したーん! したーん! したーん!

「すっげー! まだ続いてるッスよ、この襖!」
「大奥みてぇだな! よーっし赤也っ、全部開けるぜぇ!」
「もちろんッスよ!」

 したーん! したーん! したーん!

 赤也とブン太が嬉々として奥へ奥へと襖を開け放っていく。

「赤也、ブン太。人様の家であまり暴れるな」

 オレが咎めても聞き入れるわけはなく。赤也とブン太はどんどん調子づいていく。

「冷気がこっちに流れてきて寒いんだけどなぁ」

 コタツにもぐりこみながら口を尖らせている幸村だが、本気で怒っているわけではないところを見ると、この後の展開に期待しているらしい。
 確かにこのままいけばあの二人が……

「お、おい赤也っ、ブン太! いい加減にしとけよ! そろそろ真田が戻ってくるぞ?」

 いや。
 赤也とジャッカルが弦一郎の鉄拳制裁をくらう確率、だな。

 したーん!

 赤也が最後の襖を景気よく開けたそこには、ぐつぐつと煮え立つ土鍋を持った弦一郎との姿。
 確率、100%。
 一瞬面食らったように立ち止まった弦一郎だが、引きつった顔で見上げる赤也とジャッカルを見下ろした瞬間。

「お前たちっ! 何をしとるかぁっ!!!」

 ……弦一郎が赤也とジャッカルに土鍋の中身をぶちまけなかったことだけは褒めておこう。

「いつもどおりですね」
「プリッ」



 〜真田の家でクリパしよう!〜



「いってぇ……まだズキズキしてっし……」
「っていうかなんでオレが殴られんだよ……」

 部屋の隅で並んで正座させられている赤也とジャッカルがぶつぶつ呟いているが、弦一郎は見向きもしない。
 要領のいいブン太は、弦一郎が現れる直前、ちょうどジャッカルが立ち上がって駆けつけると同時にコタツに戻り鉄拳を免れていた。

 コタツ中央のカセットコンロに土鍋をセットしたあと、火をつける。
 くつくつと煮立つ土鍋の中は、真田家流の寄せ鍋だ。

「手伝いもせず申し訳ない、真田くん。この人数分の仕込みは大変だったでしょう?」
「気にするな、柳生。全員が立てるほど我が家の台所は広くないし、そもそも材料を切っただけなのだからな。それに手伝いならがよく動いてくれた」
「それこそ材料切っただけだけどね? お鍋の味付けは真田がやったんだし」
「なんじゃ、この鍋は真田味か」
「仁王、不味くなるような言い方やめてくれないかな」

 好き勝手言いながらも、全員の視線はアク取りをしている弦一郎の手元、ではなく鍋の中身。

 そう、本日12月24日。
 オレたち立海テニス部レギュラー陣は、弦一郎の家でクリスマスパーティをすべく集まっていた。

 言いだしっぺはもちろん幸村だ。

「来週から冬休みに入るわけだけど、今年一年の反省と来年に向けての景気付けに、みんなで集まらないか?」
「うむ。一年を省みて来年に備えるのはよいことだな」
「というわけで24日はみんなプレゼント交換用のプレゼントを持って、6時に真田の家に集合ね」
「うむ。……なに?」

 勢いで頷いてしまった弦一郎だが、時既に遅し。
 あとでいろいろ抗議していたようだが、結局幸村の言うとおりに弦一郎宅での反省会、という名目のクリスマス会が行われることになった。

 突然の計画に真田の家人に迷惑ではないか、と一応オレも一言言ってはみたのだが。
 なぜか弦一郎の家族には聖人君子のごとく思われている幸村の礼儀正しい挨拶ひとつで、家人の了承はすぐに取れたらしい。

 それをオレに告げたときの弦一郎の苦悩に満ちた顔は、申し訳ないが見ものだった。

「切原、ジャッカルも。体冷えちゃうよ。ね、幸村。もういいよね?」
「しょうがないなぁ。ふたりとも、さんに感謝するんだよ?」

 コタツの隅に体を移動しながら赤也とジャッカルを呼ぶにはとにかく甘い幸村もあっさりとふたりの罰を解き、しかし体はが移動したほうへと動きながら二人を手招きする。

「ありがたいッスけど……」
「真田と幸村にはさまれんのか……」
「何か言ったか?」
「「なんにも!!」」

 弦一郎のにらみに、声を揃える赤也とジャッカル。

 そんなことをしている間にも、と柳生が全員分の取り皿や箸を配り、鍋の準備は万端に整った。

「うむ。完璧だな!」
「なぁなぁ、早く食おうぜ!」
「ふふ、せっかちだねブン太は」

 鍋に食い入るように身を乗り出して視線をそらさないブン太だが、そのよだれを鍋の中に入れるのだけは勘弁してくれ。

「それではそろそろ始めるか?」
「うむ。では、幸村から一言もらおうか」

 乾杯用の烏龍茶を手に持ち、全員が幸村を見る。
 幸村はこほんとひとつ咳払いをしてから切り出した。

「みんな、今年一年おつかれさま。本当は鍋の前に全員歯ァ食いしばれって言いたいところだけど、せっかくさんが丹精込めて材料切ってくれた鍋が煮詰まってもなんだし、今日のところは楽しく盛り上がろう。それじゃ、乾杯!」
「カンパーイ!」
「「「「「「「……乾杯……」」」」」」」

 見事に幸村らしく場の雰囲気を盛り下げてくれた乾杯の音頭だったが、オレたちはそれでもなんとかグラスを掲げてぶつけあう。
 だけがにこにこと幸村とグラスをぶつけていたが、これもマネージャーとしての貫禄がついたということだろうか。

 しかし、乾杯が済んでしまえばあとは無礼講。

「よっしゃ、いっただっきまーす!」
「ズルイッスよ丸井先輩っ! 肉は貰ったっ!」
「よーし、食うぞ!」

 腕をまくりながらウチの大食漢組が一斉に箸を鍋に伸ばす。

 が。

 ブン太の箸をオレが、ジャッカルの箸を弦一郎が、赤也の箸を仁王が素早く遮る。

「おいっ、なにすんだよ柳っ!」
「そうっすよ! 仁王先輩、あんまし食に興味ないくせに邪魔だけするなんてひでぇッス!」
「たわけ。物事には順序というものがあるだろうが」

 口を尖らせて抗議するブン太と赤也を、苦い顔してたしなめる弦一郎。
 いつもと違い、口調も穏やかに言う弦一郎にブン太と赤也は顔を見合わせるが。

さん、お取りしましょう。何を召し上がりますか?」
「「「あ」」」

 柳生が紳士らしく網じゃくしを持ち上げてに尋ねれば、ようやく気づいたようにブン太、赤也、ジャッカルの3人が声を揃えた。

「(そ、そっか、先輩が一番最初か……)」
「(あっぶねー……危うく幸村くんに抹殺されるところだったぜぃ……)」
「(助かった! サンキュウ、真田!)」

 ばくばくという心臓の音が表情にありありと出ている3人が箸をひっこめる。
 それと同時に幸村はにっこりと微笑み、はいつものように首を傾げた。

「いいの? ありがと柳生! えっとね、それじゃあえのきとね、しめじとね、白菜とお豆腐と」
、遠慮せんで肉も食べんしゃい」
「たらも煮えてるよ? えびはいらない?」

 まるで姫と従者だな。
 半ば呆れながらその光景を見ていたオレに、ブン太が耳打ちしてくる。

「(今日ってクリスマス会じゃなくて、マネージャー慰労会ってわけか?)」
「(なるほど。そう思っていたほうが疑問を感じずにすむな)」

 そして幸村たちがの器をてんこ盛りにした後、ようやくオレたちに食事の許可が下りた。



 今年一年を振り返りながら和やかに鍋を囲み(途中弦一郎の雷や幸村の殺人スマイルも飛び交ったが)、全員が満腹になった頃にはあれだけ大量に用意していた鍋の具は綺麗にカラになっていた。
 食後の茶はオレとで淹れ、いたく弦一郎を感激させたのはつい先ほどのこと。

 その茶も全員が飲み干した頃、ぱんぱんと幸村が大きく手を叩き始めた。

「さてと。食後の休憩ももういいだろう? そろそろ、今日のメインイベントといこうか!」
「メインイベント? なんだそれは?」
「真田副部長、プレゼント交換のことっすよ」
「待て。これは反省会だろう? なぜプレゼント交換がメインになるのだ?」
「うるさいよ真田。オレがメインって言ったらメインなんだから」

 いつものように一言で弦一郎を黙らせる幸村。
 その手腕はいつ見ても鮮やかだ。

「みんな、ちゃんとプレゼント持ってきたよね? これからそれを各々この家のどこかに隠して、自分以外の誰かのプレゼントを見つけたらそれが取り分、ってことにしようと思う」
「なっ!?」
「おー、おもしろそうじゃん。乗った乗った!」
「たしかに、そういう趣向はおもしろそうですね」

 さらりと言い切る幸村に、ぎょっとするのはもちろん弦一郎のみ。

「ま、待て幸村! 家の中を荒らすのはっ」
「さすがにご家族に迷惑かけるわけにいかないから、1階は行っちゃだめだよ。範囲は真田の部屋を含むこの2階だけで」
「オレの部屋を含むな!」
「それじゃあプレゼント隠し開始ー!」
「幸村ぁぁっ!!」

 幸村がいいと言ったら、家人の弦一郎の叫びなど誰も聞くはずがなく。
 全員が嬉々として部屋を飛び出して行った。

 さて。
 幸村にひとり抗議している弦一郎をかばっても時間の無駄だろう。
 オレもコレをどこかへ隠すとするか。

「ねぇねぇ、柳」

 と、オレの袖をつんつんと引っ張るのは、首を傾げたまま見上げているだった。

「なんだ?」

 さすがにも幸村の暴虐無人ぶりに気が咎めたのだろうか。
 オレは振り向きの言葉を待つ。

 が。

「真田の部屋って落ち武者や浪人の部屋みたいだって本当かなぁ」
「…………違うと思うぞ」

 弦一郎のいない間に家捜ししようとしないだけ、マシと見るべきか。
 なぜか脱力感を感じるオレだった。



「さてみんな、自分のプレゼントは隠し終わったかい?」

 にこにこと満足そうに全員を見回す幸村も、いつのまにかプレゼントを隠しに出ていたらしい。
 大きくため息をつきながら肩を落としている弦一郎も、プレゼントを手にしていないということは幸村を説得しきれずに渋々従ったのだろう。

 全員がこっくり頷いたのを見届けると、幸村は自分のいるところを指差し、

「プレゼントを見つけたらここに戻ってくること。見つからないからって自分のプレゼントを持ってきたらだめだよ? それじゃ、宝探し開始っ!」
「「「「「おーっ」」」」」

 元気よく飛び出していく赤也とブン太とジャッカル。あたりをきょろきょろしながら動き出すのは仁王と柳生。幸村は何を企んでいるのかわからない顔で部屋を出て、弦一郎は変わらず肩を落としたままゆっくりと出て行った。

 さて、オレも探しに出るとするか。
 確率論を駆使すれば、誰のプレゼントがどの辺に隠されているか大体の想像はつくが……誰のプレゼントを狙うかが問題だな。
 赤也あたりのプレゼントは、100%に近い確率でオレの生活に役立つものではなさそうだし。
 趣味のあいそうな柳生か、理性的なプレゼントを用意してそうなジャッカルか。

 部屋の中央で顎に手をあててしばし考えていたオレだが、視界の隅に動くものをとらえる。

「……?」

 そちらに視線を向ければ、だった。

 どうやらは……


 ・弦一郎の部屋に向かうようだ。
 ・マガジンラックを探っているのか?
 ・テレビ台の中が気になっているようだ。
 ・コタツの上をじっと見ている。
 ・コタツの布団をめくりだした。
 ・床の間を覗き込んでいる。
 ・神棚が見たいのか?
 ・バルコニーの方を気にしているようだ。