高校生活最大のイベント。
ついにその日はやってきた。
28.修学旅行初日:団体見学日
はね学修学旅行先は京都一辺倒。
初日の今日はバス移動による、クラスごとの団体見学日だ。
「ここ京都御所は、東京遷都までのあいだ天皇の住まいとして使用されており……」
ガイドさんの説明を受けながら、御所内をぞろぞろと回る。
ちなみに、この団体見学は2クラス合同で、他のクラスは別の場所を回ってるはず。
いきなり1学年全員が押し寄せたら収拾つかないもんね。
だから、当然あかりもはるひも、仲のいい前半クラスの子は誰もいなくて、ちょっと退屈だった。
あ、志波くんは一緒なんだけどね。
ひょこんと一人だけ頭ひとつ分大きいから、どこにいても目に入る。
……あくびしてる。志波くんも退屈なのかな。
歴史的建造物にはとても興味があるんだけど、やっぱり親しい友達がいるといないとでは楽しさが違う。
でも、こればかりは愚痴ってもしょうがないから、2日目と4日目の自由行動日に楽しもうと思って。
「」
ふぁあとあくびをした瞬間、志波くんに声をかけられた。
「クッ……でけぇ口」
「う、わわ。見たなー?」
慌てて口を覆って、志波くんを睨み上げる。
見下ろす志波くんはまだ笑ってた。
「お前のクラス、先進んでるぞ」
「あ、ほんとだ! ありがとう!」
ぼんやり気を抜いてたら、私のクラスはすでに移動を開始してた。
慌てて走って追いかける。
だめだなぁ。志波くんがいなかったら、あやうく迷子になるとこだった。
「それではこれから30分、自由散策とします。時間までにバスに戻ってくださいね。バスは出口の方へ移動してますから間違えないように!」
「はーい」
担任の号令に、散り散りになるクラスメイト。
女の子は仲のいいグループでさっさと出かけてしまう。
クラスに友達がいないわけでもないんだけど。
なんとなく、一人でふらりと出かけたくて。
あ、志波くんだ。
一緒にいるのは、同じ野球部の子だな。見覚えがある。
「」
志波くんがこっちに気づいてやってきた。
「……一人か?」
「うん、ぶらり一人旅中」
「じゃあさんも一緒に回んねぇ?」
隣の野球部の子が誘ってくれたけど。
……あ、この人確か。
「ううん、ちょっと一人でまわりたいんだ。ところで、頭の怪我大丈夫? 練習試合で頭にデッドボール受けた人だよね?」
「えっ……覚えててくれたんだ! やった、学園アイドルに心配してもらえるなんて、すっげぇ嬉しい!」
私の手を取って、ぶんぶん振り回す彼。
あはは、ノリがいいなぁ体育会系は。
「……おい。が嫌がってる」
「え、マジで?」
「ううん、そんなことないよ」
「なんだよ志波、男のやきもちはみっともないぞー!」
「…………」
「う、志波の殺人視線」
無言の圧力をかけ始めた志波くんにひるんで、野球部の彼は私の手を離した。
無口な志波くんと対照的。ふふ、なんかいいコンビかも。
「仕方ねー、行くか。じゃあさん、またねー」
「うん、またね。志波くんも、またあとで」
「ああ」
私は二人を見送って、あたりを見回した。
あ、もう誰もいない。
そろそろ私も見学に行こうかな。
と。
「お、越後屋ぁ。一人か?」
振り向いた先には、志波くんのクラス担任である古文の先生。
バレンタインデーに、若王子先生に賄賂としてチョコを渡してからというもの、この先生からは時々『越後屋』なんて呼ばれるんだよね。
おもしろい先生。
「はい、一人で気ままに見学しようと思って」
「そーかそーか。じゃあ、少し先生に付き合わないか?」
「え? いいですけど……」
「よしよし。じゃあついて来い」
にやりと笑いながら手招きする先生。
私は素直についていく事にした。
古文の先生に連れて行かれたのは大きな池のほとり。
ちらほらとはね学生もいる。
「同じクラスの子と回らなかったのか」
「はい。ちょっと、一人で回りたくて」
「せっかくうちの人気者がナンパに行ったのになぁ」
「見てましたね? ナンパにほいほいついてく軽い女じゃありませんから!」
「はっはっは! 本当にはおもしろいな」
豪快に笑いながら、先生はみんながいるところとは少し離れた池のふちで立ち止まった。
「生活はどうだ?」
おもむろに聞いてくる。
「おかげさまで学費の工面もついて、とりあえずは順風満帆ですよ」
「ああ、その話は若王子先生からも聞いてるぞ。はいい友達を持ったな」
「はい!」
本当にそう思う。
私は笑顔で返事した。
なのに先生は、ちょっと困ったような笑顔を浮かべて。
「今のクラスには馴染めないか?」
「え? ……そんなことないですよ?」
確かにあかりやはるひのような仲良しはいないけど、休み時間に普通におしゃべりしたりする友達はいる。
ただ、彼女たちは私の事情を知らない子だから、少しだけ一線引いてはいるけど。
クラス内で孤立感はないんだけどな。
「そうか? ならいいけどな」
先生は「うーん」と唸りながら上体をそらし、きょろきょろとあたりを見回した。
「お、気づけば誰もいない」
「あ、もう集合時間まで3分しかないですよ!」
「そうか。……よし、。もう少し付き合え」
「え? あの、時間が……」
「先生が一緒だから大丈夫だ。おう、こっちだ」
手招きするのはバスが待ってる場所とは反対方向。
い、いいのかな、本当に。
戸惑いつつも。私は先生についていく事にした。
そのまま二人で御所内を散歩すること10分ほど。
ぴりり ぴりり ぴりり
先生の携帯が鳴った。
「お、来た来た」
なぜか嬉しそうな先生。何考えてるんだろ、一体。
先生は携帯を取り出し、通話ボタンを押す。
「はい。……ああ、なら私と一緒です。一人で散策してたら迷子になったみたいですね」
なんだそれ!
人を連れまわしておいて!
抗議しようとしたら、先生は口元に人差し指をあてて「黙ってろ」と合図する。
その表情はいたずらっ子そのもの。
ほんとに、何考えてるんだろ……?
「今からそっちに戻ると遅れますから、出発してください。もう少ししたら前半クラスが到着しますから。そのバスに乗せて今日は行動させますので。……はい、はい。それではよろしくー」
「せ、先生、あの」
ぷちっと携帯を切って、ぐっと親指をたてる先生。
こ、このちょい悪親父……。
「、少し離れたほうが友達のことをよく理解できるぞ」
「はい?」
先生の言うことが、私には理解できなかった。
少し離れたほうが、って。
これから前半クラス、つまりあかりやはるひたちと合流するようにしたのに、どういう意味だろう?
「ま、先生の言った意味はきっと後々わかる。さ、じゃあ前半クラスの見学が終わるまでもう少しぶらつくか」
「はぁ……」
適当に濁されて。
私と古文の先生は御所内を引き続き回ることになった。
「先生……先生のクラス、引率いなくなっちゃってますけどいいんですか?」
「ガキじゃあるまいし、高校生にもなって大人の引率が必要な年でもないだろー」
こ、この極悪親父。
そして約1時間後。
「じゃあ若王子先生、をよろしくお願いします」
「はい、確かにお預かりしました」
よりにもよって、私は2−B、つまり若王子クラスのバスに同乗することになった。
私にむかって手を振る古文の先生は、似合いもしないウインクをして。
はぁ。
「さん、一番前の窓際の席に座ってください」
「あ、はい」
若王子先生に促されて、私はバスに乗り込んだ。
すると、すぐに声がかかる。
「あーっ、やん! どしたん??」
はるひの大声に、バスの中が一斉に静まり視線が私に集まる。
ううう、恥ずかしい。
「じ、自由散策中に迷子になって、バスに戻れなくて……」
「ドジやなぁ〜。そんで、このバスでホテル帰るん?」
「う、うん」
ぷっ。くすくす。
そこかしこでもれる笑い。
うあああああ、恨みます、極悪古文親父っ。
「はいはい、みなさん。全員揃ってますね? では2−B出発しますよー」
私が席に着くと、先生が乗り込んできた。
そのまま私の隣に座る。
……隣に、座る?
「あの、先生?」
「はい?」
「あの、ここ」
「はい、先生の席です」
はっ。
そうだ、バスの最前列って、教員用に確保されてるんだっけ。
その後ろは生徒がぎゅう詰めだから、私が座るスペースはないんだ。
……おもいがけず、先生の隣。
「窮屈ですか?」
「いえ、大丈夫です」
慌てて返事すると、先生はにこっと微笑んで。
「1時間以上も歩き詰めで疲れたでしょう? ホテルまで、眠っててもいいですよ」
そして私の耳元で、こそっと。
「特別に先生の肩を貸してあげます」
「いいいいいいいですっ」
絶対眠れないっ!
そして太陽もとっぷり沈んだ頃、今日の宿泊予定のホテルに着いた。
「さん! もう、心配したのよ!」
バスを降りるなり、担任の先生が駆け寄ってきた。
「まさか、さんみたいなしっかり者が迷子になるなんて思わなかったから。連絡受けるまで、本当に心配したんだから!」
「す、すいません……ごめんなさい、先生」
担任の、心配そうな顔。
本当に悪いことしちゃったな。全部古文の先生が悪いんだけど。
「先生、さんなら僕がしかっておきましたから」
ね、と若王子先生が助け舟を出してくれる。ふふ、何のお小言も言わなかったくせに。
すると担任の先生は仕方ないわね、とでも言う風に腰に手をやり、
「さんなら1度言えば大丈夫よね。さ、部屋に行きなさい」
「はいっ」
これぞ優等生特権。
私は若王子先生と担任の先生にぺこりと頭を下げて、ロビーに入った。
……ロビーには。
「!」
「あ、志波くん」
ホテル内での制服・体操着に着替えた志波くんが、うろうろとロビー内を行ったりきたりしてて。
私の姿を見つけるなりすっ飛んできた。
「大丈夫か!?」
「え、な、なにが??」
「からまれたのか? それとも」
「あ、あ、違う。あの、迷子になって」
そっか。
隣のクラスだから詳しいことは伝わってないんだ。
「御所内で迷子になって、バスに時間までに戻れなかったの。志波くんのクラスの先生と一緒だったから、なんともないよ」
「……本当か?」
「うん。若王子クラスのバスで一緒に戻ってきたの」
「そうか」
ふぅ、とため息をつく志波くん。
本当は先生の策謀です、なんて。言えないよね、この様子だと。
「心配かけて、ごめんね?」
「いや、いい。無事なら」
ふぃっと横を向く志波くん。
あ。もしかして照れてるのかも。
すると。
「あ、さん!!」
奥から走ってくる女の子が3人。
同じクラスの子だ。割とよくしゃべる、比較的仲良しな子たち。
「びっくりした〜! さん、時間になっても戻ってこないんだもん!」
「ほんと! 先生に探しに行くっていっても許してくれなくて」
「え」
思いがけない言葉に、私は驚いてしまった。
この子たちが、こんなに心配してくれてたなんて。
「さんって可愛いから、もしかしてナンパにあってるんじゃないかとかさぁ」
「そうそう、それに人がいいから断りきれないとか、ありそうだよねーって。ずっと言ってたんだよね?」
「うちらほんと心配したんだよ! 明後日の団体見学日は、絶対一緒に回ろうね!」
がしっと手を握られて、熱心に話しかけてくるクラスメイト。
……あ。
もしかして先生が言ってた、離れてみなきゃわからないって言ってたのって。
この子たち。
あかりやはるひや志波くんじゃなくて、同じクラスの友達のこと?
「ね!?」
「う、うん。明後日は一緒に回ろう!」
「よし決まり! あ、さん、ご飯の時間は6時からだから、少し急いだほうがいいかも」
「そっか。じゃあすぐ行くから先に行ってて?」
「うん。場所取りして待ってるね」
そう言って。
彼女たちはまた走って戻っていった。
そっか。
私は自分の家庭事情とか、いろいろなもの抱えてて、事情を知らない子たちとの友情を少し敬遠してたけど。
みんなは私の身の上なんか関係なく、ありのままに接してくれてるのに。
私が壁を作ってたんだ。
気づかなかった。
「」
「志波くん」
「……うちのマネージャーと、仲良かったんだな」
「うん」
今来た3人のうちの一人は、野球部練習試合で親しくなった子だ。
「お前、今のクラスに馴染めてなさそうだったから」
「あー……志波くんにもそんな心配かけてたんだ」
もう、ほんと恥ずかしい。
「明後日はあの子たちと一緒に動くの」
「そうか」
「うん。……あ、夕食まで時間ないね? 私、着替えなきゃ! またね、志波くん」
「ああ、また」
いつものように、口の端だけを上げてにやっと笑う志波くん。
私、もう少ししっかりしなきゃ。
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