「さん、卒業生に最後のチャンスを上げるために、卒業式の日は登校してくださいね」
「は? 最後のチャンスって?」
「決まってます。さんに告白するチャンスです」
14.羽ヶ崎学園第19回卒業式
問答無用の小野田ちゃんによる生徒会執行部命令で、一般生徒がお休みの日に。
『はい、並んでください並んでください。お一人様持ち時間は1分でお願いします』
「さんっ! ずっと見てましたっ! 好きだぁっ!」
「ご、ごめんなさい」
『はい次の方次の方。順序良くお願いします』
なんなんだこのコント。
正面玄関近い1年生の教室で。
私は普段先生が座る教壇の机に座り。
入れ替わり立ち代わり、告白してくる卒業生。
中にはおもしろがって女子の先輩も並んでたりするんだけど。
もうすでに生徒会主催の余興と勘違いしてる人のほうが多いんじゃないだろうか。
だって、もう確実に100人はごめんなさいしてる。
<学園アイドルに振ってもらえる機会をあなたに>
そんな垂れ幕がどっかにかかってるんじゃないだろうか。
そして、なんで会場整理のメガホンを若王子先生が握ってるんだろう……。
『やや、さん。お疲れですね?』
「ごめんなさい。……メガホンごしに話しかけないでください、先生」
『卒業生の青春の1ページに協力してるのはさんだけじゃありません。水島さんも今頃大変です』
「ごめんなさい。……水島さんも来てるんですか!?」
『ちなみに、これから先生も女子生徒向けに移動しなくてはならないです』
「ごめんなさい。……先生も……」
どうしてこういう時に限って、教頭先生の検閲が通ったんだろう。
しっかりしてよ……。
『やや、お触りは厳禁ですよ。はい、次の方』
「最初からあなたに決めてましたっ!」
「ご、ごめんなさい」
いつまでやればいいんですか、これ。
そんなこんなでお昼を回った頃。
「お疲れ様、くん! 水島くんも、ご協力感謝する!」
「感謝しなくていいから、来年以降は勘弁してね……」
やり終えたすがすがしい達成感に浸っている氷上くんと小野田ちゃんと若王子先生を、私と水島さんは疲れきった表情で見ていた。
ありえない、この生徒会。
「あ、いやだもうこんな時間。私、今日は習い事を早めてもらったの。先に帰るわね」
「水島さん、お疲れ様!」
「うふふ、さんもお疲れ様!」
きっと私よりも告白なれしてるだろう水島さん。しゃきっと表情を切り替えて、教室を出て行った。
ああ、私ももう帰ろう……。
バイトまでお昼寝したい。
「それじゃ、私も」
「さん、ありがとうございました!」
にっこにこの笑顔で感謝されても、もう絶対協力しないからね、小野田ちゃん。
玄関で靴を履き替える。
もう卒業生はみんな帰ってしまったんだろう。
がらんとして、誰もいない。
と思ったら。
「さん」
玄関を出るところで、声をかけられた。
卒業式と筆文字で書かれた看板のすぐ横に、3年生の男子。
見たこと……あるよーな、ないよーな。
「なんですか?」
「うん、ちょっといいかな。最後のお願い、ってヤツ」
こんなところで、誰もいなくなるまで待ってたってことは、さっきの余興と違ってきっと真剣な告白。
ちゃんと答えてあげなきゃ。
「駄目もと、ってわかってるから。けじめに付き合ってくれるかな」
「はい、いいですよ、先輩」
私は先輩の近くに寄ろうとした。
でも、後ろから強く肩を掴まれて引き戻される。
……若王子先生?
あまり見ない、怖い顔。
「駄目です」
「せ、せんせぇ」
「君に、さんに告白する権利はない」
どうしたんだろう。私を見ずに、目の前の先輩を睨みつけるように見続けている先生。
先輩は肩をすくめて、言った。
「覚えてないから驚いた。俺、クリスマスに君を泣かした、悪いヤツ」
「あ」
そういえば。
どこかで見たかも、って思ったのは間違いじゃなかったんだ。
制服で、髪も学校仕様におろしてるから気づかなかった。
それで先生怒ってる、のかな。
「先生に止められちゃ、もう無理だな。あきらめるよ。それじゃあ」
「あ!」
片手を挙げて踵を返す先輩。
私が一歩踏み出すと、先生はさらに力を入れて、今度は私の右腕を掴んだ。
「さん」
「先生……。大丈夫です、けじめつけたいって言ってただけですよ。いまさらひどいことされるとは思えません」
先生は困ったように私を見下ろして。
掴んでいる力が少し緩んだ。
「わかった。でも、僕はここにいる。なにかあったら、すぐに助けに行くから」
「はい、先生」
不安そうな先生を玄関口に残して。
「先輩!」
私は名前も知らない先輩に、門の前で追いついた。
「さん……ほんと驚いた。オレのこと、怖くないの?」
「怖いかどうかはわからないです、正直。でも、けじめつけたいっていうなら、その一因は私にもあるし」
「そっか」
にかっと歯を見せて先輩は笑った。
クリスマスの時の、逆切れしたときの顔からは想像もつかないような幼い笑顔。
「オレさ、割といろんな子にモテて。さんの存在知ってからは、プライドみたいなもんで、オレのステータスにしようと思ってたみたいなんだ」
「はぁ、ステータス……」
「自分から告白したの初めてでさ。でも、今まで結構告白されたこともあるし、まだ1年だしラクショーと思ってたとこにごめんなさいだったから。思わず逆切れした」
怖かったですよ、と言ったら眉尻を下げて、ごめんと言ってくれた。
「その時若ちゃんにさ、すっげぇ怒られた。オレ、若ちゃんが怒るのって初めてみたからすっげぇビビったよ」
「み、みたいですね。私もあとから聞きましたけど」
「うん、その時にさんの事情を少しだけ教えてもらって。オレすっげー恥ずかしくなってさぁ」
頭を掻いてあははと笑う先輩。
なんだ。やっぱりこの人、悪い人じゃないよ。
えーと、若気の至り? ってヤツだったのかな。
「それから本気で好きになった」
「え」
「好きです。つきあってください」
さらりと。
この台詞だけはクリスマスの時と同じだ。
でもきっと、こめられてる思いはずっとずっと、真摯なもの。
「……ごめんなさい」
私も、深々と頭をさげて、心を込めて言った。
頭を上げると、わかってるってー、と言いながら笑ってるせんぱ、い、う?
…………!!??
「さんっ!」
「さん、思い出ありがとう!」
頭を上げた瞬間、先輩からの不意打ちのキス、された。
思考がのろのろと追いつこうとしてるうちに、先生の足音と、先輩の走り去る足音が反比例して響いていって。
うわ。
「さんっ」
息せき切って、先生がやってきて私の肩をがしっと掴んだ。
「逮捕しますか?」
「……は?」
「強制ワイセツです。先生の可愛いさんに、許せません」
「い、今のは事故チューです」
先生だって、あかりとしたヤツです、と言えば先生は口をぱくぱくさせたあと黙りこくって。
「あれは事故チューです」
「だから今のも事故チューです」
そうだということにしたい。
別にファーストキスに夢をもってるってわけじゃないけど。
わけじゃないけどさぁぁぁ。
「さん」
落ち込むべきか怒るべきか悲しむべきか判断がつかない私に、先生が。
「氷上くんと小野田さんに、超熟カレーパンを奢らせるってどうですか」
「……大賛成です。激、イケてます、その提案」
いつもなら、先生が生徒にたかるなとつっこむところだけど。
ここは生徒会執行部に責任なすりつけてやるんだっ。
かくして私と先生は。
二人並んで肩をいからせて、生徒会室へと怒りの矛先を向けて校舎に戻っていくのだった。
がくり…………
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