修学旅行最終日。今日はもうはばたき市に帰るだけだ。
33.修学旅行最終日
新幹線の最後尾の車両は、私のいるクラスと志波くんのいるクラスの2クラスの生徒が乗り込んでいた。
教頭先生の見回り点呼も終わって新幹線が動き始めたあと。
ふと、古文の先生が立ち上がって全員を見回した。
「寝てるヤツが多いなぁ」
「みんな5日間、目いっぱい遊び倒しましたからね」
私の席の隣まで歩いてきてそんなことをいうから、私も後ろを振り向いた。
ほんとだ。
男子も女子も、半分近くがもう眠ってる。
中には元気におしゃべりしてる子もいるけど、ほんのわずかだ。
そういう古文の先生も欠伸してる。
「先生も眠そうじゃないですか」
「そりゃお前らみたいな悪ガキを5日間も監督してりゃー寝不足にもなる。オッサンの体力考えてくれないからなぁ、お前ら学生は」
「あはは、すいません」
私と私の隣に座ってた野球部の女マネは笑ってしまう。
「おう、好きに席替えしてもいいんだぞ? 教頭先生は先頭車両なんだし、学生は遠慮なく職場恋愛に励んでくれ」
「またそんなこと言って」
「ん、本当にいいのか?」
先生は私ではなく、隣の野球部マネージャーを見て言った。
おや?
なんか、彼女少し赤くなってる?
先生はそんな彼女を見て、「ふぅむ」と呟き、そのまま後方へと移動していった。
でも、すぐに戻ってくる。
通りすがりに横目でこっちを見て、似合いもしないウインクをして。
一番前の教員席に戻っていった。
……何事?
と思ってたら、志波くんが来た。
「……」
ちょっと驚いた様子の志波くんだったけど。
「どうしたの?」
「先生に追い出された」
「へ?」
「マネージャー、交代」
「「はい?」」
きょとんとして聞き返すと、志波くんはにやりと笑って。
「オレの席18列のB。隣、アイツ」
「あ」
志波くんの言葉に、彼女、見る間に真っ赤になっていった。
おやぁ?
「も、もう、先生ってば余計なことして……! 志波くん、ごめんね?」
「いい」
「さん、私、志波くんと席交換するから……」
それだけ言って彼女は立ち上がり、そそくさと移動していった。
私はただそれをぽかんとして見送って。
「隣、いいか」
「あ、うん。どーぞどーぞ」
私は窓際にスライドして、隣の席を志波くんに提供した。
「団体行動の日にオレと一緒にいた野球部のヤツ」
「うん。頭怪我してた人でしょ」
「マネージャーとくっついた」
「えええええ!?」
思わず声を上げてしまい、私は口を慌てて押さえた。
「し、知らなかったぁ〜」
「2日目の自由行動の時らしい」
「うあ、修学旅行カップルだ!」
そっか、それで先生、気を利かしたんだな。
本当に先生らしくない先生だよ……。
「いいなぁ……」
どっちから告白したんだろう。
思いが実るどころか、昨日見事に玉砕した身としてはうらやましいというか、なんというか。
先頭車両で教頭先生と一緒にいるだろう若王子先生に思いを馳せる。
今頃、何してるんだろ。
瑛と一緒に女子の隣の席争奪戦に巻き込まれてるのかな。
「?」
ぼーっとそんなことを考えていたら、志波くんが。
「何かあったか?」
「……え?」
「目ぇ腫れてる」
「あ、うん」
私はまぶたを押さえた。
昨日の自由行動から戻ったあと、私は若王子先生を避けるように過ごして。
夜も、なかなか寝付けなかったんだよね。
出るのはため息と涙ばかりで。
バカみたいと思っていても、なかなか止まらなくて。
結局昨夜はうつらうつらとしか出来なかったんだ。
「楽しかったこといろいろ思い出してたら興奮しちゃって。あんまり寝れなかったんだ」
「…………」
「あれ、志波くん?」
「それ嘘だろ」
「え」
「泣いた、な」
志波くんって。
時々ものすごく鋭い。
怒ってるのか心配してくれてるのかよくわからないけど、眉間に皺よせて私を見てる。
「泣きでもしなけりゃ、そんな目にならねぇよ」
「そ、んなことないよ? 本当にただの寝不足。やだな志波くん、結構心配性だよね?」
はぁ。
志波くんは大きくため息をつく。
「お前にそんな顔させてるヤツ、誰だよ……」
「え? なに?」
「なんでもない。お前、少し寝ろ」
「でもそれじゃ志波くん退屈するでしょ」
「オレも眠い」
「あ、うん……」
それだけ言って、志波くんは眉間に皺を寄せたまま、腕を組んで目を閉じてしまった。
そんな顔して寝てたら、皺がくせになっちゃうのに。
私は志波くんの眉間の皺をのばそうと人差し指で、ぐに、と押した。
ぱち、と目を開けて、さらに皺を深くする志波くん。
「……っ、何やってんだお前はっ」
「え、皺のばそうかなーって……」
「勘弁してくれ……」
志波くんは私の皺のばししていた手を掴んで、強引に下ろしてしまった。
そのまま再び目を閉じて寝る体制。
皺、深くなっちゃった。
って。
志波くん、あの。
手。離してくれないの?
「志波くん」
「ウルサイ」
ふいっと。反対側向いちゃった。
あ、志波くんの手。手のひらにマメできてるのかな。少しゴツゴツする。
……先生の手とは、やっぱり違うんだな。
う。またなんか、感傷的になってきた。
マズイ。今は顔隠す布団もないのに。
窓際にずれてよかった。私は、窓のほうを向いて涙を堪えることにした。
「」
唇を結んで涙を耐えていたら、志波くんが、ぎゅ、って。
掴んでる手に力を入れてきた。
窓に、こちらを見てる志波くんの顔が映ってる。
「何も考えるな。寝ろよ」
「うん……」
そっか。
志波くん、気を遣ってくれてるんだ。
事情も聞かずに、ただ私を元気付けようとして、手を握ってくれてるんだね。
私は素直に頷いて、そのまま目を閉じた。
こんなカンジで。
私の修学旅行は終了した……。
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