「じゃあ半年振りに言わせてもらいます」
「どーぞ、ハリーさん、はるひさん」
「「裏切り者ーーー!!」」


 22.2年目:1学期期末テスト


 ハリーとはるひの懐かしいフレーズを聞きながら、私は順位表を見上げた。
 学年末の159番から、定位置の1番に返り咲き!
 満点教科は3教科!
 ちなみに、氷上くんに負けた教科は数学だけ!

 ふふふ、やっぱりこうじゃないとね。

ちゃん、1位お帰りなさい」
「あかり。ありがと! でも今回はバイト疲れでなかなかはかどらなかったから、ぎりぎりだったよ。ほら、氷上くんと総合で4点差!」
「ぎりぎりの勉強で1位なんてすごいよ」
「へへ。あかりも順調に順位上がってるよね」

 あかりの今回の順位は63番。
 テストのたびに、あかりは順位を10番以上ずつ上げてくる。
 これは3年目にはいいライバルになっちゃうな。

「海野さん、順調ですね」
「あ、若王子先生!」

 嬉しそうに振り返るあかり。

 先生だ。
 にこにこしながら、あかりに話しかけてる。

「今回も14人抜きですね。先生、担任として先が楽しみです」
「ありがとうございます。次もがんばります!」
「はい、がんばってください」

 ……。

 なんか、へんなの。
 去年は、ああやって一番に褒められてたの、私なのに。
 クラス担任じゃないんだから、当然といえば当然なんだけど。

 なんか。
 なんか、いやだ。
 先生を取られたカンジ。

 ……って。
 そこまで思ってから、私は顔から火が出そうな勢いで恥ずかしくなった。

 小学生じゃあるまいし!
 取られたって、取られたって!
 うわあああああ。

さん」
「うひゃあっ!?」

 ひとり悶絶してるところに、先生の声。
 私は猛烈に変な声を出して、飛びのいてしまった。

「やや、素早い身のこなし。どうしました?」
「な、なんでもないです……」
「ふむ。先生にいきなり声をかけられて驚いた。ピンポンですか?」
「ぶ、ブーポンです」

 私は深呼吸して、なんとか平静を取り戻す。

 そんな私をきょとんと見ていた先生だったけど、やがてふっと微笑んだ。

「159人抜きおめでとう。1位返り咲き、先生、鼻高々です」
「私、もう先生のクラスじゃないですよ。教科担任でもないし」
「や、そうでした。でも、僕は本当に誇らしく思ってるんです」
「……ありがとうございます」

 顔が一気にほころぶ。あは、駄目だ、嬉しくてとまんない。

「笑ってくれた。うん、さんは笑ってるほうがいい」
「はい!」
「というわけで、さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、化学準備室まで来てくれる?」
「はい?」
「あ、海野さんと西本さんと、針谷くんも来てください」

 順位表の下でまだ騒いでいたはるひとハリー、それから自分の順位をメモってたあかりにも声をかけて。

 私たちは先生に連れられて、化学準備室に行くことになった。


 着いて早々、先生はアルコールランプを止めて、フラスコサイフォンからビーカーにコーヒーを注ぎ始めた。

「火をつけたまま来ちゃ駄目じゃないですか!」
「これはうっかりです。教頭先生には、しー、ですよ?」
「しー、やあらへんやろ!」

 つっこむ私とはるひに笑いながら、先生はみんなにビーカーを配る。

 こんな危険な薬品があるところで、火気放置って……。

「さてさん、先生から質問です」

 先生に向かい合うようにして椅子に座った私たち。
 一体このメンバーで、何の呼び出しだろう?

「聞きました。修学旅行積立金を下ろそうとしてるって、本当ですか?」
「う」

 ……やられた。
 先生、わざとハリーとはるひを呼んだんだ。


、どういうことや? 積立金下ろすちゅーことは、……修学旅行行けへんねんで!?」
「なんだって!? おい、! どういうことだよ!」
「あああのね、落ち着いてはるひ、ハリー……」
「落ち着けるかいっ! なんでなん!?」
「えと、それは……」

 学費の工面が、出来そうにないから。

 私が小声でぽつりと言った言葉に、はるひとハリーは息を飲んで黙りこくった。

「あのね、学年末でさんざんな結果だったでしょ? だから、去年よりも奨学金のランクが下がっちゃって。がんばって節約してみたんだけど、やっぱり貯金に回せるような余裕が全然なくて。修学旅行の積立金を下ろせば、なんとか残りの学費払えるんだ」
「が、学費て。いくら必要なん?」

 あ、そっか。
 普通は学費なんてわからないか。

「半額免除されてるから、残りの20万円」
「20万円……」
「で、今のバイト状況じゃどうがんばっても20万まで届かないから……」
「だから、積立金に手ぇ出そうとしてるのかよ」

 手ぇ出すって。
 そんな乱暴な。

「さて、さんの状況がわかったところで、西本さんと針谷くんと海野さんの出番です」
「おう! の分の学費、夏休み中にオレが稼いできてやる!」
「だめーっ!! そんなのヤダよ! 友達にお金の借りなんて、作りたくない!」
ちゃん、友達だからこそ力になりたいよ。みんなこの話聞いたら、力になりたいって思うはずだよ?」

 ハリーとあかりが私を説得しようとせまってくる。
 でもイヤだ、そんなの。
 こんなことになりそうだったから、みんなに言わないでいたのに。

 担任のおしゃべり。
 それ以上に若王子先生の配慮なし。

 ……先生は、わざとそうしたんだろうけど。

 そしたら。

「あかん」

 腕組をして、神妙な顔をして仁王立ちになるはるひ。

「金の貸し借りは主従の始まりや。みたいな責任感強いんは、アタシらとの関係を気にやんでまう」
「はるひ……」

 さすが関西人。わかってらっしゃる。

 と、思ったら。

「若ちゃん、紙とペン!」
「はいはいっ」
っ、アンタの夏休み中のバイトシフト言い!」
「へ?」
「早う言い!」
「はいっ! えと、火、木がアンネリーで、水、金がウイニングバーガーで」

 ほぼ脅しに近い形ではるひにバイトシフトを伝える私。
 はるひは、ハリーとあかりと若王子先生が覗き込む中、白い紙に勢いよく何かを書き込んで。

 ……カレンダー?

「よし、とりあえずはこんなもんやな」

 はるひが書き上げたものは、7月と8月のカレンダー。
 火曜から金曜までは、どの日にもバイトの印に『B』の文字が入ってる。

「このバイト、全部夕方からやんな?」
「うん、そう」
「よっしゃ! 若ちゃん、これ10枚コピー!」
「はいはいっ」

 先生をあごで使うはるひに、文句も言わず働く先生。
 取り残されてる私たちは、ぽかーんだ。

「はるひ、これ、何?」
「今から説明したる。とりあえず、みんな1枚ずつな」

 そう言って、刷り上ったカレンダーをみんなに手渡すはるひ。

「あかりはこれ、佐伯に渡してな。ハリーはこれ、男子に。竜子姉たちにはアタシが配っとく」
「おいはるひ。で、なんなんだよ」
「アタシらがバイトするんを嫌がるんやったら、アタシらがにバイトさせればええねん」

 はるひは再び腕を組んでにんまりと笑った。

「題して、『に短期バイトを提供するの会』や! うちらがのシフト管理して、稼げそうなバイトを斡旋してやんの!」
「ややっ、西本さん、ナイス提案、激イケてます!」
「そやろ!? 夏は短期バイトの季節やし、みんな結構ツテあるんちゃう?」

 な、なるほど……。
 つまり私は、夏の間中、みんなからの紹介でバイトをし続けるわけだ。
 確かに、一人でバイト情報誌で探してるよりは効率いいかもしれない。

、これならええやろ?」
「う、うん。ありがとう、はるひ!」
「まかしとき! 目標金額、目指せ20万や!」

 おー! とこぶしをつきあげる5人。

 ああもう。
 友達ってほんとにありがたい。


 そして、その日の夜。

『もしもし』
「あ、瑛。どうしたの?」
『とりあえず、最初の1週間はオレが貰った』
「……はい?」
『珊瑚礁で海の家出すから。手伝えよ』
「わぁ、ありがとう! まかない付きですかっ」
『ちゃっかりしてるヤツ。心配しないでも付いてるから』
「やったぁ! ありがとうおとうさん」
『はいはい。……じゃあ切るぞ』
「うん、おやすみ、瑛」

 早速、瑛からバイトのオファーがあった。

 私は壁に貼り付けたはるひお手製カレンダーに『珊瑚礁』と書き込む。

 よしよし。
 目指せ20万、目指せみんなと一緒の修学旅行!

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