「それではこれより、さんの靴隠し犯人撲殺計画について審議する」
「幸村……趣旨が違うぞ」

 苦い顔した真田が突っ込むが、幸村はそれを全く無視して部室のテーブルを平手でバァン! を叩きよった。



 18.指令:マネージャー警護隊集合せよ



「いいかみんな! これは立海テニス部創立以来の由々しき事態だ。新人戦前とはいえ練習なんてしてる場合じゃない!」
「ま、確かに幸村くんの言う通りだな」

 多少誇張された言い方ではあるものの、部の仲間がいじめにあっとるかもしれんという事態は、ここに集まった新レギュラー全員が承知済みのため、あえて異論を唱えるものはいない。
 丸井も噛んでたガムを捨てて、真面目な顔して聞いとるし。

 放課後、いつもどおりテニスコートに集合したオレたちはミーティングを終えたあとレギュラーのみを部室に集めた。
 あまりでかい話にするんも、解決に時間かかりそうじゃからの。
 結局昼休みと5限目を使って探したの靴は見つからず、今は柳が蓄積したデータを元にひとりで探しにいっておる。レギュラー陣にことのあらましを説明するのは、オレと真田の役目だった。

の靴が何者かによって、どこかへ隠されたらしい」

 真田がそう告げた瞬間、部室の隅で小さくなって座っていたの足元に全員の視線がいった。
 今が履いとるんは、オレのテニスシューズだ。使用済みだったから少し迷ったものの、それ以外に代替品がないもんじゃから我慢してもらった。は全然気にしとらんようだったがな。

「一体どういうことなんだ?」

 いつもの人畜無害と思わせといて嵌ってしまうとアリ地獄、という笑顔を消した幸村が話を促し、口をつぐんでいるの代わりにオレと真田がこれまでのことを説明した。

 そして、冒頭に戻る。

「っかー! 根暗なことするヤツもいるんスね!」
「許しがたい行為ですね。卑劣としか言いようがありません」

 腹を立てとるんは幸村だけじゃなく、赤也も柳生も、全員が口々に犯人を非難しよる。

「落ち込むなって! そんな顔してたら根暗ヤローの思う壺だろ?」
「そうだぜぃ。ほら、そういうときは甘いモンがいいんだぜ! ガムやるから食えよ!」

 フォロー上手なジャッカルと丸井はの横まで行って、優しく接する。二人の優しさに励まされたんか、それとも丸井のガムに惹かれたんかは知らんが、は顔を上げてこくんと一度頷いた。

 そのとき、ガラガラと立て付けの悪い音と共に部室のドアが開き、柳が戻ってきた。

「すまない、遅くなった。、見つかったぞ」
「えっ、ホント?」

 頭やジャージに枯葉をくっつけた柳が、握り締めた靴紐を目の高さまで持ち上げた。
 夏休み中に洗っておいたという白いスニーカーと茶色い革靴。改めて見ると、ほんにちっこいのう。
 はぱっと笑顔を取り戻して、両手で靴を受けとった。

「ありがと、柳! あ、髪に葉っぱついてるよ」
「ああ、すまない」

 ひょいと背伸びして柳の髪から枯葉を取ろうとする。だが手が届かず、柳が腰をかがめて協力する……ちゅうか、自分で取ればええ話じゃないか? 役得じゃの、参謀よ。

「葉っぱゴミくっついてっけど、汚されたりはしてねぇな」
「よかったですね、さん。ガムテープがありますから、これで葉クズを取りましょう」
「うん」

 はテーブルの上に2足とも置いて、柳生から受け取ったガムテープでぺたぺたとゴミ取りを開始する。

「蓮二、一体どこで見つけたのだ?」
「第2体育館裏だ」
「雑草が刈られてない、あそこか? 最近野良猫だかが住み着いているっていう?」
「確かに正面玄関からは近いし、生徒はあまり寄り付かんところじゃな」

 ゴミ取りに夢中になっとる連中を見ながら、柳がこっちに合流する。
 ジャージについた葉クズを手で払い、幾分渋い顔をしたまま柳は腕を組んだ。

「仁王が今言った『生徒の寄り付かない所』というのに絞って探してみたら、見つけることができた。どうやら犯人はそこまで悪意を抱いていないようだな」
「なんでンなこと言い切れるんスか?」
「痛めつけてやろうと思う相手の靴だとしたら『隠す』のではなく『捨てる』可能性のほうが大きいだろう。焼却炉や、ゴミ箱の中や、そういう場所だ」
「ほうほう、さすが柳じゃのう」
「まぁどっちにしろさんに不愉快な思いをさせたってことには変わりないけどね」
「全くだ」

 微笑みながら黒いオーラを放出しとる幸村と、無表情のまま静かに怒っとる柳。
 赤也はゆっくりと二人から距離をとって、普段は自分から近づかん真田の背後に移動した。

「ということは、に対する嫌がらせの線だけではなく、単なる愉快犯の仕業という可能性も出てきたということか?」
「いや、愉快犯の線はないだろう。注目を浴びるためにいたずらを仕掛けたというのなら、あまりに地味ないたずらだ」
「んじゃやっぱ先輩のこと嫌ってるヤツがやったんスかね?」

 赤也が首を傾げながら言うと、向こうで葉クズ取りをしていたの手がぴたりと止まった。そして見る間にしょんぼりと肩と眉が下がっていく。

 それと同時に幸村と柳が赤也を振り向いた。

「赤也、さんがヒトから嫌われるような人物だって、そう言いたいの?」
「ほう。赤也がをそう評価していたとは意外だな」
「いいいいいいいいえっ!!! そうじゃないっすよ!? 違いますって!!」
「お前さん、いい加減処世術っちゅーもんを覚えたほうがいいぜよ」

 真田の背中に完全に隠れてしまった赤也に、他の部員は呆れた視線を投げかけていた。

「それより蓮二、幸村。これからどうするつもりだ?」
「そうだなぁ。屋上から逆さづりにするのもいいし、干潮の波打ち際に首まで埋めるのもいいし」
「……仕返し方法を聞いているのではない。大体、まだ誰が犯人かもわかっておらんではないか」

「ねぇ」

 すでに頭の中で犯人を処刑し始めているのか、にこにこしだした幸村に、渋面の真田。
 ところがそこに口を挟んだのは、当事者のだった。
 葉クズを取り終えた靴を床に置いて、足をぷらぷらと揺らしながら、

「見つかったからいいよ。犯人探しなんて」
「おいおい、よくねぇだろぃ? ほっといたら、また靴隠されるかもしれねぇんだぜ?」
「丸井くんの言う通りですよ、さん。放っておけば、いたずらがエスカレートする恐れもありますし」
「でもレギュラーが練習サボるほどのことでもないじゃない。新人戦も近いのにさ」
、オレたちが試合のために仲間を軽んじる人間だと思うか?」

「思わないけど、いいのっ」

 なんじゃ……?

 いつもは何が起きてものらりくらりとしとるが、なぜか声を荒げよった。
 柳生も、ジャッカルも、柳までもがの様子に絶句して。

「あ」

 オレたちがぽかんとして見つめているのに気づいたのか、がぱちぱちと目を瞬かせて、またいつもののほほんとした表情に戻す。

「えーと、それじゃそろそろみんなも練習に」
、なぜ犯人探しを嫌がるのだ」

 誤魔化そうとした言葉を真田がさえぎる。
 途端、再びは眉根を寄せて、肩をすくめた。

「だって……誰に嫌われてるかなんて知りたくないよ」
「……なるほどな」

 気持ちはわからんでもない。
 じゃがな、。今はちぃとばかし逆効果だったかもしれん。
 お前にそこまで恐れを抱かせたヤツを許すわけにはいかん。

 このオレですらこんな気持ちになってしもうたのに、ウチの過保護2トップが黙っとるわけなかろ?

「わかったよ、さん。君の気持ちを尊重する」
「幸村、しかしそれ、でッ!!」

 上辺だけ笑顔を浮かべながら理解を示した幸村に、空気を読まんというか読めんというか、馬鹿正直な真田が意を唱えようとして机の下で派手に丸井と柳生に足を踏まれよった。
 さらに抗議の声をあげようとした真田の口を、青ざめながらもジャッカルがふさぐ。……貧乏くじ引くのう。

「でも、また何か嫌がらせされたりしたらすぐにオレたちに言ってくれるね?」
「うん。……ありがと、みんな」
「礼なんていいんスよ!」
「そうですよ。レディを守るのが紳士たるものの務めですから」

 一人もがもがともがいている真田を華麗にスルーして、はようやく笑顔を見せた。

「さてそれじゃあオレたちはレギュラーミーティングをしよう。さんはコートに戻って1年生の練習手伝いしてくれるかな」
「はーい。……あ、仁王っ、靴洗って明日返すね」
「なに、そんなことせんでよか。ちょろっと履いとっただけじゃろ」
「ううん、洗って返す」

 律儀じゃのう。
 ようやく自分の靴に足を通したからシューズを受け取ろうと手を伸ばしたが、はきっぱりと首を振って自分のロッカーにそれをしまってしもうた。

 そしていつもののほほん笑顔を取り戻したは、元気よく部室を出て行った。

 ……その瞬間、再び張り詰める部室の空気。と、真田の怒声。

「ええいっ、離さんかジャッカルっ! なんだというのだ!」
「真田副部長……もーちょっと空気読みましょうよ……」

 ジャッカルを振り払った真田が憤るが、全員がため息で返事する。
 メンドクサイ男じゃのう……。

「弦一郎、心配せずとも犯人を放置しておくつもりはない」

 鼻息荒く赤也を睨みつけている真田の肩を叩いたのは柳だ。
 その横で、すでに笑顔のかけらもうかがえない幸村が漢らしく腕組みをして頷く。

「オレたちはオレたちで犯人探しをするんだよ。さんにバレないようにね」
「犯人を見つけてもさんには告げず、我々だけで仕置きする……ということですね?」

 柳生の問いかけに、幸村が大きく頷く。
 その無言の返答に、目をらんらんと輝かせるのは赤也だ。

「どうやって探すんスか!? やっぱ罠張って監視っすか!?」
「罠ってあのな……学校でどうやってずっと監視するつもりだよ?」
「そりゃやっぱジャッカル先輩が枯葉の中に隠れてっしょ?」
「オレかよ!」
「その上でオレが焼き芋焼いてカモフラージュしてやるぜ!」
「おいっ、確実にオレが死ぬだろ!」

 漫才しとる3人はおいといて。
 幸村と柳、真田、柳生とオレの5人は額をつきあわせて犯人検挙の方法を話し合う。

「蓮二、なにか手がかりはあるのか?」
が被害にあったのは靴隠しだけのようだ。いじめというのであれば勉強道具なども隠されそうなものだが、今日一日そのようなことは起きなかった。ということは、次になにか起こるとすれば、また靴隠しである可能性が高い」
「しかしそうなると、さんに隠れて犯人を待ち伏せるというのは難しいですね。靴箱を見張っていれば我々がさんに遭遇してしまいますし」
「犯人探しはせんと言った手前もあるし、しばらく靴は持ち歩いて用心しろとも言えんしのう」
「となると、今の段階でオレたちに出来ることは情報収集くらいかい? もっと手っ取り早く犯人をボコボコにする方法はないの?」
「幸村、それは趣旨が違うだろう……」

 突っ込むのは真田の役目。オレたちは幸村の暴言はスルーじゃ。
 だがなかなかいいアイデアというものは浮かんでこない。

 すると顎に手をあて考え込んでいた柳が、

「幸村、明日まで時間をもらえないだろうか。今、策を提供するにはあまりに情報が少なすぎる」
「ま、それもそうだろうな」

 このミーティングが開かれるまで、の靴隠しのことを知っとったのはオレと柳だけだし、その柳も昼休みに事情を知ったばかりだ。
 一番最初に靴が無くなっとるんを知ったオレも、なにを知っているというわけでもないしの。

の最近の身の回りの出来事を今日中に聞きだし、明日の朝練までには策を練っておこう。幸村、それでいいな?」
「仕方ないね」

 幸村がこくんと頷いたことで、拍子抜けするほどあっさりとレギュラー会議は終了した。

「ではオレは早速情報収集に出るとしよう」

 そして柳はいまだド突き漫才を続けている赤也たちの脇をすり抜けて、部室を出て行った。

 まさかとは思うがの。
 お前さん、と一緒にいたいがために作戦伝授を明日まで延ばしたんじゃないだろうな? 参謀よ……。
 見れば同じ事を思っとったらしい柳生と目が合った。

「……口は災いのもとですよ、仁王くん」
「プリッ」

 言われんでも。
 幸い柳の思惑に気づいとらん様子の幸村をちら見してから、オレはラケット片手にコートへと向かった。



 しかし翌日、思いも寄らんことが、今度はオレの身に起こりよったんじゃ。



「…………」

 朝練を終えて、今日も部室を出るのが最後になったオレ。
 たどりついた正面玄関のオレのクラスの靴箱。その手前のすのこの上に、女子が好んで使うような縁がカッティングされたメモ用紙が一枚落ちているのに気づいた。
 それを手に取り、書かれとる内容を確認する。

『仁王へ。

 おはよう! 朝練おつかれさま!
 昨日は靴ありがとね。帰ってからすぐに洗ってきちんと干して持って来たよ。
 それじゃ放課後の部活で会いましょう。  

 からのメモ。今日は日直らしく朝練には顔出さんかったから、わざわざメモを置いといてくれたんか。
 しかし靴箱の中にあるのならともかく、なんですのこの上に落ちとるんじゃ?
 風でも吹いたんかのう、と思いつつ、深くは考えずにオレは靴を脱ぎ、上履きに手をかけて、

 そのとき、ようやく気づく。

 右手に上履き、左手に今脱いだばかりの外靴。靴箱はカラ。

 ……いや、カラなんはおかしいじゃろ。
 こののメモがここにあるっちゅうことは、は貸したテニスシューズをオレの靴箱に返したっちゅうことじゃないのか? だったら、ここには靴は3足あるべきなんじゃが。

 だが、現に両手に靴を持った時点でオレの靴箱はもぬけの殻。

「おいおい……」

 オレは眉間に真田のようなシワが寄っていくのを感じた。
 そう、今度はオレの靴が無くなってしもうたんじゃ。

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