

 そういえば、痛みの前になんか、柔らかい……。

 …………。


 私と瑛は同時に瞬時に紅潮した。

「じ、事故! 事故だろこれは!?」
「そうだよ!? やだな、当たり前じゃない!」
「お、おれたち親子だもんな!?」
「うん、そうだよ、おとうさん!」
「あは、あははは!」
「あははは!」

 もう二人で耳まで赤くなって、意味なく大笑い。

「な!?」
「ね!?」

 そしてぐるんとみんなを振り返って。

 強引に同意を求めると、みんなたじろぎながらも頷いた。

 すると、つかつかと志波くんが寄ってきて。
 ぐいっっと腕を掴まれて、立たされた。

「わかったから。早く離れろ」
「あ、うん……」
「(海野)」

 こそっと耳打ちしてくれる。

 あ。
 そうだ、あかり。

 見ればあかりはぽかんとした表情で、瑛を見てた。
 瑛も、あかりの反応に気づいたみたい。
 立ち上がって、あかりの腕を乱暴に取って。

「お前、ちょっとこい」
「え、あ、うん、あの」

 ずるずると引きずるように、あかりを連れていってしまった。

 ご、ごめん瑛。
 フォロー、がんばって……。

「あ、あーあー、ほな、作業再開しよか?」
「そ、そうだな! おう、さくさく終わらせるぞ!」

 はるひとハリーが雰囲気を変えようと、明るい声で提案する。
 みんながそうしようと頷いて、それぞれ持ち場に戻ってく。

 はぁ、みんな流してくれてアリガトウ……!

 そして私も予備のピンクのペンキを持って、足場に上ろうとしたら。
 志波くんにペンキを取り上げられてしまった。

「志波くん?」

 見上げた志波くんは、見たこともないような怖い顔。

「あ、あの、どうしたの?」
「お前もう足場に上るな」

 いつもよりもっと低い声。

「ど、どうしたの? 怒ってる?」
「…………」

 今度は盛大なため息をついて。
 私を無視して足場に上っていってしまった。

 志波くんが怒ってる理由がわからなくて。
 どうしたものかと足場を見ていたら、はるひにぽんと肩を叩かれた。

「アンタ、デイジーに負けてへんで?」
「は?」
「アタシはようわかんねん。友達扱いが、どん〜だけツライか」

 ぱしぱしと私の肩を叩きながら。

「青い春真っ盛りやなぁ……」

 はるひは空を見上げてつぶやいた。

 空がとても高く感じる、秋の晴天。


 それから数日、朝のジョギング中も志波くんは無口で。
 でも、怒ってるのはきっと私のせい。それだけはわかってるから、とにかく話しかけて話しかけて。

 さらに数日したら。

「…………鈍感」
「へ?」

 諦めにも似たつぶやきと共に、志波くんはいつもどおりの態度に戻ってくれた。
 ああ、よかった。


「爆弾消えてよかったね? ちゃん」
「え、ば、爆弾!?」
「エリカ、恐ろしい子!!」

 デイジーに言われてしまった!!

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