「瑛のスケベオヤジ」
「なんとでも言え」


 23.夏休みバイト:佐伯編


 夏休み初日、早朝7時。
 瑛が珊瑚礁の海の家で雇ってくれるというので、私は珊瑚礁に来ていた。

 んだけど。

 瑛の前日の指令。

「水着持参な。これ、絶対条件」

 そして当日の瑛の指令。

「水着着てエプロン着けて接客な。これ、絶対条件」
「瑛のスケベオヤジ」
「なんとでも言え」

 ……というやりとりがあって、今に至る。

「あかりはいつもの格好じゃん!」
「あかりはっ……いいんだよ」
「なんで」
「去年やらせたから」
「だったら今年も……」

 こんな恥ずかしいこと一人で出来るかっ! ということであかりを巻き込もうと食い下がる私。
 でも、気づいた。

「人気あったんだ」
「うん」
「もう、見せたくないと」
「……うん」
「人身御供か……」

 うー、仕方ない。
 親友を思う友人の恋路を邪魔するのも野暮というもの。
 ここは人肌脱いでやりますか。

「どうせ私の水着は中学の時買ったタンキニタイプだから、リゾートウェアと変わらないし」
「それだとインパクトが甘いな……。よし、あかりの水着がビキニだから、それ借りて着ろ」
「残念ながらそれは無理です」
「なんでだよ」
「あかりと私のココ、比べてみて」
「……あかりのだと、キツそう、だな」

 ふふん、だ。



 11時。開店!

「いらっしゃいませ! 2名様ですか?」
「うぉっ、マジで水着エプロン!?」
「だから言ったろー? 去年来ておれもビビったもん」

 キャミソール(瑛の指令でへそ出しして裾しばり仕様)とビキニパンツ(瑛の指令であかりから借りた)というタンキニを着て、私は営業スマイル全開で接客する。

「2名様、ご案内お願いしマース!」
「はい、こちらへどうぞ!」

 開店当初は、とにかく私が店の前で呼び込みを兼ねて接客し、瑛とあかりがウェイター&ウェイトレスだ。

 ちなみに瑛も女性客向けに水着エプロン。
 あかりもチューブトップにフリルのミニスカート(瑛の検閲済)を着て、エプロンを着けている。

「ねぇねぇ、この店で飯食うから、なんかサービスしてくれる?」
「ごめんなさーい、それは店長に怒られちゃうんでぇー」

 ……なんでこんな頭悪い接客を笑顔でやらにゃ、ならんのだ。

 と、お客が途切れた隙に瑛に愚痴ったら、チョップ一発。

「時給減らされたいか」
「ううう、労働局に訴えてやる……」

 マスター、このこと知ってるんだろうか。
 完全風営法違反だと思うんですが。


 1時過ぎ。お店はちょっと前から満席状態が続いてる。
 お店の前にも待ちの列がずらっと並んで。
 私もホール応援に入ることになった。

、3番にトロピカル焼きそば!」
「はーい! 1番オーダーは生2とそば2です!」

 瑛は厨房手伝いに入って、ホールは私とあかりの担当だ。
 伝票をカウンターに置いて、私は珊瑚礁夏の人気メニュー・トロピカル焼きそばを2つ持った。

 前にどのへんがトロピカル? って聞いたら、無言でチョップをくらったイワクつき。

「お待たせしました! トロピカル焼きそばおふた、……」
「おう、待った待った。、ご苦労さん」
「ままままままま、真咲先輩っ!?」

 笑顔で私からトロピカル焼きそばを受け取り、友人と思われる男の人に一皿渡す。

 まぎれもない。
 水着姿の真咲先輩だ。

「いやー、櫻井から水着エプロン喫茶があるって言うから来てみたら、まさかお前だったとはなぁ。いや、恥ずかしがることないぞ。二重マル、つか花マルだ!」
「ななななな」
「お前、はね学アイドルって言われるだけあるよな。兄貴代理としては、眼福というか複雑というか」

 にっこにこの笑顔の真咲先輩。

 ひやぁぁぁ、恥ずかしいっ!!

「先輩っ、さっさと食べて出てってくださいよっ」
「お? 客に向かってそういう態度はよくないぞ。アンネリーでオレは、そんなふうに教えた覚えはない」
「わかってるくせにっ!」
「んー? なんのことだー? なぁ櫻井、お前わかるか?」
「いやぁ、わっかんねーなー」

 真咲先輩とお友達の櫻井さんは、「なー?」などと息を合わせて、いい笑顔ではぐらかす。
 この大学生コンビっ……

「ま、売り上げに貢献してやるよ。宇治金時といちごミルクのカキ氷追加、な」
「ありがとうございます……」
ちゃん、って言ったっけ。次も君が運んでくれると嬉しいなー!」

 瑛に運ばせてやるっ!


 4時。海水浴客も徐々にはけてきて、海の家by珊瑚礁もだいぶ手が空いてきた。

「あかり、、お疲れ。一旦客はけたから休憩しようぜ」
「うん。疲れたでしょ、ちゃん」
「気疲れのほうね……」

 カウンターから、瑛がアイスコーヒーとアイスカフェオレを差し出す。
 私とあかりはそれを受け取って、お客用の椅子に腰掛けた。

「肩がひりひり。焼けちゃったな」
「日焼け止め塗ってなかったの?」
「顔だけ。皮むけちゃったらどうしよ」

 そんなの小学生以来だ。
 明日は私の日焼け止め貸してあげる、あそこのメーカーいいらしいね、でも高いからこっちのほうが、とか。
 あかりと女の子な会話で盛り上がる。

 話に花を咲かせていたら、視界の隅に変な人が映った。

「?」

 ここは浜。
 水着姿以外には、リゾートウェア風な格好した人や、素肌にパーカー羽織った人とか。
 そんな身軽な格好してる人がほとんどなんだけど。

 あの人、Tシャツにジーンズに、スニーカー??
 そして手にしてるのは。

 …………。

「瑛」

 私はカウンターで伝票整理していた瑛に声をかけ、視線で不審人物を知らせた。
 最初はきょとんとしてた瑛。
 でも、そいつを見て一瞬で顔を赤くした。

「あかり、。中入ってろ」
「はーい」
「え、どうしたの瑛くん、ちゃん?」

 いまだ気づいてないあかりの背中を押して、私はカウンターの中に入る。
 入れ違いに瑛が、指をぽきぽき鳴らして出て行った。

 数秒後。

「テメェ! 人の女透撮してんじゃねぇよ!」

 瑛の怒声と、心地いい衝撃音。
 びっくりしてあかりが立ち上がるけど、私はその腕をひっぱって座らせ、携帯を取り出した。

「……あ、海の家出張所ですか? 盗撮の現行犯つかまえたんで、来てもらえます?」

 それにしても瑛。
 人の女、だって。
 でもあかりの反応は鈍い。
 ……むくわれないなぁ。


 5時。今日の私の仕事は終わり。
 このあとはウイニングバーガーだ。

「うわぁ、売り上げ、結構いったね?」
「ま、こればかりはに感謝だな」
「去年あかりが作った顧客のおかげもあるんじゃない?」

 ほくほく笑顔の瑛。

「うまくいけば去年の売り上げ超えるかもな」
「わぁい、その場合の臨時ボーナスよろしくね、おとーさんっ」
「ん、おとうさんは子供をそういうふうに甘やかしません」
「けち!」

 ぽすっ

 札束でチョップされた。

「あ、じゃあ私もう行くね。次のバイト遅れちゃうから」
ちゃん、お疲れ様!」
「明日もよろしくな」
「うん、じゃ、また明日!」

 瑛とあかりに別れを告げて、私は水着を詰めたかばんを手に海の家を出た。

 さ、あと6日。
 がんばるぞーっ!

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