ブブブブブブ
私の携帯のバイブが鳴った。
送信者は…………『佐伯 瑛』
29.修学旅行2日目:自由行動日
「おはよっ、あかり、瑛!」
「おはよう、ちゃん」
「おはよ、」
ホテルの裏の、人通りのないさびれた路地裏。
クラスメイトの目を盗んで、私は朝早くホテルを抜け出して路地裏に行くと、そこにはもうあかりと瑛が到着していた。
「うまく出てこれたか?」
「うん、多分大丈夫。とりあえずホテルから早く離れよう!」
私たち3人は、足早にホテルから遠ざかった。
というのも。
瑛からメールが来たのは就寝時間も過ぎた11時過ぎ。
日中からマナーモードにしていたから、特に同室の子にバレることもなく、私は布団にもぐりこんで携帯を開いた。
『 明日の自由行動、予定入ってないなら、一緒に来い。あかりも一緒 』
相変わらず上からモノを言う態度が丸出し。
でも瑛らしい。
笑い声が漏れないように気をつけながら、私は返信した。
『 いいよ。どこ行くの? 』
『 の好きなところでいい。明日朝食済ませたら速やかにホテル裏に来い。くれぐれも他のヤツにばれるなよ!! 』
『 了〜解 ^_^¥ 』
そうだよね。
瑛はうまくホテルから出ないと女の子に取り囲まれちゃうもん。
……私も人のこと言えないけど。
でも、瑛。
せっかくあかりと二人で出かけられるチャンスだったのに、いいのかな?
「瑛くんね、ちゃんのこと心配してたよ。男子に囲まれて、自由行動出来ないんじゃないかって」
「へぇー。気を遣ってくれたんだ……」
「うん。だから、もういっそ誘っちゃおうか? って」
「ご、ごめんね、あかり」
「なんで?」
あ、あいかわらずむくわれないね、瑛。
私たちは急ぎ足で鴨川沿いまでやってきた。
この時間なら、まだこの辺をうろついてるはね学生はいないだろう。
と、思ったら。
「あれ? 志波くんじゃない?」
おーい、と叫ぶあかり。
私と瑛もそちらをみてみれば。
鴨川土手に寝転がってた、日焼けした長身の。
「早いね、志波くん!」
「んあ……?」
ほんとに寝てたのかな?
寝ぼけ眼で上体を起こす志波くん。
私たちを見ても、ややしばらくはじーっとこちらを見てるだけ。
「………ヤベェ」
「ど、どうしたの?」
「朝飯、食いっぱぐれた……」
胃のあたりを押さえる志波くん。
話を聞いてみれば、夜も明けきらない早朝にランニングに出て、この鴨川で日の出を見てるうちに寝てしまったらしい。
し、志波くんらしいなぁ……。
「腹減った……」
「カロリーメイト食べる?」
あかりが差し出したカロリーメイトを、もさもさと食べる志波くん。
あ、そうだ。
「ねぇ、今日志波くんも誘っていいよね?」
「あ?」
瑛がきょとんとする。
ここで私と瑛の親子テレパシー!
『志波くん誘えば、うまく2組できるじゃない!』
『なるほど! グッジョブ、!』
これだけの会話を、目配せだけで以心伝心。
「ね、志波くん。今日の自由行動予定あるの?」
「いや」
志波くんはぺろりと指を舐める。食べるの早いなぁ。
「じゃあ、一緒にまわらない?」
「いいのか?」
「気にするな。このメンバーも、もともと寄り合いだ」
瑛の言葉に志波くんも頷いて。
今日の自由行動は4人で動くことに決定!
「で、どこに行くんだ」
「んとね、伏見稲荷に行きたいの」
「「「伏見稲荷?」」」
あかりと瑛と志波くんの声がハモッた。
京都にある伏見稲荷は、全国にある伏見稲荷の総本山で、山中に小さな鳥居が連立していることで有名だ。
「……聞いてる?」
山登りをしながら、私は自分の知ってる知識を3人に教えていたんだけど。
振り向いた先には、肩で息をしている瑛と、鳥居にしがみついてるあかり。
ちなみに志波くんは涼しい顔で、私の数歩先を歩いている。
「き、聞けるかっ!」
「もー、だらしないなぁ。まだ中腹だよ?」
「まだ中腹なの!?」
へたん、とあかりが座り込んでしまった。
あれ、ペース速かったかな?
「あかり、大丈夫?」
「だ、だめかも。ちょっと、休ませて……」
「う、うん。ごめんね、少し急ぎすぎたかな」
運動が苦手な私が平気なペースだから大丈夫と思ったんだけどな。
朝の走り込みで、基礎体力ついたのかも!
「あかり、大丈夫か」
瑛があかりに近寄ってきたので、私はあかりと距離をとる。
そこだっ、瑛! 一気にたたみかけろ!
「」
「ん、なに?」
振り返ると、志波くんはにやりと笑っていて、あごをしゃくって山頂を指した。
あ、そっか!
「じゃあ先に行ってるね! 一の峰で待ってるから、瑛、あかりのことヨロシク!」
「え? あ、……わかった、まかせろ」
『感謝、、志波!』
『がんばれ、瑛!』
私はぐっと親指をたてて。
志波くんと一緒に先に進むことにした。
「あとは若いものでごゆっくり、ってね。志波くん、気ぃきかせるじゃない」
「あの二人のためだけ、でもない」
志波くんの横にならんで、ゆったりとしたペースで登る。
「他になにかあるの?」
「別に」
志波くん、素っ気無い。
でもなんか、表情は明るいみたい。
「志波くん、機嫌いいね? なんかいいことあった?」
「あった」
「なに?」
「秘密」
「けち〜」
「クッ」
あ、今度は笑った。
志波くんにとってのいいことって、なんだろうな。
それから無口な志波くんの短い相槌を聞きながら、一方的に私がしゃべって。
あかりと瑛の二人と別れてから30分程。
山頂の一の峰に到着した。
「ここが一の峰……」
シーズンじゃないのか、無人の販売所(休憩所かな?)に、階段の上のこじんまりとした社。
私は万感の思いで、階段下から社を見上げていた。
「なんでここに来たかったんだ?」
自販機で買ったスポーツドリンクを手渡しながら、志波くんが尋ねてきた。
「ありがと。うん……」
受け取ったスポーツドリンクを手の中で転がしながら、私は階段を登った。
社の前で振り返る。
「お兄ちゃんも修学旅行でここに来たんだって」
「……の兄貴?」
「うん。お兄ちゃんが学生時代だから……10年前か。正直、私朝のジョギング始めるまでは運動全然だめで」
えへへと笑っていると、志波くんも階段を登ってきた。
「伏見稲荷にキツネやカエルの像があるって聞いて。私も行く! って行ったら、体力のない私には無理だって、笑われたの」
「そうか」
「うん。だから、なんとしても登って、見返してやりたかった」
もう、そんなことも出来ないけど。
私ちゃんと登ったよ。天国で見てる? お兄ちゃん。
ぽふ
ちょっとだけ感傷に浸っていたら、志波くんが私の頭に手を置いた。
「よくやった」
「あ」
見上げた志波くん、優しい表情。
「志波くん、手、おっきいね」
「そうか?」
「うん。お兄ちゃんみたい」
「……フクザツ」
「え?」
手を離した志波くん、今度は少し寂しそうに笑う。
どうしたんだろう。
「遅いな、佐伯と海野」
「そうだね。でも私も少し疲れちゃった。休憩がてら待ってようよ」
「だな」
私と志波くんは自販機横のベンチに腰掛けて、二人の到着を待つことにした。
ん、だけど。
待てど暮らせど、二人が来ない!
もう30分は待ってるんだけど……。
「どうしたんだろう」
「戻ってみるか?」
「そうしよう!」
まさか、道に迷うことはないと思うけど。
私と志波くんは急ぎ足で来た道を戻った。
でも。
いらない心配だった!!
「よぉ、お二人さん。おそろいで」
「お帰り、ちゃん、志波くん」
二人はなんと、登り始めてすぐの茶屋まで戻っていて、仲良くソフトクリームを食べてたんだもん!
しかも。
「待ちくたびれました、さん、志波くん」
なんで、若王子先生まで。
「若王子先生、取り巻きの女子から逃げて電車に飛び乗ったら、こんなとこまで来ちゃったんだって」
「せっかくだから観光していこうかと思ったんですが、先生疲れちゃいまして。ここでお茶飲んでたら佐伯くんと海野さんに出会いました」
「……で、山頂で待ってた私たちをほっぽって、優雅にお茶してたわけですか」
心配して損した!
っていうか、腹立ってきた!
「ひどい! おとうさん、私にもアイス!」
「ん、自分で買いなさい」
「ずるいー!」
「……アイツ、佐伯のことおとうさんって呼ぶのか……」
「うん、時々瑛くんのことそう呼んでるよ」
「親父より兄貴のがマシ、か」
私が瑛を追い掛け回していると。
「さん」
先生が。
「はい、どうぞ」
「あ」
ソフトクリームを手渡してくれた。
「お疲れ様。先生の奢りです。あ、志波くんもどうぞ?」
「スンマセン。いただきます」
「さ、さんも」
「は、はい、いただきます……」
先生は左手のソフトクリームを志波くんに渡して、右手のを私に差し出した。
受け取るとき、手が、触れる。
手をつないで一緒に帰るのが当たり前になってたのに。
なんかもう。今は触れただけで。
「9月も半ばなのに、暑いですね!」
私は急いでソフトクリームを頬張った。
熱を持ってきた頬を、冷ますために。
その後、若王子先生を加えた私たち5人組は。
「あのね地主神社に行きたいんだけど……」
これからどこへ行くかという話し合いで、あかりがおずおずと手をあげた。
「何それ?」
「ちゃんしらないの!?」
あかりが驚いてこちらを見る。
あ、あれ? 瑛と志波くんも?
「お前、モテるわりに……」
「な、なによぅ」
「地主神社というと、清水寺の縁結びの神社ですね?」
「縁結び!?」
あ、あー、なるほど。
お年頃の高校生なら下調べしてて当然、って?
ふんだ、そんな余裕、こっちにはないんだもん。
「みんな知ってるってことは、祈願したいお相手がいるってことだ!」
反撃。
ふふふ、みんな沈黙。
……って。
「若王子先生も?」
「いえ、先生は前に2年生を担当したときに知りましたから」
「そう、ですか」
安心しても。しょうがないってわかってるけどさ。
「じゃあ、そこにしよっか? ちょっと距離遠いけど」
「そうだな。途中で昼飯取って」
「はい。先生、京都のおそばが食べたいです」
「あ、にしんそば!」
「賛成」
というわけで満場一致で、次の目的地は地主神社に決定!
で。
京都の街中までたどりついて、一番最初に見つけたお蕎麦屋さんに入って腹ごしらえして。
清水寺の土産屋が並ぶ小路で、まず瑛がクラスメイトに見つかって拉致されて。
その後すぐに若王子先生がさらわれて。
で、私も。
っはぁ、はぁ、はぁ。
舞妓さんと写真を撮ってたはね学男子に「さんも写真一緒に!」と腕を掴まれて。
その腕を志波くんがふりほどいてくれて、そのままあかりと一緒に猛ダッシュ!!
結局地主神社にたどり着いたときには、私とあかりの二人だけになってた。
「ば、ばらばらに、なっちゃった、ね」
「仕方ないか。観光地だもん、みんな捕まっちゃうの」
私とあかりは肩で息をして呼吸を整えて。
「でも着いたね、地主神社」
「うん」
軽く日が暮れかけてきた地主神社には、はね学生以外の観光客もたくさん。
ほとんどが女の人だ。
「あっ、あかりに!」
「はるひじゃない! あれ、一人?」
おみくじ引きに行こうか、とあかりと言っていたら。
前からはるひがやってきた。
うわぁ、両手にお土産。
「さっきまで他の子とまわっとったんやけど。お土産選びで散会中や」
「そうなんだ。早速買い込んだね?」
「配るとこたくさんあるからな! それより、おふたりさんも縁結びがお目当てやろ?」
にやりと。
ふふふ、はるひってばわっるい笑顔。
「あかりがどうしてもって」
「もう! ちゃんだっておみくじ引くんでしょ?」
「ほな引いてきな! 当たるも八卦、当たらずも八卦や!」
「……はるひはもう引いたんだよね?」
「あ〜、アタシもう待ち合わせの時間や! ほなな!」
あ、逃げた。
私とあかりは顔を見合わせて笑って。
いよいよおみくじを引きに行った。
さて。
別にどきどきする必要もないんだけど。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ、淡い期待もあったりして。
「あ」
先におみくじを開いたあかりが声をあげた。
「なになに?」
「う、うん。結果自体は中吉なんだけど、待ち人の欄がね」
あかり。口がもうほころんでるってば。
「……来るって」
「よかったね」
「うん!」
ああ、その来る人が瑛でありますように。
「ちゃんのは?」
「あ、うん」
ぺりぺりと。
おみくじの糊付けをはがす。
小吉。
「吉は吉だよね」
「そうだよ! ね、待ち人の欄は?」
私とあかりは字を追っていく。
……なんだこれ。
「待ち人」
「なんかすごい」
って。
なんかすごいって何。
……ミスプリ? っていうか、もしかして稀な当たり目?
この結果の感想を、私もあかりもうまく言えずにお互い見つめていたら。
「あかり、! ようやく、追いついた……」
「はぁ、はぁ、先生、もう階段はいいです。さん、海野さん、手を貸してくれませんか」
「、海野。無事か?」
3方向から、瑛、若王子先生、志波くん。
同時にやってきた。
「ちゃん」
「うん。なんかすごい」
いきなりあたった、このおみくじ。
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