「ごめんね仁王。横着しないでちゃんと手渡しで返すべきだったよね」
「あーよかよか。お前さんが気にすることじゃあなか」

 再びしょんぼりと肩を落としてしまったの頭をオレはぽんぽんと撫でた。
 放課後、二日連続のレギュラー会議とあいなった部室は、魔王と参謀、じゃのうて、幸村と柳から発せられる黒いオーラが充満し、他の部員たちは居心地悪そうに隅に固まっとる。
 1度ならず2度までもの表情を曇らせた犯人に、幸村と柳の怒りは頂点に達しているようだった。

 ……お前さんたち、靴を盗まれたオレにはなんの慰めもないんかい。



 19.指令:マネージャー警護隊出動せよ



「で、でも、今度は仁王先輩の靴ってことは、狙われてんのって先輩じゃなくてテニス部全員っつーことッスかね?」

 無言で怒りの圧力を発し続ける幸村と柳の雰囲気に耐えかねたのか、赤也が必死な面持ちでそう告げた。
 だが柳は首を振る。

「いや。むしろ狙われているのがであることが決定的になった、と考えるべきだな」
「なぜじゃ?」
「仁王、靴はどこで見つけたと言った? 昨日、オレがの靴を見つけた第2体育館裏と言わなかったか?」
「言った。……じゃがそれが示すのは犯人が同一人物であるということで、が狙われとるっちゅうことにはならんじゃろ?」

 問い返しても、柳はまた首を振る。

 靴が無くなっとることに気づいたオレは休み時間中に探しに出て、昨日柳が体中に枯葉をからませる結果となった第2体育館裏で靴を発見することができた。
 まぁひどいところじゃ。業者が入っとらんのか雑草は伸び放題、虫は湧き放題、マナーのなっとらんヤツが放置してったと推測されるパンの袋ゴミも複数落ちとって。噂どおり、野良猫が3匹住み着いとった。きっと、食堂のゴミでも漁っとるんじゃろうな。

「今回隠された仁王の靴は、昨日に貸していた靴だけだろう?」
「……確かに変ですね。テニス部を、仁王くんを狙ったというのなら、どうして上靴は隠されなかったのでしょう?」
「あ」

 なるほど。柳生の言う通りじゃ。
 犯人がオレの靴箱に来たときには、靴は2足あったはずじゃ。がわざわざ洗って持ってきてくれたテニスシューズと、普段校内でオレが履いている上靴と。悪意を持って隠すんなら、2足とも消えとるはずじゃ。

「犯人は、の手がかかった靴だけを持っていったってわけか」
「しかし蓮二、さっきから聞いているとどうも犯人は、その」

 腑に落ちない顔しとるジャッカルの横で、戸惑いを浮かべた真田が口を開く。

に悪意を抱いているというよりは、好意を抱いているように感じるのだが……」
「ほう。弦一郎がそれに気づくとは予想外だったぞ」

 ……つまり、の手のかかったもんを独り占めしたいとかいう、歪んだ欲望の表れっちゅうことか、この靴隠しは。

 しかし……。
 ひとつ気になることがあって、オレは首をひねる。

「げっ、マジかよ!? 好きなヤツに嫌がらせって、それじゃストーカーだろぃ!?」
、大丈夫か? 帰り道、あとつけられたりしてないか!?」
「うん、それはないけど」

 慌てる丸井とジャッカルだが、当のはきょとんとして首を傾げるだけ。
 お前さん、危機意識に欠けるにもほどがあるぜよ……。相手が屈折した凶悪なヤツだったらどうするんじゃ。

「でしたら、この件の犯人はさんに好意を抱いている者を探せば見つかるというわけですね」
「そうだな。、最近お前と親しくしている男で、目的のためには手段を選ばずというような者に心当たりはないか?」

 真田の問いかけに。

 オレたちは無言で幸村と柳を振り返った。

「どうかした?」

 満面の笑顔の幸村に、オレたちは一斉に首を振ってに再び視線を戻す。
 オレたちの内心のビビリにも気づかずに、は「んー」と唸りながら首をひねる。

「別に男友達がいないわけじゃないけど、テニス部のみんなほど仲いい男子はいないかなぁ。そんな悪いことするような人にも心当たりないし」

 そうじゃろそうじゃろ。幸村と柳以上に暴走するヤツなんぞ、オレだってそうそう知らん。

「しかし、そうなると本格的にストーカー路線じゃの。大した接点もないのに、に執着しとるっちゅうことじゃろ?」
「どーせ冴えないヤツが一回先輩に親切にされて、それで勘違いしちまったんじゃないんスか?」
「そうじゃねぇ? ってよくジャッカルの仕事も手伝ってるし、優しいもんな」
「ブン太……それはもともとお前の仕事なんだけどな……」

 ぶちぶち言っとるジャッカルをフォローする者はだれもおらん。

「ストーカー犯罪は凶悪化することが多い。、お前の意に反するだろうが、犯人探しをさせてもらうぞ」
「そうだな。これ以上いたずらが悪質化する前に手を打つべきだろう」
「うん……」

 柳と真田の言葉には若干不服そうではあったが、さすがに仕方ないと観念したのか小さく頷いた。
 そのの肩を優しく叩きながら、幸村が告げる。

「犯人探しもそうだけど、しばらくはさんを1人にしないようにしよう。校内にいる間は柳が同じクラスだからいいとして、部活中は注意を払うこと。さんも、コーチや先生から何か言い付かったときは、必ずオレたちの誰かひとりに声をかけて、一人でいかないようにね」
「そこまでするの?」
「するよ? 大事なマネージャーを守るためならなんだってするさ。なぁ、みんな!」

 もちろんじゃ。
 幸村の強要でもなんでもなく、それぞれがを守ることを誓って大きく頷いた。

「じゃあまずは犯人の手がかりを見つけないとね」
「捜査の基本は現場からが鉄則です。第2体育館裏に行ってみませんか?」
「そっすね!」
「あ、私も行くっ」

 あの真田でさえも練習のことなどすっかり抜け落ちとるのか、全員がぞろぞろと部室を出て行った。
 現場捜査には賛成だが……オレはポケットの中を探る。

 と、部室のドアが開いてひょこっと柳生が顔を出しよった。

「仁王くんは行かないのですか?」
「行くぜよ。じゃが、ちょいと気になることがあってな」
「気になること、ですか」

 がらんとした部室の中に柳生が戻ってきた。
 そしてオレの隣に立ち、オレの手の中の小さなメモに視線を落とす。

「これは? さんの字ですね」
「そうじゃ。朝、がオレの靴箱にシューズを返したときに一緒に置いてった手紙じゃ」

 それだけ告げて、オレは柳生の反応を見る。
 しばらく柳生はメモの中身を読んでいたが、やがて顔をあげオレの目を真っ直ぐに見た。

「変ですね」

 ほうほう。さすが推理小説マニア。
 オレは妙に嬉しくなってニヤリと笑ってもうた。
 そんなオレの反応に、からかわれたと思ったのか渋面になった柳生だが、くいっと眼鏡を直したかと思えば、

「犯人がさんに好意を持っていて、しかもストーカー的な執着心を持っているのだとするならば、なぜこのメモは持っていかなかったのでしょう?」
「やっぱり柳生もそう思うか。オレもそれを不思議に思っとったんじゃ」

 風に吹かれて落ち、それで気づかんかったというのは苦しいな。深い茶色のすのこの上に、パステルピンクのメモ用紙が落ちてれば誰だって気づくじゃろ。

 犯人は、あえてシューズだけを持っていったっちゅうことになるが。

「ですがここでそれを考えていても答えはでませんよ。やはり現場捜査をして、このメモに結びつく手がかりを見つけなくては」
「そうじゃな。行くか」

 柳生に促され、オレはポケットにメモをしまいこんだ。


 第2体育館裏は他の棟への近道にもならんから、本当に人の気配がない。
 オレと柳生が遅れて到着したそこには、やはり幸村たちしかおらんかった。

「……で、なにしとるんじゃ、お前さんら」
「あ、仁王、柳生。何って、にゃーんだよ!」
「にゃーん??」

 全員が円を描くようにしゃがみこんでいて、何を見ているかと思えば中心にはがいて。
 そのの膝の上で、猫が丸くなっていた。
 にゃーんて、猫のことかい……。

「ホント、おとなしいッスね」
「丸々太ってんなぁ。野良のくせに」
「可愛いね。喉ゴロゴロ言ってる」
「うん、可愛いね」
「そうだな、可愛いな」

 猫に夢中になっとる赤也と丸井、猫を抱いとるに夢中になっとる幸村と柳。
 で、目的どおりに手がかり捜索をしとるのは真田とジャッカルじゃ。
 柳生が猫(と)を愛でる輪に加わってしもうたから、オレは仕方なく捜索組に加わってみる。

「どうじゃ。何かあったか?」
「いや、なんにも。何が手がかりになるかわかんねぇし、とりあえず目に付いたものを確認してるってだけだ」
「全く誰だ、こんなところにゴミを捨てていくヤツは。たるんどる! 今度風紀委員会で学内巡回の範囲を広げる提案をせねば」

 パンの袋ゴミをつまんではため息つくジャッカルと憤る真田。
 オレも足でその辺の雑草を掻き分けてみるが、出てくるのは羽虫とゴミばっかりじゃ。うまいことネームバッチや生徒手帳でも落ちとらんかと期待しとったが、まぁそううまくはいかんか。

「てかがりはゼロか……。こうなると聞き込みするしかないか?」
「うむ。しかし、大人数で聞き込みをすれば犯人に我々の動きを感づかれてへのちょっかいがさらに死角化、陰湿化する可能性もあるが……」
「そこはオレたちが盾になるっちゅうことで話ついとるじゃろ。1人にせんかったら大丈夫じゃ」

 うぅむ、と眉間にシワ寄せて考え込むジャッカルと真田。
 ここは参謀の意見も聞きたいところじゃな。
 そう思ってオレは柳たちを振り向いたんじゃが……膝の上のデブ猫のほかにも小さな子猫がの足元にじゃれついていて、囲んでいる5人は妙に温い目をして和んどるし。

「お前たち、猫と戯れるのもいい加減にせんか! 貴重な練習時間を割いてまで証拠を探しに来たというのに、効率が悪いだろう!」

 そしてついに真田の怒りが爆発。体育館裏の狭い裏道にわんわんと響き渡る怒声。
 赤也と丸井が思わず耳をふさぎ、子猫たちも蜘蛛の子散らすようにぱっと逃げさる。が、いつもどおり真田の怒声をきょとんとしながらスルーしたの上で、デブ猫はふてぶてしくあくびをするだけだった。肝が据わっとるのう。

「それもそうだな。すまない、弦一郎」
さんと猫があまりに絵になってたからさ、つい、ね。で、なにか見つかった?」

 ようやく柳と幸村が立ち上がる。幸村の問いには、ジャッカルが首を振って答えた。

「無しか……。柳、なにかいい案はある?」
に好意を持っていて攻撃的な性格を持っている者は今日中にリストアップできる。その者の周辺の聞き込みから始めるのがいいだろう。それから今までの2件の傾向から、おとり捜査も提案できるが」
「おとり捜査……つまり、さんに誰かの靴を渡して、返却させるということですね?」
「その現場を張るんすね! そういうことならオレ、早起きしますよ!」
「赤也っ! そういう不謹慎な動機で早起きが出来るのならば、毎朝遅刻などするな!」

 全員が立ち上がり、額をつき合わせて捜査会議。

 が。

「柳、どうしたんだよ? ぼーっとしちまって」

 丸いが腰をかがめて下から柳の顔を覗き込んだ。
 見れば。柳が顎に手をあてたまま、ふたたびの足元に擦り寄ってきたデブ猫と子猫の3匹を見下ろしていて。

「オレとしたことが、肝心なことを忘れていた」
「肝心なこと? ってなんだよ?」
「ああ」

 参謀は顔を上げ、ぐるりとオレたちの顔を見回す。

「今朝仁王の靴が隠されたのは、に執着する者の嫉妬心や独占欲だったからとして……仁王の靴をが洗って返却するということを、犯人は一体いつ知ることができた?」

「「「あ」」」

 柳の言葉に、赤也と丸井が顔を見合わせ、ジャッカルも真田も幸村も柳生も、目を大きく見開いて、ついでに口もぽかんと開けた。

「ちょ、ちょっと待てよ柳……。それってつまり」

 丸井が柳に尋ねるも、その先を言うのが憚られたのか言葉を濁す。
 そして、お互いを見詰め合うオレたち。

「つまり……この中に内通者がいるってこと?」

 冷ややかな目をした幸村が口にした言葉に全員が息を呑んだ。
 が、即座にその沈黙を打ち破ったのは、柳眉を逆立てた真田だった。

「馬鹿なことを言うな! 蓮二っ、幸村っ、たとえ日頃の生活態度がどうであれ、ここにそのような卑劣な真似をするものがいると思っているのか!?」
「真田副部長……!」
「いいこと言うじゃねぇか、真田っ!」

 日頃の生活態度に問題のある赤也と丸井が、真田の断固たる態度に感動して感涙の眼差しを向ける。激昂した真田に、しかし柳は小さく首を振って、

「落ち着け、弦一郎。あくまで可能性の話だ」
「可能性の話でも、軽々しく口にしていいことではないだろう!」
「真田くん、柳くんも幸村くんも本気で内通者がいると考えているわけではありませんよ。犯人に直接伝えなくとも、我々の会話を漏れ聞いたというのならば、間接的に犯人に情報を流したことになるでしょう? そういう意味です」
「むっ……そ、そうなのか?」

 柳が諭し、柳生が説明し、勢いをそがれた真田は幸村を見る。
 幸村は呆れかえった顔をしながら、軽くため息をついて、

「当たり前じゃないか。まぁオレの言い方も悪かったかもしれないけど、さんに手を出そうとする輩にわざわざ手を貸すヤツがテニス部にいると思ったの?」
「(いるわけねーよな……)」
「(バレたら地獄なんてもんじゃないっすからね……)」

 幸村の後ろでガタガタ震えとるジャッカルと赤也。気持ちはわかる。ここにいる全員がわかっとる。

「そうか……すまん、早とちりしたようだ」
「ま、真田の得意技だから気にしないでおくよ。それよりも、情報が漏れた時間と場所が特定できれば犯人探しも早いよね」
「そうだな。開始のミーティング時に話したあと、部活中の話題を口にした覚えのあるものは時間と場所を出来るだけ詳しく申告してくれないか」
「へーい。確かオレ靴のこと先輩と直接話したっすよ。えーと、確かあれは柔軟のあとだったような……」

 柳が『別冊情報ノート』を広げるのを待ってから、赤也や柳生が記憶をたどって話し出す。

 とはいえ地道な作業じゃな……。オレも独自のルートから情報収集してみるかのう。
 詐欺師と言われるのはなにもテニスだけに限ったことじゃなか。日頃世話ンなっとるマネージャーのために、ここはひとつ、自分の持てる手段をフルに活用するとするか。

 わいわいと情報提供を続けるレギュラー陣から離れ、オレは単独で情報収集しようと踵を返す。

 が、そのオレを意外なヤツが足止めしよった。

「にゃー」
「ん? なんじゃお前さん、オレは餌持っとらんよ?」

 一歩踏み出した右足に擦り寄ってきたのは、さっき真田の怒声に逃げ出した子猫だ。可愛い声をあげて体を押し当てながら、オレのシューズのひもをがじがじとかじっとる。
 さすがのオレもこんな子猫を邪険には扱えんし、首根っこつまんで持ち上げて、あいかわらずデブ猫に膝を占拠されとるのもとへ。

「ほれ。このお嬢さんに構ってもらいんしゃい」

 の目の前にしゃがみこんで、足元に子猫を放す。すると子猫は再び「にゃー」と気の抜けた鳴き声をあげながら、の靴紐をかじりだした。見れば、もう一匹の子猫も同じようなことして靴にじゃれついとる。

「噛みグセあるんかのう」
「わんこの噛みグセならよく聞くけどね」
「人間の男だけじゃなく、猫にもはモテるんじゃな」
「えぇ? 私、モテたことなんてないよ? 猫が寄ってくるのはウチでも猫飼ってるから匂いで寄ってくるんじゃないかな」

 笑いながら子猫の喉元を撫でている
 が、急にその手をぴたりと止めて、じーっとオレの顔を見つめてきた。

「なんじゃ? そんなに見つめられると照れるのう」
「仁王もにゃーんみたいだよね。気まぐれっていうかとらえどころないっていうか」
「オレか? ほーう、じゃあにゃーとでも鳴けばオレもに撫でてもらえるんか?」
「うん、撫でる撫でる」

 にこにこと笑いながら、すでに腕を伸ばしてスタンバイ状態。
 その笑顔があまりに無邪気なもんだったから、オレもノってやろうかと思った、が。

「…………」
「…………」

 真後ろから氷点下の視線を感じて、ぎりぎりで言葉を飲み込む。

「あー……から猫の匂いなんぞ、感じたことないぜよ?」
「え、そう? 私の家、縁側も土間も普段開けっ放しにしてるから匂いつかないのかな」

 うまいこと話題を変えて、オレは身の安全を確保した。真田や赤也みたいなヘマはせんよ。
 すると、くんくんと自分の腕の匂いをかいでいたの横に、人一倍匂いに敏感な、というか獣並みの嗅覚を持つ丸いが近寄って、

「くんくん……んー、これ猫の匂いっつーか……」
「丸井くん、女性の匂いをそのようにかぐのは失礼ですよ」

 眉をひそめた柳生の注意に耳も貸さず、丸井は腕を組んで首をかしげて。


「猫の匂いっつーよりも、なんか、イカくさぶっっ!!!」


 最後まで言うより早く、赤也とジャッカルが飛び出して丸井の口を塞いだ。
 柳生は紳士の表情を崩して口元を引きつらせているし、柳は眉間に指をあてて苦悩の表情。
 幸村にいたっては人畜無害の笑顔のまま、額に交差点マークをいくつも浮かび上がらせていた。

「ああああアンタっ、何言っちゃってんスか!?」
「ソレを女子に面と向かって言うかフツー!?」
「……あ。あぁーっ!? そ、そうか!」

 赤也とジャッカルに責められて、ようやく丸井は自分の失言に気づいたようじゃ。目をまん丸に見開いたと思えば、サーッと青ざめて慌てだす。

 が。

「私、イカの匂いなんてする?」
「オレにはわからんが……朝食にイカを使った料理でも食べたのではないか?」

 天然は丸井の言葉をそのままの意味に捉えたらしく、純情BOYの真田も首を傾げながら的外れなことを……。

「(真田、今回ばかりはグッジョブだぜ!)」
「(弦一郎にすくわれたな……)」

 に本当の意味が伝わらなかったことを確認して、オレたちは全員胸をなでおろす。まぁ、後の方では丸井が幸村に足をおもいっきり踏まれとるみたいじゃが。

「……あ、もしかしたらアレかな?」
「アレ? アレってなんだ?」

 すると、が何かを思い出したように手をぽんっと叩いた。

「ここんとこ毎日じーちゃんがするめ焼いて食べてるから。実家から大量に送られてきたの」
「するめ……ッスか」
「なるほど。それでその匂いが染み付いたというわけか」

 どうやら丸井の言うとった『イカの匂い』というのは、そのものずばりの匂いだったようじゃな。
 ……そりゃそうじゃろ。真田や柳を見とると時々勘違いしそうになるが、オレたちまだ中学生ぜよ?

「するめ……?」
「どうかしたの? 柳」
「いや……もしかしたら」

 丸井失言騒動が一件落着してほっとしてたオレたちだが、突然、柳が顎に手をあててなにやらぶつぶつと呟き始めた。
 幸村と柳生が不思議そうに柳を見とるが、当の柳はどんどん眉間のシワを深くしていくばかり。

「蓮二、どうしたというのだ」
「今……靴隠し犯人の仮説がひとつ浮かんだんだが……」
「マジっすか!? 誰なんすか、犯人って!」

 聞いたら速攻殴りに行く! といわんばかりの勢いの赤也を押しのけ、柳は猫3匹といまだ戯れとるの目の前へと歩み寄る。

「靴を洗って持参したんだったな?」
「うん。ちゃんと洗剤つけてバケツに水はってゆすいだよ?」
「靴を洗ったのは夜だな?」
「部活の後だからね」

 柳は浮かんだという仮説を確かめるように、ひとつひとつに質問していく。

 が。

 柳がひとつ質問していくたびに、柳生が、幸村が、真田が、そしてオレも。柳が言わんとしている仮説にピンと来た。
 おいおい……こんだけ大騒ぎしといて、大間抜けなオチがつくんじゃないか、コレ……。

「……夜に洗った靴を朝までに乾かすのは困難だと思うのだが……」
「うん、私もそう思ったから、七輪の横に置いて乾かしたの」

 七輪!

 その言葉に真田が片手で顔を多い、柳生は天を仰ぎ、幸村は苦笑いしながらため息をつく。
 事情がわかっとらん赤也、ジャッカル、丸井の3人はきょとんとしとる。

……その七輪は……」
「じーちゃんがするめ焼いてたよ」

 あっけらかんと言い切ったに、柳ががっくりと肩を落とした。
 ……決定、じゃな。

、お前さんの靴隠しの犯人が判明したぜよ」
「え、ホント?」
「誰なんスか!?」

 ちっとも気づいてない様子のと赤也が身を乗り出す。

 オレはそのの膝の上からデブ猫をつまみ上げ……ようとしたが重くてかなわず、両手で抱き上げて、オレたちから数メートル離れたところに降ろした。
 そして、デブ猫からさらに数メートル離れた場所に今まで履いていたシューズの片方を置いて、けんけんの要領でみんなの元へと戻る。

「仁王くん、肩を貸しましょうか?」
「おお、助かるぜよ柳生。……まぁ、見てんしゃい」

 戻ったオレは柳生の右肩に掴まり、首を傾げながらこっちを見とるたちにシューズのほうを見るよう顎でしゃくった。
 デブ猫は降ろされた地点にうずくまり、ファァとのんきに欠伸をしとる。しばらく待ってみても、そのままぴくりともせん。

 動かないか……?
 柳と顔を見合わせてそう思ったときだ。

「にゃー」

 動いたのはの靴にじゃれついとったあの子猫2匹だった。
 ひくひくと鼻を動かしたかと思えば、元気よくオレのシューズのほうへと駆けて行き、辿り着いたと思えばひもを噛んだり中にもぐりこんだり。
 やがて、それを黙ってみていたデブ猫ものそのそと動き始めた。

「あ……」

 赤也と丸井が異口同音に呟いたときだった。

 オレのシューズの元にたどりついたデブ猫が、数回鼻をひくつかせて匂いをかいでいたかと思えば、がぶりとシューズに噛み付いて持ち上げたんじゃ。

「うわ、スッゲェ!」
「猫ってテニスシューズ持ち上げられんだな!」
「今朝は1足持ち上げたはずじゃよ。まぁ、あの体格ならではじゃろうな」
「……え? じゃあと仁王の靴を隠した犯人って……」

 感嘆の声を上げた赤也とブン太に説明してやれば、ジャッカルがようやく気づいたように、目を点にした。

 そう。

 の靴を隠したんは、アイツに悪意を持つものでも、好意を持つものでもなく、この食欲旺盛な猫だったんじゃ。

「マジっすか!? 柳先輩っ!」
「99.8%の確率で、そうだろうな」
「んっだよ人騒がせな猫だなー!」

 幸村とはまた違う意味で犯人ボコボコ計画をたてていたであろう赤也と丸井は拍子抜けしたように騒ぎ出す。

「なるほど、あの猫が犯人なのだとすれば、置き去りにされたメモも説明がつきますね」
「そういうことじゃ」

 逆にすっきりした顔をしとるのが柳生じゃ。オレはジャッカルが取り戻してくれたシューズを履いてから、ひょいっとに向けて肩をすくめてみせた。

「ま、そういうことじゃ。よかったのう。これでお前さんが誰からも嫌われとらんって証明にもなったじゃろ?」
「……あ、そっか!」

 思い出したようには頷いた。
 昨日、誰かに嫌われているんじゃないかと泣いた。あんな顔、もう二度とさせたくないもんじゃ。

 事件が無事に解決したことで、も心の底からの安堵の笑顔を浮かべとる。

 ……ま、こんな無駄足もたまにはいいじゃろ。

「そうだよさん。君が誰かに嫌われるなんてあるわけないじゃないか」
「全くだ。お前のような心優しい者を嫌うなど、嫌うほうが心を病んでいるというものだ」

 そしてのフォローは過保護約2名に任せて、だ。

「真田、この猫どうするつもりじゃ?」
「む……今回は食べ物の匂いにつられたとはいえ、生徒の靴にいたずらするとわかった以上、先生方に報告せねばならんだろうな」

 次期風紀委員長確実、というか既に実質その権限は持っているんじゃないかと言われとる真田に尋ねれば、やや顔をしかめながらも。

「しかし先生に報告すれば、この猫たちは駆除されてしまうのでは?」
「おいおい、駆除なんて穏やかじゃねぇな。まさか、保健所行きかよ?」
「えっ、保健所?」

 柳生とジャッカルの言葉に敏感に反応したのがだ。
 かさかさと枯葉を踏みつけて真田の目の前まで慌ててやってきたは、ぎゅっと眉間にシワを寄せて自分より30センチも背の高い真田を見上げ、

「保健所はダメだよ!」
「しかし、学校では猫を飼う環境は確保できんのだ」
「真田、お願い!」
「頼むよ真田!」
「なんとかしろ弦一郎」
「……と同じ目線で訴えるな、幸村と蓮二よ……」 

 目をうるうるとさせ両手を組んで懇願すると、幸村と柳。お前さんたち……本当にがからむとキャラ崩壊するのう……。

 すると、今までデブ猫と格闘しとったのか戯れとったのか、丸井と赤也が猫たちを抱き上げてやってきた。

「固いこと言うなよ真田。オレたちで飼ってやろうぜぃ、コイツら」
「食い物の匂いがする靴にいたずらしたっつーことは、満足にメシ食えてないっつーことでしょ? なら、ちゃんとメシ食わせてやればいたずらしなくなるんじゃないスか?」
「オレたちで飼う……だと?」

 丸井と赤也の提案に眉を潜める真田だったが、と幸村は「それだ!」と同時に指をぱちんと鳴らす。

「そうだよ。テニス部で飼えばいいじゃないか。どうせレギュラー部室はオレたちしか出入りしないんだし」
「なっ……幸村! 簡単に言うが、金魚を飼うのとはわけが違うのだぞ!? 大体、しつけや餌はどうするのだ!」
「しつけなら私できるよ。家で猫飼ってるし」
「餌ならオレが食堂のオバちゃんと仲良しだし、残り物貰ってくるぜ! ジャッカルが!」
「オレかよ!?」
「そうですね……幸い、テニス部はほぼ365日登校していますしね」
「世話は当番制にしてもいいし、遠征中は居残りの後輩に世話を任せてもいいだろう」
「オレ、ちゃんと早起きするっす!」
「プリ」

 全員で真田を囲い込み、口々に説得にかかる。
 真田は口元をひきつらせ、こめかみをぴくぴくとさせていたが、

「真田、保健所だけは……」

 と必死に懇願するに根負けして(というか背後のモンスターエルダー約2名の黒オーラに気圧されて)、ついに折れた。

「仕方あるまい……きちんと世話をするのだぞ。ペットのトラブルは、飼い主の責任なのだからな」
「やった! ありがとお父さん!」
「さすがお父さん!」
「英断だな、お父さん」
「誰がお父さんかッ!!!」

 マネージャーと部長と参謀にいいようにからかわれて、副部長が切れた。
 その横では、デブ猫と子猫を抱き上げた赤也と丸井が嬉しそうに万歳を繰り返しとる。

「一件落着、めでたしめでたしですね」

 そんな光景をオレの隣で苦笑しながら眺めていた柳生にそう言われて、

「ピヨッ」

 オレは肩をすくめながら呟いた。

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