「本日の練習はこれにて終了! ありがとうございましたっ」
「「「あざーっしたーっ!!」」」
「……さてここで連絡事項がある」
赤く染まり始めたテニスコートの隅で、いつもどおりの練習終了のミーティング。
いつもならここで解散になるはずなのに、なぜか3年生の部長は真田先輩みたいな厳しい顔をしてオレたちを見回してた。
6.指令:体育祭で完全勝利せよ
「なんなんスかね? 部長の連絡事項って」
「どーでもいいけど腹減ったからさっさと済ませて欲しいっつーの……」
隣の丸井先輩は「はぁ〜」とかなんとか腹をさすりながら大きなため息をついてる。
つーかオレも同感。今日は晩飯すき焼きっつってたからさっさと帰りたいんスけど!
部長は一度咳払いをしてから話し出した。
「知っての通り、明日は体育祭だ。王者立海のテニス部員たるもの、全員渾身の力を振り絞って臨んで欲しい」
「うむ、部長のおっしゃるとおりだな」
感心したように頷く真田先輩。
……明日の対戦相手は、全員王者立海の生徒ッスよ?
「立海の名を全国に知らしめる足がけとなったテニス部員には、是非とも参加種目でよい成績を修めてもらいたい。特にッ! サッカー部員に負けることだけは許さんッ!」
ここで部長はぶるぶると拳を震わせながら熱弁モードに突入した。
「日本で1、2を争う人気スポーツだかなんだか知らんが、この立海においてはテニス部が王者なのだということ思い知らせてやるのだっ!!」
「……なんで部長あんなに気合入ってんスか?」
「そういえば部長が気に入っていたらしい女子が、先日サッカー部の主将と付き合いだしたらしいが」
「思いっきし私怨じゃないッスか!」
その情報を知ってる柳先輩も柳先輩だと思うけど、そんなくだらねー理由で部員を怨恨に巻き込むなよ!
でも、たかが1年のオレが心の中でンなこと突っ込んだって部長に届くはずはなく。
「いいか! テニス部員は全員、明日の出場種目でサッカー部員よりもよい成績を残すこと! 王者の掟を破ったものには鉄の制裁が待っていることを忘れるな!」
「「「うぃーッス……」」」
「声が小さぁい!」
「「「はいっ!!」」」
大多数が部長の私怨に辟易した顔しながら返事。
ま、部長が心配しなくてもウチのテニス部は化け物揃いなんだし、サッカー部ごときにゃ負けねぇっての。
部長も2度目の返事に納得したのか「よし」と呟いて、
「では今日はこれで……」
「部長ー」
解散、と言おうとした部長の言葉にかぶったのは、間延びした声。
こんな気合入ってねぇ声を出してて咎められないテニス部員といえば、該当者は一人だけ。
前列の幸村先輩の隣で話を聞いていた、マネージャーの先輩だ。
「なんだ」
「それって、私もですか?」
「とうぜ」
多分部長は当然だ、って言おうとしたんだと思う。
でも、途中で言葉を切った部長は口を開いたまんまの状態でしばらく硬直し、しばらくの後。
「……いや、サッカー部員に女子はいないのだから勝ちようがないだろう。お前は通常通り、自分の全力を尽くせばいい」
「え? でもサッカー部って確か女子マネいるっすよ?」
素朴な疑問をオレが口にした瞬間だった。
ギンッ!!
部長と幸村先輩が同時にオレを振り向き、殺人視線を放った!
「うひっ!?」
「切原くん、口は災いの元ですよ」
身をすくませれば、柳生先輩がため息をつきながら呟いた。
そ、そっか、さっき部長が黙り込んだのって、幸村先輩に睨まれたからか!
「あ、な、なんでもないッス!」
「賢明だね、赤也」
にこっと微笑んだ幸村先輩。この人、マジで底知れねぇ……。
結局、ミーティングはそこで終了。
オレたちは明日の体育祭に向けて、それぞれが体を休めるためにさっさと家に帰っていった。
立海の体育祭は、どっちかっつーと球技大会っつったほうがいいと思う。
種目はサッカー、バスケ、バレーボール、ドッヂボールのチーム競技。個人競技は卓球とテニスとバドミントン。
体育系部活に所属しているヤツは、その競技には出られないっていう以外は特に制約もない。
「切原は何に出るの?」
「オレはもうバドミントンの試合終わらせてきたッスよ。……つーか先輩、なにしてんスか? 自分の試合出なくていいんスか?」
「私ももう終わったんだよ。卓球で初戦敗退」
「初戦敗退……」
「真田に怒られたけど、幸村と柳にはがんばったねって言われたんだ」
多分その後、真田先輩吊るし上げられてますよ、幸村先輩に。
つーか、幸村先輩と柳先輩、ウチのマネージャーに甘すぎるっつーの。
「じゃあ切原は試合全部終わったんだよね? テニス部員にドリンク配って歩いてたんだけどちょっと遅かったね」
……まぁ、気持ちはわからないでもねーけど……。
いつもの何考えてんのかわからないのんきな笑顔を浮かべながらボトルを差し出してくる先輩から、オレは「どもッス」と礼を言ってそれを受け取ろうとして。
それを、先輩の真後ろから手を伸ばしてきた柳先輩に取り上げられた。
「あ! 何するんスか、柳先輩っ」
「赤也、やめておけ」
先輩もオレも、手を伸ばしても届かない位置まで高々とボトルを持ち上げてしまった柳先輩。
ところが柳先輩は、視線を真横に向けた。
オレと先輩もつられてそっちを見てみれば……。
折り重なるようにして倒れている、ジャッカル先輩と、真田先輩。……口から緑色の泡吹いてるし。
「。貞治から教わったドリンクを飲ませるのはやめたほうがいいと言っただろう」
「あれ? おかしいな、今回のは自信作だっていうレシピだったのに」
首を傾げる先輩。って、そのボトルの中身、この間も真田先輩をダウンさせたあの青汁かよ!
「それになんで真田が倒れてるの? 3年生から配り始めて、2年生はまだ幸村とジャッカルにしか配ってないのに」
「さきほど幸村が弦一郎に飲ませていた」
「幸村ってホント真田の世話焼くの好きだよね」
…………。
オレも柳先輩も、とりあえず何も言わなかった。
どこであの地獄耳がひそんでるともわかんねぇし! つかどこをどう見てアレを世話焼きなんて言えるんだよ……。
「柳先輩、助かったッス……」
「いや。……しかし赤也はもう試合が終わったのだったな。疲労回復効果は確かのようだから、お前はむしろ飲むべきかもしれない」
「げっ!? ちょ、勘弁してくださいよ!」
フッと笑う柳先輩に、オレは慌てて先輩の後ろに隠れた。
ったく、うちの化け物3強に目ぇつけられたらたまったもんじゃないっつーの!
先輩の後ろに隠れたまま身を震わせるオレ。
そんなオレを首を傾げながら見ていた先輩だったけど、やがて柳先輩を見上げて話し始めた。
「柳、バスケの試合どうだった?」
「接戦だったが勝利した。相手チームにサッカー部の者がいたから、部長の指令は果たしたことになるだろう」
「よかったね! 柳生と丸井もさっきバレーとサッカーで勝ったみたいだし、みんな順調だね」
「ああ。仁王もさきほどバドミントンの試合をしているのを見た。あの調子なら大丈夫だろう。……ジャッカルと弦一郎も、倒れる前に試合が終わっていてよかったな」
「ホントっすよ……」
オレたちはジャッカル先輩と真田先輩の介護もせずに、体育館の方へと歩いていく。
体育祭期間中は授業もないから、試合の終わった生徒から思い思いにクラスメイトの応援に出向いたりしてる。
オレは別にそういう熱いことに興味ねぇし、購買でパンでも買ってどっかでサボろうと思ってたところを先輩に見つかったってとこだ。
「んで、これからどっか行くんスか?」
「柳にドリンク配り駄目って言われちゃったから、私はどこも行くアテないよ」
「オレも赤也の試合結果を確認に来ただけだが……少し気になることがある」
ふと思い出した、ってカンジに柳先輩の足が止まる。
そしてくるりと先輩を見下ろすように振り向いた。
「さっき、3年生からドリンクを配り始めたと言ったな?」
「うん、部長のクラスから配り始めたんだけど」
「それは何時頃のことだ?」
「部長のクラスは朝一で。その後私の試合があったから、それから……他の人は11時過ぎくらいからかな」
首を傾げながら思い出しつつ話す先輩を、柳先輩がほんの一瞬だけ眉をひそめて見下ろした。
「どーしたんすか?」
「すまない、急用を思い出した」
オレが尋ねたことに答えもせずに、柳先輩は足早に去っていった。
先輩みたいにオレも首を傾げれば、ちょうど反対方向に首を傾げていた先輩と目があった。
「どうしたんだろ?」
「なんか気になるっすよね?」
普段はぽやぽやしててなんかなぁって思うことが多い先輩のいいところは、真田副部長たちと違って案外ノリがいいとこだ。
オレと先輩は顔を見合わせたかと思えば、にやーっと笑い、
「あとつけてみよう!」
「あったり前ッスよ!」
柳先輩が消えていった方向へ、一緒になって走り出した。
柳先輩が向かった先にあるのはテニスコートと体育館。
テニス部員はテニスに参加できない決まりだから、行ったのは多分体育館。
「今の時間だと、3年のドッヂボールの試合がやってるはずだけど」
「部長たちの応援に行ったんスかね?」
体育館入り口から中を覗けば、場内は3年生でいっぱいで微妙にオレたち下級生は入りづらい雰囲気が漂っていた。
そんな中、オレたちは柳先輩を探す。
ひょろっと背の高い柳先輩は、3年生にまぎれてても違和感ないから、逆に探しづれぇ。
「いないね」
「あの人ホントに忍者みたいに気配消せそうッスよね」
「あ、わかるかもそれ」
くすくすと笑う先輩。
その時だった。
「「「げふぅっ!?」」」
体育館の奥のほうで、複数の悲鳴が上がった。
「な、なんだぁ!?」
オレたちだけじゃなくて、体育館中が悲鳴のしたほうを一斉に向いた。
その視線の先に、オレたちが探していた柳先輩がいたんだけど。
「……遅かったか」
伸ばしかけた手を下ろして、柳先輩はがっくりと肩を落とす。
って。
「おいおいおいっ! ぶっ倒れてんの、ウチの部長じゃん!」
「あっ、ホントだっ」
なんだぁ!? 一体どうしたんだよ!?
思わずオレは先輩を置き去りにして飛び出した。
「柳先輩っ、なんなんスかこれ!?」
「赤也か。見ての通りだ」
「見ての通りって……」
床に転がって痙攣してるのは、部長とそのチームメイトと思われる3年生の合計7人。
ついでに一緒に転がっているのは、口から緑の液体がしたたるボトル……って。
「先輩の特製ドリンクっスか……」
「今回のは相当破壊力が大きいようだな。疲労回復効果が出る前に気絶しては意味がない」
怖ぇ! マジでオレ飲まずにすんでよかった!!
自分の体を抱きしめて思わずブルっと震えるオレ。
そこへ、遅れてとたぱたとようやく先輩がやってきた。
「先輩っ、どースんすか! 部長ってこれから試合なんじゃないんスか!?」
「ど、どうしよう?」
「オレに聞かれても困るっスよ!」
さすがの先輩も痙攣して倒れてる部長たちを見て、困ったように頭を掻いた。
と。
「おいおいなんだよ。散々人に噛みついといて、何勝手にぶっ倒れてんだ?」
痙攣したまま復活の兆しも見せない部長のまわりに、背の高い3年が数人やってきた。
手にしているのはドッヂボール用のボール。部長の対戦相手か?
「あれは……」
「柳、知ってるの?」
「サッカー部の主将だ」
「ああ、部長の好きだった子と付き合いだしたっていう?」
柳先輩の言葉に、オレは改めてその3年を見る。
背が高くて見るからにスポーツマンタイプ。綺麗な顔によく似合う、ちょっと長めの髪はきっちりセットされていて。
「……はなから部長、勝ち目ねぇじゃん」
「だよねぇ」
床で痙攣している部長を見下ろしながら、オレと先輩の意見は一致した。
すると、そのサッカー部主将はウチの部長を冷たい視線で見下ろした後、ハッと鼻で笑い、
「話になんねぇな。全国制覇したんだか知らねぇが、部長がこのザマじゃテニス部も大したことねぇよ」
聞き捨てならねぇ台詞を吐いて、まわりにいたヤツらと一緒に大笑いする。
「んだと、テメ……」
ムカツク台詞に一歩踏み出そうとしたのに、柳先輩に片手で止められる。
「なんで止めるんスか!」
「余計ないさかいを起こすな。言わせておけ」
「でも!」
冷静な柳先輩に咎められて、オレの怒りは行き場がない。
アイツら、ここにテニス部員がいることに気づいてねぇんだ。好き勝手なこと言いやがって!
しかもアイツら、調子に乗って。
「大体3年があんだけいながら、テニス部って2年のレギュラー頼みなんだろ? ろくな人材いねぇんだよ!」
「2年に頼らなきゃやってけねぇ部が、全国制覇したくらいででかいツラすんなっつーの!」
お前らはどうなんだよ! 県大会止まりのくせに!
そう叫びたいのに、柳先輩はオレを遮る手を下ろそうともしない。
くそっ!
でも、その柳先輩の我慢もキレることを、アイツらはした。
「ったく汚ぇな。なんだよこれ」
サッカー部の主将は床に転がっていた先輩が作ったあのドリンクのボトルを見つけ、近づいて。
それを思いっきり蹴り飛ばしやがった!
「あっ」
先輩の悲しそうな声と、ボトルが倒れた部長の肩にあたったのと、柳先輩の目が見開かれたのはほぼ同時。
オレを押さえていた手が下ろされる。
うっし、やっちまっていーんスね!
オレは腕をまくりながら一歩踏み出した、んだけど。
部長の肩に当たって、さらにころころと転がっていったボトルを拾い上げた人物の声に、ぴたりと硬直する。
「すいません。せっかくの試合がノーゲームになってしまって。部長、今朝から調子悪かったみたいですから」
「幸村先輩!?」
にこやかな笑顔を浮かべながら、しかし堂々と、サッカー部の主将のもとに近づいていくのはまぎれもなくウチの化け物、じゃなくてエースの幸村先輩だった。
その後ろには、いつの間にやって来てたのか真田先輩に仁王先輩、柳生先輩も丸井先輩もジャッカル先輩もいる。
ただ、幸村先輩以外はみんな、テニスの試合の時に見せるような厳しい顔してたけど。
って。
先輩たちも臨戦態勢入ってんじゃん!
「先輩っ、おもしろいことになりそうっすよ!」
「え、おもしろいこと?」
床に転がっていた残りのボトルを拾い上げていた先輩の腕を引っ張って、オレは先輩たちのもとへと駆け寄る。
「先輩たちも、あのふざけたサッカー部の言ってたこと、聞いてたんスか?」
「当たり前だ! 弱小部ごときにあのようなこと言わせておけるか!」
逆にサッカー部が聞いたら逆上しそうな台詞を吐いてる真田先輩の怒りは、もう頂点に達してるっぽい。
「彼らには深く反省していただきましょう」
「ったりめーだろぃ? オレたちが部長のぶんまで暴れてやるっつーの!」
「ドッヂボールならオレ向きだ。とことん粘ってやる」
「プリッ」
勿論他の先輩たちだってそうだ。
へへっ、おもしろくなってきた、なってきた!
「なんだお前」
サッカー部の主将は近づいてきた幸村先輩を睨みつけるように見下ろす。
あーあ。魔王にそんな態度とって。アンタ、潰されるよ?
「試合は先輩たちの不戦勝ですけど、次の試合までは時間があるでしょうから、よかったらオレたちと試合しませんか? ウォーミングアップのつもりで」
「はぁ? だからお前誰だって……」
にこにこと人のいい笑顔を浮かべている幸村先輩を見下ろしていたサッカー部の主将に、隣にいたヤツが耳打ちする。
するとサッカー部主将は目を見開いて幸村先輩を上から下までしげしげと見つめた。
そして、ニヤリとムカツク笑みを浮かべる。
「コイツがテニス部の2年レギュラー? はっ、こんなひょろガキが?」
「ねぇ柳、あの3年生止めてあげたほうがいいんじゃない?」
「止めてやる義理はないな。せいぜい幸村の怒りを買えばいい」
隣で先輩が理性的なこと言ってるけど、柳先輩の我慢の尾はすでにぷっつり切れたあとっスよ?
「やめとけやめとけ。テニスが強くてもドッヂボールじゃ相手になんねぇよ」
「そこをなんとか。部長の無念をオレたちの手で晴らしてあげたくて」
「随分殊勝な後輩じゃねぇか。……そんなに言うなら仕方ねぇ。勝負してやるよ」
にやにやと笑いながら、サッカー部主将は取り巻きのチームメイトを振り返る。
ちっ、どいつもこいつも年下だと思って見下した顔しやがって!
「怪我しても恨みっこなしだぜ?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
礼儀正しく礼をして、幸村先輩がくるりとこっちを振り返る。
オレたちは全員同時に頷き、同時にリストバンドを外した。
ゴッ!!
鉛の板が入ったリストバンドがフロアに落ちて、派手な音を立てる。
自陣地にのたのたと歩き出していたサッカー部主将たちがぎょっとして振り返るけど、もう遅いっつーの!
「みんな、準備体操は必要ないよね?」
にこにこと微笑んだままオレたちを見回す幸村先輩。
オレたちはもちろんだと無言で頷いて。
「さん、はいコレ。せっかく作ってきてくれたのに、気分悪い思いをさせたね」
「ううん、大丈夫。えっと……幸村もみんなも、ほどほどにね?」
言いつつ、ゆっくり後退りする先輩。
先輩がドッヂコートから出たことを確認した瞬間、幸村先輩の表情が豹変する!
「わかってると思うけど、オレたちに勝利以外はありえない。わかってるね、みんな。……真田!」
試合前の顔つきになった幸村先輩が、真田先輩を振り返る。
「幸村の言うとおりだ! この試合、部長の弔い合戦と心しろ!」
「真田、部長まだ死んでないよ」
「それから、うちの可愛いマネージャーを冒涜した罪に対する罰もね」
「「「おうっ!!」」」
先輩のつっこみは軽くスルーして、オレたちは円陣を組んで気合を入れた。
つーか、バドミントンじゃ暴れたりないって思ってたとこだったし。
オレたちは、怯んだ表情でこっちを見てるサッカー部主将を睨みつける。
悪いけどさ。
アンタ……潰すよ?
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