さん、どの競技に出る?」
「出ろというなら、パン食い競争限定でよろしく!」


 20.2年目:体育祭


「……志波くん、もういい加減笑うのやめてよー」
「ククッ……悪ィ、止まんねぇ」

 私は戦利品のあんぱんを食べながら、各クラスに割り当てられた待機場所に座っていた。
 その横で、あいかわらず志波くんはくつくつと笑っている。
 一応こらえようとしているみたいなんだけど。なんかツボにハマったらしい。

 まぁ、志波くんが笑ってるところなんてそうそう見れるものじゃないからいいんだけどさ……。

「お前の、パンの食いつきっぷり。……ははっ、だめだ、マジで止まんねぇ」
「ううう、だって落とさずとれればお昼代浮くかなーって」

 100メートル16秒という鈍足の私も、食べ物がかかれば話は違う。
 ジャンプ一発、それはまるで獲物を狙う鷹そのものの動きで、ぱくり。
 無事にあんぱんゲット、1位ゴールでクラスにも貢献した。

 なのに笑われる私って。

「……飯食えてないのか」

 ぴたりと志波くんが笑い止り、真剣な表情で聞いてきた。
 ……あ、口が滑った。

「ううん、ちゃんと食べてるよ。でも、ちょっと節約してこうかなー、って、志波くん、どこつれてくの?」

 ぐいっと腕を掴まれて、そのまま引きずられるように連れて行かれた先は。
 ハリーがいるクラスの応援席。

「ん、オッス、、志波。パン食い1位だったじゃん」
「あ、うん、ありがとう」
「針谷、オレのカレーパンあるか」
「おー。ハリー様がちゃんと確保してやっといたぞ」

 体育祭当日は、登校してから開会式までの短い時間しか購買は開いてない。
 お弁当を持ってこれない生徒のために、その時間だけお弁当用パンを販売するんだよね。

 もちろんいつもより数が少ないから、争奪戦はいつもより半端ないらしいんだけど……。
 ハリーは購買のおばさんたちに常連としてツテがあるらしくて。
 志波くんも、今日はハリーにお願いしたんだな、きっと。

にやってくれ」
「え、えええ!? 駄目だよ、それ、志波くんのお弁当でしょ?」
「なんだよ、飯食ってねぇの?」

 うわわ、ハリーまで。

「大丈夫だってば。朝ごはんはちゃんと食べてきたし、お昼だって持ってきてるんだから」
「どうせ少ししか持ってきてねぇんだろ」
「おにぎり1個とバナナ1本あるよ」
「間食にもなんねぇ」
「いや、割とお腹ふくれると思うけど……」

 志波くんのようなスポーツマンの胃と、か弱い女子高生の胃が同じと思わないでクダサイ。
 とにかく私は、ハリーに押し付けられたカレーパンを、志波くんに返した。

「ね、私もともと大食いじゃないし、ほらさっきあんぱんも食べたし。大丈夫だよ」
「本当に無理してないのか」
「うん。志波くん、心配してくれてありがとう。ハリーもね。それじゃ私、クラス席に戻るね」

 それだけ言って。
 まだ納得してなさそうな志波くんとハリーのところから、早々に離れる。

 ううん、学年末に倒れたことが尾を引いてるなぁ……。
 あんまり心配かけたくないんだけどなぁ。

 でも実のところ、4月からの食事は以前にも増して貧相になってるのは事実なんだよね。
 食費と光熱費を切り詰めて、分割にしてもらった授業料の半分を、10月頭までに用意しなきゃいけないから。

「あ、さんいいところに。次の団体競技の点呼取るの手伝ってくれる?」
「うんいいよ! じゃあ、女子の分確認してくるね」

 クラス席に戻った私は、体育祭委員に呼び止められてそのまま裏方手伝いをすることにした。


 そしてお昼。
 お昼時は校舎も開放されて、私はいつもの屋上へ。
 あかりとはるひと小野田ちゃんと水島さん。いつものメンバーが待っていた。

「あれ、藤堂さんは?」
「午後イチの応援合戦の手伝い頼まれたから遅くなるって。先に食べててって言ってたよ」
「へぇ、応援合戦か」

 すでにみんなはお弁当を広げていた。

 はるひはいつもの赤いお弁当箱。小野田ちゃんは俵型のおにぎりとフルーツの入ったランチボックス。水島さんはいろとりどりのサンドイッチで、あかりはタコさんウインナーが目立つ水色のお弁当箱におかずをつめてきていた。
 あはは、私だけアルミホイル巻きのおにぎりだ。

「なんや、。そんだけ?」
「え、うん。おいしいおいしい梅干おにぎり。と、栄養たっぷりバナナです」
「あかんて! 今日は体力勝負の体育祭やで!? もっと食べな!」

 そう言って、はるひはお弁当箱のふたに自分のからあげと玉子焼きを乗っけて私に差し出した。

「あ、いいよそんな。はるひがお腹すいちゃうよ」
「アタシはちょうどダイエット中やねん。お弁当のカロリー計算してくれへんの、うちの親」
「そうよ、さん。私のハムサンドも食べて?」

 と、水島さんはポテトサラダとハムをはさんだサンドイッチを一切れ、はるひのお弁当箱のふたに乗せる。

「あ、じゃあちゃん、タコさんウインナー食べて? これ、私が作ったの。うまく出来てるでしょ」
「では私はイチゴとリンゴを差し上げます。スポーツの後に糖分は重要なんですよ」
「あ、ありがとう……。うん、じゃあありがたく貰おうかな」

 なんだか私専用に盛り付けられたはるひのふたは、みんなの気持ちの寄せ合いで豪華なお弁当へと変化していた。
 ああ、友達って本当にありがたい。
 ウインナーもたまごやきも久しぶり!
 私は4人に手を合わせて、ありがたくその特製お弁当をいただこうとした。

 ら。

「やや、みなさん。おいしそうですねぇ」
「あ、先生」

 私の背後から、若王子先生の声。
 振り向くと、部活中に着用しているいつもの白いジャージ姿の先生がにこにこしながら立っていた。

「体育祭で仲間とお昼ご飯。うん、青春です」
「そうですね。先生はお昼もう食べたんですか?」
「や、先生お昼ご飯は……」

 そう言って、胃の辺りを押さえる先生。

「具合悪いんですか?」
「いえ、今日の購買戦争に負けてしまったので、先生、お昼はナシなんです」
「ええっ、まったくゼロですか!?」

 あんぐり口を開けてしまう私たち。
 先生は困ったように笑いながら、その場に腰を下ろした。

「まったくゼロなんです。先生、目がまわります」
「なんや若ちゃん、弁当作ってくれる彼女おらんの?」
「はぁ、おらんです」
「なっさけなー!」

 は、はるひってば容赦ない。
 ああ、先生も落ち込んじゃった。もう、しょうがないなぁ。

「先生、よかったらこれ、食べますか?」
「ややっ、さん、こんな豪華なお弁当貰っていいんですか?」
「あーかーんー! これはの!」

 私はみんなから貰った特製弁当を先生に手渡、そうとしてはるひに取り上げられてしまった。

「若ちゃんは大のオトナ! 栄養つけなあかんのはのほうやろ!」
「それはそうだけど。でも、先生なんにも食べるものないっていうのは」
「あら、だったらさんのお弁当を先生にあげたら?」

 水島さんの一言に、みんなの視線が私の膝に集まる。
 私の膝の上の、アルミホイルに包まれたおにぎりとバナナ。

「ね? さんパン食い競争でパンを食べてるんだし、あとはおかずでも大丈夫じゃない?」
「水島さん、いい考えです!」
「あら、チョビちゃんに褒められちゃった」
「千代美です!」

 ああでも。それは本当にいい考えかも。

 私はおにぎりとバナナを先生に差し出した。

「すいません、先生。みんなから貰ったお弁当は私用みたいなので。よかったら、これどうぞ」
「ありがとう、さん。先生、ありがたく貰っちゃいます」

 言うが早いか、先生はぱりぱりとアルミホイルを剥いて、ぱくっとおにぎりにかぶりついた。
 あ、相当お腹空いてたんだな……。もしかしたら、朝ごはんも食べてないのかも。

「おいひいれす」
「先生、口の中は」
「むぐ、カラにしてひゃら、でひたね」
「どっちが生徒やねん……」

 はるひは呆れたように毒づいたけど。
 私とあかりと小野田ちゃんと水島さんは。
 まるでちっちゃな弟を見守るような視線で、おにぎりをほおばる先生を生温かく見つめたのでした。


 そして午後イチの応援合戦で、私は今日一番の興奮を覚えた。

「ちょっ、藤堂さん! か、カッコいいっ!! ね、ね、志波くん、藤堂さん、かっこいいよっ!」
「お、落ち着け。首、絞めるな」

 隣のクラスの志波くんの席におしかけて、私は思わず志波くんの体育着の襟元をぶんぶん振りながら叫び倒した。

 だって、だって藤堂さん!!

 長ラン! サラシ! やもすれば一昔前のヤンキースタイルになりそうな援団服をばっちり着こなして!
 女だてらに応援団長を決めてるんだもん!

「いくよ、アンタたち!」
「押忍、団長!」
「声が小さぁい!」
「押忍、団長!」
、だから落ち着け。お前が返事する必要ねぇだろ……」

 3年生男子を従えながら、応援合戦に向かう藤堂さん。
 惚れる。だめだ、惚れてしまう。

「藤堂さんが男の子じゃないのが、本当に悔やまれるなぁ」
「あのな」

 隣の志波くんはもう呆れ果ててしまってるけど。

「あれ、あの子は?」

 私は、藤堂さんの横でちょこまか動いてる小柄な男の子を指した。
 応援団で見たことないってことは、新入生かな?

「ああ、天地か」
「天地、くん?」
「今年入った援団の一年。ちっけぇ割りに気合入ってるって、藤堂が言ってた」
「へぇ」

 顔立ちだけ見れば、応援団とか体育系よりも文科系な、可愛いイメージの男の子だけどな。

「海野と仲がいいらしい」
「へ、へぇ」

 ふと私の脳裏に瑛の不機嫌MAXな表情がよぎる。
 デイジー様、ほんと、これ以上爆弾に火をつけないでね……。

、応援合戦始まるぞ」
「うん、もっと近く行こう!」

 私と志波くんは、応援合戦が間近で見れる場所へと移動することにした。



 そして、体育祭はその後も滞りなく進んで行き。
 最後に待ってるのはフォークダンス!

 ……なのですが。

『3年生! 2年生の輪に入らないでくださいっ!!』

 氷上くんが借り出されて、メガホンで叫んでた。

 いやその。3年生が。

「3年間の締めくくりの体育祭で、水島さんとさんの2人と踊りたい!!!」

 って。
 さっきからいろんなとこに乱入してるんだよね。
 あ、あそこなんか男男ペアまで作って。

「ったく、いつまで待たすんだよ」
「あと少しだよ。ほら、氷上くんと教頭先生が3年生を強制退去させ始めたし」

 で。なぜか私の始まりのパートナーは瑛。
 体育祭委員会の配慮で、学園アイドルとプリンスを先に組ませて、女子による瑛争奪戦をさけようとした結果らしい。
 そういえば、去年の体育祭は水島さんと瑛のとこで大モメだったもんね。

「なぁ、
「なに?」
「お前、天地ってヤツ知ってる?」
「うっ、あ、ほ、ほら! 音楽鳴り出したよ!」

 瑛の爆弾がまた大きくなるのをかろうじてかわして。
 30分遅れのフォークダンスが始まった。

「おっ、。よろしくな」
「よろしく、ハリー。今日の体育祭のBGM、ハリーが選んだんだって?」
「おう! 自分で言うのもなんだがオレ様大満足の出来だ!」
「そうだね、すっごく盛り上がってたよ」
「だろ!? 感謝しろよ、!」
「あはは、うん」

「やぁくん。足を踏んだらごめん」
「大丈夫だよ、氷上くん。体育祭委員でもないのに、お疲れ様」
「全く……最上級生ともあろう3年生が秩序を乱すとは。来週から、早速風紀取締りに動かなくては!」
「はは、でもお祭りなんだし。大目に見てあげようよ」
くんと水島くんがそんな甘いこと言ってるから、先輩たちはつけあがるんだ。だいたい……」
「あ、氷上くん、交代でーす」

「あ、ちゃんやーん! 今日は初めまして、やんな?」
「そだね。クリスくん、競技に出てた? 見なかった気がしたんだけど」
「出んかった。体育祭のシンプル看板、カラフルに装飾しとったら、教頭センセに見つかってもーて」
「あ、そうだったんだ。ずっと怒られてたの?」
「怒られたんはちょっとなんやけど、看板綺麗にすんのに時間かかってもたわ……」
「それは……ご愁傷様デス」

「お疲れ、
「あ、志波くん。お疲れ様! すごかったね、あの400リレーの追い上げ!」
「そうか?」
「そうだよ。3人抜きだもん! お陰で負けちゃったんだよね、うちのクラス」
「あ、悪ィ……」
「志波くんが謝らなくても。勝負はいつでも真剣勝負! でしょ?」
「……だな」
「(あ、笑った)」

先輩っ、初めまして!」
「え? あの、えっと?」
「新入生の天地翔太です。海野先輩から話を聞いて、いてもたってもいられなくて、忍び込んじゃいました!」
「あ、応援部の。あはは、氷上くんに見つかったら怒られるよ?」
「だから、内緒にしててくださいね? 噂の学園美人と、どうしても踊りたくて」
「(う、か、可愛いっ!!)」

「さぁさん。次は、僕の番だ」
「先生、よろしくお願いします」
「うん。先生と踊るまでに、不埒なことをする男子はいなかった?」
「いませんよー。もう、先生、卒業式から心配が過ぎますよ?」
「そうかもしれない。でも、僕はさんをちゃんと守るって決めたから」
「先生」
「……やや、音楽が途切れてしまった。次の出だしはまた、先生とですね? 先生、得しちゃいました」
「ふふ、そうですね! 私も得しました!」


「え、……って、藤堂さん!?」
「割り込んでた3年をどかせたら人数会わなくなって、こっちに回されたんだよ……」
「そ、そうなんだ。……あ! 藤堂さん、応援合戦すっごくかっこよかったよ!」
「ああ、援団のヤツに頼まれてさ。ま、ああいうの嫌いじゃないから、別によかったけど」
「うん! 志波くんもすごいって言ってた!」
「…………見せてんじゃねぇよ…………」
「あ、あれ、藤堂さん?」

 そんなカンジで。
 楽しいフォークダンスは終了して。

 今年の体育祭は幕を閉じた。

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