「じゃあ立候補を取ろう。内野がいい人?」
「「「「「「おうっ!!」」」」」」

 幸村部長の言葉に、全員が同時に手を挙げた。

「あれ? 仁王先輩は外野でいいんスか?」
「人数調整必要じゃろ? オレはと一緒に見学しとるぜよ」
「うーん……そうだね。ここは仁王に外れてもらおうか」

 やる気ないことを咎めるかと思ったけど、のたのたとコートを出て行く仁王先輩を引きとめもしない幸村先輩。
 なんかたくらんでんのか?

「それより外野と内野を決めないとね」
「ふむ。ここは正々堂々じゃんけんで決めるのが公平だろう」

 柳先輩の提案に、オレたちはお互いの顔を見合わせたあと突き出した拳に視線を落とした。

「せーのっ」

「「「「「「「最初はグーッ!! じゃんけんぽーんっっ!!」」」」」」」

「じゃんけんするだけなのに、なんか気合入ってるね」
「ああいう熱いのが苦手、っちゅうのもあったんだがのう」

 ひたすらアイコが続くオレたちのじゃんけんを傍から見ながら、先輩と仁王先輩は体育館の壁にもたれかかっていた。



 7.指令:体育祭でサッカー部に勝利せよ



「ようやく終わったのかよ……ったく、先輩待たせてんじゃねーよ」

 くるくると指先でボールを回しながら悪態をつくサッカー部主将。連中はすでに内野・外野にわかれてこきこきと肩や腕を動かしてる。

「ちぇっ、外野かよ」
「いいじゃないか。ボールをぶつければ赤也も内野に入れるんだから」
「外野は3人以下には出来ないルールだから、その前にウチの誰かが当てられなくてはならないがな」
「ジャッカルせんぱーい、期待してるッスよー」
「オレかよ!」

 アイコが37回続いた結果、試合開始時の外野はオレと幸村先輩と柳先輩になった。
 安全なとこから敵を狙ってもつまんねーのに。ちぇっ、最速で内野に入ってやる!

 オレは相手陣地を挟んで自軍陣地と向かい合う面の守備につく。
 ちらっと先輩たちのほうを見れば、テニス部1,2年チームとサッカー部3年レギュラーチームの試合を見ようと野次馬が結構集まって来てた。

「いーんじゃねぇ? 天才的妙技を見せ付けるのに、こんくらいギャラリーがねぇとな」
「丸井くん、油断は禁物ですよ。相手は一応3年生なんですから」

 わくわくを隠しきれてない丸井先輩の横でいつものようにジェントルな説教してる柳生先輩。
 そして、さらにその横をすり抜けてコート中央に立ったのは、体育館中の誰よりも年上に見える真田先輩。

「ルールはわかってんな? どちらかの内野がゼロになった時点でゲームセット。つまんねーけど、顔面はセーフってことになってっからな」
「わかっている」

「真田が先輩に敬語使ってないの、初めて聞いたかも」
「相当頭に来とるのぅ、真田のヤツ」

 実はオレも初めて聞いた。
 へへっ、でもまぁ、そうこなくっちゃおもしろくないっしょ!

 びしばしと火花を散らしてるセンターライン。
 体育祭の正式な試合じゃないから、ボールトスはその辺の生徒を捕まえてひっぱってくるサッカー部。

「えーと……じゃあ、開始っ!」

 いきなりぴりぴりしたテニス部とサッカー部の対峙するコートに連れて来られた1年は、びびりまくりながらボールを高々と放り上げて、さっさとコートから走り去る。

 先にジャンプしたのはサッカー部の先輩だった。

「よっしゃー! うちのヘディングの名手の勝ちだぜ!」
「ナイスジャンプ!」

 盛り上がるサッカー部一同だけど。

「……と、アイツらは言う」

 隣の面にいる柳先輩が呟いた瞬間だった。

「微温いわぁッ!!」

 真田先輩が一呼吸遅れてジャンプ!
 すっげぇ! 一瞬で相手ジャンパーの上にまで手を伸ばして、ボール奪いやがった!

「なっ、なにぃっ!?」
「すごいっ! 真田カッコいいっ!」

 目をまん丸に見開いて驚くサッカー部一同と、手を叩いて喜んでる先輩。
 ま、こんくらいは当然っしょ。

 こぼれ球は丸井先輩がしっかりキャッチ!

「よし! 丸井、攻撃だ!」
「任せろっての! おりゃあっ!」

 着地と同時に振り向いた真田先輩が指示を出して、間髪入れずに丸井先輩が体ごとひねらせた遠心力を加えた一撃を相手コートに叩き込む!

「なめんな2年がっ!!」

 けど、そのボールを真正面から受け止めるサッカー部員!
 体を丸めて、まるでネットでからめとるかのようにボールを全身で受けて、勢いで数歩分押されたもののがっちりとキャッチしやがった!

「さすがウチの正ゴールキーパーだな!」
「ボールを受けるのは十八番だっつーの!」
「ちっ!」

 丸井先輩は舌打ちして、コートの端に寄る。

「分散しろ! 固まると避けづらいぞ!」
「わかってる!」

 真田先輩の号令と同時にジャッカル先輩や柳生先輩もコートの隅に散った。

「遅ぇよ!」

 丸井先輩のボールを受けたサッカー部の正ゴールキーパーだかって先輩が、素早く外野にパスを出した。

「おら行くぜ!」

 受け取った外野の先輩もキャッチアンドパスで素早くボールを投げる。

「速い!? なんだよこのパス回しのスピード!?」
「ふむ、さすがはサッカー部といったところか。チーム戦はどうやらあちらに分があるようだ」

 柳先輩も冷静に分析してる場合じゃねぇって!

 つーか、マジ速ぇ! そりゃテニスの高速サーブに比べりゃなめくじみたいなスピードだけど、キャッチしてから次にパスを出すまでのモーションがおっそろしく速ぇ。
 外野3辺と敵陣内野の4方向でパスを回されて、ウチの内野はあっちこっち走りまわされてる。

「所詮テニスは個人プレイだろ! あうんの呼吸も知らねぇヤツらがチーム戦をオレらに挑むなんざ、10年早ぇんだ、よっ!」

 ムカツクことをほざいたサッカー部主将が、外野にパスを出すと見せかけて内野ど真ん中にボールを投げつけた!
 単調に走りまわされてた丸井先輩が一瞬リズムを崩されて、もろに左肩にボールを受ける!

「あっ、丸井っ!」

 丸井先輩が痛みに顔をゆがめるのと同時に、先輩の悲鳴が響く。

 けど。
 丸井先輩はすぐにニヤリと不敵に笑って、

「来期のD1相手にあうんの呼吸を説教だぁ? 舐めたこと言ってっと、反撃しちまうぜぇ? ……ジャッカルが!」
「オレかよっ!」

 そのまま体を沈めた丸井先輩の背後からジャッカル先輩がぶつくさ言いながら飛び出して、地面に落ちる前にボールをキャッチ!

「ボールを当てられても、落とさなければセーフだったよな?」
「どーよ、オレたちのあうんの呼吸。天才的だろぃ?」
「ていうかブン太、あれお前一人で取れただろ!」

 体を起こしてビシッとサッカー部を指差す丸井先輩に突っ込むジャッカル先輩。
 ったく、ヒヤッとさせんなよな、二人とも!

「ジャッカル君、ボール貰いますよ」

 ぎゃあぎゃあと言い争いを始めて、真田先輩の鉄拳を食らう二人からさっさとボールを取り上げたのは柳生先輩だ。
 右手でくいっと眼鏡をずりあげてから、センターコートに立つ。

「どうやらあなたがたは我々テニス部員のチームワークを疑っているようですが……お互いが土俵の違うスポーツで試合をする場合、個人技がすぐれている方に分があるはずです。それに、足を主体とするサッカーよりは、上半身の動きも必要とするテニスのほうが、この競技には応用が利きそうですが?」
「……なに言ってんだコイツ」
「物分りの悪い方たちですね」

 いきなしドッヂボールとテニスとサッカーの比較を始めた柳生先輩を、怪訝そうな顔して見つめるサッカー部一同。
 つーかオレも柳生先輩の言ってること、よくわかんねぇんだけど。

 かと思えば、柳生先輩は体を内側にゆっくりと捻って。

「つまりはこういうことです。……これにて遊びは終わりです。アデュー!」

 いつもの決め台詞の後、ドッヂボールでレーザービームをぶっ放す柳生先輩!!

「「「うおっ!!??」」」

 殺人的な勢いのボールを、慌てて避けるサッカー部員! ……って、直線上にいんのって、オレ!?

「うわぁっ!!」

 ズガァァン!!

 慌てて倒れこんだオレの頭上を高速で通過したボールは、バズーカ砲がはじけたかのような轟音をたてて体育館の壁に衝突した!
 しゅうしゅうと煙をたてながら床に落ちたボールはゆっくりと転がっていく。

「切原くん! しっかり受けたまえ!」
「つーかラケットもないのに素手でレーザービームなんかとれませんって!!」

 無茶苦茶だな、ウチの先輩たちは! つーかラケットもなしにどうやってあんだけのスピードと威力つけたんだよ!?

「ああ、ようやくボールがまわってきたよ」

 そして運が悪いことに。
 こぼれ球が転がった先は立海の魔王、幸村先輩のもと。
 にこにこしながらボールを拾い上げて、先輩の方を振り向いて。

さんも退屈だろう? さっさと終わらせちゃおうか」
「んだと……」

 仁王先輩の横で首を傾げながらきょとんとしてる先輩に手を振ってる幸村先輩に、カチンときたのかサッカー部員の一人が低い声を出した。

「ハッ! 女みてぇなツラしてると思ったら、女としか話せねぇカマ野郎」



 ゴッ!!



 最後まで言い終わる前に、笑顔でぶっぱなった幸村先輩のボールが顔面にクリーンヒット!
 そのままカンフー映画みてぇに、ボールごと壁に叩きつけられるサッカー部の先輩!! ……って。

「あれ? なんだ顔面に当たっちゃったよ。残念だなぁ、今のセーフだよね?」
「セーフだな。幸村、きちんとアウトにしないと試合は終わらないぞ?」
「ごめんごめん。次はちゃんと仕留めるから」

 にこにこと笑顔を崩さない幸村先輩の恐ろしい一言を、こっちも涼しい顔でさらりと受け流す柳先輩。
 ……あの。完全に場の空気が凍りついてんスけど。

「仕留められてるだろぃ、あの3年……」
「ウチの部長よりもヤバイ痙攣起こしてるだろ、アレ……」

 ジャッカル先輩と丸井先輩なんか、手を取り合って青ざめてるし!

 コート内が凍り付いてる中、てんてんと転がったボールを拾い上げたのは柳先輩だ。

「データは揃った。そろそろ片をつけよう。赤也!」
「はいっ!? お、わっ、と」

 オレの名前を呼んで、ぽーんとボールを投げ上げる柳先輩。
 ボールを両手で受け取って柳先輩を見れば、先輩は相手コートのセンターライン付近に立っているヤツを指差していた。

「ボールを拾われないよう足元を狙うのがセオリーだが、相手は足技のスペシャリストだ。……遠慮せず上を狙え」
「なっ……蓮二! お前が反則まがいのことを指示してどうする!」
「うるさいよ真田」
「オレに真っ向勝負を捨てろと言」
「最初から真っ向勝負なんてしてないだろう?」

 この後におよんで紳士的な試合をしようとしてんの、真田先輩くらいなもんっスよ。
 柳生先輩だってレーザービームで抹殺しようとしてたし。
 その真田先輩も、幸村先輩にさくっとたしなめられて口を噤んじまうし。

 ……ってことは、遠慮なく暴れていいっつーことっスよね?
 こういう展開待ってたんだっつーの!

「うっし! 15分あれば……いや、5分もあれば十分っスよ! っらぁ!!」
「うわ!?」

 幸村先輩と柳先輩の言葉に凍り付いてた相手チームのヤツは、オレが投げたボールに反応が遅れる。
 顔面を狙ってやったボールは、それでも反射的に上げた腕に当たって弾かれる。……ちっ。

「こぼれ球を取れっ!」
「渡すかよっ!」

 センターライン上を跳ね上がったボールに、我に返ったように群がるサッカー部員だけどそれより一呼吸早くジャッカル先輩がダイビングキャッチ!

「ボディバランスなら負けねぇぜ! おらぁっ!」

 そして着地も待たずに、横倒しの態勢のままシュート!
 当たったのはボールを奪いに至近距離まで来てた、正ゴールキーパーとかっていうアイツの左ひざ!

「ってぇ!」
「キーパーなら逆に足元が弱いんじゃねぇか、ってな!」

 派手にコートに倒れたジャッカル先輩だけど、タフさならテニス部イチ。すぐに両手を突いて四つん這いの格好で起き上がってニヤリと笑い、

「やるじゃんジャッカル! そのまま倒れてろ!」
「は? ……ぐえっ!!」

 ……そのまま丸井先輩の踏み台にされて、カエルが潰れたような声を出して再びコートに突っ伏した。
 なんつーか、あの二人のコンビネーションってバツグンだよなぁ。

 膝に当たったボールは大きく跳ね上がっていて、丸井先輩と例のヘディングの名手とかって3年の競り合いになったけど、ジャッカル先輩を踏み台にしただけあって、タッチの差でボールは丸井先輩の手に渡る!

「ブン太、腹部だ!」
「了解っ!」

 柳先輩の指示通りに、競り合いしてた3年の腹めがけてボールをたたき付ける丸井先輩。
 空中で逃げ場のなかった3年は身をよじって悪あがきしたものの、渾身の一撃をわき腹にくらって墜落する。

 よっし、あとはサッカー部主将っつーあのムカツクヤツ1人だけだ!

「く、くそっ!」

 こぼれ球を拾ったサッカー部主将は、コートの中央で焦った顔して誰を狙うかきょろきょろしてやがる。

「フン、よかったのは威勢だけだったようだな! 立海テニス部を軽んじたこと、後悔するがいい! ハァーッハッハッハ!!」

 その3年の対面に腕組みしながら仁王立ちしてる真田先輩。

「真田のあの笑い方としゃべり方って、なんか時代劇の3流悪役みたいな時ない?」
「みたいな時やのうて、いつもそうだと思っとるんじゃが」
「だよねぇ?」

 先輩と仁王先輩の声が聞こえてるのか、ジャッカル先輩と丸井先輩もこくこくと頷いてる。
 オレもマジで同感ッス!

 でも真田先輩の挑発は完璧にサッカー部主将の逆鱗に触れたらしく、見る見るうちに顔を赤くして柳眉が吊り上っていって。

「ふざけやがって! 2年がっ、生意気言ってんじゃねぇよ!」

 ブチ切れた3年が、力任せにボールを真田先輩目掛けて投げつけた!
 馬鹿なヤツ! 真っ向勝負で真田先輩に勝てるわけねぇっつーの!

「フッ、どこを狙っている!」

 案の定、真田先輩は少し身をよじるだけでボールをかわす。

 が、

「バカ真田っ! 真後ろ、さん!」

 幸村先輩の滅多に聞かない焦った声。……って、ぅげっ!?

 そうだ! 真田先輩が避けたボールが勢いを保ったまま飛んでいく先は、ずっと試合を見学してた先輩の真正面!
 先輩鈍いから、ボールが飛んで来てるってのに、きょとんとしたまま動かねぇし!

「え、あ」

 ようやく先輩がボールに反応したときには、顔面直撃1秒前!

っ!」
先輩っ!」

 オレたち全員の悲鳴に近い叫びが重なる!
 その瞬間、先輩の前を横切る銀色の光。


 ガァンッ!!


 派手な音をたててぶつかるボールから、オレは一瞬目をそらしちまった。

 けど。

 ぎゅぎゅぎゅ、と壁に衝突したまま回転していたボールが勢いをなくし、ぽろっと床に落ちて、


 ぼこっ


「ピヨッ」
「あ……に、仁王先輩?」

 間一髪!
 床に先輩を押し倒して惨劇をかわした仁王先輩の後頭部で、ボールが一度弾んで落ちた。

「いてて……割りに合わんぜよ」
「仁王、大丈夫!?」
「ああ、心配いらん。こそ乱暴にして悪かったの。どこかぶつけとらんか?」

 頭をさすりながら身を起こした仁王先輩の下からぴょこっと飛び起きた先輩は、本人が言うようにどこも怪我してないみてぇだ。

「仁王先輩っ、グッジョブッスよ!」
「まかせんしゃい。試合を見学しとるんじゃき、このくらいは働かんとな。ホレ」

 手をひらひら振りながら、逆の手でボールを投げ返す仁王先輩。
 ゆるい放物線を描きながら戻ってきたボールは、どす黒いオーラを放ちつつうっすら開眼している柳先輩の手に……って。

 柳先輩、開眼済みっ!?

「サッカー部員に致命傷を与えるには膝脇92%、向こう脛86%、鼻骨77%……」
「ちょ、なに怖いこと言ってんすか!?」
「あれ、赤也の台詞とも思えないね?」

 って、こっちも魔王スマイル全開かよっ、幸村先輩!

「柳、もちろん真田も同罪だよ?」
「わかっている。二人同時に制裁を与える方法を考えている最中だ」
「なっ、れ、蓮二! 何を言っている!?」

「……ジャッカル、柳生、オレたち避難したほうがよくねぇ?」
「そうですね。試合も既にカタがついたと判断できるでしょうし、君子危うきに近寄らず、でしょう」
「そうと決まったらと仁王も連れてさっさと行こうぜっ!」
「あ、ちょ、待ってくださいよ先輩たちっ!!」

 言うが早いか、魔王と参謀二人に睨まれて動けずにいる真田先輩を置いて、先輩たちはそそくさと体育館を出て行った。
 オレも、展開についていけてない先輩の背中を押しながら、一緒に避難!

「え、あれ、試合終わったの?」
「もういーんスよ! このあとはもう、試合じゃなくて妖怪戦争ッスから!」
「お前さん、心配なら真田のために疲労回復ドリンクでも作っといたらどうじゃ?」
「仁王先輩……真田先輩にトドメ刺したいんすか……?」

 オレたちが体育館を出て横開きの扉を閉めたあと。

 全校生徒2600人を収容できる規模のでかい体育館が、約2名の絶叫と共に揺れ動いたのを見た。

 オレ、入部早々ウチのビッグ3なんて言われてるあの人たちに挑戦状叩きつけたけど。
 ……当面は真田先輩だけを相手にすることにしよう。
 まだ死にたくねぇし!!



 体育祭終了後。
 テニスコート付近で緑の泡を吹きながら倒れてる真田先輩とジャッカル先輩を再び見たって、柳先輩が言っていた。

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