「やや、さん、発見です」
「あ、先生。いらっしゃいませ!」
17.1年目:ホワイトデー後編
アンネリーの店じまいもそろそろの午後7時少し前。
お店に私服姿の若王子先生がやってきた。
「いらっしゃ、おー!! 若王子じゃねぇか! 久しぶりだなー」
接客に出てきた真咲先輩も、先生を見つけて声を上げた。
そっか、先輩もはね学時代は若王子クラスだったんだもんね。
でも、卒業したとはいえ。先生に対してくだけすぎなんじゃないかと思う、その態度。
先生の肩をばしばし叩きながら嬉しそうに笑ってる先輩と、「やや、懐かしい顔も発見です」とこちらも笑顔を浮かべてる先生。
なんか二人って、兄弟みたい。
「なんだ? を尋ねてきたのか? おい、お前学校で何やらかしたんだぁ?」
「ななな、なにもしてませんよ! 多分、えっと、先生?」
「いえ、さんはやらかしてくれました」
「えええ」
な、何したっけ。
化学の課題は提出してるし、化学室の当番は来週だし、言いつけられたこともない、はず。
私がわたわたしてると。
先生はあいかわらずにこにこして。
「さん、先生、まだバレンタインのお返し渡してません」
「あ」
それだ。
学校出るときに、なんか忘れてると思ったのは。
「先生、そんなわざわざバイト先にまで来なくても。明日でもよかったのに」
「学校じゃ渡せないものなんです。先生、教頭先生に怒られます」
「……おいお前ら。いつの間にそういう禁断の仲になっちゃってたワケ?」
「違いますよっ!!!」
神妙な顔になってしまった真咲先輩に、思わず私は大声で否定してしまい、慌てて店内を見回した。
よかった、お客さんは誰もいない。
……けど、店長の視線が痛い……。
「せ、せんせぇ。あと20分くらいでバイト上がりますから。それまで、待ってて貰っていいですか?」
「はいはい。それじゃあ、先生、お返し買ってきます」
「え、これから?」
きょとんとして聞き返した私の言葉に「はい」とだけ答えて、先生はアンネリーを出て行った。
ぽかんと見送る私と真咲先輩。
「あ、あいかわらず、わっかんねーなー、若王子の行動は。お返しに来たっつって、これから買いに行くか?普通」
「そうですよね。なんなんだろ」
「それにしてもサン、若王子センセイとはどこまで?」
「お、怒りますよ先輩っ!!」
手にした剪定バサミを振り上げると、真咲先輩はうわっと叫んでさっさと逃げてしまった。
ううう。
でも先生、一体何を買いに行ったんだろ?
店長があがって、真咲先輩がアンネリーのシャッターを降ろして。
まだ先生が戻ってきてなかったから、戻ってくるまでいてやると、真咲先輩が気を遣ってくれた。
一緒に、アンネリーの前で待つことしばし。
「お、戻ってきたぞ、若王子。なんか……スーパーの袋提げてるけど、なんだありゃ」
「やや、先生少し遅くなったみたいですね。すみません」
よたよたと、両手にスーパーの袋を提げて走ってきた先生は、昼間の姿を彷彿とさせた。
けど、本当に何買ってきたんだろ?
「先生、一体何を買ってきたんですか?」
「ええと、じゃがいもとにんじんとたまねぎと」
「おいおいおいっ、ちょっと待てっ! いくらが勤労学生っても、女子高生へのお返しにそりゃねぇだろ!」
「真咲くん。ブ、ブーです」
買い物袋を地面に下ろし、先生はよいしょ、と体を起こした。
「さん、先生、今日は佐伯くんに先生になってもらいました」
「は、佐伯くん?」
「はい。バイトの時間ぎりぎりまでねばってもらいました」
そ、それは。
佐伯くんの不機嫌絶好調な表情が目に浮かびます、先生。
そして先生は腰に手をやり。
「病み上がりのさんへのお返しは、先生の手作りカレーライスです。えっへん」
「……手作り?」
ということは、この材料は。
私と真咲先輩は顔を見合わせ。
「若王子……今からん家行って、飯作る気か? まさか」
「真咲くん、ピンポンです」
「高校教師が一人暮らしの女子生徒の家に、しかも夜にあがりこむかっ!?」
「だから、教頭先生には、しー、ですよ?」
口元に人差し指を持っていって、小さな子供にするように。
先生は満足そうな顔してるけど。
「。オレも行く。つか、行ってやる」
「やや、真咲くんも参加ですね。材料は4人分ですから、大丈夫ですよ」
「あああああ、もう」
かくして。
ほくほく笑顔の若王子先生と、警戒してるような怪訝な表情の真咲先輩と、なんかもうすでに疲労困憊な私の3人は。
真咲先輩の運転で、一路我が邸へと向かうのでした。
あああ。
私の住んでる部屋は10畳のワンルーム。玄関もキッチンも部屋から丸見え。
普段私が一人分の食事を作っている小さな台所には。
今は若王子先生と真咲先輩の、身長推定180センチ超えの男性二人が陣取っていた。
うわー、壮観。
家に上げるときはどきどきしたけど。
今はもう、わくわくのほうが強い。
「飯が出来るまで、はのんびりしてろよ? 若王子は、ちゃーんとオレがフォローしてやっから」
「お願いします。ほんとにほんとにお願いします、真咲先輩」
「さん、先生ちょっと傷つきます……」
果たして先生が料理なんて出来るんだろうか。
私は、真咲先輩からお返しにもらったどくろクマのぬいぐるみを抱きしめたまま、背後からはらはらしながら見つめていた。
楽しみだけど、ちょっと怖いんだよね……。
佐伯くん仕込みとはいえ、付け焼刃であることには違いないんだもん。
「ええと、まずはたまねぎをみじん切りにして20分いためます」
「おーい、手が込んでるのはいいけどよ。腹減ってるヤツにさっさと食わせるのも愛情だぞー?」
「やや、でも先生、佐伯くんに教えてもらったレシピしかわからないです」
「あー、じゃあオレのレシピ教えてやるよ。手早く簡単、真咲式おいしいカレーだ」
「や、それは助かります! 真咲くんがいてよかった」
「オレがいなかったら、この役目はがやってたんだろーなぁ……」
あう、大感謝です、真咲先輩。
すると真咲先輩はくるりと振り返って。
「あ、そのほうがよかったのか?」
って、ニヤリ。
「いいから早く作ってくださいっ!」
「へいへい。若王子、お姫様は空腹でおかんむりだ」
「さん、少し我慢してくださいね。一緒にカレーでバーモントしようぜー?」
先生。その使い方、あきらかに間違ってます……。
それから紆余曲折40分。
せまいワンルームには、カレーのいい匂いがぷ〜んとただよってきて。
私はどくろクマを抱きしめたまま、ひたっすらお腹の虫と戦っていた。
まだかなぁ……。
もういいと思うんだけどなぁ……。
「いいか? 若王子」
「はいはいっ。いいですよ、真咲くん」
台所に立ち続けてる長身の男性ふたり。
すると突然くるりと振り返って。
「「出来たぁ!!」」
と手を挙げた。
ぷ。スマスマのパクリだ。
私はどくろクマにあごをのせて笑ってしまった。
ところが、先生と真咲先輩は。
「あ」
「や」
私の方を見て固まってしまった。
あれ、なんで?
「どうかしたんですか?」
「あー、いや……」
真咲先輩が、ぽりぽりと頭を掻く。
「な、なんかいいな、それ」
「はい?」
「その、ぬいぐるみ抱きしめて、ぺたんって、床に座ってるしぐさっつーか」
「な」
「先生も同感です。さん、なまら可愛いです」
「い……いいからっ、出来たなら早く食べましょう!」
いきなり、タッグを組んで何いいだすかと思えば。
私はどくろクマを置いて立ち上がり、二人をおしのけて台所の下から食器をとりだした。
……正直、年上の男の人に可愛いって言われて、悪い気はしなかったけど。
うう、でもやっぱり恥ずかしさのほうが強い……。
私はいつもの深皿。
若王子先生はグラタン皿。
真咲先輩はどんぶりで。
私たちは遅めの夕食を、小さな丸テーブルを囲んで食べることになった。
「いただきますっ」
とろとろあつあつのカレーをまずは一口。
「……さん、どうですか?」
「うまいだろ? 真咲式おいしいカレー若王子スペシャルは」
先生は瞳を輝かせて。真咲先輩は自信たっぷりに。
「おいしい!」
自分で作るカレーと材料はほとんど変わってなさそうなのに、とってもおいしい。
辛さもとろみ具合もちょうどいい感じ。
「おいしいです、先生! 先輩! ほんとにこれ、普通の固形ルーですか?」
「マジで普通のルーだって。なぁ、若王子」
「少し、照れます」
あ。
先生の照れてる顔、初めて見るかも。
ちょっと可愛い。
それから先生と先輩もカレーを食べ始めた。
食べながら、他愛もない話で盛り上がる。
バレンタイン前にはるひが来たときも楽しかったけど、今日はそれとはまた違う楽しさだなぁ……。
なんか、久しぶりに家族とご飯食べてるようなカンジ。
真咲先輩がお兄ちゃんで、先生がおと、じゃなくて、先生もお兄ちゃん。
懐かしいなぁ……。
「さん」
食べ終わった先生が、首を傾げて私を見た。
「落ち込んでる? ピンポンですか?」
「ブ、ブーです。ちょっと思い出しただけですよ」
「なんだ? どうした、」
おかわりした分の最後の一口を食べて、真咲先輩も私を見た。
私のは、じゃがいもひとかけがお皿に残ってる。
「懐かしいなぁって思ったんです。1年前までは、こんな風に家族揃って今日の出来事なんか話しながら、ごはん食べてたから」
「あー、……そっか。そうだな」
「先生と先輩がお兄ちゃんとだぶりました。それで懐かしくって」
「おう、こんな兄貴でよかったら、いつでもレンタルされてやるぞ」
「あは、ありがとうございます、真咲先輩」
わしゃわしゃと私の頭を撫でてくれる真咲先輩。
でも、先生は。
とても真面目な顔をして、私を見てた。
「さん、先生は余計なことをした?」
「え?」
「さんのためを思ったつもりだったけど。家族を思い出させて、寂しい思いをさせたなら僕は先生失格だ」
「そんなこと!」
そんなこと思ってない。
慌てて私は体全体で否定した。
ぶんぶん頭を振って、両手も大きく左右に振って。
「嬉しかったですよ。カレーも嬉しかったし、家族の団欒を懐かしむこともさせてくれて。寂しさなんて、全然です」
「さん」
「本当です。先生は学校の外でもいつも気にかけてくれて、感謝してます」
「うん……なら、いいんだ」
先生は穏やかに微笑んでくれた。
ああ、こんな風に笑う先生って安心する。なんか、大人なカンジ。
と。
「あのですね。ものっそいいい雰囲気の中、申し訳ないんデスガ」
抑揚のない声。
……はっ、真咲先輩がいたんだった!!
見ればおもいっきりジト目の真咲先輩。
テーブルに頬杖ついて、私と先生を見ていた。
「なんですか、その先生と生徒の関係を超えたいい雰囲気は。オレって、もしかしなくてもすっげぇお邪魔?」
「や、真咲くん、そんなんじゃないです」
「そうですっ! 真咲先輩、変な誤解しないでくださいよ!?」
「あーあー、わかったわかった。心配すんな、学校には黙っててやるって!」
「だからー!」
あせって私と先生が弁解してるというのに。
真咲先輩はにやにやと口元を緩めて、最後には声を上げて笑い出した。
「あー、おもしれぇ。冗談だって。ま、事実だとしてもスルーしといてやるよ」
「真咲先輩っ」
「おい若王子、そろそろ退散する時間じゃねぇ? もう10時近いぞ」
「ややっ、本当です。さん、お邪魔しました」
私の抗議を無視して、真咲先輩は立ち上がる。
時計が指しているのは9時47分。先生も立ち上がった。
私も玄関まで見送りに出る。
「じゃあオレ、先に車エンジンかけてくるわ。、またな!」
「はいっ。真咲先輩、ありがとうございました!」
おう、と手を挙げて答えてくれた真咲先輩は、一足先に玄関を出て行った。
靴を履いて、私を振り返る若王子先生。
「先生、今日はありがとうございました。カレー、すっごくおいしかったです」
「それはなによりです。先生も、うまくできてほっとしました」
にっこり笑った若王子先生。
「元気になってよかった。君が笑ってないと、僕も悲しい」
「う、き、気をつけます」
「うん。……それじゃ、さん。また明日」
「はい、また明日!」
はい、さようなら、と。先生はドアを閉めた。
はぁ……。
なんか時々、先生って。
先生モードから大人モードに切り替わることがあるというか。
しゃべり方まで変わっちゃうんだから。アレ、少し心臓に悪い。
少しどきどきしながら、私は食器を洗うために台所に立った。
……さっきまで、先生に貸していたエプロンを着けて。
翌日。
ウイニングバーガーに行ったら、藤井さんから焼きうどんバーガーを奢られた。
「え、いいんですか?」
「いーのいーの。これ、ワタシからじゃないし。昨日ねー、ちょっとイケメンなはば学の子が来て、のシフト聞かれてさ」
それってもしかして、赤城くん?
「明日は来るよって言ったら、明日は都合悪いから、来たら新バーガー奢ってやってくれってお金おいてったの」
「そうだったんですか」
「ちょっとー! はね学生のくせに、はば学の子といつ知り合ったのよー!」
なんて藤井さんはしつこく聞いてきたけど。
赤城くん、ほんとにお返しに来てくれたんだな。
真面目というか律儀というか。
雨宿りの君と赤城くんがうまくいきますように、と祈りながら。
私は焼きうどんバーガーをほおばった。
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