暦の上では夏のお彼岸、お盆シーズン。
 今日から1週間はスタリオン石油で短期バイトだ。


 26.夏休みバイト:藤堂編


「おはよう藤堂さん!」
「オハヨ、。スタンドの仕事は甘くないから気合入れていきなよ」
「はいっ、先輩」

 いい返事、と藤堂さんはにやりと笑った。

 企業の夏休暇が始まって、帰省ラッシュ真っ只中。
 今年は藤堂さんのバイト先、スタリオン石油の短期バイトの集まりが悪いということで声をかけて貰えた。
 スタンドの仕事は力仕事だから、昨日はしっかり食べてしっかり寝て、備えてきたもんね。

「奥に更衣室あるから。着替えたら軽く講習するよ」
「はーい」


 手早く着替えて、スタッフ用控え室へ。
 藤堂さんの姿はないけど、1人男の人がいた。

 浅黒い肌に、きつねみたいなつり目。
 でも人懐っこそうな笑顔を浮かべていて、私を見るなり近づいてきた。

「自分、ちゃんやんな?」
「え、は、はい」
「オレもここの店長に緊急呼び出し食らったバイトやねん。1週間よろしくな」
「はい」
「っと〜、自己紹介のが先やな。オレ、姫条まどかいうねん。前にここでバイトしとったことあるねんから、わからんことあったらなんでも聞いてや?」
「あ、よろしくおねがいします、先輩」

 ぺこっとお辞儀すると「えーって、えーって」と、ぱたぱた手を振る姫条さん。

「堅苦しいこと抜きや。オレのことは兄貴と思ってくれてればええねん。自分、なつみの妹分やろ?」
「なつみ?」
「藤井なつみ。オレ、あいつとはば学同期やねん。ちゃんの話、聞いてんで〜?」
「あ、そうなんですか!」

 確かに。
 このノリとテンポのよさは藤井さんと通じるものがある。

「晴美ちゃんからも聞いてんで。チョー美少女言うから楽しみに待っとったんやで?」
「晴美ちゃん。あの、もしかして、小波さんですか?」
「そうそう。期待どおりの美少女やもんな〜。竜子ちゃんも違ったタイプの美人やし。オレ、がぜんやる気出てきたわ」

 た、竜子、ちゃん。
 藤堂さんをそう呼ぶ人って。

、準備できたかい?」

 がちゃりとドアを開けて、上半身だけのぞかせる藤堂さん。

「あ、うん。いつでも行けるよ」
「わかった。今日は姫条さんのアシストで1日動くんだよ。それで、仕事覚えな」
「はいっ」
ちゃん、ええ返事やな。竜子ちゃん、今日はオレにまかしとき」
「……わかりましたけど、いい加減『ちゃん』はやめてください」

 あ、やっぱり嫌がってる。
 ばたんと扉を閉めてさっさと行ってしまった藤堂さん。
 私と姫条さんは顔を見合わせてぷっと吹き出してしまった。

「わっるい笑顔やな。自分とオレ、うまくやれそうやな?」
「ふふっ、そうですね!」



「レギュラー満タン入ります!」
「灰皿清掃させていただきます!」
「窓を拭かせていただいてもよろしいでしょうか!」
「ありがとうございましたーっ!」

 まさに喧喧囂囂。
 瑛の海の家バイトも疲れたけど、これは肉体疲労が半端ない。
 でも、心地いい疲労感。
 みんなきびきびと動いて、うだるような暑さに汗が止まらないけど、それだって快感だ。
 藤堂さんも学校よりいきいきしてるカンジ。

「うげっ!」

 そんな中。
 関西人スキルの愛想を全開に振りまいてた姫条さんが、いきなり奇妙な声を上げた。

「ど、どうしたんですか?」

 急いで駆け寄ってみれば、ひきつった笑顔を浮かべた姫条さんの前に、真っ赤なスポーツカー。
 あれ、この車って。

「ヒムロッチ、あいや、氷室センセ……」
「客に向かってなんだその態度は。姫条、卒業して少しは成長したかと思えば、嘆かわしい」
「あ、氷室先生! いらっしゃいませ!」

 見覚えがあると思ったら、やっぱり氷室先生!
 うわぁ、盛夏だというのにあいかわらずスーツだ。

くん。君もここでバイトをしていたのか」
「はい、夏の短期バイト中です」
「うむ、勉学も大事だが社会経験も必要なことだ。引き続き、励むように」
「はい!」
「大変結構。……少しはくんを見習いなさい、姫条」
「……ハイ」
「よろしい。それではハイオク満タンで頼もう」
「ありがとうございます!」

 うふふ、きっと姫条さんって、学生時代から氷室先生が苦手なんだろうな。
 藤井さんも氷室先生とはよく決闘したっていうし。
 ハイオクを入れたあと、姫条さんは氷室先生が帰るまで控え室に避難していた。


!」

 藤堂さんに呼ばれた。
 頼まれて清掃し終えた灰皿を戻し、私は駆け足で藤堂さんのもとに行く。

「はいっ。何? 藤堂さん」
「アンタの客だよ」

 にやっと笑って、私の肩をぽんと叩く藤堂さん。

「ガソリンは充填済だから。清掃だけアンタやんなよ」
「う、うん。わかった」

 そういって藤堂さんは次のお客さんのもとに走っていく。
 私も言われたお客さんの車に近寄って。

「清掃させていただいても、よろしいでしょうか」
「おう、ヨロシクな」

 営業スマイルで運転席を覗いてみれば。

「あれ、真咲先輩。に、櫻井さん、でしたっけ」
「よっしゃ! 真咲、オレの勝ちだな! ちゃんに名前覚えて貰ってたんだから!」
「くっそー……。おい、こんな性悪大学生の名前覚える余裕あるんなら、英単語のひとつでも覚えたほうが得だぞ?」

 車内には勝ち誇る櫻井さんに、ハンドルに突っ伏す真咲先輩。
 まったくもう。子供っぽい遊びしてるんだから。

「今日はドライブデートですか?」
「デっ!? おいおいおいっ、気色悪いこと言うなよ〜。今日はこれから心霊スポットめぐりだ」
「しんれぇすぽっと……」
「真夏と言ったら怪談だろ? なんなら、もくるか?」
「え、遠慮します。あ、じゃあスポットがよく見えるように、しっかり窓拭きしますね」
「お、いい心構えだ。二重マル!」

 大きく両手で頭を囲むようにして丸を描く。
 真咲先輩と櫻井さんの、ふたりそろって。

「それ二重マルじゃなくてただのマルふたつですよ!」
「ははっ、そりゃそうだ!」

 おもわず噴出してしまって、3人で爆笑してしまった。


 真咲先輩と櫻井さんを送り出したあと、休憩をもらった私と藤堂さんと、姫条さん。

「おまっとさん。ニィやん厳選のたこ焼きや! うまいで〜」
「あ、これ姫条さんの差し入れだったんですか」

 前にも店長から貰ったことある、と藤堂さん。
 ほおばると、熱々とろーりの絶妙な焼き加減でほんとにおいしかった。

「あひゅい! でも、おいひ〜」
「そやろ! 全部食べてかまへんで。店長の分は別に取っといてあるし」
「やった! いただきまーす」
「なんや、自分子犬みたいやな。……竜子ちゃんやなつみから話聞いてんけど、勤労学生なんやて?」
「はふ、はい、そうれふ」

 言葉に甘えてぱくぱく食べる私。
 藤堂さんは2個食べたあと、お茶を飲んでる。

 姫条さんは手の中でコーラの缶をころころ転がしながら、にっと笑った。

「自分、がんばってんな? オレもがんばらなあかんな」
「姫条さんが?」
「オレ、親父に反発しとってん。今は和解してんけどな。ガキやったわー、心配と迷惑ばっかかけて」
「そうだったんですか」
「でも今は夢があんねん。起業して、親父を超える社長になったろーって。なぁ、ちゃんの夢ってなんなん?」

「夢?」

 言われて私は手を止めた。

 夢?

 そういえば。

 私、将来の夢って、なんだろ。

「あ、え、っと」

 言葉につまる。

「え、あ、藤堂さんは?」
「アタシ? ネイリスト。夏期講習も通ってるよ」

 そうだ。
 藤堂さんはよくあかりやはるひを相手にネイルの練習をしてる。
 私も文化祭でやってもらったっけ。

「アンタは?」
「わ、私は……」

 今まで高校卒業して、一流大学に入学して卒業することしか考えてなかった。
 でもそれは『父さんとの約束』であって、私の夢じゃ、ない。

 将来……。

「私」
「あ、あー、ええねん。オレも高校時代はまだ夢見つけられん時期やったし」

 私の様子に、姫条さんが気を利かせてくれた。
 そしてまた、たこ焼きを勧める。

「焦る必要ないで。夢なんて、なにがきっかけで見つかるかわからんし」
「は、はい」
「アンタはとにかく、目の前の目標をクリアすることに専念すればいいよ。人それぞれ、始めの条件は違うんだから」

 藤堂さんもフォローしてくれる。

 でも、私の心はズシンと衝撃を受けていた。
 ずっと約束にとらわれていたけど、何か先のほうで光ったカンジ。

 見つけなきゃ。ちゃんと自分の夢。
 それが本当の意味での、自分の足で歩くっていう、父さんの望み。

「姫条さん、藤堂さん、ありがとうございますっ!」
「わっ、な、なんやねん、自分。いきなり立ち上がりよって」
「私、自分がとらわれてたのに気づいたんです」

 姫条さんと藤堂さんの手を握ってぶんぶんと振る。
 わけがわからない二人は、きょとんとしたまま私にされるがまま。

「ま、まぁええわ。自分が元気になってくれたんなら」
「はい!」
「元気出たところで、交代時間だ。行くよ、
「うんっ」

 私たちは、入れ替わりやってきたスタッフと交代して、再び仕事に戻った。


 5時。
 今日のシフトはこれまで!

ちゃん、お疲れさん」
「姫条さん、おつかれさまでした!」

 私服に着替えた姫条さんに背中を叩かれる。

「明日もよろしくな? 店長賞のボーナス、オレと自分と竜子ちゃんで貰ってやろな?」
「もちろんですっ」
「自分、ほんまにええ子やなぁ。よし、明日はニィやん特製チャーハン食わせたる! 昼飯持ってこんでええよ」
「やった、ほんとですか!?」
「ん、ええリアクション! ……竜子ちゃんは案外ボケ殺しきっついからな、オレ嬉しいわ」

 ふふ、確かに藤堂さんならそうかも。
 当の藤堂さんは、これから夜間の講習だそうで、先に帰っちゃったんだよね。

 夢に向かってる藤堂さん。
 うらやましがってないで、私も何か行動おこさなきゃ。

「ほんなら店長お先ですー」
「お先に失礼します!」
ちゃん、駅まで一緒に行こか?」
「はいっ」

 姫条さんと藤堂さん。
 タイプの違うふたりと一緒の1週間。

 楽しく過ごせそうだな。
 がんばるぞ!

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