A組は異様な雰囲気に包まれていた。
 残り少ない昼休み、黒板前の壇上を占領しているのは頭に色とりどりのリボンをつけたテニス部レギュラー陣。
 オレたちは揃って腰に手をあてて、眉間にシワを寄せる間もなく呆気にとられてしまった真田を見つめていた。

「主文!」

 そして幸村くんが高らかに宣告すると同時に、オレたち全員で真田を指差す!

「被告・真田弦一郎をリボンの刑に処す!」
「…………」

 開いた口がふさがらない。
 今の真田を表現するのに、ぴったりの言葉だった。



 22.なかよしりぼん:後編



「な、な、な」

 とはいえさすがは立海の頑固親父、じゃなくて皇帝。持ち前の強い精神力で、今だぽかんとしてる他の生徒たちよりも早く我に返った様子でひくひくとこめかみを引きつらせたかと思えば、

「なんだというのだ!? テニス部レギュラーが揃いも揃ってそのふざけた頭は! たるんどるっ!!」
「ふざけたって、ひっでーな。これみんなの力作だぜ?」
だと? 赤也ではなくの発案だというのか?」
「真田副部長……なんでもかんでも悪いことはオレが元凶だって決め付けないでくださいよ……」

 不服そうに口をとがらせる赤也だけど、そりゃ日頃の行いが悪いんだから仕方ねぇだろぃ?

 昼休みも終わりかけ、とにかく生真面目な真田は次の授業の準備を始めていたらしく机の上には既に数学一式が出揃っていた。多分残りの数分で予習でもするつもりだったんだろうな。
 そこへオレたちリボン隊が幸村くんを筆頭にいきなり乗り込んできたんだから、そりゃさすがの真田も目が点になるだろ。

「とりあえず真田の間抜け顔第一弾は拝めたようじゃな」
「あ、それも写メすればよかった」

 満足そうにニヤリと笑う仁王と、シャッターチャンスを逃したことに肩を落とす
 ところがそんな温い態度のオレたちに業を煮やしたのか、真田はバンッ! と机を叩いて立ち上がる。怒りの顔は般若のごとし。慣れてるオレたちこそ平然としていたけど、A組の連中は一瞬でクラスの端に逃げ出した。
 ついでに赤也もの後ろに素早く隠れる。

「柳生! お前は風紀委員ではないか! 校則違反をしている生徒と一緒になって騒ぐとはどういう了見だ!?」
「も、申し訳ありません真田くん……。気づいた時には私の手に負える状況ではなくなっていたのです……!」
「それに幸村っ! 部員を指導監督する立場でありながら、なんなのだこの有様は! たるんどるぞ!」
「うるさいよ真田。オレたちは日頃テニス部を応援してくれてるみんなに恩返ししてるだけだっていうのに」
「……なに……?」

 まことに不本意、まことに恥ずかしい限りですッ、と言わんばかりにうつむいてる柳生とは対照的に、幸村くんはまるで試合中のように両腕を組んで真田に言い返す。
 部活中は部長である幸村くんの意思を尊重して自分の意見はあくまで助言に留めてる真田だけど、ことコートを離れたところじゃ鬼の風紀委員長(代替わりはえーよ、風紀委員会……。生徒総会はもっとあとのはずだろぃ!)。
 魔王と委員長の対立に、恐怖と好奇心とでA組は異様な熱気に包まれた!

 ていうか、恩返しってなんだよ?
 今までそんな言葉出てきてないぞ?

 オレはと顔を見合わせるけど、もきょとんとしながら首を傾げていた。
 幸村くんの演説は続く。

「いいかい、真田。オレたちテニス部が全国制覇を成し遂げられたのは日頃のたゆまぬ努力の結果であることは間違いないけど、全校生徒の熱のこもった応援のお陰でもあるだろう?」
「そんなことは重々承知している。だが、それとこれと何の関係があるというのだ?」

 語気を弱め、冷静に話を聞く体制になる真田。

「(なんか幸村部長、柳先輩みたいッスね)」
「(お得意の屁理屈攻撃で真田を言い負かすつもりかのう?)」

 赤也と仁王がひそひそと話しながら、幸村くんに期待の眼差しを向けた。
 すると幸村くんはぽんっとの肩を叩いて、

「全校の女子がオレたちレギュラー陣のリボン写メを熱望しているんだ。一番人気は不本意ながら真田、お前なんだよ! いいか真田、普段から顔がすでに30代だの立ち居振る舞いは戦国時代だの言われてるお前が、全校に恩返ししつつ女子にモテる機会を、この有能マネージャーであるさんが用意してくれたんだぞ! それを怒鳴り散らして校則違反の一言で片付けようとするなんて、テニス部副部長が聞いて呆れるね!」
「聞いて呆れてるのはオレの方だッ!!!」

 ハッ、と鼻で笑いながら尊大に胸を張る幸村くんだったけど、残念なことに真田はちっとも説得されなかったみたいだ。
 つーかむしろ逆効果だろぃ……。見ろよあれ、頭から湯気出して怒るヤツなんて、現実で初めて見たぜ。

「余計な世話だ! 全員今すぐ頭のリボンを外さんかっ!」
「えぇ〜」

 全員の髪を毟り取ってでもリボンを外してくれる! と言いたげな真田の形相に、は眉をハの字にして抗議の声を上げた。
 オレたちは顔を見合わせる。

「(どーすんだよ幸村くんっ。さっき柳生にしたみたいな作戦で強行するか?)」
「(うーん……これだけ人数揃えれば真田を押さえ込むことも出来るだろうと思ったけど、なんかちょっと心もとなくなってきた)」
「(つーか絶対無理っすよ。あの人、絶対にオレたち全員投げ飛ばしますよ!)」
「(どうでしょう、ここはやはり校則に則って潔く諦めるというのは……)」
「(勝負もせんで敵前逃亡か? テニス部レギュラーとも思えん台詞じゃのう柳生)」

 黒板前で急いで作戦会議するけど、妙案は出ない。ただ確実なのは、赤也が言う通り下手に強硬手段に出てもリターンエースで返り討ち、ってことだけだ。
 くっそー、なんかいい案ねぇのかよ!?

 と。

さん?」

 幸村くんがぱっと振り向いた。オレたちも幸村くんの声に作戦会議を中断して顔を上げる。
 するとなんとなんと、なんと!

「ちょっとリボンつけて写メ撮るだけだよ。終わったらすぐみんな外すからさ。真田も協力してよ」

 手にしたベルベットリボンを真田に見せてるはいつもの邪気のないのほほん面。

 ……って、えええええ!?
 ちょ、おま、鋼の心臓にも程があるだろぃ!?

 オレたち、っていうかクラス中全員がの勇者な行動に絶句した。
 だってお前、あの烈火のごとく怒ってる真田にちょこちょこ近づいてって、怒ってる元凶であるリボンをつきつけて「協力して」って……!!
 さすがにこれには真田も面食らったのか、眉をひそめながら口を開けたものの二の句が告げられなかったみたいだ。
 でも、だからといってあの頑固親父が協力なんてしてくれるはずもなく。

「没収だ」
「えぇっ!」

 真田はが差し出したリボンをひょいっと奪い取っちまいやがった。途端にあぁ〜、とクラス中から落胆の声が漏れる。
 だけども負けてねぇ。なんたって『真田の怒声にビビらない』っていう条件をクリアしてテニス部マネージャーに就任したくらいだもんな。
 普段はのほほんとしててあんまりムキになることがないだけど(メシに関することを除く)、今回はむっと口を尖らせて真田を睨みあげた。

「写メ撮るだけだってば! 休み時間なんだし、そこまで厳しくしなくても」
「くだらん。そんなふざけた写真になんの意味がある。大体、校則に授業中も休憩中も関係ないだろう」
「くだらなくないっ」

 おおっ!

 さらに反論を試みるに、クラス中が拳を握り締めた!

「(がんばれさんっ!)」
「(真田を陥落させられるのはお前だけだっ!)」

 小声、もしくは無言の声援を送るのはオレたちレギュラー陣だけじゃなくて、日頃真田の無意味な圧迫感にさらされてるA組連中もだ。仁王も赤也も、本来真田側にいるはずの柳生までもが両手を握り締めて事の行方を固唾を呑んで見守ってる。

「くだらなくないもんっ。真田にとってくだらなくても、他の人には意味があることだってあるのっ」
「ほう。ではその意味とやらを説明してみろ」
「う」

 腕を組んで威圧するようにを見下ろす真田。は真田のそんな態度にも怯みはしなかったものの、説明しろと言われたことにはなかなか言葉が浮かばないらしくて、小さく呻きながら必死に何か考えてるみたいだ。

……」

 冷たい視線で見下ろしている真田をは顔を赤くしながら一生懸命睨みあげてたんだけど、やがて口をへの字に結んだまま俯いてしまう。
 その途端、クラス中から漏れ聞こえる落胆のため息。

 ……なんか。

 ムカついた。

「わかったなら、さっさと頭につけているものを」
「うっせー! うっせー! なんだよ真田、偉っそうによ!」
「……なに?」

 こともあろうに俯いたままのからリボンを引き抜こうとしたのか、の髪に右手を伸ばした真田。
 その真田の言葉と行動を遮って叫んだのは、堪り兼ねて教壇に土足のまま登って叫んだのはっ、このオレだ!
 オレの方を振り向くなりぎょっと目を剥いた真田に構わず、オレは一度教壇をダンッ! と踏み鳴らした。

「この程度のお遊びにいちいちマジになって小言言ってんじゃねーよ! しかも女子の髪型めちゃくちゃにしようとするなんざ、頭おかしいだろぃ!? 婦女暴行だっ、公然猥褻罪だっ!」
「なっ!? ば、馬鹿なことを言うなっ! これはただ、規律違反のリボンを没収しようと」
「そうだよねぇ……」

 オレが叫んだ罪名に慌てふためく真田の言葉を再び遮ったのは、幸村くんだった。
 いつの間にやらいつもの黒いオーラを全開にした幸村くんは、穏やかな笑みとは裏腹の恐怖を教室中にばら撒いてる。

「女の子が少しでも可愛くありたいって思いながら髪の毛一本にも気を遣ってるっていうのに、それをめちゃくちゃにしてやろうなんて風紀委員のすること? ブン太の言う通りこれは暴行罪だね!」
「ちょっと待て幸村っ! 話をすりかえるなっ!」
「うっわー、真田副部長サイテーっすね!」
「朴念仁とは思うとったが、女子に暴力振るうとはのう」
「紳士の風上にもおけませんね」

 赤也に仁王に柳生まで。
 あまりに偉そうな真田の物言いに思わずぷちんと切れて言っちまったけど、なんか幸村くんが変な方向に便乗してくれたせいでいつの間にやら形勢逆転だ。へへっ、真田のヤツマジで慌ててっし!
 気づけばA組の連中もおもしろがって「さん可哀想ー」だの「真田ひっでーなー」だの、勝手に盛り上がり始めてるし。
 なんか軽くイジメ入ってるような気がしないでもねーけど、まぁ真田ならこの程度で堪えないだろぃ。
 つーかいい機会だ。お前の堅物根性がどんだけ周囲に圧迫感与えてるか思い知れってんだ!

、オレはだな、決してそのようなつもりでお前に触れようとしたわけでは」

 クラス中から(ほとんど言いがかりではあるけど)責め立てられて、真田はに弁明し始める。その必死な様子があまりに皇帝の異名からかけ離れてて、悪いとは思いつつもオレも赤也も仁王も肩を震わせた。

 ところが。

 弁明を続ける真田をきょとんと見上げていたは、小さく首を傾げてから、

「わかってるよ」
「む……そ、そうか」
「真田は乱暴なことなんてしないよ。いつも優しいよ?」

 真田に向かってひとつ頷いたあとは教室中を振り返り、そんなフォローの言葉を言った。
 の言葉にクラス中が静まり返る。

……」

 多少顔を赤らめながら、バツの悪そうな顔をする真田。

 っていうか。
 っ、お前マジでいいヤツだな! ジャッカル級にいいヤツなんだな!!
 お前が真田に怒られてたのに、その真田をフォローしてやるんだもんな!!

「オレ、いっつも真田副部長に乱暴されてるんスけど」
「それは切原くんに非があるからです」

 ぶちぶちと文句たれてる赤也以外は、全員が尊敬の眼差しでを見つめてた。

 ……いや、もう1人いた。

は弦一郎をよく理解しているな」
「蓮二?」
「あれっ、柳? どうしたの?」

 いつの間にA組までやってきたのか。
 真田とが振り返った先には柳が立っていた。柳はしばらく二人を交互に見ていたけど、やがてに視線を止めて、

「弦一郎の写真は撮れたのか?」
「ううん、まだ。それどころか、真田につけるつもりだったリボン没収されちゃって」
「そうか。やはり弦一郎は難敵のようだな」
「「ちょっと待て蓮二。なぜお前がリボンや写真のことを知っている?」」
「……と、弦一郎は言う」

 眉を顰める真田の言葉をお得意のフレーズで先読みしてから、柳は無表情にに右手を差し出した。
 しばらく首を傾げながら柳の右手を見つめていただけど、やがてぽんっと手を打ってポケットをごそごそと探り出す。
 そして、目的のものを見つけたらしいは、ソレを柳に手渡した。

 手渡されたソレは……白いレースのリボン!

 柳は無表情のまま手早く自分の頭にレースを巻きつけて、さっき写メにおさまった時のようなカチューシャ風にリボンを結び、呆気にとられてる真田を振り向いた。

「こういうことだ」
「な」
「弦一郎……あまりオレを失望させるな」

 すると柳は開眼したかと思えば、レギュラー陣唯一真田よりもでかい身長を生かして今だ呆然としている真田の頭を力ずくで押さえ込んだ!
 そしてその動きをしっかりと見届けていた幸村くんの右手が振り上げられる!

「今だ! 赤也っ、ブン太っ、仁王、柳生! 行ってよし!!」
「イエッサ! ……って、それ氷帝の監督じゃないっすか!」
「いーから行くぞ赤也っ! ラスボスに総攻撃だ!」

 幸村くんの号令とともに、オレたちは一斉に真田に向かって突撃した!
 まともに正面からぶつかっていってたら今頃オレも赤也もみんな裏拳で吹っ飛ばされてただろうけど、クラス中からの非難やの優しいフォロー、そしてまさかの柳までもが加担していたことへの驚愕で、真田の精神がぐらついたのが運のつき。

「おりゃあっ! 覚悟決めやがれ真田っ!」
「1人だけ助かろうなんてズルイっすよ!」
「ま、観念しんしゃい」
「風紀委員としては不本意ですが、テニス部員としては……まぁ、そういうことです!」
「は、放さんか貴様らぁぁっ!!」

 真っ赤になって怒る真田を机の上に押し付け、その首根っこを押さえつけながらオレと赤也が背中に馬乗りになる。
 仁王は左腕、真田から顔を背けながらも柳生が右腕を掴んで拘束し、最後に頭を押さえつけていた柳が真田の手からリボンを奪還した! その瞬間、A組全体がウォォと盛り上がる!

、最後の一仕事だ」
「遠慮なんかしなくていいよ? さんの好きなように、真田の頭にリボンをつけてやるといいよ」

 にベルベットリボンを手渡す柳も、ゆっくりとした足取りでこっちに近づいてくる幸村くんも、満足そうな笑顔。

「馬鹿だな真田……。せめてさえ攻撃しなけりゃリボン免れたかもしれねーのに」
「むっ……!」

 その点については真田自身も自覚があったのか、反論してこなかった。

 そして、きらっきらに瞳を輝かせてにっこにこの笑顔を浮かべたが、机にでかい図体を押し付けられて拘束されている真田に近づいてきた。

「や、やめんかっ! 男子たるもの、そのようなものを」
先輩っ、真田副部長はどういう頭にするんスか!?」
「もう決めてあるんだよ! 真田はコレ! ってすぐに思いついた髪型があるの」
「ほうほう、そりゃあ楽しみじゃのう。、いつでもええぞ」
「よくないっ!!」

 往生際悪く頭を振って抵抗する真田。
 でも最後にはその頭を幸村くんの右手が押さえ込んだ。……ゴリッ、ってスッゲー音したのは気のせいだと思う……うん。

「さ、さん」
「うんっ」

 顔面を幸村くんの豪腕で机に叩きつけられた真田はようやく抵抗する気力が失せたのか、屈辱に体を震わせながらもおとなしくなった。
 その真田の正面に立ったは、右手で真田の前髪をぎゅむっと引っ張りあげる!

「赤也のとちょっと似てるけど、真田はコレ!」

 そしてその前髪の束に、幅の広いベルベットリボンを結びつけた。

「完成かい?」
「うん、バッチリ!」
「じゃあ真田、顔あげてー」
「髪を引っ張るなっ、幸村っ!」

 満足そうな笑顔を浮かべたが真田から離れ、オレたちが首根っこを押さえたままの真田の後頭部をひっぱって顔を上げさせる幸村くん。当然のことながら、一連の動作は笑顔のままだ。幸村くん、マジ怖ぇよ……。

 ところが、顔を上げたっつーか上げさせられた真田を見たA組の連中が一斉に頬を限界まで膨らませたかと思えば、全員がクッと顔を背けた。
 え、なんだよその反応? もしかして、相当ウケんの?

「押さえ込んでちゃ見えねぇだろぃ!? っ、早く写メ撮って見せてくれよ!」
「あ、うん。ちょっと待ってね」

 たまらず真田の上から催促すると、は携帯を取り出しながらきょろきょろとカメラマンになってくれそうなヤツを探してあたりを見回した。
 でも、A組の連中も幸村くんも柳ですらも、全員が腹抱えてぴくぴくしちまってて再起不能状態。
 だーくそっ、スッゲー見てぇ! とにかく見てぇっ!

「しょうがないなぁ」

 大して困った風でもなく呟いたは、仕方なくといった様子で真田単体をパチリと写メにおさめた。
 そして撮った画像を確認して保存して、ようやくハイッとオレたちに携帯の画面を向けてくれた。

 そこには!

「「「「ッッ!!」」」」

 オレも赤也も仁王も柳生も、全員がさっきのA組連中と同じように頬を膨らませたかと思えば。

「ぎゃっはっはっはっは! ダッセー! 真田、超ダセェ!」
「デコ全開の大五郎ヘア! ふ、ふくぶちょ、ヤバッ……息、できねっ……!」

 オレと赤也がたまらず大声で笑っちまったのを皮切りに、今まで笑い声を我慢していたヤツらまでもが一斉に吹き出して、A組は大爆笑の渦に包まれた!
 写メの中の真田の頭! 屈辱で顔を真っ赤にした真田の前髪は大きなリボンでひとくくりにされてて、例えるならアレだ。ムーミンにでてくるミーみたいな玉ねぎ頭!
 ヤッベェ……こんな写真が他校に流出したら、立海テニス部確実になめられちまうって!

「ええいっ、いい加減どかんかお前たちっ!」
「うぉわっ」

 あまりに笑える真田の写メに、拘束する力が弱まっちまった。がばっと真田は立ち上がり、あやうくオレと赤也は床に転げ落ちるとこだったぜ。
 頭から湯気出して怒ってる真田は乱暴にリボンをむしりとり、ギンッ! と殺人視線をに向ける。

「一体これのどこに意味があるというのだっ、!」
「弦一郎、女子に向かってそのような物言いはよせ」
「蓮二は黙っていろ!」
「真田、大人気ないよ? 本気になって怒ることじゃないだろう?」

 リボンで結んだ跡のせいか、文字通り怒髪天を衝く状態の真田はさっきののありがたーいフォローなんかすっかり忘れちまったみたいで怒鳴りつけてる。柳や幸村くんのフォローさえも聞く耳持たずってことは、ありゃ相当怒ってんな。

「丸井先輩、あれヤバくないッスか?」
「真田に限って女子に暴力振るいはせんじゃろうが、あれじゃが萎縮してしまうナリ」
「ここはなんとか真田くんをなだめる方法を考えないといけませんね……」
「真田をなだめるって、赤也の髪を縮毛矯正するより難しいだろぃ?」
「……オレの頭は超合金じゃねーっつーの……」

 ひそひそと額を寄せ合ってなんとかに向かってる怒りの矛先を変える方法を相談するオレたち。

 ところがは、あんなに怒り心頭の真田に怒鳴られているというのに一向に堪えない様子で真田を見上げていて。
 かと思えば、腰に手を当て胸を張って。


「可愛いは正義だからだ!」


 ……さっきは返答に窮してたリボンの意味を、にっこり笑顔で言い切った!
 この言葉が理解できなかったのか、真田は一瞬ぽかんとする。

「真田も可愛かったよ?」
「「「!!??」」」

 そしてにっこりと告げたの言葉に、その場にいた全員が度肝を抜かれたのだった!
 口をぱかんと開けたまま完全に毒気を抜かれた真田も、どこをどう見ても30過ぎのゴツイおっさんのリボン写メにしか見えないアレを可愛いと言い切ったに二の句が告げないオレたちも。

 反応がないことに「あれ?」と首を傾げたをただただ畏怖と尊敬の眼差しで見つめていて。

「そうだね、可愛かったね」
「ああ、想像ほどひどくはなかったな」

 こそが法律であると盲目的に信じているらしい魔王と参謀だけが、の肩をぽんぽんと叩きながら同意してみせるのだった……。



 そしてその後は何事もなく穏やかに時間は流れて放課後、部活の時間がやってきた。

「うーす……」

 未だに不機嫌そうな真田や未だに思い出し笑いをしている幸村くん、今更罪悪感に苛まされてる柳生に1本に戻った尻尾を三つ編みにした仁王に、から転送してもらったらしい画像を携帯で眺めてる赤也、そしていつもどおり冷静な柳。
 まぁ雰囲気は微妙なんだけど、いつもどおりの部活始まり前の部室だ。

 そこに、どんよりとした雰囲気を背負って入って来たのはジャッカルだった。

「……なんだ今の挨拶は。たるんどるっ! もう一度やり直して入ってこいっ!」
「真田、ジャッカルに八つ当たりするのやめなよ。どうしたの? 随分落ち込んでるみたいだけど」

 はぁ、とため息つきながら部室に入って来たジャッカルに、オレたち全員の視線が集まった。
 後ろ手に部室のドアを閉めたジャッカルは、不思議そうに見つめるオレたちを見回してから、もう一度ため息。

「どうしたんスか、ジャッカル先輩? 丸井先輩の横暴に疲れ果てちまったんスか?」
「それを言うならお前の尻拭いに疲れたんだろ、バカ也! なっ、ジャッカル!」

 テメこのなんだコラ、とつかみ合うオレたちに問答無用で真田が鉄拳を下しながらも、ジャッカルは部室入口から動こうとしない。
 んっだよ、マジでどうしたんだぁ?

「桑原くん、何か深刻なことでも……?」

 心配した紳士が眉を顰めながら尋ねると、最後にもう1回ため息をついてからジャッカルはようやく口を開いた。

「いや……悪い。別に、大したことじゃ……いや、大したことか……」
「話してごらんよ、ジャッカル。力になれるかどうかはわからないけど、話したら少しは落ち着けるだろう?」
「幸村の言う通りだな」

 幸村くんと柳に促され、情けない顔したジャッカルはこくりと頷いたあと、視線だけをドアの外に向けた。

「いや、実はさっきそこでに会ったんだけどな」
「うむ。は球出しに出てもらっているからな。それがどうした?」
「オレはいつもどおりにに「よう」って挨拶したんだけどよ、なんでかのヤツ、オレを見るなり目を輝かせてさ」
「ジャッカルに?」

 ピンッと一瞬空気が張り詰める。
 凍てついた空気の発信源は、さっきまで優しい言葉をかけていた幸村くんと柳だ。赤也や真田はぎょっとして顔をしかめるけど、いつもなら一番に空気を読むジャッカルは落ち込んでるせいかそれに気づかない。

「その反応が気になって、オレはフツーに聞いたんだ。どうかしたのか? って。フツーに聞いただけなんだぞ?」
「なんかあったんか?」

 仁王が尋ねると、ジャッカルは首を傾げてついでに眉も顰めて、それから小さく頷いた。

「あんなに嬉しそうな顔してたが、その一瞬ですっげぇショック受けたみたいに目ぇ見開いて……」
「……目ぇ見開いて?」

 目が笑ってない笑顔を貼り付けたまま幸村くんが促す。
 するとジャッカルは途端に泣きそうな情けない顔をして。

「なんて言ったと思う!? 赤也やブン太に言われるならまだしも、にだぞ!? 人の頭見て『髪がない!』ってすっげぇ悲しそうな目ぇして言ったんだ!!」

「「「「「「「…………」」」」」」」

 オレたちは一瞬でその時の状況を理解して、全員が微妙な顔をして口を閉ざした。
 そ、そういやあのリボン騒ぎのとき、ジャッカルいなかったもんな……昼休みタイムアップになりそうだったから、全員揃える前に真田に突撃しちまったし。

「最初は冗談かと思ったんだ! はオレが頭剃ってるの知ってるはずだし、そういう嫌味言うヤツでもないし! でもあの顔は冗談言ってる顔でもからかってる顔でもなかったと思うんだよな……」
「あ、あー、ジャッカル……多分ソレは気にする必要ねーぞ?」
「そ、そうっすよ! きっとホラ、先輩って時々天然発言するじゃないスか!」

 事情を説明してやったほうがいいのかどうか、オレと赤也はぎこちなくジャッカルを励ましてみるけど、ジャッカルは「はぁぁ……」と深くため息ついたまま上昇してこない。
 つーか、もう少し言い方ってもんがあるだろぃ……。
 髪がないって、リアルハゲじゃねぇジャッカルでさえこんなに落ち込むんだぞ!

「オレ、に嫌われてんのかな……」
「……ブン太、ジャッカルに説明してあげたら?」
「そ、そうだな」

 相当がっくり来ちまってるらしいジャッカルがその場にしゃがみこんじまって、さすがに見かねた幸村くんが苦笑しながらもオレを促した。
 きっと言葉で言うよりあのリボン写メ見せたほうが早いだろうし、携帯、携帯、っと……。
 オレは俯いてるジャッカルの肩をばしばし叩きながら、鞄に手を伸ばして携帯を取ろうとして。

 そこへ。

「ジャッカルっ、いる!?」

 ばたん! と勢いよくドアを開けて飛び込んできたのは、制服から体操着に着替えた当人だった。落ち込んでるジャッカルとは対照的に、のほうは息を弾ませながら妙に楽しそうな笑顔を浮かべてる。

「……は?」
「あ、いたいたっ! これでジャッカルも仲間はずれじゃないよ!」

 突然飛び込んで来たことに目を丸くしているオレたちには目もくれず、にっこり微笑んだは力なく顔を上げたジャッカルの元へととてぱて近づいていく。
 ジャッカルはジャッカルで、嫌われてるのかもなんて思ってたに親しげな笑顔を向けられて戸惑ってるみたいだ。

 っつーか、仲間はずれじゃないってどういう意味だ?
 同じこと思ってたらしい幸村くんと目が合ったけど、幸村くんも肩をすくめて首を傾げるだけだ。

 が!!

「っ!? っ、待たんかっ!!」

 何かに気づいたらしい真田が慌てた声を出した。
 その瞬間、オレも気づいた!

 が手にしている、油性マジックに!

「えいっ」

 でも一呼吸遅かった!!
 きゅぽ、とキャップを外したは、しゃがみこんでいたジャッカルの側頭部に躊躇することなくきゅきゅきゅっと特大のリボンの絵を……!!

「写メ、写メっ」

 突然のの暴挙にジャッカルは真っ白になってるらしくて何の反応も示さない。
 そんなジャッカルを楽しそうに写メにおさめたは、満足そうに微笑んで、

「レギュラーコンプリート!」

 それだけ言って、再びとてぱてと部室を出て行った。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 まさに一陣の風のごとく去っていたから、ゆっくりと視線をジャッカルに戻すオレたち。
 ジャッカルの側頭部に描かれた特大のリボンはなんつーか、まぁ……事の悲惨さを強調してるのか和らげてるのかよくわかんない状態で。

「ジャ、ジャッカル先輩……?」
「駄目じゃ。完っ全にアッチの世界にいっとるぜよ」

 目の前で赤也が手を振っても、仁王がこづいても反応なし。
 紳士の柳生は未使用らしいタオルをロッカーから取り出して、その油性マジックで描かれたリボンを覆うようにジャッカルの頭に巻いてやった。

「ジャッカル、これはイジメではない。むしろの愛情だ」
「そうだよ。実はね、昼休みにちょっとおもしろいことがあってね」

 そして普段なら傍観に徹する柳と幸村くんまでもがさすがに哀れだと思ったのか、ジャッカルの前にしゃがみこみながらフォローをし始めるし。

「……丸井」
「な、なんだよ真田?」

 そして、最後に真田はオレに話しかけてきた。
 振り向けば、地鳴りを背負った鬼の形相の真田がオレを睨みつけながら、

「校則を守らず特例を認めていくからこのような事態になるのだっ……そもそも今回の騒ぎの発端はお前だったと言うではないかっ! たるんどるっ!! 外周行って来いっ!!」
「なんでオレだけなんだよー!?」

 ……なんて叫んだところで真田が許してくれるわけもなく。

 時々幸村くんや柳でさえも予想できない行動に出るを焚きつけんのは、しばらくやめとこうとオレは肝に銘じたのだった!!

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