新学期が始まってすぐ。
 若王子先生の誕生日がある。


 27.2年目:若王子誕生日


 今年もあかりやはるひと色紙をあげようか、なんて相談していたんだけど。

「去年私たちの色紙を受け取ってもらえた、ってことすごく広まってるみたいよ? 私のクラスだけで3枚くらい色紙が回ってるの」

 お昼に密さんがそう教えてくれたことで、私たちは唸ってしまった。

「そうなると、教頭センセ、色紙も禁止! って言いそうやな」
「そうだよね。じゃあ今年はどうしよっか」

 う〜ん、と考え込む私たち。

「今年はモノをあげるのあきらめたらどうだ?」

 最初っから協力する気が薄い藤堂さんは、さっくりと提案する。
 でも今回は藤堂さんの言い分が通るかも。

「せやな。色紙が許可されても、そんなたくさん目ぇ通すの、若ちゃん大変やもんな」
「そうですね。残念ですけど」

 はるひと小野田ちゃんが同意する。
 私と密さんも顔を見合わせて、「仕方ないよね」って頷いた。

 しかしあかりは。

「モノじゃないプレゼントなら、受け取ってくれるかな?」
「モノじゃないプレゼント?」
「歌とか」
「「「「「歌ぁ!?」」」」」

 みんなの声が綺麗にハモった。
 あかりの天然っぷりは十分理解してる私とはるひも、口をぽかん、だ。

「みんなで若王子先生に、ハッピーバースデートゥーユーを歌ってあげるの」
「あ、あのさ、あかり。そんな、幼稚園児じゃあるまいし」
「喜んでくれないかなぁ」
「…………」

 みんなで若王子先生を囲んで、歌を歌ってる場面を想像する。

「先生なら、喜んでくれそう……」
「でしょ?」

 嬉しそうなあかりをよそに、藤堂さんとはるひはげんなりとした表情を浮かべていた。


 というわけで。
 今回のプレゼントは有志のみ。
 集まったメンバーはあかり、私、はるひ、ハリー、クリスくん、志波くん。

「し、志波くんも参加?」
「あぁ……」

 げんなりした表情なんだけど、参加を表明した志波くん。

「先生にはフォーム修正とか、いろいろ世話ンなってるし。こういう機会でもないと、な」
「うん、それはわかるけど……」
「なぁ、。教員室で歌うっての、どうにかなんねぇのか」

 そうだよね。そうだよね?
 私もそう思ってたもん。

 志波くんの同意も得られたことによって、私はなんとかあかりを説得し、先生を化学準備室に呼び出してそこで歌うことにした。


「や、すいませんみなさん。遅くなりました」

 誕生日当日の9月4日。
 お昼休みに化学準備室に来てください、とあかりに伝えてもらっていたんだけど、先生が来たのは予鈴が鳴り出す3分前。

「先生、逃げ回ってましたね?」
「ピンポンです。今年は色紙も貰わないように、教頭先生に言われてしまいましたから」

 やっぱり……。
 私とあかりは顔を見合わせて小さく笑った。

「それで、みなさん何の御用でしょう?」
「若ちゃんセンセに、僕たちからのプレゼント受け取ってもらいたいねん」
「やー……みなさんの気持ちは嬉しいんですが、みなさんだけ贔屓するわけには」
「モノじゃないですよ、先生」

 席を立とうとした先生の肩を押さえて、強引に座らせるあかり。

 そして、私が号令をかける。

 せーの。

「Happy Birthday To You……」

 みんなで一斉に歌いだした。

 クリスくんの流暢なハッピーバースデイ。
 ハリーの伸びのあるハッピーバースデイ。
 志波くんとはるひは照れてるから、すっごく小さな声だけどきちんと歌って。
 私とあかりは顔を見合わせて笑いながら、歌って。

「Happy Birthday Dear………」

「せーんせー」
「若ちゃーん」

「貴文ー……」

 名前を呼ぶところはみんな思い思いに言ったのでごちゃごちゃになってしまった。
 思わずみんなで笑ってしまう。

「Happy Birthday To You……」
「誕生日おめでとうございます! 若王子先生!」
「若ちゃん、おめでとー!」
「若王子、おめでとっ! オレ様の美声、よかっただろ!」
「若ちゃんセンセ、ハピバ!!」
「先生、おめでとうございます」
「おめでとうございます、若王子先生」

 歌い終えて、口々に祝福の言葉をかける私たち。
 先生はしばらくぽかんとしてたんだけど。
 ぱぁぁ、と頬を染めたかと思うと、泣きそうな顔になった。

「みなさん……ありがとう。先生、とても嬉しいです。あ、感動のあまり涙が……」
「いややー! 若ちゃん、感動しすぎやで!」

 ばしばし先生の肩を叩くはるひ。
 あんなに恥ずかしがってたけど、先生の反応見てはるひも嬉しくなっちゃったんだろうな。

 その時、予鈴がなった。

「やべっ! オレ次移動教室だったんだ!」
「僕もや〜。ハリーくん、急がな!」

 ばたばたとハリーとクリスくんが化学準備室を出て行く。

「さ、みなさん急いで。先生のせいでみなさんが他の先生に怒られたら大変です」
「はい、それじゃ、失礼します!」

 先生に急かされて、あかりとはるひと志波くんも準備室を出る。
 私もその後に続いて出て行こうとドアノブを掴んだら。

 ぽん、と肩に手を置かれて。

さん。さっき、僕の名前を呼んだよね?」

 ぎっくーん!!!

 私の心臓が跳ね上がる。
 ばばばばばば、ばれてたっ……

「あああのっ、あの部分は下の名前で普通歌うじゃないですか! だ、だからつい……」

 慌てて振り向いて弁明すると、思いのほか近くに若王子先生の顔があった。
 優しい瞳。う、わ、くらくらする。

「怒ってません。嬉しかったから」
「そ、そうですか。それはよかった! あは、あはは……」

 ドアにしがみつくような形で、もう必死に笑う私。

 と。



 志波くんが廊下から声をかけてきた。

「遅れるぞ。オレたちのクラスが一番遠い」
「う、うん。じゃあ、先生、行きますね」
「はい、急いでください」

 そして逃げ出すように走り出す私。
 氷上くんが一緒じゃなくてよかった、なんて思いながら猛ダッシュ。

 幸い、本鈴がなる前に教室にたどりつけた。

「はぁはぁ、じゃあね、志波くん」
「あぁ……」

 肩で息をしながら、隣のクラスの志波くんに声をかけると、志波くん、怪訝そうな顔でこっちを見てた。

「どうしたの?」
「お前……先生と何話してた」
「え」

 一度冷めた熱が再び上がる。
 し、志波くんて、変なとこ鋭い、っていうか。

「な、なにも? 祝ってくれてありがとう、って」
「……そうか」

 口を真一文字に結んで、すっと目を細める志波くん。
 そのまま自分のクラスに入っていった。

 ……ふああ、どきどきした。



 でも。
 私の計画はこれからだった。



 夏休みの間に、若王子先生に恋してる、って自覚してから。
 別に先生の恋人になりたいっていうふうには思わなかった。

 だって、私は生徒で先生は先生だし。

 先生はオトナで私はコドモだし。

 ただ、先生は私がはね学に入学して以来、ずっと見守ってきてくれて。
 時には本当に守ってくれて。

 はね学にいる間に、少しでも感謝の気持ちをお返ししたいって思ったから。

 今日、感謝の気持ちを返します計画第一弾を決行するのです!!


 帰りのHR。
 起立、礼、さよならー。

 一連の動作のあと、私はダッシュで教室を飛び出した。
 廊下ですれ違った志波くんと瑛には「じゃ!」とだけ挨拶して、玄関直行。

 素早く靴を履き替えて、私は駐輪場へ向かった。

 今日という日のために、涙を呑んで有沢さんの参考書と引き換えに、自転車を一日借りたのだ!
 私は激チャリして駅に向かった。


 自転車は駅に置いて、そのまま電車に飛び乗り、最寄り駅からは走って帰宅。
 自宅のドアを乱暴にしめて、私は制服の上にエプロンをつけた。

 私が計画したプレゼントというのは。
 夏休みに姫条さんに教わった、ニィやん特製チャーハンのアレンジ。
 若王子先生からもらったガラムマサラを使った、カレーピラフを作ってプレゼントしちゃおう! というものだ。

 今日、先生は陸上部に顔を出すことはリサーチ済だから、急いで作れば間に合う。

 ……ただ、そのあとアンネリーに間に合うかどうかが微妙なとこなんだけど。

 とにかく、私は早起きして切り刻んでおいた野菜を冷蔵庫からとりだし、フライパンを火にかけた。


「ああもう、私のバカ!」

 駐輪場に乱暴に自転車を乗り捨て(氷上くんゴメン)、私はかごの紙袋を掴み、グラウンドに向かってダッシュした。

 家に鍵かけ忘れて、駅からまた家に戻るなんて!
 なんて時間のロス!
 これじゃアンネリーどころか、陸上部の練習上がり時間にも間に合わないかも!

 というわけでものすごい形相で激チャリしてきたんだけど。

 グラウンドはもう閑散としていた。

「……間に合わなかったか」

 はぁ、と息を吐く。なんかとたんに切なくなってしまった。
 なにやってんだろ、私。
 いいや、これは晩御飯にしよう。

 アンネリーにまで遅れるわけにはいかない。
 私はグラウンドをあとにして、駐輪場に向かった。

 ら。

 正面玄関前で。
 ばったり先生とでくわした。

「あれ、さん?」
「……………」

 先生は白ジャージ姿ではなく、いつもの教員スタイル。
 あまりの偶然に、私はぽかんとして言葉を失ってしまっていた。

「帰ったんじゃないんですか?」
「いえ……帰ったんですけど」

 その時。
 チャイムが鳴った。
 玄関の上の時計が指してる時刻は……

「あー!!」
「み、さん?」
「遅刻っ! 遅刻しちゃう! 先生、これ!」

 私は手にした紙袋を先生に押し付けた。

「は、い?」

 先生も何がなんだか、という表情で思わず受け取って。
 私はそのまま駐輪場に走り、自転車にまたがって、いまだ呆然としている先生の横を走り抜けた。

「先生さよならっ!」
「はい、さよなら……」

 あああもう、サイッテー。

 自己嫌悪に陥りながら、私はアンネリーへ向かって自転車を漕いだ。


 バイト後。
 自宅に戻って私は布団の上につっぷした。

 ぎりぎりバイトに間に合ったものの、先生へのプレゼント作戦が大間抜けな結果になってしまって。
 気の抜けた私は初歩ミス連発。
 さすがに真咲先輩にも怒られてしまった。
 ……といっても、そのあとに「何かあったのか?」って心配してくれるところが真咲先輩にいいところなんだけど。

 でも、先生に渡せたし。
 感謝の言葉をつづったメモもいれておいたから。
 よしとするべきかなぁ。

 ああもう。
 今日は晩御飯食べないで寝ちゃおうかな……。

 そんなことを考えていたときだった。
 携帯が鳴ったのは。

 緩慢な動作でかばんの中の携帯に手をのばして、送信者を見る。

『若王子先生』

 飛び起きた。

「せんっ……せい?」
『コール7回。ブ、ブーです』

 先生の声。
 な、な、なんだろう。

「先生……」
さん、ごちそうさまでした。とってもおいしかったです』

 あ。
 先生、食べてくれたんだ。
 嬉しい。

『とっても料理が上手なんだね? もしかして、これに先生が上げたスパイスを使ってる?』
「はい。大切に使ってますよ」
『うん』

 電話越しに聞く声があたたかい。
 やっぱり先生の声って、栄養剤だ。
 疲れがどんどん吹き飛んでく。

『歌とピラフとメッセージのプレゼント。先生、すごく感激しました』
「あ」

 メッセージ。
 紙袋の中に小さなメモ用紙に書いたんだっけ。

『先生に尊敬と感謝を込めて。あなたの可愛い生徒:
「よ、読まないでくださいよ、先生。恥ずかしい……」
『うん。でも、本当に嬉しかったから』
「せ、んせ……な、なんか声近いですね!?」

 恥ずかしさのあまり、話題を強引にそらす私。
 でも。

『うん、近いね。さん、窓の外を見て』

 え。
 まさか。

 私は急いでカーテンを開けて、窓の外を見た。
 7階から見下ろすマンションの前の道路。

 先生がこっちを見上げて手を振っていた。

 私は携帯を切って、家を飛び出した。


「先生!」
「こんばんは、さん」

 私が渡した紙袋を持って、先生はにこやかに出迎えてくれた。

「器を返しにきました」
「そんなの、明日でよかったのに」
「明日だと、教頭先生に怒られちゃいます」
「あ、そっか……」

 先生から紙袋を返してもらう。
 あ、結構詰め込んだのに、空っぽになってる。

「や、まだ制服だ」
「はい、さっきまでバイトだったので」
「そうですか」

 先生はにっこりと笑って。

さん、みんなと一緒に修学旅行に行けるようになったね。おめでとう」
「ありがとうございます。……考えてみれば、先生がはるひたちに打ち明けてくれたから、ですよね」
「でもがんばったのはさん自身だ。先生、さんを尊敬します」

 そう言って、頭を撫でてくれた。

 嬉しいけど、切ない。
 なんだろう、前までは素直に嬉しかったのに。
 今はとても年齢の差というか、立場の差を感じさせられる。

「バイトの疲れを残しちゃいけない。先生、もう帰ります」
「はい。わざわざありがとうございました」
「お礼を言うのは僕のほうだ。ありがとう、さん。おやすみなさい」
「おやすみなさい、先生」

 笑顔で。
 私はエレベーターに乗って、いつものように動き出すまで先生が見送ってくれて。

 自宅に戻って、どくろクマを抱きしめる。

 ……先生。

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