「おーい柳ィ。数学のノート返しに来たぜぃ」
今日当てるぞ宣言されてたことをうっかり忘れていた数学も、柳を拝み倒して借りたノートのおかげで無事に乗り切ることができて。
昼休み開始5分で昼飯を食い終えたオレは、ノートを返しに柳のクラスまでやってきた。
「あ、ブン太。柳なら職員室行ってるよ?」
ところがクラスに柳の姿はなくて、代わりに返事してくれたのは同じくこのクラスに在籍してるだった。
クラスメイト2人と机をくっつけて、和やかに昼飯食ってたらしいなんだけど……。
「あれ? 、なんかいつもと違くね?」
ぱっと見た印象がいつもとどこか違うような……。
そんな気がして、オレはの目の前まで近寄った。
きょとんとしてるに対して、なんだかニヤニヤしてるのはのダチらしい女子二人。
なんか、今日のはいつもと違ってこう……。
「あ。どうしたんだよ、そのリボン?」
ようやく気づいた。
いつもはピンやゴムでまとめてるだけのの髪に、桜色のサテンリボンが結わえられていたんだ。
20.なかよしりぼん:前編
「丸井くんエライっ! ちゃんと気づいた!」
「イイ男はちゃーんと褒めてくれるよねぇ。ご褒美にウインナーあげるけど、食べる?」
「食う!」
ナイス、のダチ!
妙ににこにこしてる上機嫌ののダチが差し出したタコさんウインナーに、オレはぱくっと食いついた。うん。うまい!
「可愛いじゃん、。どうしたんだよ? 今日に限ってリボンなんて」
「うん。実はね4限体育だったんだけど、バスケの最中にピンが落ちちゃって。留め方緩かったのかなぁ。私が使ってるのってフツーの黒いアメピンだから、フロア探してみたけど見つからなくて」
「あー、あれ目立たねぇもんな。で? 代わりにリボンで髪まとめてんの?」
「そうそう。友達がたまたまたくさんリボン持っててね」
そっか。
学校にいるときは肩より少し長いくらいの髪をきっちりまとめてるが、なんで今日はおろしてリボンを結わいでるかと思ったけど、そういう理由か。
下向いたときに髪が前に流れてこないように、ってことだろうけど、両サイドの髪をリボンで軽くまとめてる。
つーか……マジで可愛くねぇ?
「いっつもそうしてりゃいいじゃん。きっと幸村くんも柳も喜ぶぜぇ?」
「駄目だってば。リボンって本当は校則違反なんだよ?」
「え、マジで?」
「うん、マジで。今はお昼休みだから、ごはん食べるのに邪魔にならないように結んでるだけで、授業中は外すよ?」
「えぇ〜っ、絶対そのままのほうがいいって!」
勿体ねー! 女子が可愛くしてて、誰に迷惑かかるっつーんだよ!?
オレは頬を膨らませて、ついでに口もとがらせた。逆向きに座っていた椅子には足を乗っけて、体育座りの要領で座りなおしたあと、ガタガタと揺らしてやる。
「って髪も染めてねーしパーマもかけてねーし、そんくらい許されるだろぃ?」
「ブン太、そもそも染髪もパーマも校則違反だったと思うが。それよりも人の椅子の上に足裏を乗せないでくれ」
「あ、おかえり柳」
ぶーぶーと文句たれていたら、真上から降ってきた抑揚の無い声。
のけぞるように見上げれば、いつもどおり見えてるのか見えてないのか、何考えてるかもわかんねー顔した柳がオレを見下ろしていた。職員室から戻ってきたらしいな。
「ちーッス。ノートサンキュな! ……つーかここ柳の席? 確か前も柳とって席隣り合せてなかったか?」
「このクラスになってから席替え3回あったけど、いっつも柳と隣になるんだよね」
「偶然だ」
ホントかよ……。柳だったら席決めのくじに細工くらい簡単に出来そうだけどな……。
涼しい顔して席に着き、鞄から弁当箱を取り出す柳を、オレはジトーっと見つめてみた。
「それより、随分盛り上がっていたようだが」
「ああ、そうそう! がリボンつけてて可愛いよなって話」
「ほう?」
4限の体育でピンをなくしたってことは、柳もまだリボンをちゃんと見てなかったんだろうな。男子と女子は体育別々だし。
のダチがの肩を掴んで柳のほうに向き直らせて、オレはその前で「ジャーン!」と手をひらひらさせて。
しばらく無表情にを見つめていた柳だけど、やがてフッと口元を緩めた。
「ああ、よく似合っている」
「あはは、ありがと」
柳のお世辞も笑顔でさらりの。なぜかダチのほうが顔赤くして盛り上がってっけど。
「聞けよ柳〜。こんな似合ってんのに、校則違反だから昼休み終わったらリボン取るって言うんだぜぇ」
「そうか。だが、それは仕方ないだろう?」
「仕方なくねーだろぃ! 女子が可愛いのは正義だ!」
オレが柳に向かって力強く宣言すると、クラスの男子からも賞賛の拍手があがる。
だよな!? ゼッテーそうだよな!?
……まぁ、目の前の柳は理解不能って顔して眉をひそめてるけど。
「でもさぁ、男子が可愛いのもいいよね?」
すると突然、がそんなことを言って。
オレと柳が「は?」って顔して振り向けば、はダチ2人と一緒ににこにこしながら、
「なんかブン太もリボン似合いそうだよね?」
「はぁぁ?」
「あ、思う思う! 丸井くんの髪ってふわふわしてて結びやすそうだし!」
「何色がいいと思う? 髪赤くしてるから、黄色とかどう?」
へ?
な、なんだ? なんか、いきなり女子の間で話が勝手に進んでるぞ?
たちは食べ終えたらしい弁当箱を片付けて、机の上に色とりどりのリボンを取り出して吟味し始めてる。
「ブン太、教室に戻るなら今のうちだぞ」
「えぇ?」
「今戻らなければ、お前がたちのおもちゃにされる確率100%だ」
柳は我関せずといった顔で、遅くなった昼飯を食べ始めた。相変わらず重箱の中身のような和食弁当だ。
っていうか、おもちゃってなんだよ。
「ブン太、ブン太っ」
「ん?」
に呼ばれて振り返る。背後で柳が「100%確定……」とぽつりと呟くのを聞きながら、オレはが手にしたコームと黄色いサテンリボンにぽかんとした。
「頭、頭」
さっきから単語ばっかり繰り返してるの目はきらきらと輝いていて、期待に満ちた眼差しっつーのか、そんな感じ。
で、頭? 頭差し出せばいいのか?
……って。
「ちょっと待てっ! っ、オレの頭にリボンつけるつもりだろぃ!?」
「そうだよ。なんかブン太似合いそうだし。駄目?」
「いや駄目っつーか……。男にリボンつけて楽しいのかよ?」
目の前の女子3人が盛り上がってる意味がわからなくて怪訝そうに聞いてみたけど、たちは顔を見合わせながら「楽しいよねぇ?」「楽しいっていうかやってみたいよね!」「そんでもって写メ!」とかなんとか。
「まぁ別にいいけどよ……ホレ」
断固拒否! ……する理由もねーし。オレは柳の前の席の椅子を引っ張ってきて、の目の前に座り込んだ。そして、少しだけ前かがみになって頭を突き出す。
「わぁ、やっぱりふわふわだね」
手を伸ばしてオレの髪に触れたはしばらく楽しそうにわしゃわしゃしてたけど、やがて頭のてっぺんの毛束を取ってコームで漉き始めた。
「ブン太だったら、やっぱりこうかな?」
髪を横にひっぱられる感覚。それから、しゅるしゅるとリボンが巻かれる音。
時間にして1分もたってないと思う。「できた!」というの嬉しそうな声で、オレは顔を上げた。
顔を上げた目の前にが鏡を用意していて、オレは自分の頭の変化に気づく。
トップの髪をサイドでぴょんっとまとめた、いわゆる柔ちゃんヘアだ。
あれ、我ながらオレ、ちょっと似合わねぇ?
なんてこと、思ったときだ。
「丸井くん可愛いー!」
「ちょ、写メ取らせて写メ!」
目の前のたちのみならず、クラス中から女子が殺到してきた!
みんながみんな携帯片手に目をきらきらさせて、ついでに頬も真っ赤に紅潮させてオレにカメラをつきつけてくる。
「あ、どうせならさんも一緒に!」
「それいーな! っ、一緒にシクヨロしよーぜ!」
「うん、するするっ」
教室の中はあっという間ににわか撮影会だ。
オレはと肩を組んで、にーっと笑いながらシクヨロポーズ。
柳を始めとしたクラスの男子は呆れた顔してっけど、結構楽しいぜ、これ。
もしもこれが真田のクラスだったら「やかましい! 休み時間とはいえ静かにせんか! たるんどる!」って怒鳴りそうなくらいに盛り上がった教室内。
が、その教室に水を差したのはだった。
「ねぇ、柳はどれが似合うかな?」
しーん……
色とりどりのリボンを持ち上げたの言葉に、あれだけ騒いでた女子が一瞬で静まった。
呆れかえってた男子もぎょっとして目を剥いて、今度は柳に注目する。
オレの後ろで騒ぎを静観していた柳はほんの少しだけこめかみを引きつらせて、何か言おうとしたのか小さく口を開けた。
……んだけど、それより早く女子の絶叫が再び炸裂!
「白! 白レース!」
「さんが右手に持ってる綿レースの、ソレ! 絶対ソレ!」
「あ、やっぱり? 私も柳にはこれかなーって」
「ちょっと待て」
きゃぁぁという歓声っつーより悲鳴に近い絶叫の中、柳がめずらしく焦った様子でに右手を突き出して次の行動を牽制する。
「言っておくが、オレはリボンをつけたりしないぞ」
「えぇ〜なんで? ブン太はつけてくれたのに」
「そーだぜ柳っ! ここはテニス部員として一蓮托生だろぃ!?」
「そんなことで一蓮托生になりたくはない」
きっぱりとリボンを拒否した柳に、の眉が下がっていく。
その途端、柳が心底困ったように柳眉を下げた。相変わらずには甘いみたいだなぁ、柳って。
「柳、どうしてもだめ? 3人で写メ撮ろうよ」
「ノリ悪いぞ柳っ。別に頭にリボンつけて一日過ごせっつってんじゃねーんだしよ!」
「……」
口を真一文字に引いて困り果ててた柳だけど、オレと、それからクラス中の女子の期待の眼差しについに根負けしたのか、一度大きく息を吐いた。
「写真を撮ったらすぐ外すぞ」
「やっり! いけっ、隊員! 柳指令を装飾しろっ!」
「了解、丸井隊員!」
柳が頷いた瞬間、はぱっと目を輝かせて立ち上がり、リクエストの白いレースのリボンとコームを持って柳の背後に立つ。
うきうきと楽しそうに柳の髪を梳いてくとは対照的に、柳はこめかみに長い指をあてて苦悩してた。
「にしても柳の髪ってサラッサラだよなぁ」
「だよねぇ。これ、リボンだけじゃすべっちゃうね」
「ブン太、お前は触るな」
「なんでだよぃ!」
コームだけでなく自分の指先でも柳の髪の感触を楽しんでる。まぁ、柳もそれ自体はまんざらでもない様子なんだけど、あからさまに男不許可ってひどくね?
とはいえここで柳の機嫌を変に損ねてもなんだし、オレは口を尖らせつつもおとなしく手をひっこめた。
「うーん、やっぱりリボンがすべるなぁ……。じゃあ、柳はこうだね」
柳の髪の一房にリボンを結ぼうとしてはしゅるしゅるとすべって抜け落ちる、ということを繰り返してたは、机の上にコームを置いてリボンの両端を持った。
そのまま柳の頭を抱え込むようにして……あ、違う。ぐるっと柳の頭にリボンをまわしたのか。
「できたぁ!」
そして完成したのは、カチューシャ風にリボンを頭に巻きつけた立海の参謀! 頭のてっぺんで白いレースが可愛く蝶結びになってるのが、マジすっげぇ違和感!!
その光景に女子はもうきゃぁきゃぁと叫びだし、男子は一様に視線をそらしてくつくつ笑う。
額に青筋浮かべてうっすら開眼しかけてる柳の正面からは写メを撮って、それを柳に見せていた。
「ほらほら! 白レース!」
「……満足したか?」
「すっごく!」
があまりに無邪気に笑うから、柳も文句が言えなかったのか眉間のシワもそのままに、口をへの字に曲げたまますぐにリボンを抜き取っちまった。
そして、の右腕を掴みその手のひらにリボンを乗せて握らせて。
「」
「なに?」
きょとんとしながら首を傾げるに、柳は一言。
「弦一郎には、そこの幅の広いベルベットリボンが似合うと思うぞ」
「「「!!!!!」」」
柳がソレを言った瞬間、クラス中が凍りついた!
「(や、柳くん、道連れ作ろうとしてる……!)」
「(真田がリボン!? つけるわけねーじゃん!)」
「(で、でも、さんなら勝てそうだよね!?)」
「(超見てぇ! 立海の頑固オヤジのリボン姿!)」
ひそひそ! ひそひそひそ!!
ものすごい勢いでクラス中が真田のリボン姿を想像し始めてる。
つーか柳……幸村くんとか仁王とか、協力してくれそうなヤツを飛ばしてあえての真田かよ……!
で。
柳のこの言葉にがどんな反応するのか、まぁ想像は軽ーくついてたんだけど、オレは振り向いてみた。
……案の定、瞳を最高にキラッキラさせたが指定されたベルベットリボンを握り締めて使命感に燃えた顔をして。
「だよね? だよね? 真田はコレだよね! じゃあ幸村はこれで、赤也がこれでっ」
「えぇっ!? さん、もしかしてテニス部レギュラーコンプリートするつもり!?」
「欲しい! 全員の写メ欲しい〜! がんばってきてね、さん!」
クラス中の女子の期待の眼差しを受け止めて、はレギュラーひとりひとりのためにリボンを選んでいく。
「柳、やるなー」
「一蓮托生なのだろう?」
突っ込めば、涼しい顔して答える柳。
でも、ま。あの真田の頭にリボン結ぶのはやってみたいよな!
「よし、決まりっ。ブン太、行こう!」
「おーっし! みんな期待してろよ? 全員分のリボン写メ撮ってきてやるからな! が!」
「がんばってね、丸井くん、さんっ!」
「とにかく真田のだけは何としても撮ってこいよ!」
リボンを選び終えたが立ち上がりオレを呼んだ。
声高にテニス部レギュラーリボン写メコンプリート宣言をすれば、今度は女子だけじゃなく男子までもが声援を送ってくる。まぁ確かに真田のリボン写真なんて撮れたら、今月の新聞部の一面は確実だろうしな。
「いきなり真田にリボンつけに行っても負けちゃうよね?」
「だろうなぁ。ここはひとつ、味方探しついでに赤也か幸村くんのとこ行ってみるか?」
「うんっ」
そしてオレとは、頭にリボンをなびかせたまま勢いよく教室を飛び出したのだった!
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