3月14日。私が退院して2日後はホワイトデーだった。
16.1年目:ホワイトデー前編
「オッス、。具合どうだ?」
「オッス、ハリー。もう全快してるってば」
登校途中、ばしんと肩を叩かれた。
相変わらず教科書が入ってなさそーな薄っぺらいかばんを担いで、音漏れしてるイヤホンをしている人といえば、顔を見なくてもハリーだってわかる。
「登校中に会えてラッキーだった。ほらこれ。バレンタインのお返し」
「あ、ありがとう! 中身なに?」
「オレ様厳選、超すっきりのど飴と……」
「と?」
包みもなにもありはしない。
透明な小箱につめられたいろんな種類ののど飴。
で、他にもあるらしい。ハリーはかばんから一枚のMDをとりだした。
「オレ様厳選、元気が出るMD」
「あ、嬉しいかも。ありがとハリー!」
CDを買う余裕がなくて、はばたき市に来てからは昔買ったCDやラジオを聴いていたんだよね。
ちょっとこれは嬉しいかも。
「このオレが認めたバンドのお勧めの1曲がつまってるからな。病は、あー……気からだっけ」
「うん」
「だからよ、気が落ち込んで風邪引きそうな時に聴くと薬になるMDってわけだ」
「ほんとありがとう。大事にするね!」
「おう、あったりまえだろ!?」
ぐっ、と親指を立てて笑うハリー。
「ちなみに最後の一曲はオレ様オリジナル」
「ありがたき幸せです、ハリー様」
「おう、よきにはからえだ!」
その後、そのまま一緒に学校に行った私とハリー。
玄関で別れてハリーは音楽室へ直行、私は教室へ向かった。
「」
教室のドアを開けようとして、今度は志波くんに声をかけられた。
「おはよう、志波くん」
「ああ……」
朝の挨拶をした私を、怪訝そうに見つめる志波くん。
なんか私、変な格好してる?
自分の格好を見下ろしても、いつもどおりだと思うんだけど。
「具合悪いわけじゃ、なさそうだな」
「え、うん。あ! そっか、今朝ね」
志波くんの困ったような表情に、ようやく思い当たった。
「実は今日寝坊しちゃって。走りに行く時間なかったんだ。ごめん、心配してくれたんだ?」
「いや、元気ならいい」
ふぅ、と息を吐いて。
志波くんは後ろ手にしていた包みを私に手渡してくれた。
「これ。お返し」
「ありがとう! なになに?」
返事も待たずがさごそ開けようとしたら。
志波くんに袋の口をふさがれてしまった。
あ、志波くん。顔赤い。
「あとで開けてくれ。頼むから」
「あ、うん。わかった」
「じゃ。病み上がり、無理するなよ」
そう言って自分のクラスに戻ってく志波くん。
私も教室に入って、自分の席についた。
すぐにあかりが寄ってくる。
「ちゃんおはよっ。見てたよ、それ志波くんからでしょ」
「おはよ、あかり。うん。何くれたんだろ」
あかりも覗く中、可愛い袋から出てきたのは。
黒いうさぎさんのボトル缶水筒と、スポーツドリンクの粉末。
「「か」」
私とあかりの声は見事にハモった。
「「可愛いーーーー!!!」」
なにこれ、なにこれ、なにこれ!!
「うそー、志波くんからは想像つかないよー!!」
「どんな顔して買いに行ったんだろうね! やだ、すっごく可愛い!!」
「キャップが黒ウサギだよ! ウサギ!」
「うわ、今日の大ヒット! ……あ、手紙入ってる」
水筒を持ち上げてきゃあきゃあ騒いでいたら、ひらりとメモが一枚落ちた。
『風邪もスポーツも水分補給が大事だと思う』
……これだけ。
でも、すっごく志波くんらしい。
ふふふ、すっごく嬉しい!!
そんなこんなで1時間目が終了し、次は化学で移動教室。
あかりと一緒に化学室に行くと、若王子先生が大きな袋を持って準備室から出てくるところだった。
「先生」
「あ、さんに海野さん。すいません、準備室のドア、閉めてもらえますか?」
「はい。……先生それ、ホワイトデーの」
「ピンポンです。たくさん貰っちゃったので、今日は先生、休み時間がないんです」
とほほ、という声が漏れてきそうな先生の困り顔。
教員人気ナンバーワンも大変だ。
「さんと海野さんにも、あとでちゃんとお返ししますから。とりあえず先生、この休み時間に2年生のクラスまわってきます」
「た、大変ですね。いってらっしゃい、先生」
「はい、行ってきます」
両手に紙袋を提げて、よたよたと走っていく先生。
と。
「若王子先生! 廊下は走ってはいけません!」
氷上くんだ。
先生はすいませ〜んと言いながらも、走り去る。
「まったく、若王子先生は」
「まぁまぁ氷上くん。大目に見てあげてよ」
「教師が生徒に注意されては、他の生徒に示しがつかないじゃないか」
全くもってその通りです。
「でもちょうどよかった。二人を探していたんだ。先月のお返しをと思ってね」
「わぁ、ありがとう氷上くん」
氷上くんは眼鏡を直し、手に持っていた小さな包みをあかりに渡した。
「海野くん、先月はありがとう。これはつまらないものだけど、勉強の合間にでも食べてほしい」
「ありがとう。あ、マシュマロだ」
「それからくんにはこれを」
ばさっと渡される、書類のたば。
厚みはちょっとしたファッション誌くらいはある。
「なに、これ?」
「くんも女性だし、甘い食べ物のほうがいいかと思ったんだけど、こちらのほうがもっとふさわしいかと思って。……零一兄さんから貰った授業ノートのコピーだよ」
「うわ、氷室先生の!? すっごく嬉しいかも!」
「学年末で僕は1位を取れたけど、今回は不戦勝だ。敵に塩を送ることになるが、僕は正々堂々と君に勝ちたいんだ!」
氷上くんのこういういさぎいい所って、素直に尊敬できる。
貰ったコピーは、几帳面な氷室先生らしく整然とわかりやすくまとめられていた。
あ、数学だけじゃなくて古文も、英語も、あれ、全教科ある。
「ありがとう、氷上くん。2年の1学期期末で勝負だね!」
「のぞむところだとも、くん!」
がしっと腕を交差させて、熱い友情を確かめ合う私たち……。
あ、そういえば。
「氷上くん。小野田ちゃんには何をあげたの?」
「小野田くんに? 星座になった動物たち、という本をあげたけど。ほら、彼女動物好きのようだったから」
「「グッジョブ!!」」
再び私とあかりの声がハモった。
そしてお昼休み。
「やぁ、さん。ちょっといいかな」
いい子モードの佐伯くんに呼び出された。
連れて行かれたのは、バレンタインの日に佐伯くんがお昼寝してたあの木陰。
そこまでくると、佐伯くんはおもむろにいい子モードの仮面を外し、草の上にどかっとあぐらを掻いた。
「お疲れ様、佐伯くん。もうお返し配り終わった?」
「いや、もう少し。いい加減疲れたから休憩したくて」
うーん、と佐伯くんは大きく伸びをする。
とりあえず私も座っておこう。立ったまま学園プリンスとツーショット場面を誰かに見つけられたら大変だし。
「これ、に。お返し」
「ありがと、佐伯くん。中見ていい?」
「ああ」
リボンがかけられた両手に収まるサイズのボール紙の箱。
中からでてきたのは……ちょっと大きめな、ガラスのカフェオレボウル。
「わぁ……」
「珊瑚礁で使ってる耐熱ガラス食器と、同じメーカーのヤツ。食欲なくても、スープくらいは飲めるだろ。綺麗な食器は、食欲も増進させるってじーさんが、マスターが言ってた」
「うん。ありがとう、佐伯くん。これ、高かったんじゃない?」
「別に。オレ、バイト代使い道ないし」
ぶっきらぼうに言って、佐伯くんはごろんと寝転がった。
「用件それだけ。おとうさん、これからお昼寝だから。あっちいきなさい」
「はーい。ありがとね、佐伯くん!」
私に背を向けたまま、佐伯くんは片手を振って答えてくれた。
放課後。
今日はアンネリーのバイト。直行しなきゃ。
玄関で靴を履き替えていると、ばたばたばたと足音が近づいてきた。
「ちゃん、待った! あー、よかった、今日中に渡せへんかと思った〜」
「クリスくん。今帰り」
「そ。ちゃん、一緒に帰らへん?」
「いいよ、駅までだけど」
長い金髪を振り乱して駆け込んできたクリスくん。
私たちはそのまま一緒に校舎を出て、駅に向かって歩き出した。
「ちゃん、今日はいっぱいいっぱいお返し貰えたんとちゃう?」
「うん、バレンタインあげた人からはみんな貰えたよ。なんかこの間倒れたせいもあって、みんなお返しに気を遣ってくれたみたい」
「そやろー? みんなあん時はめっちゃ心配してんで、ちゃん。じゃ、これ僕から」
いつものにこにこ笑顔でクリスくんが渡してくれたのは、綺麗に包装された……パレット?
あ、違う。これ、リップグロスのパレットだ。
「これ、グロスだよね? いろんな色あるけど」
「そそそ。ちゃん、まだお化粧なんてせぇへんやろ思ってんけど、密ちゃんがな」
「水島さんが?」
「『綺麗におめかししたら、嫌な気分も吹き飛んじゃうのよ』って言うてたから〜。口紅はまだ早いかもしれんけど、これなら女の子みんなつけてると思て」
そっか、水島さんらしいな。
そして一色じゃなくて、パレットに何色も、ってとこはクリスくんらしい。
「今度ふたりでデートした時にでも、つやつやグロスの唇見せてなー?」
「あはは、クリスくんてば」
「あかん〜、きっと可愛い過ぎてちゅーしてまうかもしれん〜」
「そ、それは犯罪デス……」
ええやん〜なんていいながらいつもの笑顔のクリスくん。
私たちは駅まで楽しくおしゃべりしながら下校して。
私はそのままアンネリーへと向かった。
あれ、なんか忘れてる気がするけど。
なんだっけ?
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