4日目の自由行動は、見学そっちのけでお買い物三昧。
 あかりとはるひの3人で、京都をあっちこっち歩き回っていた。


 32.修学旅行4日目:自由行動日2


 夏休み最後の臨時バイトで得た収入でおこづかいを確保できた私も、はるひの案内でいろんなお土産を買っていた。

「あ、戻ってきた」
「ごめん、おまたせ! さすがよーじや、混んでるね!」

 お店の外で、あかりとはるひと合流。
 中ははね学女子でごったがえしてて、レジに10分も並ぶ羽目になったんだよね。

「ねぇねぇちゃん。何買ってきたの?」
「え? 有名なあぶらとり紙と、あとちょこちょこと……」
「それ以上べっぴんさんになって、一体誰をたぶらかすつもりやねん」
「少なくともハリーじゃないからご安心を!」
「うっ、さ、最近返し技がキッツゥなったんちゃうか、……」

 ふふん。
 勤労学生はしたたかなのだ。

 午後も3時を回った頃。
 朝からずっと土産屋まわりをしていた私たちは、いい加減足が棒状態。
 はるひお勧めの和風喫茶があるということで、私たちはお茶することにした。


「やっぱり抹茶メニューが多いね!」
「京都に来てるんだから、やっぱ抹茶モノ頼みたいよね!」

 はるひに案内されたのは、八坂神社に程近い商店街の一角。
 あんみつやぜんざいといった和風スイーツから、抹茶パフェや抹茶ケーキなどの和アレンジ菓子もある。

 はるひはもう慣れたものでさっさとメニューを決めてしまったんだけど、私とあかりはあれがいいこれがいいと、優柔不断に悩んだ末。

 はるひは抹茶パフェ。
 あかりは京風抹茶クリームあんみつ。
 そして私は。

「が、ガトー抹茶ショコラって何!?」

 という名前のインパクトだけで、それに決めた。


 程なくスイーツは運ばれてきて(私の頼んだのは抹茶チョコを使ったガトーショコラみたい)、私たちはきゃいきゃいとおしゃべりに花を咲かせた。

 瑛や志波くんといった男の子と一緒に行動するのもそれはそれで楽しいんだけど。
 やっぱり同性同士のおしゃべりほど、楽しいものはない。

「なぁなぁ、今回の修学旅行カップル! アタシが得た情報やと、7組成立やて!」
「うわぁ、多いね!? ぜんっぜん知らなかった……」
「なんで修学旅行とか文化祭とか、イベントごとになるとカップル成立率が高くなるんだろうね?」
「そりゃやっぱ、アレやろ?」
「スキー場だと3割り増しの法則」
「やっぱり?」

 顔を見合わせて笑う3人。

 と、入り口の方を向いて座っているはるひが何かに気づき、「シッ!」と口に人差し指をあてて。
 私とあかりにも姿勢を低くするように手で合図してきた。

 な、なんだろ、教頭先生かな?
 でも、自由行動中の飲食は許可されてるはずだし……。

「うはぁ……右手見てみぃ? アレ、若ちゃんと、のクラスの担任ちゃう??」
「え……?」

 頭を低くしたまま入り口に目を向ければ。

 本当だ。
 ウチの担任と若王子先生。
 わ、わ!? こっちに案内されてくるよ!

 …………あ、あれ?

「こちらのお席へどうぞ」
(((真後ろの席かいっ!!!)))

 私たちは3人無言で同じことを突っ込んだに違いない。

 低い壁で仕切られたボックス席。
 壁の上には鉢植えがおいてあるから、かろうじてお互いの顔の判別はつかない程度。

「(若ちゃんとあの先生、修学旅行中にふたりっきりでカフェデートかいな!?)」
「(そんな、まさか! こんな学生に見つかりやすいところで?)」
「(わからんで〜、ボケボケの若ちゃんやもん。そういうとこ、気が回ってへんとちゃう?)」

 はるひとあかりは超小声で探りあい。

 でも。

 私は鉢植えの緑の隙間から先生たちを見た。

 お互い向かい合って、メニューを覗いてる二人。
 若王子先生はちょうど背中を向けてるから、私からは担任の表情しか見えなかったけど。

 担任の先生も化学の先生で、年も若王子先生と確か同じくらい。
 密さんがオトナになったら、こんな感じのお姉さんになるのかな、って感じのたおやかな美人。
 そういえば、1年の時同じ理科教師ってこともあって、一時期若王子先生と噂になってたこともあったっけ。

 オトナの恋愛が出来るふたり。

 う、ちょっと卑屈になってるな、私。

「ご注文お決まりでしょうか」
「私はアイスカフェラテで。先生は何になさいます?」
「あ、あ〜、じゃあホットコーヒーお願いします。ブラックで」

 かしこまりました、と店員は一礼して去っていく。

 私とはるひとあかりは、3人とも耳ダンボにして一切の音を立てずに聞き耳に徹していた。


「先生、あの」

 いきなり若王子先生の緊迫した声が聞こえてきた。

「(い、いきなり告白タイムなん!?)」
「(えええええ!?)」

 神経を聴覚に集中させて。
 私たちは若王子先生の次の言葉を待った。

 でも、聞こえてきたのは担任の笑い声。

「ふふふ……若王子先生ったら、そんなに急がなくても」
「あ、や、すいません……」

 だああ、年下の女性にあしらわれてどうするっ!!

 若王子先生への恋心もどこへやら。
 私は盛大に心の中でつっこんでしまった。
 見ればはるひとあかりも「だめだこりゃ」と言わんばかりの呆れ顔。

 と。
 担任が口にしたのは以外な言葉だった。

さんなら、初日の団体行動日以降は特になんの問題もありませんよ? 一人で行動してるわけではありませんし、今日は確か、先生のクラスの海野さんと西本さんと動くって、朝言ってましたし」

「え」

 思わず声が出てしまい、私は隣のあかりに素早く口をふさがれた。

 だ、大丈夫。ばれてないみたい。

 でも。
 若王子先生が、なんで。

「(いやぁこれは……教師が生徒に禁断のラブですかー?)」
「(そ、そんなわけないしょや!)」

 思わず地元なまりが出るくらいに、動揺してます、私。

「や、そうですか。昨日の団体行動中はどうでしたか?」
「クラスの子と楽しそうに回ってましたよ? うちと隣のクラスは野球部が多いですからね。さん、野球部の子と仲いいですし」
「ふむふむ、野球部の生徒たちと仲がよい、と。……志波くんとか」
「ええ! 志波くんと、うちの野球部女子マネは筆頭ですね」

 深く頷きながら担任の話に聞き入る若王子先生。

「……ふふ」
「や? 先生、どうしました?」
「だって、おかしいですよ、若王子先生」

 突然笑い出した担任に、首を傾げて質問する先生。

「二日目の自由行動は、わざわざさんを追いかけて伏見稲荷まで行ったんですって?」
「やー……ばればれでしたか」

 ……え。

 私はあかりと顔を見合わせる。

 あの時先生は、取り巻きの女子に囲まれて困って、それで電車に飛び乗って逃げたって。
 その電車が、たまたま伏見稲荷に向かう電車だったって。
 ついでに観光しようと思ったって。

 そう、言ってたのに。

「()」
「(ちゃん)」

 あかりとはるひが目を見開いて驚いた表情をして。
 二人とも、その顔が真っ赤っ赤。

 でも、私の顔はそれ以上に赤いんだ、きっと。


 ところが。


「親バカここに極まれり、ですわね?」
「はい。さんは、特殊な家庭環境にありながらずっと努力を続けています。だから教師として、精一杯応援してあげたいんです」

 担任と、若王子先生の言葉。

「何に煩わされることもなく、高校生活が送れるように。彼女は僕の可愛い生徒ですから」

 教師として。

 可愛い生徒。

 そんなの当たり前なのに。

 一瞬でも勘違いして自惚れた自分に、激しく嫌悪した。


!?」

 椅子を倒しながら、突然乱暴に立ち上がった私に驚いて、はるひが大声を出した。

「え……さん?」
ちゃ、待って!」

 気づいたときには走り出していた。

 担任と先生の座るテーブルの前を駆け抜けて。


 人が増えてきた商店街を、私はあちらこちらぶつかりながら駆け抜けた。
 ひどい迷惑な観光客もいたもんだ。
 人ごみを抜けて、鴨川まで走る。
 四条大橋のたもとで、私はゆっくりと足を止めた。

 気づけば涙が溢れてた。
 自覚したとは思っていたけど、でもまさか。

 まさか、こんなに好きになってたなんて。

 通りすがる人が不思議そうにこちらを見ていく。
 涙、ふかなきゃ。

 私は右腕の袖口で目元をぬぐおうとして、

 その腕を掴まれ、

 強い力で振り向かされた。


 ……先生。
 いつもと違う険しい表情で、肩で息をしてる。

「泣いていたんだ」

「一体何が」

さん」

 呼吸も整ってないのに、矢継ぎ早に言葉をつなぐ先生。

 私はうつむいて、掴まれていない左手で涙をぬぐった。



 笑え。
 笑え、
 これ以上先生に、心配かけちゃ駄目だ。



さん、あの」
「先生のせいですよ」

 何か言いかけた先生の言葉を遮って、私は言った。
 私の腕を掴んでいる力が、ぎくっとしたように弱くなる。

 私は顔を上げた。
 心配そうに、どこかおびえたように私を見つめる先生。
 その後ろから、はるひとあかりと担任も走ってやってきた。

 私は、満面の笑みで。

「あかりたちと楽しくおしゃべりしてたのに……あんな、嬉しいこと言われたら、感動しちゃいます」
「……え」
「担任でもないのに、ずっと見守っててくれたんですね? あんまり感激したから、つい泣いちゃって。恥ずかしくなって飛び出してきちゃいましたよ!」

 もー!! と言いながら、私はばしっと先生の肩を一発叩いた。
 感情のブレをごまかすために、かなり強めに。

「い、痛いです、さん」
「痛くしたんだから、当然です! 生徒を泣かした罰です!」

 私はもう一度笑顔を浮かべた。
 その表情にほっとしたのか、若王子先生の顔にも笑顔が戻る。

 家族を亡くしたとき、親戚の前で気丈に振舞っていたことが、こんなところで役に立つなんて。

「今日はあかりとはるひもいるから大丈夫ですよ! 女の子3人の京都ぶらり旅を邪魔しないでくださいね!」
「まぁ、さんみたいな優等生が、教師にむかってそんな口利くなんて」

 コラ、と笑いながら睨む担任にも笑顔を向けて。

 私ははるひとあかりの手を強引に取った。

「それじゃ、私たちまだ回るところありますから!」
「ええ。時間までにはちゃんと戻ってくるのよ?」
「はーい。じゃ、若王子先生もまた、あとで! 行こう、はるひ、あかり!」

 ぐいぐいと。
 戸惑う二人を強引に歩かせる。

さん」

 先生が、呼んだ。

「何かあったら、すぐに」
「はい。一番に若王子先生に相談に行きますから!」

 振り返らないで、言った。



 四条大橋を渡って、すぐの角を右に曲がって。
 私の足を止めたのは、はるひだった。

 ぐいっと腕を引っ張られて、その場に立ち止まる。

、アンタ、ほんまに若ちゃんが」
「あのね、はるひ! あかり!」

 はるひの言葉を遮って。

 くるりと振り向いた私の瞳からは、ぽろぽろぽろぽろ。

「私」

 言葉に出したら、もう止まらなかった。

「若王子先生が、好き……っ」


 はるひとあかりに抱きしめられて、私はその場に泣き崩れてしまった。



 そのまま、鴨川のほとりに腰かけて、はるひとあかりは私が泣き止むのを待ってくれた。
 しばらくして顔をあげたら、二人の目も真っ赤になってた。

 その日は何も聞かないでくれた。

 3人で切ない気持ちを共感して、夕暮れに染まる鴨川を見つめていた。

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